【死ネタ】マリピチのバッドエンドの一つ異変が起きたのは、そう、ほんの1ヶ月前のことだった。
彼女が普段どおりに城内を歩いていたら、突然気を失って倒れてしまったという。すぐに城に駆けつけたが、ボクが到着する頃にはベッドから起き上がっていて、
「疲れていたのかしらね」
と、彼女は困ったように笑っていた。
しかし、その後も彼女は毎日のように突然気を失って倒れ、その度に寝室に担ぎこまれていた。
ボクはキノじいに頼んで、毎日城に泊まらせてもらい、彼女の傍から離れないようにした。只事ではないと誰もが思っていた。彼女自身も、その頃から「何かがおかしい」と感じていたはずだ。
王国中の医者や、海外の著名な医者が診ても、誰一人として病名を特定できなかった。次の医者を待っている間も、彼女が気を失っている時間が長くなっていっていた。何の病気かもわからずじまいで、日に日に深まる不安に城内の雰囲気が暗くなる一方であった。
ボクは、ピーチに何もしてあげることができなかった。
泣きじゃくる従業員で埋め尽くされた彼女の寝室で、ボクはベッド脇に跪き、彼女の左手を両手で握りしめていた。隣にいたキノじいは、嗚咽を漏らしながら全身をわなわなと震わせていた。
彼女は、もう起き上がることができないほど衰弱していた。静かで深い呼吸を繰り返し、今にも閉じそうな瞼をなんとか開けているようだった。そんな状態でも、彼女のその美しい顔は変わらぬままだった。
「ピーチ……ピーチ…………」
必死に考えたけれど、ボクは、どうすればいいのかわからなくて……ただただ彼女の名を呼び続けた。心配させまいと普段どおりに接しようと思ったが、到底無理な話だった。両目から涙がぼろぼろこぼれて、ベッドのシーツや床を濡らしてしまった。胸の辺りが何かに押し潰されているように苦しかった。
ピーチに残された時間がわずかだと悟り、ボクは、ボクという存在を、魂を、彼女に捧げた。
……いや、違う。
ボクは、駄々をこねる子供のように、彼女に縋りついていたのだ。
「マ、リ……オ…………」
ピーチが、きゅ、とボクの手を握り返した。
美しい青い瞳と目が合った。
嫌だ、嫌だ。
どうか、ボクを独りにしないで。
こんなに愛し合った仲じゃないか。
頼む。お願いだから。
キミのいない世界なんて、ボクは。
力を振り絞って、名前を呼んでくれた。
……ボクは、それが彼女の最期の言葉だと悟った。
「---愛してるよ。ピーチ」
涙でぐしゃぐしゃになっていても、どうか、彼女には、笑顔のボクを最後に見せられますように。
太陽が東の空から顔を出した頃、ピーチは旅立ってしまった。
青い瞳が長い睫毛の下に隠れ、二度と見ることができなくなった。
「ピーチ、ピーチッ……!!!嫌だっ!!嫌だぁぁっ……!!!」
世界が変わってしまった。
最愛の人が、目の前で死んだ。
いつもと変わらぬ、美しい姿のまま。
「どうして……どうして……!!!ピーチ、ピーチ……ボクはっ……!!どうすれば……ああぁぁっ……!!!」
キミを守るために生きると、ボクはキミに誓った。
なのに、どうして。
どうしてこうなっちゃうんだ。
キノじいが、ボクの隣で悲痛な叫びを上げながら泣いている。
後ろに控えていた従業員たちも、ピーチの名を叫びながら、顔を覆って号泣していた。
キミと愛を誓った先の未来が、こんなことになるなんて……。
もう握り返してくれない左手。
開かなくなった目。
動かなくなった唇。
ああ……もう彼女の声を聞くことも叶わないのか。
ボクは、震える右手で、彼女の頬にそっと触れた。
付きっきりで傍にいた日……朝日を浴びて目覚めたピーチが、「おはよう」と微笑んだ時のことを思い出す。
また、目を開けてくれないかな。
かわいらしい笑顔で、ボクの名前を呼んでよ。
ねぇマリオ、って。
どうか……お願いだよ。
「ごめん……ピーチ……ごめん……ごめんなさい……」
キミを幸せにすることができなかった。
キノコ王国は君主を失ってしまった。
ピーチ……ボクと、ボクなんかと、出会ってしまったせいで。
「…………会見を。キノじい様」
キノじいの補佐であるキノピオが、涙を乱暴に拭い、声を震わせながらそう言った。
「嫌じゃ……嫌じゃ!!ワシは……姫様から、離れとうないんじゃあ!!!」
キノじいの喚き散らす声が、部屋中に響いた。それを聞いた補佐のキノピオも、また涙をぼろぼろと流した。
ボクを含め、誰一人としてこの場を離れることができなかった。
……きっとボクらは、ピーチが死んだという事実を、この部屋だけに留めておきたかったのだ。