学生フェルヒュー+レスヒュー食堂で夕食を終えた生徒たちは、各々自由な時間を過ごすことが多い。
早めに自室に戻るもの、友人と茶会を楽しむもの、書庫で勉強をするもの……
本日のフェルディナントの食後は、訓練の時間にあてられていた。
「今日はここまで」
「ああ、助かったよ先生!」
元々自主練のために訓練場に向かったフェルディナントだったが、先客として彼の担任であるベレスもまた自主練をしていた。
これは丁度いいとフェルディナントが手合わせを願えば了承されたので、二人でしばらく打ち合っていたのだった。
白熱したこともあり、かなりの汗を二人ともかいている。
「私はこのまま浴室に向かう予定だけど、良ければ一緒にどうかな」
今度は、フェルディナントがベレスの願いを了承したのだった。
浴室内の更衣室は、最も混み合っている食後を避けたこともあり人もまばらである。
蒸し風呂用に用意されている服装に着替えた二人が中で落ち合えば、中もやはり人は少なかった。
しかし彼らはその中に、よく見知った顔を発見する。
「ヒュ―ベルト。奇遇だね」
「おや、先生と……フェルディナント殿ですか」
ヒュ―ベルトである。
大した汗をかいていない様子から、彼も来てすぐなのだろう。
ベレスは悪気なくヒュ―ベルトの隣を陣取ったが、フェルディナントは微妙な顔をしていた。
なぜ疲れを癒す浴室で、この男の傍にいなければならないのか。
しかしベレスと約束してしまった手前、あまり彼女から距離を取るのもしのびない。
生憎ベレスの周辺はあまり空間があいておらず、彼が陣取れるベレスに最も近い位置はヒュ―ベルトの右隣のみだった。
フェルディナントが渋々ヒュ―ベルトの隣に座れば、彼も渋々といった顔でフェルディナントのことを見やる。
しかめっ面で睨め付け合う二人の姿を見てベレスは、相変わらず仲が良いねと笑った。
浴室内に時計が備え付けられていないためどれ程の時間が経ったのか正確には知り得ないが、体感ではそれなりの時が過ぎたように思う。
事実ひとり、またひとりと利用者が減っていき、今やそこにはベレス・フェルディナント・ヒュ―ベルトの三人を残すのみとなっていた。
ベレスはそろそろ出たかったのだが、もうしばらくは叶いそうにない。
というのも、そういうわけにはいかない状況に陥ってしまっているからだった。
「ヒュ―ベルト、だいぶキツそうではないか。もう出たらどうかね?」
「いえいえ、貴殿こそ限界が近いのではありませんか? 私は中々温まりにくい体質でしてね」
フェルディナントとヒュ―ベルトが、張り合っている。
ベレスは一度二人にもう出ないかと提案しているが、声を揃えて先生だけどうぞと返されてしまった。
そのまま放っておくのもやぶさかではなかったが、それでは恐らくどちらかが倒れるまで二人の我慢比べは続くだろう。
それは担任として監督不行き届きではないかと考えたベレスは、二人が満足するまで出るに出れなくなってしまったのだ。
ベレス自体は、蒸し暑さに強い。
何人の生徒と立て続けに入ったところでピンピンしているくらいのものだが、二人は違った。
フェルディナントは顔が真っ赤になっているし、ヒュ―ベルトは多量の汗をかいている。
「フェルディナント、打ち合いの疲れも溜まっているだろうしあまり無理をするのは……」
ベレスがフェルディナントに声をかければ、それに応対したのはヒュ―ベルトだった。
「クク、先生の言う通りですよ。顔が真っ赤ではありませんか」
「くっ、それを言うなら君はどうなんだ! そんなに汗をかいて、胸までびしょびしょではないか! ……ん? 胸、まで?」
確かに、ヒュ―ベルトは全身に汗をかいている。
特に鎖骨には汗が溜まっていて、時折玉の筋となって彼の胸元を滑り落ちていた。
そう、胸元。
ゆるい谷間を、汗が流れている。
フェルディナントは混乱した。
なぜこんなにも——ヒュ―ベルトの谷間が、おおっぴろげに見えているのだ?
「……あの。何をのぞき込んでいるのですか」
「…………」
だいぶのぼせてきているフェルディナントの耳に、ヒュ―ベルトの言葉は届かなかったらしい。
一体どうしたのだとベレスがヒュ―ベルトを見れば、彼女は合点した。
「ヒュ―ベルト、よく見たら服がぶかぶかだね」
「ええ、背の高さに合わせるとどうしても横幅は余ってしまって……先生、この不躾な視線をどうにかできませんか? 全く、体はこんなにも立派に鍛えているというのに、その精神力ときた、ら……」
今度はヒュ―ベルトの動きが止まる。
そのままじわじわと体が色付いていき、しまいには指先まで真っ赤になった。
「ヒュ―ベルト?」
不審に思ったベレスがヒュ―ベルトの視線の先をのぞき込もうとするが。
「ぁ、い、いけません!」
咄嗟に伸びてきたヒュ―ベルトの手で、視界を覆われてしまった。
しかし残念ながら、ヒュ―ベルトとベレスでは圧倒的にベレスの方が力が強い。
ヒュ―ベルトの制止虚しく彼の手は無理やり剥がされ、彼女はヒュ―ベルトの視線の先へと辿り着いた。
そして事態を理解する。
彼の視線の先——そこはフェルディナントの下腹部、もっと詳細に言えば股間。
そう、フェルディナントの逸物が、布越しでも分かるくらいに勃っていたのだ。
「おお」
ベレスは顔色一つ変えず、感嘆の吐息をもらした。
なるほど、これはヒュ―ベルトの様子がおかしくなるのもわかる。
なんとも立派なフェルディナントがそこに、立っているのだから。
しかしそれだけであれば、特に男性同士そこまで恥ずかしがることでもないだろう。
だが今回は、追加で条件があるのだ。
元々は疲れていたことが原因で、生理的に勃ってしまったのだろう。
しかし、その勃ってしまったタイミングが悪かった。
——彼はヒュ―ベルトの胸元を見て、おっ勃ててしまったのだから。
ヒュ―ベルトからすれば、自分の姿を見て勃起されているのである。
しかも仲の悪いフェルディナント相手に。
その上、一部始終を担任教師であり、しかも異性であるベレスに見られてしまったのだ。
いたたまれないことは筆舌に尽くしがたいだろう。
「……お暇させていただきます」
「あっ、ヒュ―ベルト! その状態で急に立ち上がるのは危な……」
ぐらり、ベレスの言葉通りヒュ―ベルトの体がふらついた。
それを咄嗟に支えたのは、ベレスの叫びでようやく意識を取り戻したフェルディナントだった。
彼もまた立ち上がり、ヒュ―ベルトを正面から受け止めたのだが。
「……ッ」
のぼせた状態で急に立ち上がったのは、フェルディナントも同じである。
彼の体はヒュ―ベルトを抱きとめたまま、再び気を失って後ろへ倒れていった。
その先にあるのはベレスの体で、よもや二人分の男性の重みを受けて潰されてしまうのではないかとヒュ―ベルトは危惧したが、杞憂に終わる。
フェルディナントよりも力の強いベレスは、余裕たっぷりに二人を受け止めて見せたのだから。
「先生、大丈夫……みたいですな。申し訳ございま……」
先ほどのように、ヒュ―ベルトの言葉が急に止まる。
どうしたのかとベレスがヒュ―ベルトの顔を見上げれば、彼の顔は今日一番にゆだっていた。
今の三人の状況は、蒸し風呂の座部に腰かけるベレスの膝の上にフェルディナントが背中を預ける形で腰かけ、ヒュ―ベルトはそのフェルディナントの膝の上に向かい合う形で跨っている。
ああ、なるほど。
理解したベレスが、いたずらにフェルディナントの体を揺らした。
「ひッ せん……せい! 戯れが、過ぎます……っ」
「いがみ合ってもいいことはないという勉強になったね」
この体勢でヒュ―ベルトとフェルディナントの最も触れている接着点は、疑いようもなくフェルディナントのそれである。
いまだ硬いままのそれが、フェルディナントの体が揺さぶられた時にごりごりとヒュ―ベルトの尻に擦りつけられたのだ。
自分を見て勃起したそれが、自分の尻に触れる感覚。
確かにフェルディナントと無意味な張り合いをしたのは、大人げなかったと思う。
普段から不要ないがみ合いをしていることも、否定できない。
しかし、だからといって。
「これに懲りたなら、もう少し仲良くしてね」
ベレスがまたフェルディナントの体を揺らそうとしたので、ヒュ―ベルトは慌てて首を縦に振るしかなかったのだった。