即席ハロウィン2021「先生! トリックオアトリート! です!」
開いたオフィスのドアから勢いよく体を滑り込ませ、新米隊員はドクターの前へと躍り出る。彼は普段のホットフィックス隊の隊服ではなく、フードのついたパーカーに狼の頭の被り物を身につけていた。どうやら彼も相当に浮かれているらしい。両手を顔の前に突き出して、襲いかかるようなポーズまで取ってお決まりのセリフを口にした。
「…………だれ?」
「えっ!? いや、俺です! し、新米隊員、ですよ!?」
「あぁ、新人くんか。いつもの服じゃないから分からなかったよ。すまないね」
(隊服の時の方が判りづらいのでは……)
だというのに、当のドクターは全くいつも通りのスーツ姿で、怪訝な表情さえ浮かべる有様である。ドクターは首を傾げながら、さも不思議そうに呟いた。
「そういえば、今日は変わった格好の人が多いね」
「それはもちろん、十月三十一日ですから!」
「……? 十月三十一日が、何か……?」
「何って、ハロウィンじゃないですか! 俺たちも参加していいって通達が来てたので、皆張り切ってますよ」
新米隊員の話を聞くドクターは、宇宙を背にして瞠目する猫のような表情をしていた。
「あの、もしかして……忘れてました?」
「お菓子は……ないな」
「忘れてたんですね……?」
それじゃあイタズラです! 狼男は軽快にそう言い放つや否や、ドクターの頭に何かを載せた。視界を奪われ身をすくませたところに、ふわりと布を巻きつける。右の手にかぼちゃのバスケットを、左手に棒キャンディーを素早く握らせる。
「はい、完成です!」
尖った帽子に黒いマントを羽織ったドクターは、即席の魔法使いになっていた。かぼちゃやコウモリの飾りがついた帽子は少し傾いて、ドクターの顔に謎めいた影をかからせている。新米隊員は、犬歯を覗かせて満足げな笑みを浮かべて手を差し伸べた。
「せっかくなので、一緒にお菓子配りに行きましょう! こんなイベント滅多にないですから楽しまないともったいないですよ!」
「……しかたないな」