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    reve_pigu

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    ふたいつ展示作品③おばみつ
    現パロ設定でお付き合いしてる二人の話

    ありったけの愛を贈る 伊黒にとって、バレンタインとは愛おしい恋人へ愛を贈る日である。日本では女性から男性にチョコを贈るのが一般的ではあるが、海外では男性から女性に贈ることの方が圧倒的に多い。
     甘いものが大好きで、大食いでもある甘露寺への贈り物は、それはもう両手では抱えきれないほど準備してある。毎年のことではあるが、彼女のことを思い浮かべながら、チョコを選ぶのは伊黒にとって密かな楽しみでもあった。口にいっぱいに頬張って食べる甘露寺を見るのが、伊黒は好きなのだ。
     今年もまた、彼女の愛らしい食べっぷりを見るのを当たり前のように楽しみにしていた。だが、しかし。バレンタイン当日に、問題は起きてしまった——。


    「……三十八度五分……」
     体温計が示すのは、そこそこ高熱の数字だった。朝目覚めときから、どこか身体の調子が悪く、重だるいような感覚があった。心なしか頭もぼんやりとするし、食欲もない。まさかと思い、熱を測ってみれば、これだ。
     バレンタインである今日は、甘露寺を伊黒の部屋に招く予定でいた。彼女のためにと昨夜張り切って掃除やら準備やらをしていたのが、あだとなってしまったようだ。伊黒としても心苦しく、非常に残念ではあるが、ここは甘露寺にキャンセルの連絡を入れなければならないだろう。甘露寺に風邪を移してしまっては、それこそ元も子もない。
     枕元に置いていたスマートフォンに手を伸ばし、伊黒は彼女へとメッセージを打ち込んでいく。本当なら電話をするべきなのだろうが、この風邪でしゃがれてしまった声では彼女を余計に不安にさせてしまうだけだ。
     手短に、なるべく心配をかけないように——伊黒が悩み抜いた末に送ったのは、この一言だった。
    『甘露寺、すまない。風邪を引いてしまった。申し訳ないが、今日の予定は中止にさせてくれないか。この埋め合わせは必ずする』
     と、ここまで送り切ったところで、突如としてひどい眠気が伊黒を襲ってきた。先ほど飲んだ薬が効いてきているのか、今にも目蓋が仲良くくっついてしまいそうだ。
     甘露寺からの返事を待たねばならない、と頭ではそう分かっていても、伊黒の目蓋はもう限界だった。開いていることが困難で、己の意思とは反対に、勝手に重力に引き寄せられてしまう。伊黒の視界が真っ暗に染まり上がり、何も見えなくなったところで、彼の意識はぱたりと途切れ、夢の中へと飛び立っていった。


     ***


    (……ん……つめたい)
     あれからどれくらいの時間が経っただろう。伊黒が目を覚ましたのは、何やら冷たい感触を感じたからだ。額に触れるその正体。未だはっきりと覚醒はしていなかったが、それが不快なものではないことくらいは分かった。むしろ、優しくて、どこか心地良い——そんな気配だった。
     伊黒は、ゆっくりと目を開けていく。ぼんやりと霞む視界の先で何かがゆらゆらと揺れている。桜のような色をした何か。徐々に視界がクリアになっていくと、伊黒はようやくその正体に気がついた。
    「……かん、ろ……じ、」
     彼の顔を心配そうに覗き込んでいる大きな瞳。伊黒が目を覚ますと、彼女は分かりやすくも嬉しそうに顔を綻ばせた。どうしてここに、なんて疑問よりも先に伊黒が思ったのは「ああ、かわいいな」だった。まさか、これは熱のせいで幻覚でも見ているのではないだろうか。甘露寺がここに、いるはずがない。
    「伊黒さん、大丈夫?」
     ああ、ついには幻聴までも聴こえてくる。もしや、まだ熱は下がっていないのだろうか。
     そんな思考の働いていない伊黒へと、尚も幻である甘露寺は話しかけてくる。何か食べられそう? 寒くない? お薬は飲んだ? などとそんな風に。さすがにここまでくると、幻とは到底思えなかった。まさか、現実なのか。
     伊黒は手を伸ばし、甘露寺の頬に触れてみる。そこには確かに伊黒のよく知る温もりがあった。
    「……本当に甘露寺なのか」
    「ふふ、伊黒さんったら寝惚けているのね、かわいい」
     ふわりと顔を綻ばせた甘露寺が、伊黒の手のひらに甘えるように擦り寄った。
    「伊黒さんが心配で、いてもたってもいられなくて、勝手に入ってごめんなさい。返信がなくて、心配だったの」
     そう言って、甘露寺は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。甘露寺には以前、部屋の合鍵を渡してあった。いつでも好きな時に来てもいい、とそう伝えていたし、甘露寺が謝る必要なんて少しもない。
     伊黒としても、出来ることなら、甘露寺には風邪を移したくはなかった。だが、こうして目覚めたときに彼女がそばにいてくれることが、なによりも嬉しい。伊黒のことを心配して、看病までしてくれて、むしろ、ありがたすぎるくらいだ。
    「ありがとう、甘露寺。君がいてくれて、嬉しい」
     すりすりと彼女の頬を撫でる。すると、甘露寺は心地良さそうにうっとりと目蓋を閉じた。嬉しそうに微笑んで、また伊黒の手のひらに擦り寄る。この生き物は、なんて可愛らしいんだろう。可愛くて、可愛くて、どうしようもなく可愛いくて。伊黒もまたマスクの下で、その口をだらしなく緩ませているのだが、甘露寺がそれを知ることはなかった。
    「ねえ、伊黒さん。私に何かしてほしいことはない? 私、少しでもいいから、伊黒さんの役に立ちたいの」
     俺の隣にいてくれるだけで充分だ。
     伊黒は本当にそう思っているのだが、恐らく甘露寺はそれでは満足しないだろう。常に頭の中では伊黒のことばかりを考えている甘露寺には、ただ黙っているだけというのも嫌なのだろう。そこが彼女の優しいところでもあり、伊黒が好きな部分でもあった。
     薬を飲む前に少し食べ物を口にしたから今は食欲もない。だが、きらきらと期待に満ちた眼差しを送ってくる甘露寺を見ていたら、ひとつだけ浮かんだことがある。
     リビングのテーブル一面に広がるチョコの数々。せっかく用意したのだから、今ここで彼女に食べてもらうのもいいだろう。彼女が食べる姿を見ているだけで、今にも体力も回復しそうだ。

    「それなら、ひとつだけ頼みを聞いてくれるか?」


     ***


    「あの、本当にこんなことでいいの……?」
    「ああ、もちろんだ」
     照れくさそうに頬を染め上げる甘露寺と、マスクの下でにこにこと満面の笑みを浮かべる伊黒。甘露寺は本当にこれでいいんだろうか、と不安さえ覚えてしまう。なぜなら、自分はただチョコを食べているだけなのだ。伊黒から貰ったチョコをひたすらばくばくと食べ続けているだけ。
     毎年伊黒が用意してくれるチョコはどれもおいしくて、夢中になって食べてしまう。今年もまたたくさんのチョコの山で、甘露寺も分かりやすく喜んだのだが、果たしてこれは本当に伊黒のためになっているのだろうか。
    (でも……伊黒さん嬉しそうだわ)
     マスクをしているため、彼の口元までははっきりとは分からないが、甘露寺には伊黒がどんな表情を浮かべているのかよく分かった。見える目元からも、ありありと伝わってくる。甘露寺が愛おしい——という、そんな感情が。
     いつも伊黒は褒めてくれる。甘露寺が食べるところを、可愛い、可愛い、と。それが嬉しくて、気恥ずかしくて、でもやっぱり嬉しくて。こうして伊黒に見られているだけで、今にも心臓は破裂しそうだった。
    (これで伊黒さんが元気になってくれるなら……!)
     死ぬほど恥ずかしくとも、彼のためならいくらでも我慢出来る。甘露寺は、気合いを入れるべく、拳を握りしめた。伊黒の視線を気にしないように、目にしないように、ただ目の前のチョコだけに集中する。しかし、人間とは、意識しないようにすると余計に気になってしまうものである。
     ぷしゅう、とゆでだこのように甘露寺の頬が赤く染まり上がっていく。いくらでも我慢出来る、なんて嘘だ。あまりの羞恥に堪えきれず、甘露寺は両手で顔を覆い隠してしまった。
    「伊黒さん、あんまり見ないで……!」
    「なぜだ?」
    「だって、伊黒さんの視線が熱くて……恥ずかしいの……」
     甘露寺は、指の隙間からちらりと伊黒を覗き見た。伊黒は緩やかな弧を描いた優しい瞳をしていたが、その瞳の中には熱い炎も宿っていた。甘露寺に触れてくるときと、同じ目だ。恐らく、伊黒は甘露寺に触れたいとそう思ってくれているのだろう。それが分かってしまったからこそ、甘露寺も堪えられなくなってしまったのだ。
    「甘露寺……あまり可愛いことを言わないでくれ」
     口付けしたくなる。
     そう言って、伊黒が困ったように眉を垂れ下げた。ああ、やっぱり、と甘露寺の顔も更に色濃く染まっていく。甘露寺の熱で、チョコまでも溶けてしまいそうなくらいである。
     口付けがしたいのは、甘露寺も同じだった。だが、今はだめだ。
    「早く風邪を治さないとな。そうしたら、君にたくさん触れられる」
     甘露寺は何も言えなかった。頬を染めながら、ただこくこくと首を振るだけで精一杯で。嬉しそうに甘露寺を見つめる伊黒の顔もまた彼女と同じように色付いているのは、きっと、熱のせいだけではないだろう。
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