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    黄泉路シリーズ2
    サブスト桐生ちゃんに振り回される染谷の小話


    おんなじようなオチになっちゃったな……

    目が離せない「………なんですか、これ」

    「ん?」

    自分の問いかけに対し、いっそ無垢と言える瞳で見上げてくる男にため息をひとつこぼす。
    小さな街の海沿いに建つオンボロアパート。世間的には死んだことになっている男が二人ぎゅうぎゅうに詰まって暮らしている部屋の狭い台所にある、不自然なほどデカいスチロールの箱。蓋を開ければ敷き詰められた氷の中に大小様々な海鮮と立派な真鯛がど真ん中に鎮座していた。

    「ああ。ちょっとな」

    「ちょっと、で持って帰ってくるモンじゃないと思うんですがねえ、これ…」

    魚屋で買えば総額いくらになろうかというほどの中身から目を逸らしてスチロールの箱をそっと戻す。
    染谷は流れ着いたこのアパートで桐生と暮らすようになってから、たびたび持って帰ってくるこのように不可解な土産にも慣れたつもりだったが、まだ面食らってしまうことがある。

    伝説と呼ばれる極道として生きていた桐生一馬のことはよく知っているつもりだ。現役時代の姿を生で見たことは残念ながら無いが(初めて出会った時も本人はカタギだと言い張っていたので一応カウントしないでおく)、情報を掻き集めて調べ上げた結果、噂しか知らないような東城会幹部より桐生一馬という人間を知っている自負すらあった…のだが。
    それはどうやら『堂島の龍』の姿が大部分であったのだと、この生活で嫌というほど思い知らされた。

    「まぁた人助けしてきたんですか?」

    「別にそんなんじゃねえ。目障りだったから片付けただけだ」

    こともなげにそんなことを言いながら窓際で煙草に火をつける。それはつまりどこかでーーこの場合、返礼品を見る限り漁業関連のーー誰かしらが絡まれて困っていたところに手助けに入ったということだろう。頭を使うことは得意ではないと自負している通り、その圧倒的な拳を以ってして。
    もう全盛期も過ぎかねない中年だというのに喧嘩しても余程の相手でなければほとんど無傷で帰ってくるので、本当にこの人の強さはどうなっているのか謎でしかない。

    (しかしここまでのお人よしだとは…想定外すぎたな)

    一緒に歩いていても路上であからさま過ぎるほど困っている人間がいれば声をかけ、かと思えば逆に声をかけられ何かしらの協力を要求されれば断りきれずに了承してしまう。よくこんなので極道やっていけたな…とも思わなくはないが、よく考えれば組に属していたのはほんの数年であとは(自称)カタギだった。まぁカタギだったらおかしくないのか、というとそうでもないのだが……

    「この間は宅配便、その前はバーテン…で、今回はなんです?漁船ですか?」

    「……漁船じゃねぇ。トラックの運送屋だ」

    「はぁ、なるほど…魚屋の卸業者ってとこですか」

    名前も戸籍も使えない男二人で暮らしていくことになった当初、食い扶持をどう稼ぐかと現実的な思案したのは染谷の方だった。桐生は受け取る筈だった莫大な口止め料のほとんどをアサガオに遺してきていたし、染谷も私財を持ち出すことをしなかったためほとんど無一文に近い状態だったのだ。
    幸い拠点となる部屋はすぐに見つかり事なきを得たが、桐生は特に焦る素振りもなく日々ふらりと出かけてはふらりと何かしらを片手に帰ってきていた。

    いったい外で何をやっているのかと疑問を抱いていたのだが、その謎はすぐに解消されることとなる。
    桐生が出かけ一人になった部屋の中、日銭を稼ぐためにノートパソコンをいじることにも飽きてきて同じように外に出た。店先を冷やかしながらそう広くもない街中をぶらついていた空から人が降ってきたのだ。そう、人が。
    あわやぶつかるかという勢いではあったものの重力に沿って落ちたその体は勢いのまま地面を滑り、足元で力なく四肢を投げ出している。そして吹っ飛ばしたであろう先を見れば、そこには死屍累々のチンピラたちの中で立つ見慣れた男の姿。

    「………なにやってんですか四代目…」

    染谷の呟いた一言は届かない。桐生は這う這うの体で逃げ出すチンピラには目もくれず誰かと話し込んでいる様子だった。外に出れば誰かの手助けをしたり絡んできたチンピラを返り討ちにしているということを知ったのはそれからだ。
    事故に巻き込まれ怪我して立ち往生した宅配便に代わって荷物を届けたり、知り合ってすぐの寂れたバーの店主に頼まれてバーテンの真似事をしてみたり、店に来る極道もどきを追い返したりしていた。何度もなにをやってんですかと声をかけようとしたのだが、桐生の人間味のある様子を見ていたら毒気を抜かれてしまい結局深く追求することは出来ず終いである。

    しかし桐生に惚れた様子の女がいる気配もあったので、最近は牽制の意味も込めて行く先々について回っていたら想定通り染谷の顔もセットで知られるようになった。
    こういう時ばかりは桐生が鈍くて良かったと思う。何せ人を惚れさせるようなことをいとも容易くやらかす男なので、放っておくと何を引っ掛けてくるかわかったもんじゃない。

    それはさておき、目下解決すべき問題は目の前のスチロールの中身である。新鮮な魚介類はありがたいのだが、ここにいるのは自炊とは縁遠い男二人だ。

    「貰ってくるのは構いやしませんがね、こんなもんウチのしょぼい冷蔵庫にゃ入りませんよ」

    「……」

    貰ったはいいもののその処理まで考えていなかっただろうことは逸らされた目線で分かる。このままでは折角の新鮮な魚介も腐らせるだけになってしまうし、腐ったものを置いておくスペースもないのでそれは勘弁して欲しい。

    「ハァ…四代目。確かこの前居酒屋の店長と親しくなってませんでした?」

    「あ? ああ…」

    「あそこ、確か海鮮メニューが売りでしたよね?そこの店主に捌いてもらうなり買い取ってもらうなりすりゃあいいでしょう」

    「なるほど、その手があったか」

    本当に感心したように頷く姿に、こんな簡単なことも思いつかないことに呆れる…べきなのだが、可愛いなどと思ってしまう辺り我ながらどうしようもない。今更引き返すつもりもないがまるっと受け入れられるほど素直になれるはずもなく、そんな風に思っていること自体を知られるのも癪である。
    しかしこんな危惧すら無駄なほど相手は鈍いので結局いつも振り回されるだけなのだ。桐生に振り回している自覚は一切ないだろうけれど。

    「悪くなる前に持って行った方がいいんじゃないですか?」

    「そうだな…じゃ、早速行くか」

    短くなった煙草を消して立ち上がると、スチロール箱を脇に抱えて玄関へと向かう。靴を履いた桐生が棒立ちしている染谷の方を振り返り、動く気配のない姿を見留めると片眉を上げて不可思議そうな顔をした。

    「何やってんだ?とっとと行くぞ」

    「は、…?」

    「? お前魚嫌いだったか?」

    「いえ、そういうわけじゃ…」

    普通なら目の前にいる提案した人物を誘わない、という選択肢はないのだろうが、桐生はわりと普通ではない行動をするので少し驚いてしまった。

    「早く来い」

    「あ! ちょっと待ってくださいよ」

    歩幅を合わせてくれる甘さはないが、その背を追うのは嫌いじゃない。なにより、自分が隣にいることを当然のように受け入れられているようで胸が熱くなった。

    夕陽に沈む町中からはあちこちから夕飯の匂いがしてきて、どこか懐かしい。望んで人生を血と暴力に浸してきたが、こんな平和な夜を迎えることになるとは思いもしなかった。
    そしてこんな生活と目の前の男を愛してしまっているのだから、全くどうしようもない話である。

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