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    夏月@kzntki0629

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    夏月@kzntki0629

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    「ふたり並んで」


    2025.2.14~2.15 王様の処方箋 展示小説

    ふたり並んで「兄貴が、結婚しないのかと尋ねてきた」
    何を言われたのか理解した瞬間、血の気が引く、という言葉を身体で実感した。もしかしてこれから振られるのだろうか。そう、最悪の未来を想像したところで、わき腹に拳が当たる。
    「勝手な妄想でそんなマヌケ面をするな。あなたと別れるつもりなど毛頭ない」
    あ、よかった。素直にそう思って、大きく息を吐いた。いつの間にか息を止めていたらしい。
    「お前は、なんて答えたんだよ」
    「今のところ予定はない、と」
    兄貴は残念そうにしていたが、と続けた村雨の手を取る。村雨の手が、今日はやけに暖かい。
    「……今のところは」
    ってのは、今後のお前の人生プランの中に、誰かとの結婚が入ってるのか?
    そう聞きそうになって言葉にした瞬間、村雨の纏う雰囲気が黒くなったのが見えた。
    「悪い、口が滑った……オレの不安なのに、お前の考えみたいに押し付けようとした」
    「……最後まで言葉にしていたら、さすがの私も怒っていたぞ」
    「さすがのって、普段からお前普通に怒るじゃねえか」
    「あなたとの関係の解消を検討する申し出をしていた、ということだ」
    ヒュン、と心臓が縮こまった音がした。そう思うくらい、まるで息が切れるまで全力疾走した時の様に、心臓が苦しい。それでも「解消を検討する申し出」という言い方に安堵もする。思わず握った手に力を込めると、「力を入れすぎだ、マヌケ」と言いながらも村雨も握り返してくれた。
    「村雨は、結婚とか、してぇのか?」
    「結婚と言う制度に興味はない」
    「そう……なのか」
    ある意味予想通り、しかし予想よりもはっきりとした返事に驚く。村雨が結婚することに拘るような性格だとは思ったことはないが、オレが思っていた以上に顔族に対する愛情がある村雨なら、両親や兄を安心させるためだとか、ごくごく普通の考えとして、家族を作ることに対する何らかの前向きな感情があるのかと思っていた。
    「何を驚いている。あなただってそうだろう」
    「それはそう、だけど……オレは、なんつーか、普通の家族とか知らねぇし。けど、お前はそうじゃないだろ。そうってことくらいは、オレにも分かる」
    普通に家族に愛されて、普通に家族を愛することのできる村雨とオレは違うだろうと、皮肉や自己嫌悪とかそういうのではなく、普通に思う。
    オレの家は多分世間一般的な感覚で言えば、家族というシステムが機能していなかった。気が付いたときには父親はいなかったし、唯一いた母親という役割の女はオレに対して興味の欠片もなかった。
    だからオレもいつしか母親に対して期待しなくなったし、いつの間にか姿を見なくなっても、気にも留めなかった。
    オレにとって家族とは、それくらい希薄で、中身のない、空っぽな箱のようなものだ。
    だから結婚とか、家族を作るとか、そういうことには興味が沸かない。そしてそれは村雨と恋人になってからも変わらない。
    村雨がオレを好きと言う気持ちを疑ったことはない。オレが村雨を好きだと思う気持ちも疑ったことはない。それでもやっぱり、家族とか結婚とかそういうものが現実味を帯びることはなかった。
    けれど、村雨はきっと、多分そうじゃない。
    一度だけ、村雨が語る『兄貴』を見たことがある。村雨の隣で屈託なく笑う姿は、頭を撫でようとして嫌がる村雨から手を避けられているその姿は、オレがガキの頃に想像した家族や兄弟そのもので、少し……本当に少しだけ、羨ましかったのだ。
    そうやって普通に、大切に育てられて愛されてきた村雨だからこそ、そういうものに興味があるのではないかとずっと思っていた。だからこそ、その兄貴が言ったという言葉をわざわざオレに聞かせることに何か特別な意味があるのかと思った。実際のところ、そこに特別な何かがあったのかは分からないが、それを前向きに捉えられないのはオレの落ち度だったけれど。
    「だから、ちょっと意外っつーか……まあ、結婚したいからオレと別れたいって言われたら多分ちょっと……どころか、しばらくは立ち直れねえくらい落ち込む自信あるし、そもそもお前が他の誰かのモンになるとか許せねえんだけど」
    「なら、あなたが私を娶ればいい」
    「……それも、ちょっと戸惑う、っつーか……どうしていいのか分かんねえもん。知ってるだろ、オレにとってはお前と恋人っつー関係になったのだって驚天動地レベルの大事件で、今もまだ、ちっとビビりながら恋人してんだから」
    「当然知っている……あなたはいい加減慣れるべきだとは思うがな」
    「そう簡単に慣れられたら苦労しねーって……こうやって、お前の手握ってるだけでも、心臓うるせえのに」
     握った手に力を入れれば、それが当たり前のように握り返される。オレはまだ、こんな些細なことですら浮足立ってしまうくらい喜んでしまうのだ。我ながら、少し情けなくは思うが。
    「昨晩もセックスをしておいて今更何をカマトトぶっている。しかも一回で満足できず二回もしておいて。おかげで私の繊細な身体は筋肉痛で苦しんでいるのだぞ」
    「それはお前の身体が貧弱なんだよ。いつまでも関節ガチガチに硬えし……ヨガはどうしたよ、確かしてたんじゃねえの?」
    もう止めた、と村雨は不機嫌そうに顔を背ける。だろうな、と心の中で嗤えばすかさず握った手に爪を立てられ抗議された。
    「イッテェよ、悪かった悪かった」
    「心が籠っていない、誠心誠意の謝罪を要求する」
    「誠心誠意って……じゃあ」
    握った手を引き寄せてちゅ、と唇を重ねる。一瞬重なっただけのそれだが、村雨の怒りを削ぐには十分だったらしい。
    ただ、
    「こういう時にばかり手が早いのも考え物だな」
    と苦言はひとつもらってしまったが。



    その後はもう結婚だの家族だの、そんな話になることなく、普通に二人で過ごした。なんならオレはすっかりとそのことを忘れていて、ふと思い出したのは天堂の教会で結婚式が行われると聞いたからだ。
    「愛し合う二人が結ばれるのは素晴らしいことだ」
    なんて、天堂にしてはあまりに常識的な考えを口にしていて、しかも周りのやつらは揃いも揃ってオレたちの関係を(教えてもいないのに)知っているものだから、やけに含みの籠った目線を向けられた。
    オレはそれに気付かないふりをして(きっとそれもバレているのだろうけど)、いつも通り五人分の飯を作っていた。
    オレがリアクションを返さない上、村雨は急患でまだ来ていないから、これ以上その話題を続けても面白くない。そう判断したのか、話題はすぐに別のものに移っていた。
    『愛し合う二人が結ばれるのは素晴らしいことだ』
    なんとなく、天堂のその言葉が耳に残っていた。
    本当にそうだろうか。結婚なんてただの制度だろ、と数日前と同じ感想が頭に浮かぶ。
    付けっぱなしで誰も観ていないテレビは最近流行のドラマが流れていて、家族が仲睦まじく食卓を囲む様子が映っている。それを言葉で表現するなら、確かに「幸せそうな光景」とでも言うのだろう。
    けれど同時に、そんなのは作られたドラマだからだと思ってしまう自分もいる。偽りのそれに興味はない。ない、はずだったのに、何故か今日はその映像が瞼に焼き付いて離れなかった。

    数時間後、真経津たちが帰ってからしばらくして、ようやく村雨から連絡がきた。
    『もうすぐ帰る。非常に疲れているので食事を用意しておくように』
    『ちゃんと用意してるからさっさと帰ってこい。お疲れさん』
    ったく、まず先にメシの心配かよ。相変わらず食い意地の張ったやつ。
    返信してからキッチンに戻って、下味を付けて冷蔵庫に入れていた肉を取り出す。村雨はいつも、オレの家に着くだいたい十分前に連絡をしてくるから、他の汁物も温め直しておこう。
    そうして手を動かしていると、携帯がもう一度軽快な音を立てた。差出人は、先程までこの場にいた内のひとり。
    『そろそろ礼二君帰って来る頃か? 次こそは遊ぼうって伝えといてくれ!』
    内容があまりにタイムリーで、反射的に周囲を見渡す。『テラリウム』が趣味という言葉の真の意味を知ってから、コイツの勘の良さが時折恐ろしい。随分洒落たいい趣味だと感心していた過去の自分がかわいそうになる。
    『伝えとく。つか、タイミングよすぎてコエーんだけど、本当にカメラとか盗聴器とかしかけてねえよな?』
    失礼だな、友達の家には仕掛けないって。礼二君に怒られるし、と憤慨していた姿と、いやオレの家だわ! と力いっぱい突っ込んだのは記憶に新しいし、一応信じているが念のため再確認する。
    すると即座に「仕掛けてないってば! 礼二君が帰る家にそんなの仕掛けたら、オレのこと見てもらえなくなるだろ!」と返って来る。だから、なんで家主じゃなくて村雨に配慮してんだこいつ。
    そしてふと気付く。
    『もうすぐ帰る』
    『帰ってこい』
    ここはオレの家だ。当然、村雨の家は別にあって、一緒に暮らしているわけじゃない。
    それなのに、村雨は当然のようにオレの家に帰ると言うし、オレもまた、それを受けて当然のように帰ってこいと返す。
    それならもしかして、あの恐ろしいほどに鋭い友人たちもまた、ここをオレの家というだけでなく、オレたち二人の家だと認識しているのでは?
    ていうか、してるだろこの感じ。それに今更ながらに気が付いて、改めてオレとアイツらの差に若干落ち込みそうになるが、そうならなかったのは、オレの頭の中をそれとは全く関係のない感情が占領しているからだ。
    「……オレたちの家、か」
    そう言葉にすれば、更に実感が湧く。
    一緒に住んでいるわけではない。泊まっていく時もあれば、次の日が仕事だと21時過ぎには帰ることだって。一週間全部合わせたって、この家で過ごす時間は24時間にも足りていない。
    それでも、村雨にとってここは帰る場所のひとつで、それは多分、自惚れでもなんでもなく、オレの家だからなのだろう。
    そう思うと、なぜかじわりと視界が歪んだ。たったそれだけが、泣きたくなるくらい嬉しかった。
    ピンポーン。
    インターホンの音に慌てて目元を拭う。きっと気付かれるとは分かっていても、取り繕いたかった。
    「あなた、なぜ、っ」
    玄関の扉を開くと案の定村雨はすぐに気付いて、眼鏡の奥で目を丸くした。こちらに伸ばされた手を掴んで家の中に抱き寄せる。一瞬身を固くした村雨だが、すぐに体重をかけるように身を預けて、それが今のオレにはどうしようもないくらいグッとくる。
    「おかえり」
    ようやく出た声は少し揺らいでしまった。
    「……ただいま」
    さすがの村雨も、オレがなぜこんな状態なのか分からないのだろう。困惑の色が乗った声だった。腕の中で、片手が持ち上がるのを感じて、それを止めるように口を開く。
    「ごめん、もう少しだけこうしてたい」
    村雨はやっぱり戸惑ったようにしながらも、わかった、と上げかけた手を背中に回して擦ってくれた。そのぎこちなさが余計に涙腺を刺激するから止めろ、なんて、そんな強がりも言えなかった。
    しばらくそうしていれば焼き付くような目の熱さも落ち着いた。少し身体を離せば、赤い双眸と目が合う。
    「少しは落ち着いたか?」
    そう問いかけながらじっとこちらを診察する先生に頷いて、何から説明したものかと悩んでしまう。
    村雨が当たり前のように帰ってきてくれるのが泣きたいくらい嬉しかったという事実はあっても、それをどう説明したものか、上手く言葉にできる気がしない。多分、一言でまとめれば、村雨と一緒にいれることが嬉しい、ということなのだろうけど、たったそれだけでまとめるのは少し、物足りないような気がした。
    村雨は、黙り込んだオレを静かに見つめて待ってくれている。手持ち無沙汰なのか、それとも自分で思っている以上に腫れているのか、背中をさすってくれていた親指で目の下を撫でた。
    「オレさ、やっぱり結婚とかはよく分かんねぇんだ」
    我ながら、なんて唐突な。それでも、村雨はそうか、と聞いてくれる。
    「お前の兄貴とか、家の話とか聞けば、いい家族だったんだなとかは普通に思うし、そういう普通の家族が羨ましく思った時もあったけど、けどやっぱよ……オレにとっての家族はそうじゃねえし、多分、最初から家族なんてモン成立してなかったんだろうし。だからオレにとっちゃ家族ってのは壊れるモンなんだよ」
    他人の家族に対してはそう思わない。けど、自分がその当事者になると考えれば、どうしても長続きするなんて考えられなかった。
    その原因はきっと自分だなんて、そこまで屈折した考え方はしなくとも、何故かそう思ってしまう。だから、どれだけ村雨のことが好きでも、大切でも……好きだから、大切だから、結婚したいなんて思えないし、家族になりたいと積極的に思ったことはない。思わない。
    「だから、村雨も興味ねえって言ってたけど、オレもやっぱ結婚とかそういうのは興味ねえ……ていうか、俺たちがそうなるのはこう、しっくりこねえんだよな」
    「私はあなたとなら構わないがな」
    ギュン、と心臓が音を立てる。
    「……そういう、即座に前言撤回したくなること言うなよ。確信犯だろ、テメー」
    すまない、という言葉とは間反対の表情で村雨は笑う。
    「それで、その結論であればなぜあなたはあんな顔をしていた? まさか、罪悪感などではないのだろう?」
    「……お前が、『帰ってきた』のが、嬉しくて」
    「……? 何を当たり前のことを」
    ああ、やっぱりそう言ってくれるのか。そう言ってくれればいいな、と思っていたから、聞きたかったその言葉にまた目の奥が熱くなる。
    「あ、なた、今日は泣き虫だな……いや、今日も、か?」
    少し動揺した声。しかしそれもすぐに隠されて、こちらを少し揶揄うようなものに変わる。それがコイツなりの気遣いであることは、とうに知っている。
    お前の前でだけなんだから、いいだろ。そう甘えて返せば、一瞬息を飲む音が聞こえた。
    存外、コイツは素直に甘えられるのには弱い。多分、知ってるのはオレと……もしかしたら、村雨の家族だけだろう。
    「オレさ、ガキの頃、ずっと、帰って来るのを待ってたんだよ」
    誰を、とは言わない。言わなくても伝わるだろう。
    「でも、帰ってこなくてさ。そんなことは予想できてたし、だろうなって諦めてたつもりだった……けど、そんな簡単じゃねえよなぁ」
    世間様に誇れる母親じゃなかったと思う。事実、優しくされたことなんてほとんどない……けど、一度もないわけじゃない。多分、向こうからただの気まぐれだったのだろう。それでも、オレにとってそれは初めてもらった愛情だったから、特別だった。だからこそ、ガキのオレにとってそれが致命傷になった。どうせ壊れる関係なら、帰ってこないのなら、最初からない方がマシだ、と。
    「オレは一人で生きてくんだと思ってた。誰も信用できねぇ、信じてたまるかって意地張って……でも、すげー寂しくて。だから、お前のこと好きになって、村雨から好きって言ってもらってすげー幸せで……それだけで十分満足してたはずなんだけどなぁ」
    頬に手を添える。あまり肉の付いていないそれだが、最近は少し柔らかくなってきた気がする。数回撫でていると、その手に顔を寄せてくるから、堪らず反対側に吸い付いた。
    「……オレ、お前ともっとずっと一緒にいたい。一緒に住みたいとかそういうことじゃなくて、オレはお前の帰って来る場所になりたいし、お前のところに帰りたい。離れたくねえし、もう離してやれねぇ……そういう関係になりたい」
    もしかしたら、それを一般的には家族と言うのかもしれないけど。そんなありふれた、そしてオレにとってあまりよい思い出のない名前で、村雨との関係をカテゴライズしたくなかった。
    「あなたは、本当に、どうしようもないほどのマヌケだな」
    村雨がそう言いながら笑った。呆れたように、けれどそれ以上に、どこか、嬉しそうに。目が離せない、そんな顔で。
    「まず否定しておくが、もしあなたが私を自分のものだと思って『離してやれない』などと言っているのであれば、それは違う。私は私だけのものだ。私がどこにいるかは私が決める」
    浮足立った感情が一気に沈む。
    そんなオレを見て、村雨は余計におかしそうに笑った。
    「人の話は最後まで聞いてから落ちこめ、全く……だから、私がこうして大人しくあなたの腕の中に収まっているのは、全て私の意思だ」
    「……村雨の?」
    「ああ、あなたの腕の中は、随分と居心地がいい」
    どくり、と、心臓が大きく跳ねる。
    「仕事終わりにここに来るのも、あなたに会うと疲れが取れるような錯覚を起こすほどの幸せを感じるからだ」
    「は……ちょ、っと、待て」
    「下手な外食をするより、あなたの食事で腹を満たしたい。恐らく私の身体の半分はもう、あなたが作ったもので構成されている。そして私もそれを望んでいる」
    「だから、っ、待てって」
    「あなたとのキスが好きだ……あなたと肌を合わせることも。それがどれほど気持ちいいものか、知っているからだ。それを私に覚えさせたのは、あなただがな」
    ほんと待て!
    今日に限ってよく動く口を手で塞ぐ。顔が、耳まで熱い。嬉しい、嬉しいけれど、こんなのは完全なオーバーキルだ。
    「ぎゃ!」
    べろ、と掌を舐められて思わず悲鳴が飛び出る。村雨は失礼だな喜べ、と言いながら実に愉快そうだ。そして、
    「まだまだあるぞ? 聞きたいか?」
    と悪い顔で笑うから、
    「――一旦、タイムで」
    撃沈寸前のオレはそう返すのが精いっぱいだった。

    ところで、続きはリビングでも構わんか?
    そう問いかけられて、ようやくオレは玄関でこんな長話をしていることを思い出した。
    そう言えば村雨はまだ飯も食ってない。慌てて準備しようとすると、仕方がないから手伝ってやろうなんて世迷言を言い出すから、洗って皿に入れていたイチゴを持たせた。
    不服そうな顔をしながらもパクパクと口の中に入れるから、そういうところも可愛いな、なんて思いながら肉を焼く。弱火で温めていた汁物は少し煮え立っていて濃いかとも思ったが、勝手に味見した男曰く「気にしない」とのことだったから一旦火を止めて蓋をしておいた。
    サラダはどうせほとんど食べないから付け合わせ程度に皿に盛り、後は肉が焼き終わるのを待つだけ。
    何となく、無言になる。話の続きをこんなところで、肉を焼きながらしてもいいものか悩んでしまう。が。
    「私も、あなたの傍にいたいと思っている」
    いや続けんのかよ。オレの悩みを簡単に一蹴すんな。そう言いたいけれど、結果的にそういう村雨に助けられたことも多いから一旦口を噤む。
    「今その話の続きすんのかよ、オレ肉焼いてんだけど」
    「あなたも気になっていただろう。意図せずお預けのようになったからな。お互いすっきりしてから食事に入った方が、より美味しく食べられるというものだ」
    そうだった、そう言えばコイツ、そういうディティールにはこだわらないやつだった。何が悪い、とばかりに見つめる村雨は最後の苺を口の中に放り込んだ。
    「……お前の意思で?」
    「そうだ。私は私の意思で、今、あなたの傍にいるし、これからもあなたと一緒にいたいと思っている。私がどこに帰るのかも私が都度決めるが……少なくとも、あなたは私が帰りたいと思う場所のかなり上位にいると思うが」
    「上位って、何番目だよ」
    「そうだな……二番目と言ったところか」
    そこは一番って言えよ、嘘でもいいから。そう口にしていいのか分からず、言葉を飲み込んでしまう。そんなオレの肩に村雨の人差し指が当てられる。
    「あなたが望むなら、一番になるかもしれないな」
    「……お前はお前のもので、どうするかは、お前が決めるんだろ?」
    「なんだ、あなた拗ねているのか」
    図星を突かれて言葉が詰まる。
    そうだ、拗ねてるよ。だって、オレのところに帰ってきてほしいって伝えたことは、オレにとっては一大決心だった。それなのに、お前はオレを二番目だって言った。しかも、揶揄うみたいに、一番にしてもいいと。
    オレは村雨の一番になりたい。唯一になりたい。それを願うのは、いつも誰の一番にも唯一にもなれなかったオレにとって、どれだけ、意を決するものか。
    村雨が、オレなんかの機微に気付かないはずがないのに。
    「……言い方が悪かったな。あなたが望むなら、と言ったのは、私の中であなたが占める割合が大きいと言いたかった」
    「……オレが?」
    「ああ。私は私以外の人間によって意思を曲げることはしない」
    どうでもいいことであれば適当に合わせることもあるが、これは違うと分かるな? と、オレの頬に村雨の手が触れる。
    それは、分かる。そこを勘違いするほど、バカじゃねえつもりだ。頷いて、その手に顔を寄せる。
    「だが、あなたが望むなら、私の意思など変えてもいいと、思うことがある。それであなたが喜ぶなら、と。それはきっと、あなたが大切だからだ。そうしてもいいと思うほど、あなたが、私を大切にするからだ」
    「オレは、」
    お前の、特別か?
    尋ねた声は、思ったより小さかった。ちゃんと声になっていたかも怪しいほど。
    「もちろん。これまでも、これから先も、私が一番愛しているのは、きっとあなただけだ」
    迷いなく返ってきた言葉に、喉が焼け付くように痛む。
    「次はあなたの番だぞ。ほら、今なら私への愛を伝えたい放題、」
    好きだ。
    力いっぱい掻き抱いて、考えるより先に言葉が飛び出る。
    大好きだ。オレの全部をやってもいいと思うほど。お前はいらねぇって言うと思うけど、それでもオレの全部、お前のもんにしていいって思う。それで傍にいれるなら尚更。村雨のことを大切にしたい。愛したい。そんで、同じくらい、同じでなくてもいいから愛されたい。やっぱり嘘だ、同じくらい愛されたい。村雨はオレの特別で、唯一で、ずっと、ずっと一緒にいたい。
    何を伝えたいのかなんて考えている余裕なんてなくて、ただ想いを伝えたくて、言葉にした。支離滅裂でもいいから、伝えたかった。
    トントン。
    どれくらいの時間が経ったのか分からない。一瞬のようにも、数分のようにも感じた。
    叩かれてた肩を離すように、少しだけ腕の力を緩める。空けた隙間から顔を覗き込むと、村雨の耳が少し赤くなっていた。
    「……そんなにあるとは聞いていない」
    拗ねたようにそれが照れ隠しであることは、オレでも分かるくらい分かりやすいものだった。
    「……駄目か?」
    「そうは、言っていない」
    「じゃあ、嬉しい?」
    「当たり前だ」
    「じゃあ……明日も、オレのところに帰ってきてくれるか?」
    顔を近付けて、額同士を合わせ見つめた。赤い瞳がこちらを見返す。
    「……あなたの食事が食べれるのなら」
    素直じゃないイエスがなんとも村雨らしくて愛しくて、「任せとけ」と返して唇同士を重ね合わせる。重ねた唇は、村雨から離されることはなかった。



    机の上に並んだ食事を一緒に食べる。すっかり忘れていた肉は少し焦げて硬くなっていた。
    そんな肉を見て村雨は不機嫌そうに眉を顰めて、
    「私は美味しいものが食べたいのであって、焦げた肉を食べたいわけではない」
    と苦言を呈しながらも、
    「明日こそは適切に調理したものを並べるように」
    と続けた。
    当然のように約束された「明日」に心が躍る。
    明日は何を作ろうか。明後日は、その次は?
    大切な人の帰りを待つことがこんなに幸せなんてこと、生まれて初めてで、この幸せがずっと続けばいいと、そう胸の中で呟いた。
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