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    めがね

    主にフェヒュのすけべ文を置きます

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    めがね

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    フェルヒューでキスの日。

    #フェルヒュー
    ferhu

     二人の間ですっかり恒例と化した茶会は、必ず昼下がりに行われるとは限らない。優雅に社交にだけ精を出していればよいだけであった貴族たちの時代とは違うのだ。地位と立場のあるものほど、日々忙しく立ち回らねば国政は回っていかない。改革とはそういうもので、主の目指す道の実現に向けて、邁進する毎日である。よって、どちらもが地位も立場もある人間である自分とフェルディナントとは、お互いに自由になる時間は少ないのだ。
     寸暇を惜しんで政務に勤しむのはどうやら己の性分には適性があったようで、多忙の日々になんら不満など持ち得なかったのではあるが、過労が祟って執務室で昏倒したことをきっかけに、適宜休息とは取らねばならないものだと主とかつての師とに二人がかりで叱りつけられることになってしまった。そこで何故だか巻き込まれてしまったのがフェルディナントである。互いにテフ豆と着香茶の茶葉とを贈り合ってから、時折茶会を開くようになっていたことを、主たちもしっかり把握していたらしい。フェルディナントにもちゃんと休息を取らせたかったからちょうどいい、ベレスはそうにまりと微笑んで、不可解な取り決めを押し付けてきた。
    『フェルディナントとヒューベルトは、毎日必ず、短くてもいいから茶会の席を共にすること』
     そんな馬鹿げた取り決めがあるかこの多忙の毎日の中に必ずだと? そのような暇があったら書類の一枚でも読み進め、様々な執り進めていかねばならないのだ。なすべきことは山と積まれている。一つを片付けたとしても、次なる机上の戦いが待ち構えているのだ。時折ならばともかく、毎日など、どこからそんな時間を捻出する。
     主の手前、声には出さずにおいた胸中の主張と不平を、しかし、ベレスは的確に読み取ったらしい。にこり、と笑う。笑顔であるにも関わらず妙な威圧感と迫力のあるそれは、どこか主に共通しているような気がする。伴侶として公私共に傍にいれば、性質も言動も似通ってくるもの、などと世間ではいうらしいが。これはどちらがどちらに似たのであろうか。
    「強制的に長期休暇を取らされるのと、毎日少しずつきちんと休息を取って仕事に励むのと、どっちの方がいいか選べって。我らが皇帝陛下が」
     言葉を発せずこちらに視線を向けるだけの主の顔は、頑として譲らない気質を発揮したときのそれであると、長年仕えてきたからこそわかってしまい。
    「……わかりました」
     頷くしかなかった、というのが実際のところである。
     自分と同じ感想を持っただろうと予測していたフェルディナントは、しかし、どうやらこの茶会の取り決めを喜んでいたようだった。主とベレスにも困ったものだという論調で話を振ったのだが、意図せず君との時間を確保できることになって嬉しい、と言われてしまった。
     しかし、お互いにどうしても時間の捻出ができないことは多々あった。そういうときにはほんの数分、煽るように紅茶やテフを飲み干すだけで終わることもあった。ろくに会話もしないことも。
     やあ、どうだ調子は、疲れた顔をしているな、ちゃんと眠れているのかい。貴殿の方こそ、鏡を見られた方がよろしいのでは。今かかりきりの案件が終わればそうするさ、ああそうだ、数日中には片が付くので、そうしたら茶会らしい茶会をしよう。わかりました、では、また。
     そんなやりとりしかせずとも、茶さえ口に運べば茶会は成立したことになる。ということにした。そんな定義づけでは主もベレスも納得しないのではとも考えたが、フェルディナントと顔を合わせていることだけ確認を取られることはあっても、それ以上の追及はなかった。
     そんなふうにして、二人の時間をもつようになって数週間もたった頃。
    「私は本当に幸せものだな」
     心の底から喜んでいるのだと言わんばかりの顔が、こちらを見ながら微笑んだ。
    「何かよいことでもありましたかな」
     彼の取り組んでいる施策の進捗は順調のようだった。そのあたりのことだろうか。しかし、それには「幸せもの」という表現は似つかわしくないように思う。何か彼個人におけるよいこと、についての方だと考える方がしっくりとはくる。だが、自分の陰鬱な顔など見て彼が思い返すような幸せ、とはいったいなんだろうか。
    「目の前にあるのだが」
     目の前。今日は着香茶を入れた。好物があるからか。
    「いや、違う」
     では、いったいなんだ。
    「君と過ごす時間が幸せだと言っている」
    「……は?」
     距離を近付けたとは思った。戦いの日々のうち、彼の心根の真っ当さや強さにふれ、好ましいと感じるようになってもいた。語り合う時間は過去の険悪さが嘘のように有意義で、だから、自分の方も彼との時間は得難いものだと思っていたが。そこまで直接的に喜びを露わにされてしまい、一瞬言葉を失うと、フェルディナントは不思議そうな顔になった。
    「君は、本当にこういうことには鈍いのだな」
     微笑ましげに笑われて、どことなく馬鹿にされたようにも感じてむっとした。それが顔に出てしまったらしい。フェルディナントと過ごす時間はどうにも気が緩むらしく、常には意識して心掛けずとも繕える余裕めいた笑みを崩されてしまうことがある、とてもよく。
    「馬鹿にしたわけではないさ」
     他人を嘲り笑って楽しむような人物ではない。それはよく知っている。が、では、何だというのだ、その笑みは。
    「かわいらしいひとだ、と思っているのさ」
    「か、っ、⁉」
     生まれてこのかた用いられたことのないような形容が微笑む顔から飛び出して、今度こそ派手に表情を崩してしまった。なんだそれは。なんの冗談か。目を剥いたこちらをにこにこと見つめるだけのフェルディナントは、しばらく言葉を失っているこちらを楽しんだ後、
    「本当に、君をかわいらしいひとだと思っているのだ」
     冗談にしては、言葉が真直ぐすぎた。真摯すぎた。からかっているのだとは、どうにも思えない。しかし、本気で言っているのだとなれば、残念ながらフェルディナントの正気を疑わねばならないか。激務に続く激務で、少々意識が混濁しているのかもしれない。ならば彼には本格的な休息をとらせるのがよいだろうか。
    「本気だよ、私は」
     ……やはり、数日間の休暇でも取らせるように主に進言をした方がよいかもしれない。いや、だが、そのような進言をすればどの口が言うのかとこちらまで休暇を取らされることになるような気も、する。それは藪蛇だ。今は休んでいる暇などない。
    「ヒューベルト、聞いてくれるかい」
     やたらと改まった声。やたらと熱のこもったような声。視線。面差しが、いつにも増して、強い、ような。
    「なん、でしょう、か」
     言葉が掠れて途切れてしまった。フェルディナントはそれに気付いたに違いないが、意に介さないようにじっとこちらを見据えている。まるで敵陣に攻め込む際のごとくの視線の強さ。
    「君が、」
     君が。君とは、自分のことに違いない。この場には二人のみ。他の者が同席することはない。
    「君のことが、」
     ことが。なんだと、言うのだろう。
     にこり。音がするのではないかというほどに強く深く、フェルディナントが微笑んだ。
    「好きだ」
     それは、……当然そうだろう。頼りになる同志として、こちらもフェルディナントには好意をもっている。彼からも、信頼を向けられるようになって久しい。これで好ましくないと昔のように思われていたとしたら、どれほどの役者だと思えばいいのか。
    「違う」
     ……違う、のか。好ましいと思われているわけでは、
    「そうではないよ、ヒューベルト」
     また否定だ。何を言いたいのかがわからない。本当に君は、とフェルディナントがまた笑った。そして、
    「愛している」
     信じがたい一言を言い放つので、また表情を崩してしまった。それはそれは大きく。
    「愛しているんだ」
     言葉を重ねるのは、こちらの逃げ場を断とうとする意図がある、ような気がする。
     逃げ場。逃げたいのか、自分は。この場から、彼の言葉から、彼の……想いから? そう考えようとするのだが、
    「愛している」
     さらに言葉を重ねてくるフェルディナントの真摯の瞳に、ただ息を飲むしかない。射抜くほどの強さで見つめる瞳から目を剥がせずに、ただただ茫然と。
    「君の心も、私に重なるところがあるのだろうと、私は自惚れているのだが」
     何故だろう。顔が近付いてくる。茶会用の小さなテーブルを乗り越えて、身を乗り出して、フェルディナントの顔が。目の、前に。
    「ヒューベルト」
     吐息がかかるほどの接近を、今までの彼がしたことがあっただろうか。友人としての距離を縮めたとは思ったが、物理的に不必要なまでに近付くことはなかったはずだ。自分には、他人には侵されたくない距離というものがある。他者とは警戒の対象で、間合いに入られるのは命を取られるに値する愚行である、そういう生き方を長らくしてきた自分にとっては、その距離が広いことは、フェルディナントもよく知っているはずだ。それを知りながら不必要な接近をするような男ではない。
     ならば、必要だというのだろうか、この距離は。
    「ヒューベルト」
     再び呼ばれて我に返る。他人を触れてしまいそうな距離に置きながら思考に耽るなど、命がいくつあっても足りない愚行であると考えていたばかりであるというのに。
    「私は、君の命はとらない」
     それは、そうだろう。この距離にあって殺気は感じられない。当たり前だが。フェルディナントは頼りになる将であり、友人であり、好ましく思う人物であり。数週間も毎日茶の時間を共にするような間柄。その時間の捻出を難儀だとは思っても、彼との時間を煩わしいとは思わなかった人物で、
    「だが、」
     だが?
    「君の、くちびるを奪っても、よいだろうか」
     くち、びる。くちびる……?
    まだこれ以上この目は丸く開くことが可能なのかと自身で驚くほどに、おそらく目を見開いてしまった。
    「嫌だと思うならば、拒んでくれ、遠慮も慮りなども決してせずに」
     だが、と続ける。
    「私の想いに君のそれが重なるのならば、このまま目を閉じてくれないか」
     指先が頬をなぞった。ひくりとは肌が揺れたが、体を引くことはしなかった。できなかった。
     親指の腹が頬をそっと撫でる。残りの指が、頬を覆うように添えられる。そして、掬い上げるように顎へと滑った。
     ヒューベルト。声にも満たない吐息が名を呼んだ。それがそのまま唇に降りかかる。熱い、と思った。それから、あまい、とも。
     下唇を、親指が撫でる。それは愛おしそうに、柔らかに。
     ヒューベルト、と再び吐息に名を呼ばれる。堪えられない熱をたたえて。は、と薄く開いてしまった唇から、同じような吐息が漏れた。
     そう、同じような。熱くて、あまい。
    あまい、などと。同じだというのか、フェルディナントと。吐息も、込められた熱も、想いも。
    想いが、重なっていると。
    フェルディナントの微笑みが、もう触れてしまう位置にある。
    他人とは警戒すべきものだ。間合いに入られるのも触れられるのも、全て命を落とすことに繋がりかねない。徹底的に忌避してきた。それなのに、いくらこちらを害する意図のない相手だと確信していたのだとしても。
    「フェルディナント、どの」
    「……目を閉じてくれるかい?」
     必ずそうなるだろうと信じて疑わない目は、しかし、ひたすらに優しかった。こぼれんばかりの愛情をたたえて。熱をたたえて。
     ああ、と胸が震えた。同じ、なのだろう。重なっている、のだろう。向けられる色に、同じもので返したいなどと胸の内に浮かんでしまったのだから。
    「ヒューベルト」
     愛しさばかりを滲ませたその囁き声に、今こちらがすべきは、瞼をそっと下ろすことだけ。



    20210523
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