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    CitrusCat0602

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    CitrusCat0602

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     押し黙ったまま女王の根に近づく。カノープスが歩く度に彼の足の下で殻の砕ける音がした。薄い膜で覆われた断面はやはり痛々しい。触れてみれば仄かに暖かいそれの樹皮を撫でながら詳しく調べていく。花の羊とバイアクへーによって受け入れられたからか気が付かなかったが、この女王の根と呼ばれる木はこのコロニー一帯に結界のようなものを張っているようだった。どういうわけかカノープスはこの木から容易にその結界の状態を探ることができることに気が付き、戸惑ったカノープスは一度手を離す。
     まるで予め誰かがプログラミングをしたものを見たような気分だった。バイアクヘーの言っていた炉心……もとい、本物のアローシェの残したものだろうか。

    「……少し良いですか」

     カノープスは振り向くとバイアクへーに声をかける。バイアクへーはしずしずとカノープスの隣にやってきて首を傾げた。

    「なあに」
    「この世界にいた炉心は……この根を通じて何か、していたのでしょうか」

     バイアクへーは暫し思い出すように黙り込んで一方を見つめる。やがて思い出したのかすっとカノープスの方へ顔を向けた。

    「敵意のある存在を弾き出す結界を張ったって言ってた
    それから根がちゃんとエネルギーを供給できてるか調べてるって言ってた
    でもぼくらではなく 昔のぼくらが聞いたから よく思い出せない」
    「そうですか……」

     カノープスはもう一度根に触れる。根が弱っているせいか上手く干渉できない部分はあれど、それはカノープスにも操作ができそうだった。幸いにもそのおかげで思っていたよりもスムーズに情報を引き出せそうである。カノープスが本格的に根に干渉し始めたのを確認すると、バイアクヘーは彼の邪魔をしないようにということか少し離れたところで待機していたシュネーヴの隣までやってくると脚を畳んでその場に座り込んだ。
     その間、シュネーヴはバイアクヘーの毛をみつあみにしているアルローリアの様子を見ている。今のところ変わった様子はない。

    「あ!そういえばねおねーちゃん」

     ふと思い出したようにアルローリアが声を上げる。ぱちり、とシュネーヴが瞬きを一つして身を屈めた。

    「どうしました、リア」
    「おうまさんがね、じょおーさまのところに行ってほしいって」
    「……」

     シュネーヴは僅かに眉を寄せる。確かに女王の元へは行くことになるだろうが、アルローリアの見ているおうまさんとやらがわざわざ言及したことに少しだけ不安を感じた。

    「おねーちゃん?」
    「……いえ、わかりました。カノープスが調べ終わったら伝えましょう」
    「うん!」

     それきりまたアルローリアはバイアクヘーの毛並みに夢中になり黙り込む。短いみつあみが何本も建造されているのを知ってか知らずか、バイアクヘーは軽くあくびをした。
     根から情報を引き出し、カノープスが根から手を離す。その瞬間木の上から一斉に羽音が聞こえた。尋常ではない様子にカノープスとシュネーヴは思わず周囲を見回す。それまでくつろぐように座っていたバイアクヘーが突如立ちあがり、その勢いで転げ落ちそうになったアルローリアを小人が捕まえた。

    「警告音 威嚇?これは……」

     バイアクヘーが顎を上げ耳をそばだてる。

    「虫!虫が来た!悪い虫!」

     バイアクヘーが叫ぶのと同時にバイアクヘーたちのものとは違う羽音が頭上から降ってきた。一同は上を見上げる。そこにいたのは蜂のような姿の黒い虫だった。それはこちらの様子を伺うように上空を飛んでいる。シュネーヴが遭遇したものに比べるといくらか小さいが、しかし驚異的な大きさだ。

    「バイアクヘー、リアと一緒に下がっていてください」

     バイアクヘーがそれに従い一歩後退した瞬間、獲物が動き出したためか蜂が翅を震わせ飛び込むように降下した。針を突き出しバイアクヘーを襲おうとする蜂との間にシュネ―ヴが割って入りそれを弾く。軽い音を立てて攻撃が弾かれ、蜂は空中でよろけると体勢を即座に持ち直す。

    「悪い虫 おちびのリア狙った?」

     更に後退したバイアクヘーがそう呟くのが聞こえた。

    「この場で一番弱い者を狙ったのか……或いは……いえ、今は考えている場合ではありませんね」

     ぎぎぎ、と軋むような音を立てた後、蜂は翅を震わせ喉を逸らし叫び声をあげた。耳障りな金切り声にシュネーヴは顔を顰める。ずる、と音がして、空中に針の刺さった球体のようなものが数個浮かんだ。蜂の声が止まる。それと同時に球体が弾け、針が射出された。シュネーヴの展開した硝子の魔術によりそれが弾かれ、カノープスは踏み込むと強く地面を踏み抜き蜂に肉薄する。者剣の刃が的確に胸部と腹部の間の節を貫き、蜂はギィイと金属が軋むような音をあげた。うねうねと動く腹部がカノープスに針を立てようとし、しかし振り払うように振られたカノープスの手により身体を両断され地面にべちゃりと叩きつけられる。
     蜂は尚も攻撃を続けようとしているのかぎぎ、とブリキの人形のような不自然な動作で上半身を動かした。しかしバランスが上手く取れないのか、顔から地面に激突する。翅をしきりに震わせている蜂にカノープスがとどめを刺そうとすると、バイアクヘーがそれを止めた。

    「……悪い虫 変
    いつももっと強い もっと多い」
    「それは……理由はわかりそうですか?」
    「ぼくら 虫のこと何もわからない……
    でも気を付けて もしかしたらおなかに卵があるかも
    頭より先にお腹どうにかした方がいい
    潰すのはダメ 毒が出る」

     バイアクヘーがそう言うのを聞くと、アルローリアがはい!と元気に声を上げた。

    「リアがべるら呼ぶ!」
    「……そうですね、彼に燃やしてもらいましょう」

     バイアクヘーはきょと、としていたが、促されて虫の腹部の方へ恐る恐る歩み寄る。アルローリアはバイアクヘーの背中から万歳をするように両手を勢いよく上げた。

    「べるら!燃やして!」

     ごう、と空気を巻き上げながら炎が生まれる。それは鳥の形を作り、顕現したヴェルラは不満げにアルローリアを見た。

    『何を燃やせと?もっとしっかり指示をしろ』
    「あれ!」
    『あれではわからん』
    「あれったらあれー!」
    「この虫の……腹部を処理して欲しいのです。出来れば何も残らないように……」

     シュネーヴが付け加えた言葉に漸くヴェルラは承諾を示し、先が思いやられると首を振ると翼をはためかせる。虫の残骸を中心に炎が生まれ、瞬く間にそれが飲み込まれた。すぐに炎が消えるもそこには何も残っておらず、それを確認するとヴェルラはふんと鼻を鳴らし解けるようにまた戻っていく。

    「……おちびのリア 変!」
    「変じゃない!」
    「カノープスが育ててるから ちょっとつよい?でも 変」
    「変じゃないー!」

     むきになってぺしぺしとリアがバイアクヘーのことを叩いた。それを彼女の後ろに乗っていた小人がよくないよくないと首を振って止める。やり取りを見ていたカノープスは何とも言えない笑いを浮かべた。

    「……そうだ、先程根から情報を得ることができました。……とはいえ、得られたはいいもののすぐには解析できませんし……閲覧できる情報の量自体も多くはありません。ミィの方へ転送はしますが……」
    「なら女王様に謁見する?女王様はずっとこの星にいる 聞けばわかることも沢山ある 
    ……でも時間制限がある だからまた接続したらいい 許可をもらって」

     バイアクヘーの提案に、カノープスはシュネーヴと顔を見合わせる。

    「……できるのですか?」
    「できる
    でも女王様は今身体から動けない ぼくらが行けば会える」
    「では案内をお願いいたします。」

     バイアクヘーはこくりと頷いた。女王の根から離れ、木々の中へ進んでいく。その後ろをシュネーヴがついて歩いた。カノープスは暫し考え込むように女王の根を見つめたが、やがて足早に先を進む一同へ合流する。降り立ったところに着けば、花の羊がぷゆ、と一声鳴いてシュネーヴの足元にやってきた。

    「末妹も行きたいって」
    「あら……。しかし……」

     シュネーヴは困ったようにバイアクヘーのことを見る。バイアクヘーはん?と首を傾げた。

    「連れて行くには少々……危険なのでは」
    「おちびのリアが抱っこしたらいい ぼくらはつよくないけど ちょっとは自衛できる」
    「そう……ですか?……では、リア。この子をよろしくお願いしますね」
    「うん!リア、一生懸命抱っこする!」

     足元をくるくるとしていた羊を抱きかかえ、シュネーヴはバイアクヘーの背に乗っているリアの腕に抱かせる。羊はぷゆぅとまた一声鳴き、アルローリアは任された、と大きく首を縦に振った。
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