大切なあなたへ「これで全部か?」
「はい。シノ、ありがとうございます。殆ど持ってもらっちゃって……」
「ふふん。これくらいどうってことはない」
中央の街での買い物を終え、私とシノは魔法舎へ戻ろうとしていた。
箒で帰ったほうが早いが、そこまで距離もない。
街の景観を眺めるのもいいだろうと、ゆっくり歩いて帰ることになった。
シノは突然立ち止まり鼻をヒクヒクさせる。
「うまそうな匂いがする」
「本当だ。……あのお店みたいですね」
食欲をそそる香りに誘われ辺りを見わたすと、小さなレストランが佇んていた。
店頭に置かれた看板を見るに、ハンバーグが売りの店らしい。
目をキラキラさせるシノのお腹から物欲しげな音が鳴る。
「もうお昼前ですね。せっかくだし、あそこで食べて帰りますか?」
「やった!」
シノは顔を輝かせ意気揚々とレストランに向かう。
こういうところは年相応だなと微笑ましく思いながらついていこうとする。
しかし、彼は数歩進んでピタッと足を止めた。
「わっ! ど、どうしたんですか?」
彼は何か重大な見落としに気付いてしまったかのように血色の悪い顔をしていた。
「やっぱり、やめる」
「え?」
「ネロも昼飯を用意してくれてるだろ、たぶん。……さっさと帰るぞ」
「あ、待ってください……!」
目も合わせないまま踵を返し、先に進んでいってしまう。
私は彼を見失わないよう追いかけるだけで精一杯だった。
◆◆◆
魔法舎がすでに静まり返った夜。
賢者の書を机に広げてみたものの、今日の出来事をうまく文にまとめることができない。
「やっぱり、避けられてる……よね」
ここしばらく、シノと二人で話す機会が減った気がする。
鍛錬の見学によく誘われていたのだが、急にパタリとなくなった。
食堂や談話室でばったり会うと席を外される。
今日の買い出しは危ないから護衛するのだとシノ本人が言ってくれたから、自分の気のせいだったのかと安心したのに。
やっぱり、やめる。そう言ったシノの暗い表情を思い出すと胸が苦しくなる。
何か避けられるようなことを私がしてしまったのだろうか。
何かが彼の気に触ったのか。
「私が、シノのことを好きだから……?」
ポツリと漏れた言葉に自分で傷ついてしまう。
彼に気付かれてしまったのだろうか。
賢者の魔法使いだから私を無下に扱うこともできず、彼を困らせているのかもしれない。
だからこそ、この思いが表に出ないよう気をつけていたつもりだったのに。
目頭がじわりと熱くなり、慌てて賢者の書を閉じる。
気持ちの沈む夜に考えごとをしても仕方がない。
こんな日は早く寝るに限るのだが、かといって眠れる気分でもない。
「……ホットミルクでも飲もう」
それで少しは気持ちが落ち着くだろうと、部屋を出ることにした。
丁度その時、階段のほうから足を引きずって歩いているような音と話し声が聞こえてくる。
どうやらネロとシノらしい。
「ほら、もうちょっとで部屋につくから」
「ここでいい。一人で歩け……ッ……!」
「こらこら。無理すんなって」
恐る恐る扉を開けると、足元がおぼつかない様子のシノと、それを支えて歩くネロの姿が見える。
「シノ、大丈夫ですか!? もしかして怪我を……!」
「あー違うんだ賢者さん。こいつ、」
「賢者……?」
シノからネロへと視線を移した瞬間。
ドンッ、と。シノの身体がぶつかってくる。
体当たりに近いその行為がハグだと気がつくのに数秒かかった。
「し、ししし、シノ!? な、なにっ……!」
突然のことに気が動転した。
こんなところで。ネロも見ているのに。一体なに。
一瞬の間に思考が急速回転し、羞恥や期待や不安なんかが頭をかけ巡る。
「俺は――――……」
耳元で響く、いつになく低い声。
心臓が飛び出そうなのを必死にこらえた。
「俺は……ヒースが、一番なんだ」
その言葉で、冷たい川に足をつけたように高揚が引いていく。
彼の声色は震えていた。いっそう強く私を抱きしめる彼が何を考えているのか、私にはわからない。
けど、どうしてだろう。ついさっきまで浮かれていた自分が恥ずかしくなった。