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    うじわら

    @xxxtopia

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    POIPOI 16

    うじわら

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    和風創作(短編読切)のプロローグ部分。 
    そのうち全文をpixivに投稿するつもりです。ルビはそのときにちゃんとやります。 
     
    (あとポイピクテキストのテスト投稿も兼ねてます。どんな感じになるんやろこれ)

    ##オリジナル

    真白の世界と黒鋼のカムイ 少女がその白い手で遺跡の扉を開けると、そこは真っ暗な空間だった。
     透明な冷気が頬を撫でる。彼女はほんの一瞬だけそれに首をすくめてから、暗闇の中へと一歩を踏み出した。
     空間は広く、壁には小さな窓のような穴が開いており、そこから外界の光が差し込んでいるのが見える……けれども遺跡内に射すそれは、視界の助けにもならないほどに弱々しくかすかなものだった。
     じくじくと痛む左腕から手を放して、少女は後ろ手に扉を閉める。そのときに、ふと、自分の手のひらが真っ赤な色に染まっていることに気がついてしまって、彼女は反射的に目を逸らした。
     ぜえぜえと激しい呼吸を繰り返す音が聞こえる。それはほかならぬ、少女自身の喉から漏れだす音だった。
     息が弾んで、胸が苦しくて、少女は思わず着物の合わせを握り締める。そうすると、己の心臓がどくどくと激しい鼓動を打っているというのが、肉と骨越しからでも嫌というほどに伝わってきた。

    「……どこかに、隠れて、やり過ごさなきゃ」

     あれから逃げきるんだ。そう呟いて、彼女はふらふらと歩き出す。おぼつかない足を引きずるようにして奥へと進みながら、ふと何気なく、少女は天井を見上げた。
     暗順応を終えていない視界ではおぼろげにしか映らないものの、そこには何やら大きな絵が描かれているらしい。幾何学的でありながら、まるで何かを象徴しているかのような巨大な絵画が、天井一面に広がっていた。
     不意に、懐かしいものを見たような不思議な既視感を、彼女は心に覚えた。けれど少女にはその絵を見た覚えなんてない。
     どうしてだろう、と自身が置かれている状況を忘れかけて天井絵に気を取られた、そのとき――何かに足がとられた。
     へ、と間抜けな声を出した次の瞬間にはもう身体が傾いており、少女はそのまま顔を床へと叩きつけてしまう。受け身をとることもできないまま転倒して、全身に鈍い痛みが広がっていくのを冷たい床の上で感じていた。

    「……っ、あうぅ」

     上半身を起こし、いったい何に躓いてしまったのだろうと、少女は自身の足元へと視線を向けた。ようやく目が暗闇に慣れつつあるのか、おぼろげだった視界は、しばらく待つとその輪郭をはっきりと浮かび上がらせてくる。
     それは腕だった。生身の肉体ではない――鋼鉄の腕。
     まるで、あの鋼鉄の怪物のような。
     それを認識した瞬間、心臓がどくんと大きな音を立てて、全身に響いたのがわかった。
     のけぞりながら後ろへと下がって、汗ばんだ手を背中に回す。そして背負っている矢筒から矢を取り出そうとして――そこではたと、少女は気がついた。

    「……カムイじゃ、ない?」

     しばし呆然としたままそれを見つめていた彼女だったが、ふと我に返ると、気を落ち着かせるために深く呼吸をした。
     そうして十分に息が整ったところで、彼女はおもむろに、自身の鮮血に塗れた指先を左手の甲に走らせはじめた。指を筆のように、血を墨のように使って、迷いのない指遣いでひとつの図形を描き上げる――とたん、描かれたそれから炎のように光が溢れ出した。
     揺れる光で照らすように、少女はそちらへと手をかざした。するとその全身が、闇の中に浮き上がる。
     それは――人間だった。
     人間の、男だった。
     若い青年である。少女より二、三は歳上に見えた。質素な黒ずくめの着物。漆のように黒い髪。目鼻立ちが凛々しく、引き締まった顔立ちをしていることが、暗がりの中でもわかった。
     その男は暗闇の中、仰向けに横たわっていた。そばには彼のものなのか、ひと振りの刀が鞘に納められたまま転がっている。
     彼女が目を向けたのは、着物から伸びた青年の手だった。光を跳ね返して、冷たく光る鋼の腕。黒い艶を湛えた鉄の指。それらには幾何学的な文様が走っている。
     義肢だ、と少女は気付いた。両の腕を失ってしまっている彼は、しかし穏やかな表情で目を閉じている。
     鉄の腕の持ち主が人間だったことにひとまずほっと息を漏らして、少女は男のそばへと近寄る。

    「……生きてるの、かな」

     小さく呟いて、少女は青年の手首に触れる。無機物の腕からは、当たり前だけれど、脈はわからない。彼はどうしてこんなところで倒れているのだろう。自分と同じように、手負いの状態でここへと逃げ込んで、そしてそのまま力尽きてしまったのだろうか。
     もしかしたら、もう亡くなっているのかもしれない。そう思うのに、彼の義手にどこか温もりがあるように感じてしまうのは、少女の手が冷たいからなのか。
     濡れた鮮血が、ねっとりと鋼鉄を染めたのがわかる。血は、熱かった。
     そのときだった。
     突如、派手な轟音が暗闇に響く。
     暗い空間が、ほのかに明るくなる。閉めていたはずの扉から光が差し込んでいた。扉が開かれている――いや、もはやそこに存在してさえいなかった。
     扉だったものは吹き飛ばされ、木っ端微塵に砕け散っている。原型を留めていない、ただの木片に成り果てていた。
     めりめり、と。木が押しつぶれるような嫌な音が聞こえて、少女は視線を入り口へと向けた。
     鬼を思わせる巨大な体格。黒く光る鎧に覆われた身体。その装甲は直線的で鋭く、見るものを圧倒するような威圧感があった。
     鋼鉄を身に纏った怪物が、そこにいた。

    「……見つかった」

     少女は愕然とした声で呟いた。白い肌から血の気が引いて、顔色は青みを帯びている。
     静かに膝を立てて、今度こそ矢筒から矢を取り出す。それとは反対の手で弓の圧力汽缶(きかん)を確かめた。
     矢にも弓にも問題はない。いつでも打つことができる。
     そう判断するが早いか、少女は取り出した矢を身体の正面で構えて、すかさず両腕を上げた。そのまま弓を押して、矢を引く。
     矢尻に触れる指が頼りなく震えていることには、気付かないふりをして。
     一歩、鎧が踏み出した。同時に、彼女は矢を放つ。汽缶から噴き出した白い煙が頬にかかった。
     放たれた矢は鋭く空中を裂き、鎧の胸部に当たる。乾いた音を響かせて、装甲をわずかに抉ることに成功した。
     間を置かず、次の矢も放つ。しかし今度の矢は鎧に傷ひとつつけることも敵わず、軽い音を立てて跳ね返されてしまう……先ほどよりも、明らかに威力が落ちていた。
     圧力汽缶から昇るか細い煙が視界に入って、彼女はうろたえた。
     中の気体が切れている。予備の汽缶はない。

    「あ、……ぅ」

     血の気の引いた唇を固く結ぶ。鎧が一歩ずつ接近するたびに、左腕の傷の痛みが深みを増していくように思えた。
     いつの間にか右手は矢を放していて、腕を抑えていた。痛みとともに血が滲んで、視界にも霞がかかっていく。

    「わたしは生きて、使命を果たさなくちゃ……みんなを幸せにしなきゃなのに」

     死にたくなんてないのに、と。まだ生きていたいのに、と。
     消え入りそうな声で、彼女は呟く。

    「誰か……誰か、助けて――――」

     涙を含んだ声音で、半ば無意識のうちに彼女は乞う――そのとき。
     突如、閃光が走った。
     目が痛むほどの強烈な光。あまりの眩しさにまぶたを開けていられなくて、少女は反射的に目を閉じた。真っ白に染まった視界を遮るように、両手を目の前にかざす。

    「――お前が」

     声が聞こえた。
     若い、男性の声だった。
     感情の温度を感じさせないほどに機械的な口調……けれどもどこか穏やかで、静かな響きを含んだ声だった。
     かざしていた手を下ろして、少女は瞑っていた目をそっと開く。
     そこに立っていたのは、黒ずくめの着物と、漆の黒髪――そして、鋼鉄の腕をもった青年だった。
     切れ長の目が、開かれている。
     獣のような金色の瞳が、暗闇の中でも輝いていた。

    「お前が、俺を呼んだのか」


    * * * * *


     目の前に白い少女がいた。
     少女の歳は十代の半ばほどに見えた。柔らかい曲線を描いた輪郭と華奢な身体つきが、羽織っている着物の上からもわかる。しかしその身に釣り合わない弓と、それに番うための矢を手にしている。額には黒い鉢巻を巻いており、その下から流れた汗が、光を反射してほのかに輝いていた。
     透き通るように白い髪。抜けるように白い肌。身体中どこにも濁りや穢れのようなものがない。頭の先から指の先まで、その少女は混じり気がなく白かった。
     ただひとつその白を染めていたのは、左腕から流れる鮮血だけだった。

    「あなたは……」

     彼女は何かを言おうとしていたが、しかし言葉が続かないようだった――否、続けることができなかった、と言うべきなのだろう。
     木目の床を踏みつぶすように、鎧を纏った怪物がまた一歩、ふたりに向かって接近してきたからだ。
     我に返ったように少女は顔を上げて、弓矢を手に立ち上がろうとする。

    「わたしが囮になるから、そのあいだにあなたは――」

     彼のほうを振り向かないまま少女は告げる。しかし、逃げて、と続けようとした声を遮るように、

    「負傷者一名。守るべき対象と判断する」

     と。
     青年が、言葉を発した。

    「標的は一人。目前の鎧武者。武器は所持していないと予測」

     淡々と単語を並べるようなその声に、彼女は思わず顔を上げる……そこで初めて、彼が既に刀を抜いていたことに気付いた。
     氷のように白い刀身が、外の光を受けて鋭く光っていた。

    「戦闘を、開始する」

     その言葉と同時に――青年は駆け出した。
     姿勢を低く、床を滑るように加速し、一瞬にして彼は鎧と距離を詰める。そして懐に飛び込むやいなや、すかさず下から切り上げた。……が、鋼鉄の武者は太い腕でその刃を受け止める。
     鋼と鉄が衝突する音が響き、目の前に火花が飛び散る。
     三歩、後ろに跳んで間合いを取り、刀を上に構えて、静かに右足を踏み込む。
     鎧の者はその距離を詰めるように突進してきた。鋼鉄の腕を大きく振りかぶり、青年目がけて、勢いよく振り下ろす。
     彼は飛んでくる拳を刀で受け流そうするも、しかしその勢いを殺しきれず、左肩に重い一撃を受けてしまう。腕全体に衝撃が走り、脳に鈍い痛みが響いた。
     けれど、身体は揺らさない。腰の重心を下げることで衝撃に耐え、さらに踏み込む。青年は肩の骨が軋む音に眉をひそめて、しかし獣のような眼光で目の前の敵を鋭く睨みつけた。
     そして、右足を軸に左足を勢いよく引きつけて鎧の腕をかいくぐり――胴体に、刀を打ち当てる。
     鎧を纏った巨躯の動きが止まる。とたん、びしり、と何か重く乾いた音を耳にした。
     そちらに目をやると、刃の衝突した箇所に深いひびが入っているのが視界に入る。やがてそれは、さながら蜘蛛の巣のように瞬く間に亀裂を広げていき……ほどなくして、その鋼鉄の内部を露わにした。
     それを目にしたとき、青年は大きく目を見開くことになる。
     鎧の中には、誰も入ってなどいなかったからだ。
     鋼の骨格、鉄のからくり、それらを結びつける数えきれないほどの線や管――そして胸部の中心に存在する、鈍い光を放つ赤い石。
     想像だにしていなかったその光景に、青年は数秒、ただ呆然と鎧の中を見つめてしまっていた。

    「――心臓!」

     突然。鼓膜を震わせた少女の声に、はっと我に返る。

    「心臓の核を壊して!」

     その声に応えるように、即座に一歩引いて刀を構えた。右手の力を抜いて、腰を落とすと――思い切り踏み込んで、心臓部の石に突きを打つ。
     刃が石を砕き、ばらばらになった欠片が飛び散っていく。それを視界の端で捉えた次の瞬間……赤い閃光が、彼の身体を包み込んだ。
     突然の強い光に目が眩み、青年は反射的に目を閉じた。

    「……大丈夫?」

     不意にかけられたその声に、彼は閉じていたまぶたを開く。視界はまだ少し点滅していた。いずれ治まるだろうと判断して、数回瞬きを繰り返す。
     いつの間にか、目の前に白い少女が立っていた。彼女はどこか憂わしげな顔つきで青年のことを見つめている。

    「……大丈夫かというのは、俺に向けた問いかけか?」
    「えっ、そ、そうだけど……」
    「ふむ」

     ひとつ頷いて、青年は自分の身体を見下ろした。

    「負傷は左肩のみ――軽傷と判断。筋肉系統、問題なし。内臓挫傷、問題なし。関節…………ん、義手だったのか。まあ特に問題なし。疲労は少々蓄積されているが、休息は不要と判断する」
    「……ええと。大丈夫そう、ってことでいいのかな?」
    「その認識で問題ない」
    「ならよかった」

     朴訥とした口振りで少女の問いを肯定すると、彼女は愁眉を開くように微笑んだ。

    「わたしの名前は、ハクア。助けてくれてありがとう」
    「ハクア」

     彼女の名前を繰り返す青年。

    「うん、巫女(トゥスノ)のハクアだよ。……それで、その、あなたは?」
    「俺は――」

     彼はその問いに答えようとして、しかし不意に、何かを思いとどまったかのように口をつぐんだ。先ほどまでの表情とは打って変わり、その顔には怪訝の色が浮かんでいる。ハクアと名乗った少女は、そんな彼の様子をただ不思議そうに見つめていた。
     何かを納得しかねているような表情で青年は首をひねっていたが、しばらくして、

    「――俺は、誰だ?」

     と、呟いた。さほど感慨も抱いていなさそうな声音だったものの、しかし当然ながらその独白は聞き流せるようなものではなくて、ハクアは驚きで目を丸くさせる。

    「どこから来たの?」
    「わからない」
    「家族は、わかる?」
    「わからない」
    「うーん……本当に何も思い出せないって顔してるね」

     ためらいがちに投げられた彼女の言葉にも、青年は無言で頷いた。
     記憶がない。どこから来たのか、親や兄弟はいるのか、どうしてここで眠っていたのか――自分が何者なのかさえ、何も思い出すことができない。

    「それにしては、随分と落ち着いてるね……?」
    「こうなった原因がわからず、具体的な解決策も浮かばない以上、狼狽したところで意味はないからな」
    「ご、合理的……」

     記憶を失っているとは到底思えないその合理さに、やや戸惑いぎみの笑みを漏らすハクア。それを仕切り直すように、よし、と彼女は手を打った。

    「あのね、ここから東に進んだところにオシュマって國(くに)があるの。よかったらわたしと一緒に行かない?」
    「お前と?」
    「ずっとこんなところにいても仕方ないでしょ?」
    「……ふむ」

     どうかな? と反応をうかがうハクアに、青年は切れ長の目を伏せて考え込む。その様子を受けてか、彼女も答えを急がせるようなことはせずに、ただ静かに彼の決定を待っていた。

    「理解した。俺はお前の言葉に従おう」

     ほどなくして結論が出たのか、彼はそう言って頷いた。その返答を聞いて少女は表情を和らげる。

    「よかった。これからよろしくね」
    「ああ。よろしく頼む」
    「それじゃあ、早速だけど行こうか。着いてきてね」

     言いながら、彼女は弓と矢筒を背負い直す。そして破壊された入り口に向かって歩き出そうとしたところで、

    「あ、そうだ」

     と、思い出したように振り返って彼のほうを見上げた。

    「あなたのお名前はどうしよう」
    「名前? 俺のか?」
    「呼び名がないってなると、これからきっと不都合になると思うよ。あなたを呼ぶこともできないし、入國も認めてもらえないかも……」
    「そうか、確かにそれは不便だな。呼ばれても気付けないのは困る」

     青年は同意するように繰り返し頷いて、それからハクアへと向き直る。

    「ならお前が名付けてくれ」
    「私が? いいの?」

     無言で首肯する青年。責任重大だね、と彼女は困ったように笑って、それから唇に指を当てて思案するような素振りを見せる。
     しばらくの沈黙のあと、ふと思いついたように、ハクアは口を開いた。

    「――クロウ」

     彼女は顔を上げて、青年に向かって微笑を浮かべて見せた。幼い子供のようにあどけなくて、それでいてどこか慈しみを感じさせるような笑みだった。

    「あなたの名前は、クロウ。仮だけど、あなたは今日からクロウだよ」

     クロウ。その名前を、彼は繰り返した。当然ながら聞き覚えのない言葉である。それが自分の呼び名になるということに青年は少しばかりの違和感を覚えた。
     けれどその名は、記憶がない彼でも懐かしさを感じるような、そんな響きがあるように思えた。

    「了解した。俺はクロウと名乗ることにしよう」
    「うん。由緒のある名前だから、気に入ってくれたらうれしいな」
    「謂れがある名なのか?」

     青年の問いかけに、そうだね、とハクアは頷いた。

    「神話(ユーカラ)に謳われる――《黒き英雄》様のお名前だからね」
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