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    黄泉路シリーズその1

    6ED後、染谷生存&組抜けifの染桐です
    外伝発売前に書いたものなので要素は皆無ですし安定のフワッフワ設定なのでフィーリングで読んでくだされ…
    染桐に同棲してほしいなぁ〜〜!!

    夜が明けたら築40年は経っているであろう古臭い外見のアパートは、床は軋むし隙間風も多い。
    水場は未だに手動で温度調節しなければならないし、追い焚き機能も無ければ2箇所同時に水を出したら水圧が弱くなる始末。

    良いところと言えばとにかく家賃が破格的に安いところと、訳ありの人間ばかりなのかほとんど住人と遭遇することもなく近所付き合いに気を遣わないところ。一番は小高い立地のおかげで眼下に広がる海を部屋から一望できるところだろうか。
    空気が停滞したように静かで怠慢なこのアパートは、誰にも知られずひっそりと生きるには丁度いい場所だった。

    深い水底からゆっくりと浮上するように目が醒める。室内が薄らと白んできている様子から、もうじき夜が明けるらしい。
    伸ばした手の先が撫でたのはもぬけの殻になったシーツだけで、再度閉じかけた瞼を持ち上げる。

    「…桐生さん?」

    身を起こして開け放たれた窓から眼下を覗き込むも、ここから目的の人物の影など見つかるはずもない。
    染谷は昨夜脱ぎ捨てた服を拾って身に付けると、薄暗い廊下を軋ませながら外に出た。


    -----

    押しては返す波の音を耳に防波堤沿いを歩けば、まだその姿を現していない太陽の光で周囲がぼんやりと明るくなっていく。
    眼前に広がる海は沖縄のような鮮やかさはないが、朝日を浴びれば水面は美しく煌めくだろう。優しい思い出のそばにはいつも波の音があって、子供たちの明るい声や笑顔も目を閉じれば鮮明に思い出せる。

    夜明け前に部屋を出た明確な理由はなかった。暗がりで寂しさを埋めるだけの行為に共に耽った男の案外あどけない寝顔を見ていたら、何となく潮風を浴びたくなっただけだ。
    無意識にポケットを探っても目当ての紙箱はどうやら服を脱ぎ散らかした際に転がってしまったらしく見つからない。そこらで買おうにも小銭すら持たずに出て来てしまったため諦めるしかなかった。

    大切な者たちを守るため、生きながらにしてひとり歩む決意をした黄泉路に奇妙な同伴者が出来るなどとは思ってもみなかった。しかも、それがよりによってあの男だとは。
    アサガオを後にして行く当てなどなかったものの、とりあえず沖縄や神室町から遠く離れた地へ向かうために赴いた空港でまさかの再会を果たしたのは死んだはずの染谷巧だった。
    しかし突然現れた染谷はきっちりと後ろに撫で付けていた髪を下ろし、自信に満ちた白いスーツを脱ぎジーンズにジャケットというラフな格好だったせいで声をかけられても桐生は目の前の男が誰なのか暫し判別できなかった。
    いきなり組員に生存がバレたのかと困惑する様を見かねて名乗られ、そこで初めて目の前の男が染谷だと認識したくらいだ。

    「お前、生きてたのか」

    「そりゃお互い様でしょう、四代目」

    開口一番の言葉に対しそう言って口端を上げる皮肉げな笑顔は確かに見覚えのあるもので、しかし生きていたならば何故こんなところにいるのか、何故自分が生きていると知っているのかと更に桐生は戸惑った。
    愛する女のために目の前で自ら腹を切り、血を吐きながらも最期まで娘を頼むと切望していたのだ。生きていたのなら、こんな所ではなく娘と妻の元へ向かうべきだろう。

    視線で訴えかけてきた困惑と疑問を正確に受け取った染谷は珍しくバツが悪そうに微笑み、こんなところで立ち話してちゃマズイでしょ、と空港内の喫茶店へと促した。
    そこで聞いたのは、内情は違えど染谷も世間的には死んだことにして姿を消したという事実だった。

    「四代目の事だからまず施設の様子見に行くかなと思って張ってたんですが、ドンピシャ当たっててラッキーでしたよ」

    ここで会えなけりゃもう一生見つけきれなかったとこです、などとコーヒーに口を付けながら事も無げに言う染谷の真意を測りかねて桐生の眉間には皺が寄る。
    例えその言葉が真実だったとして、自分を待ち伏せている意味が分からなかったからだ。

    「何のつもりだ?」

    「…やだなぁ、そんなに警戒しないでくださいよ」

    胡乱気な眼差しを受けいつものように笑んで見せるも、自身の行動の不明瞭さに自覚があるのかその顔に精彩はない。

    「…俺を、連れてっちゃくれませんか」

    不意に落ちた言葉は、酷く頼りないものだった。中身の減ったカップをくるりと揺らす仕草はワインを飲む時の癖だろうか。
    そんなどうでもいいことを考えてしまうほど、言葉の意味をすぐには理解できなかった。

    「…どういうことだ」

    「言葉のまんまですよ。あんたがこれから行く道に、俺も連れて行ってください」

    動揺を悟られないよう極めて静かに紡がれた質問に、一度吐き出した事で腹を括ったのか答える声は落ち着いていた。

    「仮にも一家の総長がてめえの組放り出すつもりか?」

    様々な疑問や疑念が浮かんだが口をついて出たのはそんな言葉で、桐生はつくづく自分がヤクザ者であると少し落胆した。けれど、自分が遺してきた大吾や東城会を気にかけるよう、染谷も組を立ち上げた以上生半可な覚悟ではなかった筈だ。
    その言葉から一拍置いて、浮かべたのは微かな笑み。先ほどまでの迷子のような頼りなさは消え、それは初めて会った時の不遜さを思い起こさせるものだった。

    「トップが突然死ぬなんざザラにある事でしょう?それに、ウチはあんた達と違って男惚れだの親子だの兄弟だのって絆じゃなくてビジネス的な繋がりの方が多いんでね。誰かが継ぐなり吸収されるなり、なるようになると思いますよ」

    そうあっけらかんと言い放った言葉の無責任さを責めるべきかもしれない。事実一瞬拳を強く握り締めたが、そんな資格は自分にないことを思い返してすぐに力を抜いた。
    染谷は何より無事を知らせたいであろう妻子に『死んだ』と思わせたまま姿を消そうとしている。あちら側の内情は詳しく知らないがそう出来ない事情、もしくはそうしない決意があるのだろう。
    だからといって自分に着いて来たいと、本当に現れるかも分からない空港で待ち伏せする理由は理解できなかったが。

    「今度は何企んでやがる」

    「やだなぁ人聞きの悪い。なにも企んでなんかいやしませんよ」

    全く信用出来ない顔で言い放つ染谷を突き離す事は簡単だろう。身を隠さなければならない立場上、少しでも過去と関係のある者とは縁を切らなくてはならない。
    静かに席を立つと、伺うような静かな視線で染谷は見上げて来た。

    「俺は誰とも行動を共にする気はねぇ」

    「……」

    「だが、お前の行き先を制限するつもりもねぇ…そんな権利、俺にはないからな」

    「!」

    ぱっ、と瞳を瞬かせた顔は幼く、初めて見る愛嬌のある仕草にこいつも人間なんだな、と当たり前のことを改めて思った。
    そのまま何も言わずレジへと向かう背中に着いてくる気配に自分もヤキが回ったものだと何とも言えない気分でいたが、あの時は孤独を感じていたのだろうと今なら分かる。
    そして、染谷も同じ思いを抱いていたのだろうとも。

    (でなけりゃこんなゴツいおっさん好き好んで抱くわけねぇか…)

    それについては今も理解不能なのだが、尤もらしい理由はそのくらいしか思い付かない。
    定住せずフラフラと流浪の旅を続ける生活にそのうち耐えられなくなるかどこかで良い女でも出来れば離れると思っていたのだが、そんな気配は全く無く憎まれ口こそ叩くものの染谷は常に桐生の動向に付き従った。飲み屋などで誘われる様子に気を利かせて姿を消しても、一晩どころか数時間もしないうちに戻ってきては置き去りにした事に対して嫌味を言う始末。

    はじめは妻である清美に操立てでもしているのかと思っていた桐生だったが、そうではない事を知ることになったのは酷く酔った染谷に『あんたを抱きたい』と告げられた日のことである。
    いや、自分は女ではないので操立てはある意味成立しているのかもしれない。『一番愛した女』が彼女であることに揺るぎはないのだろうから。

    酔いと混乱のあまりろくな考えが浮かばないまま流されてしまったのは、やはり自身も人恋しかったせいだろうと結論付けている。必要以上に他人と関わる事を避けるようになっていて気が付かなかったが、久方ぶりに触れた他人の肌のぬくもりが心地よく、ほのかに胸が満たされたのは事実だった。
    お互いの寂しさを埋めるだけの行為だというのは分かっていたし、(自分の体の負担さえ除けば)後腐れなく効率がいい相手であるのは確かだ。流されて事に及んだ翌日からしばらくは顔を合わせられなくて露骨に避けたりもしたが、いつまでもそんな生娘のような反応もしていられない。
    何よりも染谷が呆れるでも笑うでも無く、『あんたが嫌なら二度と触れない。だから避けるのだけはやめてくれ』と切々と告げてきたものだから、年甲斐もない反応をしたとむしろ申し訳なく思ってしまった。

    結果的として一夜の過ちになる事もなくずるずるとこれまで過ごしてきたわけだが、この関係に名前をつける事はできずにいる。つける必要は無いのかもしれない。

    ぼんやりと海を眺めていると、少しずつ太陽が昇ってくる。頬を撫でる少し冷たい風が、夏の終わりと秋の訪れを匂わせた。



    -----

    明るくなってきた海岸線。まだ人気のないそこに立つ人影は防波堤越しに海を眺めている。
    彼の慈しんだ記憶とは似ても似つかないであろう海の色を、どんな気持ちで見ているのだろう。

    半ば強引に同行した逃避生活の中でも、桐生という男はさほど変わりなかった。不思議なことに厳つい見た目に反してどこに行っても誰ともなく受け入れられる性質なのだと、隣で見ていて改めて実感した。無自覚で無邪気な人たらし。そう評価していた己の目に狂いはなかったと確信すると同時に、これまた厄介な人間に惚れたのだと思い知る羽目になるとは。

    弱味につけ込んだ自覚はあるし、信頼を寄せてもらえるよう我ながら健気に振る舞っていた。
    好いて貰えるなんて甘い希望は抱いてはいなかったけれど、流石にちょっと女に絡まれている間に姿を消された時は肝が冷えた。慌てて部屋に戻れば普通にいたことに心底安堵したし、それが単なるお節介だと知った時は怒りすら湧いたものだ。
    余計な気を回さなくていいと言ったところで理解して貰えないだろう。ならばいっそ既成事実を作ってしまえばいいのでは?と思い立ち、酔いに任せた作戦が功を成すとは思ってもみなかったが。

    いくら体を重ねようが心が手に入るわけではないと分かってはいたが、少しでも枷になるのならそれで良かった。
    けれど、彼の纏う寂寞とした雰囲気は拭えない。何度抱いても、その腕を掴めた気が全くしないのだ。

    (馬鹿馬鹿しい…)

    自嘲気味に笑う。本当に馬鹿馬鹿しい。
    己でさえあんたが唯一だと言い切れもしないくせに、更に胸に抱えるものが多い男に何を高望みしているのか。黄泉路を共にし、身体を暴いて尚、ふらりと目の前から姿を消してしまう可能性にずっと怯えているなんて情けないにも程があるだろう。

    「ーー染谷…?」

    逡巡する染谷の内心を知りもしない桐生が人の気配に振り向くと、背後にあったのは見知った男の姿だった。緩いパンツにスポーティーな黒のパーカーを羽織っただけなのに様になるのはやはり顔面の整った男振りのおかげか、起き抜けの乱れた髪も間抜けさとは程遠い。そんな男が、まるで迷子の子どものような頼りない表情で佇んでいたので少々驚いた。
    口端に不遜さを滲ませるシニカルな笑みも、腹の内側すら見通したがるような穿った眼差しもどこへやら。僅かに眉尻を下げた黒目がちな瞳をゆらゆらと揺らめかせ、引き結んだ唇は拗ねたような、噛み締めたような曲線を緩やかに描いている。他人の機微に鈍い桐生がその表情の変化を読み取れたのは、その顔に見覚えがあったからだ。

    (…なんだってんだ、そのガキみてぇなツラは)

    吐き出さない言葉の呆れとは裏腹に感じるのは愛しさと懐かしさ。
    単純に悲しいというよりは何かしらに腹を立てていて、同時に不安も覚えているその顔。真っ先に思い起こすのは、アサガオで過ごす子どもたちが友人と喧嘩したはいいものの自分の非を認めて謝ろうとする時の姿だった。怒りをすっかり忘れることは出来ないながらも謝らなければ、という葛藤と、許してもらえるのかという不安。小さな子どもたちが自身の感情と向き合い、折り合いをつけて成長する様と、大切な相手に嫌われていたらどうしようと思う素直な感情。
    微笑ましい気持ちになるその記憶と同時に、己を組み敷き見下ろしてくる染谷もまた、いつもこんな顔をしていた。
    同時に思い出すには少々気が引ける組み合わせだが、軽々しく挑発的な普段の態度はすっかり鳴りを潜めた、どこか必死で縋るようなその眼差し。染谷に対してそんな気はなかったにも関わらず、普段通りに虚勢を張ろうとする笑顔の不格好さや揺らぐ瞳に抵抗する気が削がれてしまったのは事実だ。

    「染谷」

    名前を呼べばまるで夢から醒めたように肩が揺れる。何か言いたげに微かに唇が開いたが、結局言葉は出ずに引き結ばれた。

    「煙草、持ってるか?」

    「…いえ、残念ながら」

    問いかけに対しパーカーのポケットに手を突っ込んだまま軽く肩を竦めて答える様子はすっかりいつも通りの澄ました顔に戻っている。

    (仕方ねぇ、戻るか…)

    元々長居するつもりもなかったので特に後ろ髪を引かれることもなく体を反転させようとした瞬間、ドン、と背中に受けた鈍い衝撃に驚いて視線を降ろせば目の前には黒い塊。
    俯いたまま肩に乗った緩く跳ねた髪の感触と香水の残り香にそれが何なのかすぐに分かったが、背後から腹に回された腕につい眉間に力が入る。いくら人気のない早朝とはいえ外でガタイの良い男達が抱き合っているところなんて見られたいものでは無い。

    「おい…」

    回された腕を外そうと掴んで引くが思った以上に抵抗が強い。本気を出せば振り払うことは簡単だが、いちいち喧嘩じみた揉み合いをするのも面倒だった。

    「染谷、」

    「嫌です」

    離せ、と言い切る前に遮ってきた声はどことなく拗ねたような憮然としたもので、その子どもじみた態度につい二の句が告げずに口を中途半端に開いたまま動きが止まる。
    まるで動物がマーキングするかのように頭を首筋に擦り付けてくるのが擽ったくて身じろぎした瞬間、ぬるりと這う温い感触にぞわりと肌が粟立つ。

    「ッおい…!!」

    昨夜付けられた深い歯形の傷を無遠慮に舌で抉られ、チリリと小さく鈍い痛みを感じる。流石に調子に乗りすぎだと体を捻ろうとした刹那、気配を察したのか素早く身を引く。睨みつけた先で染谷は薄く笑ったまま、降参と言わんばかりに両手をひらひらと降っていた。
    ぶん殴ってやろうかと拳を握ってはみたものの流石にここで染谷と殴り合いしても無意味でしかない。深く息を吐いてなんとか自身を落ち着かせ、非難をありありと込めた視線で睨みつけた。

    「何すんだテメェ…」

    首筋に残るほんの僅かな痛みを消し去るように無意識に手のひらで擦る。喧嘩で負うような大きな傷よりこういう小さな痛みの方が気になってしまうのはなぜなのだろうか。

    「一人でふらふらで出歩いた上に無防備に油断してるからですよ」

    「…いつどこに行こうと俺の勝手だろうが」

    「そりゃそうですけど」

    肩を竦めた染谷はいつもと変わらないようでいて、どこか精彩を欠いているように見えた。それ以上しつこくすることもなく、わざと神経を逆撫でするようなおどけた物言いもない。不可解な様子に首を傾げるが、朝日が昇り切ればこの辺りにも人通りが増えてくる。
    煙草も小銭もないことだし、ここに突っ立っていても仕方がないので部屋に戻って一服しようと染谷の隣をすり抜けて帰路に着く。

    「……?」

    いつものように勝手に後ろをついてくるだろうと思っていたのだがその気配がない。振り向けば静かにその場に佇んだまま、染谷はこちらに背を向けて立っていた。日の出が海面に反射して眩しく光り、辺りを白く霞ませる。どこか頼りなく、朝日の中に消え入りそうな背中に思わず目を眇めた。

    「ーーー染谷」

    「……はい?」

    「帰るぞ」

    「……ッ!」

    その一言に弾けたように振り向いた染谷の顔には驚愕が広がっていた。その大袈裟な反応に少々面食らう。思えば、この生活になってからその言葉を使ったのは初めてだったかもしれない。
    ひと所に留まらず居場所を転々としていた生活であることに加え、心のどこかではやはり『帰る』場所はここではないと思っていたのか。そのことを今更ながら自覚する。しかし避けていたのと同様に、この言葉が出たのも無意識だった。

    あのオンボロアパートの狭苦しい小さな部屋。常に波の音が満ちるあの場所に、この男と帰ろうとごく自然に思ったのだ。

    「……アンタって…」

    「ん?」

    染谷はふるりと頭を振って俯き、噛み締めるような声で一言発すると手のひらで額を覆って俯いたまま動かなくなった。
    声をかけることもなくそれを見ていたが、すぐに息を吐いて今度は天を仰ぐ。

    「お前、泣いてんのか?」

    「……普通そういうのってもう少し気ィ遣って言うもんじゃありません?」

    そもそも泣いてませんけど、と付け加えて顔を正面に戻した顔は確かに泣いてはいなかった。が、いつものポーカーフェイスを取り繕えているようにも見えない。微かに歪んだその表情は随分情けないものだったが、染谷が頑なに見せたがらない柔らかな部分なのかと思うと悪い気はしなかった。

    「お前にも可愛げってやつがあんだな」

    フ、と吐息混じりに笑うと悔しそうに歪むその顔。腹の底が見えない言動ばかりする男を翻弄してやるのは存外気分がいい。
    そのまま帰路へ進む道へ歩を進めると、今度は確かに後ろから追ってくる気配があった。顔を歪めているくせに従順なその態度に込み上げる笑いを堪えつつ、敢えていつもよりゆっくりした足取りで進む。

    これまでは半歩後ろを歩いていた染谷の気配がするりと隣に並び、その顔はどこか晴々として穏やかなものだった。

    「ねぇ四代目」

    「それやめろって言ってるだろ」

    いまだにわざとらしく使う四代目呼びに苦言を呈しても、どこ吹く風とばかりに緩く笑ったまま挑発的な眼差しを向けてくる。

    「帰ったら抱いてもいいですか」

    「ダメだ」

    「つれねぇなぁ」

    にべもない返答にも笑うばかりで全く応えた様子もない。それどころか随分と上機嫌な様子に首を傾げる桐生には、その何気ない一言に染谷がどれだけ揺さぶられたかなど分かりはしないのだろう。けれどそんな些細なことで喜ぶ己を知られるのは気恥ずかしいので、知らないままで構わなかった。

    ゆっくりとでもいい。部屋に満ちる波の音のように、この人にとって自分の存在が当たり前になればいい。そんな甘ったるいことを考えながら、この龍の隣で当たり前に過ごせる今日の予定に思いを馳せた。
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