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    dressedhoney

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    dressedhoney

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    学生フェヒュ
    雨漏りをきっかけに相部屋となった二人、仲良くする気はさらさら無かったがひょんなことから共通の趣味を発見する
    悪いことはしていませんが後半は服を着ていないです

    #フェルヒュー
    ferhu

    学生フェヒュ——暗器ストリップいくらかのセイロス教団が居を構え、堅牢なる信仰と城壁を纏うガルグ=マクとはいえ、人の世に生まれ落ちた以上老いは等しく訪れる。
    それも千年を目前にした老体、あちらこちらとガタがきていることについては事前にセテスが宣言していた。
    何事もなければいいのだが、とアロイスがぼやいていたのが数節前。
    ヒュ―ベルトはよもや自分がその"何事"に巻き込まれるとは、露とも思っていなかった。
    「…………」
    彼の私室、窓の近く、備え付けベッドの頭上。
    そこは確かに、雨漏りしていた。
    俄かに強い雨が降ってきたと外を見上げた際に気付いたもので、ヒュ―ベルトはとりあえず雨だれから荷物を避難させる。
    他に同じ状況の者がいないだろうか探すためヒュ―ベルトが部屋の外に出たのと、カスパルが隣の部屋から困ったように顔をのぞかせたのは同時だった。


    「雨漏りか。それは困ったな……」
    「全く、ろくに修道院を補強せず、教団は寄付金を一体どこに流しているのやら」
    ベレスは突然部屋を訪ねてきた教え子の珍しい組み合わせに少々驚いたが、雨漏りの話を受けて更に目を丸くした。
    「色々と確認してくるから、私の部屋で少し待っていてくれ」
    彼女がそう言い残し部屋を出て、数十分。
    他愛もない話をしながら時間を潰していたヒュ―ベルトとカスパルの元に戻ってきたのは、ベレスとエーデルガルトだった。
    「黒鷲の学級で雨漏りしているのは二人の部屋だけみたいだ。他の学級はマヌエラ先生とハンネマン先生に頼んできたよ」
    ベレスはそう言って、少し間をあけてから続ける。
    「それで……二人には残念なお知らせがあるんだけど」
    実のところ、ヒュ―ベルトにはその残念なお知らせについて予想が付いていた。
    彼がそれでも息をひそめるばかりだったのは、言葉にしなければその最悪の事態を回避できるのではないだろうかという彼なりのささやかな願いが込められていたからである。
    「今年も寮は満員御礼でね、空きがないそうなんだ。それで二人は、雨漏りが直るまで誰かと相部屋になる」
    しかし、願いはしょせん願いでしかなかった。
    ベレスの言葉を聞いて、ヒュ―ベルトは目に見えて不機嫌になる。
    エーデルガルトは彼の様子に気付きながらも、臆することなく更に彼の機嫌が急降下する言葉を続けた。
    「その組み合わせを道すがら師と私で考えたのだけれど。カスパルはリンハルト、ヒュ―ベルトはフェルディナントよ」
    その言葉を受けて待ったをかけたのは、カスパルである。
    「あのよぉ、俺はリンハルトと一緒なの慣れてるけどさ。その……逆の方がよくないか? ほら、リンハルトもヒュ―ベルトも同じ魔法職だろ?」
    「カスパル殿もこう仰っています」
    ベレスがエーデルガルトを見れば、彼女は首を横に振った。
    それを受けたベレスが眉を下げ、なおざりに髪を耳へかけながら言う。
    「グループ課題の組み合わせは変えるから、どうかこれをいい機会にして欲しい」
    ヒュ―ベルトと、そしてカスパルに拒否権は無かった。


    「これはまた、随分と身軽ではないか」
    扉を開けた先に立つヒュ―ベルトを見たフェルディナントの、第一声である。
    訓練場で汗を流していたフェルディナントの耳に『今日からヒュ―ベルトとしばらく相部屋になる』と飛び込んできた時、彼はさすがに自分の聴力を疑った。
    だが物申すより先に自室へと連行され、部屋を片付けるように指示される。
    フェルディナントはヒュ―ベルトとカスパルの部屋が雨漏りしたことを聞かされてはいたが、まさかその解決策が相部屋、しかもよりにもよってな組み合わせなど、億が一にも予想していなかったのだ。
    「最低限の衣類だけですので」
    ヒュ―ベルトは、フェルディナントに一礼をしてから部屋に入る。
    右奥の方に見慣れない簡易ベッドを見つけ、それが自分の仮住まいだと理解した彼は早々に荷物をそこへ置いた。
    「今回は不可抗力だろう。遠慮はいらないから、趣味の物でもあれば持ち込むといい」
    「お気持ちだけ頂戴いたします」
    ——もう少し、歩み寄れないか?
    ベレスから、エーデルガルトから、何度もヒュ―ベルトに投げかけられた言葉である。
    恐らくフェルディナントにも同じ言葉が幾度も投げかけられているのだろうとヒュ―ベルトは思ったが、本人にそれを確認するつもりはなかった。
    二人の不仲は、士官学校でも有名である。
    そういった不和が戦場では命とりだと、少しでも二人の仲を改善できないかベレスが苦心しているのをヒュ―ベルトは知っていたが、彼はこれ以上の歩み寄りに積極的ではなかった。
    フェルディナントの、何もかもが気に入らないのである。
    それは相手方も同じようで、フェルディナントもまた、ヒュ―ベルトへの歩み寄りの姿勢を見せてこなかった。
    それで荒療法としてグループ課題を組まされたり、副官として戦場に出てみたりと色々手を回されてはいるが、それらが実を結ぶ気配は一向にない。
    「貴殿にこれ以上のご迷惑をおかけするわけにはいきません。日中は書庫にでもこもることに致します」
    「そうか。ではこれを持っていきたまえ」
    そう言ってフェルディナントがヒュ―ベルトに渡したのは、一本の鍵だった。
    「……これは?」
    「この部屋の合鍵だが。私の持つ物以外にはそれしかないから、無くさないでくれたまえよ」
    平然と言ってのけるフェルディナントに、ヒュ―ベルトは信じられない物を見る目で彼を見つめる。
    理解できない視線にフェルディナントがどうしたのか問えば、ヒュ―ベルトは少々言い淀みながら答えた。
    「私がこれを持つということは、貴殿の部屋へ自由に出入りできるということなのですが」
    「当たり前だろう。今は私の部屋であり、君の部屋でもあるのだから」
    嚙み合わない会話に、ヒュ―ベルトはよもや自分の感性がおかしいのかと一瞬の不安を抱いたが、否、間違ってはいないはず。
    普通年頃の男性は、仲が良い友人相手ならともかく、少なくとも嫌いあう相手に部屋を明け渡すというのは不愉快極まりない行為であるはずなのだが。
    あくまでも公平さを重んじるフェルディナントは、一瞬の迷いすら見せずヒュ―ベルトに部屋の合鍵を渡してみせたのだ。
    ヒュ―ベルトにとってそれは理解しがたい行為であったし、なによりどうしてか悔しさを感じた。
    「む、さては私の部屋で弱みを探そうとでも? ふふ、貴族たるもの私室でも品行方正であるべきだ! 私がいる時でもいない時でも、好きに見たまえ」
    「……では、ありがたく」
    ヒュ―ベルトは筆記用具だけを手にして、足早に彼の部屋を去ったのだった。


    宣言通り自由時間を書庫で過ごしたヒュ―ベルトだったが、就寝時間にはさすがに部屋へと戻る必要がある。
    彼は重い腰を上げ、湯浴みを済ませてからフェルディナントの部屋へ向かい、扉を叩いて入室した。
    「随分と遅かったな。戻ってこないかと」
    「私の前で寝姿を晒さないのは、良い判断だと思います」
    「お褒めにあずかり光栄だな」
    ベッドに腰かけながら読書をしていたフェルディナントは、既に寝間着姿である。
    ヒュ―ベルトも着替えてしまおうと簡易ベッドに置いていた荷物の中から目当ての物を取り出し、その場で服を脱いだ。
    フェルディナントに背を向けた状態で、普段通りの手順で制服を脱ぎ、肌着も脱いで、その場に落としていく。
    なんとなくその様を見ていたフェルディナントは、肌着まで脱ぐのかと目を細めたが、現れた肢体を見て理解した。
    ヒュ―ベルトの手が腕、胸、太腿と暗器のついたベルトを外していき、膝立ちのままひとまとめにする。
    そして首だけを後ろに向けて、小さな声で言った。
    「もう充分でしょう」
    言外にこれ以上は見るなと窘められ、フェルディナントはふいと気まずそうに顔を逸らす。
    ヒュ―ベルトはそれ以上何も言わず、再び肌着を手に取った。
    これは、わざと見せてやったのだ。
    フェルディナントが易々と合鍵を渡してきたことに悔しさとわだかまりを感じていたヒュ―ベルトが、少しでも公平であろうとした行動。
    そちらが無防備を宣言したのだから、こちらも無防備を晒す。
    それは力なき者同士互いに助け合おうという意味合いではなく、不可侵であろうという意図が込められていた。
    フェルディナントにどこまでヒュ―ベルトの思惑が伝わったかは定かではないが、ヒュ―ベルトにそれを確かめる気はやはりない。
    彼は寝間着に袖を通し、さっさと横になった、のだが。
    「…………」
    ベッドとはいえ、あくまで簡易的な物。
    ヒュ―ベルトの長身を受け止めるには、かなり小さいものであった。
    彼は体の向きを変え、角度を変え、どうにか良い場所がないかと試行錯誤する。
    やたらギシギシと鳴るのを不審に思ったフェルディナントが音の方を見れば、そこには何とか体を簡易ベッドに収めようと苦心するヒュ―ベルトの姿。
    彼の身に起きていることを察知したフェルディナントがヒュ―ベルトに声をかければ、彼は視線を追い払うように軽く手を振った。
    「問題ありません。どうかお気になさらず」
    ヒュ―ベルトはそう言って、ベッドの上で横向きのまま丸くなる。
    腕も足も折りたたみ、小さくきゅっと丸まる姿は猫だとか赤子に似ていて、フェルディナントは思わず笑ってしまった。
    当然ヒュ―ベルトは気を悪くしてその赤子のような寝姿のままフェルディナントを睨み上げるのだが、フェルディナントからすれば猫に威嚇されているようなものである。
    フェルディナントは笑みをたたえたまま、ゆっくりとヒュ―ベルトの丸まる簡易ベッドへと乗り上げた。
    ヒュ―ベルトはといえば、無意識的にこの簡易ベッドを互いの不可侵領域だと認識していたため、早速それを侵されて予想外のことに視線を彷徨わせる。
    フェルディナントはそんなヒュ―ベルトの様子は意に介さず、彼もまたベッドの上に転がった。
    「このベッドを扱うのは、君には難しいと見た。しかし私であれば話が違う!」
    同じ高さにある目線を絡めて、フェルディナントが胸を張りながら自信たっぷりに言う。
    ヒュ―ベルトはなんだかぎくりとして、反射的に身を起こした。
    それを同意と取ったフェルディナントは、ヒュ―ベルトをさっさと簡易ベッドから追い出し、彼を荷物ごと自身のベッドへと押し込める。
    ヒュ―ベルトは多少の抵抗をしたが、聞き入れられることはなかった。
    「本当に良いのですか。ここは貴殿の部屋でしょうに」
    「身長だけはどうしようもないからな。人助けをしてこその貴族なのだよ!」
    「……左様ですな。礼を言います」
    いくら不可抗力とはいえ、フェルディナントの部屋を間借りしている上にベッドまで奪っている。
    好ましく思っていないフェルディナントが相手とはいえ、さすがのヒュ―ベルトも罪悪感を抱いた。
    深くため息を吐けば、慣れない香りが肺を満たす。
    ヒュ―ベルトは早く自室に戻りたいと、切に願ったのだった。


    翌朝ヒュ―ベルトが目覚めた時、フェルディナントの姿は既に無かった。
    フェルディナントの動向に大した興味のないヒュ―ベルトは手短に身支度をして、時間を過ごす。
    普段であればテフの一杯でも飲んでから教室へと向かうのだが、彼の持ち込んだ最低限の荷物の中にテフを用意できる物は含まれていなかったため、彼は早めに部屋を出ることにした。
    教室につけば彼が一番乗りというわけでもなく、そこには既にエーデルガルトとベレスがおり、彼女らはヒュ―ベルトの姿を見つけるや否や心配そうな声を掛けてくる。
    「すまない、修理に数日はかかりそうで」
    「すぐに仲良くしろ、とは言わないわ。ただ、喧嘩は控えること」
    ヒュ―ベルトは心得ていると恭しく一礼し、それ以上は何も言わなかった。


    ヒュ―ベルトはフェルディナントと教室で再会したが、特に言葉を交わすこともなかった。
    授業を終えたヒュ―ベルトは部屋には戻らず、そのまま訓練場へと直行する。
    なるべくフェルディナントの部屋にいる時間を減らしたいヒュ―ベルトは、いつも以上に訓練へと集中した。
    体感としてはそれほどであったが、日はもう落ちかかっている。
    食堂へ向かうにしても浴室に向かうにしても、彼は一度部屋へ帰る必要があった。
    部屋主の不在を祈りながらヒュ―ベルトは部屋へと向かい、扉を叩いてからノブをひねる。
    施錠されていないことからも、彼の在室は間違いなかった。
    「ああ、戻ったのかい」
    ヒュ―ベルトの予想通り、フェルディナントはやはり部屋にいた。
    フェルディナントは机に向かって座っており、机上には種々の道具が散らばっている。
    それは武具と、それらの手入れ道具であった。
    ヒュ―ベルトは浴室へ向かうための準備を進めながら、そっとフェルディナントの手元を盗み見る。
    彼は素直に感心した。
    机上にある武具はあまり一般には流通していないもので、性能こそいいものの維持にはそれなりの手間暇がかかるものである。
    特に手入れは入念に行う必要があり、使っていようがなかろうが定期的な掃除が必要な上、しばらく使わないと性能が落ちるというわがままな一品であった。
    それをフェルディナントは慣れた手付きで、正確にもてなしている。
    ヒュ―ベルトがこういった事情に詳しいのは、暗器を通じて彼もまた、よく道具の手入れをするからだ。
    彼も彼なりに手入れに対するこだわりがあり、暗器を傷付けない布だとか、油だとか、そういったものについても詳しい。
    ヒュ―ベルトは用事を済ませばすぐに部屋を出る予定だったが、俄かに湧いたフェルディナントへの興味により、彼の作業をしっかりと見ることにした。
    後ろから机を覗き込んでみればどうだろう、そこには予想通り種類別の布や油が並べられている。
    背後でヒュ―ベルトが鼻を鳴らしたのに気付いたフェルディナントが、手を止めてヒュ―ベルトの方を振り返った。
    「どうしたのかね」
    「その武具ですが。この部分だけはそちらの油を馴染ませた方が、持ちが良いです」
    「な、」
    フェルディナントは予想していなかった言葉を掛けられ、面食らう。
    「で……では、この面は? こちらの部品はどうだ?」
    「そうですね、そちらはこの油が良く……その部品はこの油を、あちらの布で塗り込めるのが良いでしょうね」
    フェルディナントの試すような問いに淀みなく答えるヒュ―ベルトを見て、フェルディナントは舌を巻いた。
    二つとも、自分が求めたとおりの答えだったからだ。
    「君、詳しいのだな」
    「貴殿こそ。見逸れておりました」
    フェルディナントは何故ヒュ―ベルトが武具の手入れに詳しいのか理由を考えたが、一つ心当たりを思い出した。
    彼はきっと日ごろから暗器を手入れしているのだ。
    正に昨日、見せつけられたばかりである。
    着替えるために衣類を脱ぎ去ったヒュ―ベルトの体には、種々の暗器が装備されていた。
    フェルディナントはその時の彼の姿を鮮明に思い出したが、同時に、白く細い体にベルトの食い込む姿へほのかなフェティシズムを感じてしまったことまで思い出してしまい、思わず唇を噛む。
    「どうされましたか」
    「ああ、いや……まさか我々に共通の趣味があるとは思っていなかったのでね」
    ヒュ―ベルトは同意の意味を込めて、クククと喉を鳴らした。


    独特のリズムを刻んで叩かれる音にエーデルガルトが扉を開ければ、そこに立っていたのは彼女の予想通りヒュ―ベルトである。
    「私に用事かしら?」
    ヒュ―ベルトがフェルディナントと相部屋になり三日、エーデルガルトは自分で提案したとはいえ気が気でなかった。
    まだ騒ぎを起こしていないとはいえ、いつ派手な喧嘩をしてもおかしくはないと覚悟の上での提案であったが、心配なものは心配なのである。
    そんなエーデルガルトの問いにヒュ―ベルトは、一瞬目を外してから答える。
    「エーデルガルト様のお部屋に置かせていただきました暗器を、引き取らせていただこうかと」
    「早まらないで」
    エーデルガルトの口は、反射的に言葉を紡いだ。
    確かに派手な喧嘩はしていない。
    しかし実は水面下で二人の不和は膨れ上がり、ついに耐えきれなくなったヒュ―ベルトがフェルディナントを暗殺しようとしているのではないかと……先入観のあるエーデルガルトの脳は、瞬間的に最悪の予想を導き出した。
    ヒュ―ベルトはエーデルガルトの反応を予想していたらしく、腕を組みながら首を横に振る。
    「貴方様の考えられているようなことは何一つございません。ただ、手入れをしたいだけです」
    ヒュ―ベルトの言葉に、エーデルガルトはまだ折れなかった。
    彼からすればむしろ逆で、フェルディナントと少しの意気投合をしたからこそ今日ここに来たのだが、それをそのまま伝えられるだけの素直さを今の彼は持ち合わせていない。
    「物によってはこまめな手入れが必要なのです。どうか私を信じてください」
    エーデルガルトは"信じる"という言葉に弱かった。
    特にヒュ―ベルトにそう言われると、彼女は断ることが出来ない。
    エーデルガルトは弱みを突いてくるようなヒュ―ベルトの思惑に気が付いていたが、彼がそんな奥の手を使うくらいであるのなら、とやはり彼女はヒュ―ベルトを許してしまったのだった。


    訓練場から戻ったフェルディナントが扉を叩いてから鍵を捻れば、どうにもおかしい。
    普段回している方向に回らないのだ。
    ということは、この扉は施錠されていないことになる。
    フェルディナントがヒュ―ベルトと相部屋になって以来、戻ってきた時に鍵がかかっていないことなど一度もなかった。
    ヒュ―ベルトは夜遅くまで不在にしていることが多いので、彼は一瞬自分の施錠忘れを疑ったが、確かに閉めたと思い直す。
    であれば、やはり中にヒュ―ベルトがいるのだと考えるのが自然だ。
    別に、これといって特別なことではない。
    むしろ合鍵を渡してある相部屋の相手なのだから、そこにいることなど何もおかしなことではなかった。
    だというのにフェルディナントの胸は、期待に鼓動を速める。
    彼は自分の部屋だというのに、まるで侵入するかのような足取りで入室した。
    「おや、フェルディナント殿。おかえりなさいませ」
    そこにはやはりフェルディナントの予想と期待通り、ヒュ―ベルトがいた。
    更に意外なことに、彼はフェルディナントの机で何か作業をしている。
    「失礼、机をお借りしております」
    一体何をしているのかとフェルディナントが近づけば、机上には種々の暗器が広がっていた。
    それを見たフェルディナントの瞳が輝いたのを、ヒュ―ベルトは見逃さない。
    「ヒュ―ベルト、これは」
    「ほとんど一般に流通している物ですが、私の手に良く馴染んでいる物です。油と血とどちらの方が染みついているかは定かではありませんが」
    フェルディナントはヒュ―ベルトの生々しい返答に顔を顰めたが、すぐにその表情を和らげた。
    好奇心に逸るフェルディナントの姿は年相応といった感じで、ヒュ―ベルトは人知れずほくそ笑む。
    「私は暗器には詳しくないので滅多なことを言えないのだが……君は相当に手慣れていると見た。やはり毒物を塗り込めるとなると、毒によって手入れも変わったりするのか?」
    「ええ、さすが基礎知識をお持ちなだけはある。例えばですね……」
    共通の趣味の話題とは、盛り上がるものである。
    二人は普段の不和など忘れたかのように、語り通した。
    地盤がしっかりしている分、専門ではない武具でも互いの言いたいことが分かり、時には助言を、時には疑問を共有しながら二人の会話は途切れることが無い。
    今二人は互いのことを、嫌な奴ではあるが認めるべきところもあるのだと、同じような評価を下していた。
    「興味があればですが。触ってみますか?」
    「いいのか」
    食い気味の返答にヒュ―ベルトが喉を鳴らせば、フェルディナントは軽く咳払いをしてから言う。
    「実は先日君が服を脱いだのを見て以来、触ってみたいと思っていたのだよ」
    「それは、体を?」
    「ああ、君の細く薄い体に食い込む暗器のついた黒いベルトは、白い肌と対照的な色合いであるゆえ目が覚めるような存在感を放っており、だからこそ薄いだけではない肉感が強調されていて……」
    そこまで口にしてから、フェルディナントはやってしまったとばかりに手で口を塞いだ。
    ヒュ―ベルトの方を見れば、驚いたような顔をしている。
    「……すみません、冗談が下手で」
    「い、いや、下手だったのは私の方だ。すまない……それで、触らせてくれるか?」
    ヒュ―ベルトはこれ以上は藪蛇だと思い、素直に暗器を差し出した。
    フェルディナントは礼を言ってから暗器に触れる。
    恭しく触れるその様に、ヒュ―ベルトは満足げだった。
    フェルディナントは暗器を手に持ち、まじまじと見ながら、初めて間近で見る武具に心を躍らせている。
    それと同時に、新たな興味が彼の中に湧いてきた。
    「実際にはこれを、どう扱うんだ?」
    その言葉を聞いたヒュ―ベルトはおもむろに立ち上がり、フェルディナントと向き合って、彼の手にある暗器を机の上へ置かせた。
    フェルディナントがどうしたのかと声をかけようとした時だ。
    ヒュ―ベルトが突然フェルディナントへ足払いを掛け、そのまま机の隣に設置されている簡易ベッドへと彼を押し倒した。
    予期せぬ衝撃に一瞬目をつぶったフェルディナントが目を開くころには、彼の目の前に先ほどまで触っていたのと同じような暗器が突きつけられている。
    「こういう風に」
    そう言ってヒュ―ベルトが笑ったのを見てフェルディナントは、ようやく止めていた息を吐きだした。
    冷や汗もかいている。
    本当に一瞬ではあるが、フェルディナントはこのまま殺されるのではないかと思った。
    「……そ、それはどこから出したんだ?」
    フェルディナントの問いにヒュ―ベルトは、ここですと自身の右腕を指し示す。
    確かにそこにベルトが付いていたとフェルディナントは思い出し、同時にあの時の肢体も思い出してしまい、いけないと深く息を吸った。
    「そうですね、実演した方が分かりやすいでしょう。この手のは一つ仕込んでおきますと、意外と実戦でも役に立つものですから。貴殿が触れておくのも、良い経験となるでしょう」
    ヒュ―ベルトはそう言いながら、手にしていた暗器を脇に置いて、馬乗りのまま上の制服を脱ぎだす。
    特にフェルディナントの同意を得ることもせず、実演の準備を進めているようだった。
    緊張を作り笑いで誤魔化しているフェルディナントの様子には気付かず、ヒュ―ベルトは数日前と同じように肌着まで脱いでいく。
    そこにはやはりあの日と同じ痩せぎすの体があり、違うことといえば腕に巻かれたベルトに暗器が装着されていないことくらいであった。
    ヒュ―ベルトはそのベルトに先ほど脇に置いた暗器を付け、フェルディナントに見せる。
    「良いですか。ここの金具を外した状態でこのように腕を振ると、ぴったりと右手の中に滑り落ちてきます。これを実際は服の中で瞬時に行います」
    ヒュ―ベルトは手の中に落ちてきた暗器を再びベルトに装着し、もう一度やって見せた。
    フェルディナントはそれをしっかりと目で追ったが、意識し始めてしまった頭は暗器と同時にヒュ―ベルトの素肌もじりじりと目に焼き付けてしまう。
    どうにもおかしな感覚がすると、フェルディナントは再び深呼吸をした。
    「どうです、何か質問は?」
    三度の実演を見せたヒュ―ベルトが、フェルディナントに問う。
    「そうだな……一見すると暗器を手に滑らせる技術が重要そうに見えるが、実際それより重要なのは装着の仕方だと見受けたのだが、どうかね?」
    フェルディナントの答えにヒュ―ベルトは、会心の笑みを見せた。
    これ程までにヒュ―ベルトが嬉しそうに、また楽しそうに笑っているのをフェルディナントは見たことが無い。
    存外感情を表に出せる男なのだと、ヒュ―ベルトの意外な一面にフェルディナントもまた自然と笑顔になったのだった。
    「良い観察眼をお持ちですな。腕はまだ振りの技術である程度の融通がきくのですが、特に足となればそうもいきません」
    そう言いながらヒュ―ベルトが、今度は下の制服を脱ぎ始める。
    フェルディナントは慌てた。
    慌てたが、馬乗りをされたこの状態では大きな動作もできない。
    フェルディナントはそのまま、ヒュ―ベルトが服を脱ぐのを目で追った。
    彼はフェルディナントの腹に跨ったまま腰を浮かせ、右足を折りたたんでは器用に爪先を丸めながら引き抜き、左足も同じようにしては脱衣を進める。
    そうやってヒュ―ベルトは全ての制服を傍へ落とし、下の肌着だけを付けた状態でフェルディナントを見下ろした。
    「足の付け方は、こうです」
    肌着のきわにあるベルトへ手を掛け、暗器を外す。
    ヒュ―ベルトは一度その暗器をフェルディナントに見せ、視線を誘導するように再びそれをベルトへと近付けた。
    フェルディナントはそれをじっと見ている。
    少しまずいな、などと思いながら見つめていた。
    教えてもらっている手前——それもあのヒュ―ベルトが機嫌よく、興が乗ったという風に実演している——そこを見ないわけにはいかないのだが、フェルディナントは出来れば視線を逸らしたいと思っている。
    というのも、やはり意識してしまうからだ。
    何故こんなにも"やましい"感情をヒュ―ベルトに対して抱いてしまうのかとフェルディナントは心の内で唸ったが、一つ心当たりを見つけた。
    一番最初の実演である。
    あの時フェルディナントは、一瞬ではあるが死の恐怖を感じた。
    人は死の恐怖を感じると子孫を残すため性欲が旺盛になるといった話を、どこかで耳にしたことがある。
    恐らく今フェルディナントを襲っているやましい感情の正体は、それだ。
    しかし理由が分かったところでおさまるわけでもなければ、むしろそれが性欲に起因するものだと自覚してしまい、彼の悩みは悪化の一途を辿るばかりであった。
    ヒュ―ベルトの白く長い指が暗器を握り、微妙な角度調整をしながらベルトへの装着を試みる。
    手袋を外した手は綺麗な形をしていたが、うっすらと痣だとか火傷の跡が見られた。
    それがまたフェルディナントにとっては、ひどく淫靡にうつる。
    ヒュ―ベルトはこちらもまた三度実演した後、鼻を鳴らした。
    「では、貴殿にも実演していただきます。いきなり足は難しいでしょうから、腕の仕込みを行いましょう。脱いでください」
    「あ、あぁ、助かるよ」
    フェルディナントは、ヒュ―ベルトは意外と面倒見が良いということをベルナデッタから聞いたことがあったが、その時は全く信じていなかった。
    しかし今になってようやく、彼女の言っていた意味を理解する。
    ヒュ―ベルトは面倒見がよく、そして従者としての癖なのか、見た目からは想像できないほど甲斐甲斐しかった。
    彼はフェルディナントが服を脱ぐのを手伝い、その服を受け取っては皺にならないように畳んで傍に置いていく。
    フェルディナントは今日だけで、今まで知らなかったヒュ―ベルトの姿を多く目撃したのだった。
    「体を起こしていただけますかな。腕の力は抜いておいてください」
    ヒュ―ベルトはそう言いながら自身の右腕に付けているベルトを外し、それをフェルディナントの腕へとあてがう。
    締め付けの調整を終えたらしいヒュ―ベルトは、そのまま暗器をフェルディナントの腕に付けられたベルトへと装着した。
    「腕をこのように振ります。まだ金具を外していませんから、落ちては来ません。まずは力加減を掴みましょう」
    フェルディナントは雑念を払うように、全ての神経をヒュ―ベルトの動きを真似することに注ぐ。
    ヒュ―ベルトは想定の数倍は早く力加減を会得したフェルディナントの優秀さに、思わず驚嘆した。
    試しに金具を外した状態で腕を振らせれば、正しい位置まで暗器が滑り落ちる。
    それを確認したヒュ―ベルトは、一人頷いた。
    「そこまで出来れば十分です。最後に実戦でも使えるよう、最初に私がしたのと同じようにしてみましょうか」
    「うむ」
    普段のフェルディナントであれば、一旦止めていただろう。
    もしくはせめて、動作に慣れない自分はともかくとして、ヒュ―ベルトには着衣を促していたはずだ。
    しかし今のフェルディナントは過集中状態に近く、むしろ雑念の主たる存在であるヒュ―ベルトの体というものを頭の中から追い出していたため、すっかりそのことを失念していた。
    「では、いくぞ」
    ヒュ―ベルトが頷いたのを合図に、フェルディナントがヒュ―ベルトに足払いをかける。
    彼はそのままヒュ―ベルトを簡易ベッドへ押し倒し、腕を振りながら馬乗りになって、ぴったりと落ちてきた暗器を突きつけた。
    ヒュ―ベルトの上出来です、という言葉を聞いてフェルディナントが安堵した時である。
    キィ、と扉の開く音がしたのは。
    「……な………、」
    次いで、か細い女性の声がする。
    直感的に嫌な予感がした二人が声の方を向けば、そこには目を見開いたエーデルガルトが扉の前で固まっていた。
    「……エーデルガルト様?」
    ヒュ―ベルトはまだ事態に気が付いていなかったが、過集中の切れたフェルディナントは瞬時に状況を理解する。
    二人は、彼女に見られたのだ。
    今、最も見られてはいけない人間に、見られてはいけない行いを。
    エーデルガルトからすれば、ほぼほぼ全裸のヒュ―ベルトが半裸のフェルディナントに押し倒されており、これだけでもとんでもない情報量なのに、更に押し倒しているフェルディナントの手にはヒュ―ベルトの暗器が握られているときた。
    やはり暗器をヒュ―ベルトに渡したのはまずかったのではないかと考え直した彼女が二人の様子を見ようとフェルディナントの部屋に来たのだが、扉を叩いても反応がない。
    不審に思い、中に入ればこの状況。
    やはりヒュ―ベルトがフェルディナントを暗殺しようとして、しかし失敗して返り討ちにあおうとしている?
    だとすれば、何故二人は裸なのか?
    確かに、もう少し歩み寄れとは口が酸っぱくなるほど言っている。
    だがこれは、歩み寄り過ぎではないだろうか?
    「エーデルガルト様」
    「エーデルガルト」
    情報を処理しきれなかったエーデルガルトが、その場に崩れ落ちた。
    二人は反射的に駆け出し彼女を抱え起こすが、気絶しているようである。
    「なぁ、今なんか大きな音がしたんだが……ってうおあ」
    エーデルガルトが倒れた時の音に反応して、カスパルがリンハルトの部屋から出てきた。
    そして目に映った惨状に、大声を上げる。
    ほぼほぼ全裸のヒュ―ベルトと半裸のフェルディナントが、エーデルガルトを抱きかかえているのだから、仕方のない反応であった。
    「エーデルガルトは大丈夫なのか っていうかお前ら、なんで裸……?」
    ヒュ―ベルトはカスパルの言葉でようやく事態を理解し、カッと顔を染める。
    カスパルの声につられて在室していた者達が廊下に出てきて、ちょっとした騒動になっていた。
    「こっ……れは、二人で鍛錬をしていた。皆! 騒がせてすまないが大したことはない!」
    エーデルガルトを抱えたまま固まるヒュ―ベルトの代わりに、フェルディナントが事態の収束をはかる。
    寮の一番奥の方でシルヴァンがニヤニヤと笑ったのを、フェルディナントは見なかったことにしたかった。
    「エーデルガルトは過労で倒れたのだろう。後で先生の所へ連れて行くので、ひとまず大丈夫だ。ヒュ―ベルト、彼女をベッドまで運べるか」
    「え、えぇ……」
    耳の先からつま先まで赤く染まっているヒュ―ベルトが、ぎこちない動きでエーデルガルトを抱え、ベッドへと運搬する。
    そっと彼女を横たわらせたところでフェルディナントもベッドまで駆け寄り、ヒュ―ベルトと顔を見合わせた。
    「ヒュ―ベルト」
    「は、はい」
    「まずは服を着よう」


    エーデルガルトが目を覚ますのに、それ程の時間はかからなかった。
    彼女は自分をのぞき込む二人の顔を見て一体どうしたのかと思ったが、すぐに気絶する直前に見た衝撃的な光景を思い出して頬を染めた。
    二人がエーデルガルトの詰問へ真摯に答えたため誤解は解けたのだが、納得させることは出来なかったらしい。
    彼らを同室とすることに得も言われぬ危機感を覚えた彼女は、二人とベレスを説き伏せて相部屋を解消させた。
    そして彼の荷物のほとんどは自分の部屋にあるからという理由で、ヒュ―ベルトを自室に引き取るというのである。
    流石に異性を同室にするのは、とベレスは止めたが、エーデルガルトは食い下がった。
    幼い頃から一緒だったし、何より現にフェルディナントとの相部屋でちょっとした騒ぎを起こしてしまったのだから、と強く主張する。
    その上当事者であるヒュ―ベルトとフェルディナントも気まずさから反対をしなかったので、結局ベレスはエーデルガルトの提案を受け入れた。
    エーデルガルトがヒュ―ベルトに甘いように、ベレスもまたエーデルガルトに甘いところがあるのだ。
    あれよあれよと話はまとまり、ヒュ―ベルトは騒ぎを起こしたその日中に仮住まいを移動することとなった。
    エーデルガルトの言う通りほとんどの荷物は既に彼女の部屋にあるため、ヒュ―ベルトがフェルディナントの部屋から持ち出すのは衣類と暗器ぐらいのものである。
    「全くとんだ災難だった。やはり君と私は星のめぐりあわせが悪いらしい」
    荷物をまとめるヒュ―ベルトを見ながら、フェルディナントが言う。
    「いやはや、こればかりは全くもって同意しますよ」
    完全に荷物をまとめ終わったヒュ―ベルトが、ゆっくりと立ち上がった。
    そしてフェルディナントの方へと、何かを投げて寄越す。
    フェルディナントが慣れたように受け取れば、それはこの部屋の合鍵だった。
    「世話になりました。こんなことを言うのはおかしいような気もしますが、学生のような気分を味わえ、存外楽しかったですよ」
    「ふっ、こうも次々に君と私の意見が一致するとは珍しい」
    フェルディナントは受け取った鍵を握り締めながら、自信に満ちた表情で続ける。
    「合鍵などなくとも、いつでも訪ねてくるがいいさ。もしかしたら武具以外にも、何か共通の趣味が見つかるかもしれないからな」
    「そうですな。例えば、テフなど?」
    「それだけはないだろうな!」
    二人は、声を上げて笑ったのだった。
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