ニブルヘルで失踪事件が起きているらしい。普段異界を渡っているカノープスは今帰郷しており、そして珍しくチコーニャが出迎えなかったのでどうしたのだろうと警察署にやってきている。何やら普段よりもかなり慌ただしい一同の様子に首を傾げていれば、やってきた義妹からそんな話をされた。
「失踪事件、ですか」
「ええ。……立て続けに数人が。」
「……被害者に共通点は?」
「皆若い女性だというところでしょうか……ともかく今女性は一人で出歩かないように、と警告しているところです。」
チコーニャはそこまで話すとしんどそうにため息を吐き、額を押さえる。疲れているのだろうか、目に見えて体調が悪そうなのを見るとカノープスは眉を寄せた。
「失礼しまーす」
「……?アリウム」
「あれ、カノープスじゃん。」
チコーニャに大丈夫、と声をかけようとしたカノープスは、警察署にひょこりと顔を出したアリウムに目を瞬かせる。
「ガラークチカさんから差し入れを届けてきてって言われたんだよ」
「珍しいですね……ありがとうございます」
そう言って片手に抱えた荷物をチコーニャに差し出した。チコーニャはぱちぱち瞬きをしながらぺこりと軽く頭を下げ、それを受け取ると他の警官の方へ向かう。それを見送りながら、アリウムが顔を寄せてきたのでカノープスはアリウムの方を見た。
「チコーニャどしたの?」
「変……ですか。体調が悪いようではありますが」
「いや、そういうのじゃなくて……印がついてるんだよ」
「印?」
「なんつーか……えー……あ、そうだ、自分の分のプリンが他の人に食べられないように自分の名前書いておくだろ?あんな感じ。」
アリウムからそれを聞くと、カノープスは考え込むように顎を擦る。自分の話を聞いて何かを考え込んだカノープスに、もしかしてなんか変なこと言ったかなとアリウムは首を傾げた。暫しの間思考を巡らせ、それからカノープスはアリウムに顔を向ける。
「アリウム、この場所に他に印がついている人はいますか?」
「ん?…………いや、いないな。あ、でも道中同じ印ついてる子見かけたよ。」
「……アリウム、その方たちはもしかして年若い女性だったりしますか」
「え?そうだけど……」
「実は今、ニブルヘルで年若い女性が失踪する事件が起きていまして」
それを聞くと少しの間首を傾げていたが、カノープスの言わんとすることを理解してあ、と声を上げた。つまり今回の事件と何か関係があるのかもしれない、ということだ。
「……えっ、じゃあ、どうする?チコーニャには言わない方がいいよな」
「そうですね……今の彼女は体調も悪そうですし……」
おとり捜査をしてもらうには少し不安がある状態である。しかし彼女はこれを知ったら身体を張ろうとするだろうから、カノープスはアリウムの言葉に頷いた。チコーニャが配り終えて戻ってくるのを見ると、アリウムはすっと口を閉じる。
「……カノープスから話は聞いたっすか?」
「うん……女の子が失踪してるんだろ」
「ええ。ですのでアリウムも魔力が尽きたときは気を付けてください。」
アリウムは神妙な顔で頷いた。いつもなら頷きながらも俺は男だぞ、と憮然とした表情をしているので、チコーニャは首を傾げる。しかしそれに触れる気力もないのか、彼女はじゃあお気をつけて、と言って離れるのだった。