ぐうう、とチコーニャは呻き声を上げている。いつものことだな、と白百合は紅茶を啜った。
尚、当文章はいつもの彼女らではなく、別世界線の性転換した後の彼女らが登場している。故に二人もまた男である。
「なんで……なんであの人はいつも俺にあんなにベタベタ……ッ」
「趣味が悪いのだろうよ」
「男として見られていないのか!?」
「まあ仔犬の頃から見ていればそうもなるだろうね」
白百合の相槌にチコーニャはガン!と机に突っ伏した。それにも特に興味がないので、白百合はまた紅茶を啜る。そもそも何故自分に言うのか、と言いたげな顔だが、まあ義姉であるカノープスにこんなことを言う訳にもいかないのだろう。
「………………決めた」
「ん?」
「今日は、本気でかかる」
「おい、まさか……」
「男だってことを知らしめてやる……!」
「早まるな!嫌われるぞ!」
席を立ちゆらりとそんなことを言い出すので、ついに思い詰めたかと白百合が慌てて制止の言葉をかける。しかし今の彼には効果が無い様子で、そのまま去っていってしまった。白百合は静かに額を押える。そしてまあ……気持ちはわかるが……とぎりぎり自分を納得させた。
「ちっこっくーん!」
むにゅん。例の如く背中にぶつかる柔らかい感触にチコーニャは表情を無にした。
「…………………………プロキオンさん」
「ふっふっふっ、背中ガラ空きやでー」
プロキオンはいたずらっぽい笑みを浮かべながら、するりとチコーニャの腕を取り、抱きつく。わざとなのかそうでないのかわからないが、彼女の胸が腕に押し付けられてチコーニャは深く息を吸い込んだ。
「あれー、なんか今日反応薄いなぁ、疲れとる?」
「……プロキオンさん、実は相談したいことがあって……」
「え!なんや改まって!」
しゅん、と落ち込んでみせれば姉ぶっている彼女は目を丸くし、勿論相談に乗るで、なんて胸を叩いて頷く。かかったな、と思いながら、チコーニャはわざとらしく少年のような顔をして口を開いた。
「今日お時間あります?」
「ん!仕事終わってからなら明日休みやしいつまででも付き合えるよ」
「良かった。じゃあ仕事終わる頃にお迎えに行きますね」
ちゅ、とその頬に流れるようにキスをする。プロキオンが目をまあるくするのを見てから、にこりと笑ってそれじゃあ後で、と言い残しチコーニャはその場を去った。
夜、仕事が終わったプロキオンと共に、チコーニャはプロキオンの家にいる。
「そんで相談したいことってなんや?」
プロキオンは正座してそう尋ねた。チコーニャはふわりと笑い、プロキオンに近づく。様子がおかしいと感じたのか、プロキオンはたらりと冷や汗を垂らしてじりじりと後退した。やがてその一進一退の攻防は彼女の背中が壁にくっついたことで終わる。する、とチコーニャの手が彼女を囲い、壁に縫いつけた。
「え……、チコくん?」
「俺、男なんですよね。知ってました?」
「し……知っとるよ、誰がお世話したと思っとるん?え、でもこの状況まるで」
「俺あなたのこと好きなんです」
プロキオンは目を丸くする。動揺したように目を泳がせて、困ったように笑った。
「……あー、つまり、うちのこと抱きたいとか、そういう?」
「……そうだと言ったら?」
「……ええよ、好きにして」
チコーニャが目を眇める。慣れている様子が実に気に食わない。はあーーーー、と深くため息をつけば、びくりとプロキオンの肩が跳ねた。
「……いつもいつも、理性を試されてる俺の気も知らないで」
「……いやー、そんなふうに異性として見られとるなんて、思っとらんかったもん、うち」
「……」
また深々とため息をつく。そしてチコーニャはプロキオンの顎を掴むと噛み付くようにキスをした。するりと彼女の腕が絡みつき、優しく髪を撫で、そのまま結紐を解いてくる。苛立ったようにチコーニャは口を離し、プロキオンの手から結紐を強奪した。
はあ、とまたため息をつく。あーーー、と声を上げながらぐしゃぐしゃと髪を掻き回し、肩を落とした。
目の前の彼女が自分にそれを許したのは、身内だから何でも受け入れるという悪癖の延長線に過ぎない。決して、彼のことが異性として好きだから許すとか、そういうわけではないのだ。
「……やめました。」
「え?」
「……あなたが俺のことをどう思ってるか、よくわかりました。あーーー腹立たしい、クソッ」
「え、……チコくん?」
「……身体だけ奪っても虚しいだけですから」
苦しげに眉を寄せる青年に、プロキオンは罪悪感を感じた。どうしよう、と迷い、彼の腿に手を置く。チコーニャはそれに驚いて軽く身体を震わせた。
「……うち、チコくんのこと好きやで?」
そう言ってしなだれかかれば、チコーニャは剣呑な色を瞳に宿した。しかし彼女の肩を掴むと自分から引き離す。
「………………ええ、ええ、そうでしょうとも、但し弟としてって副音声がつきますがね」
「えっ、や、ちが、」
「決めました、……これから全力で落としに行く、覚悟しておけ」
少年だった頃と違う低く唸るような声で彼は目の前の愛しい女性にそう宣言をした。プロキオンははわ、と両手を口に当てる。何となく彼女の言いたいことがわかってイラッとした。
「なんやすごく男前になっておねーさん誇らしいわ」
「……………………………………………………」
「……ごめんて……」