OVA時空ミトス生存if妄想めも からん、と音を立てて剣が床に落ちる。
振り下ろそうとしていたロイドの剣先が間一髪のところで踏み止まった。
「──ミトス!ロイド!」
ハッとしたジーニアスは二人の間へ走り出す。姉であるリフィルの静止する声なんて聞こえていなかった。
先程まで剣で激しく戦っていた危険な場所へ無防備に飛び出す小さな身体。剣を手放し、その場に項垂れて膝をつくミトスの前に、ジーニアスは庇うように手を広げてロイドへ訴えた。
「お願い、ロイド!もうやめてよ!」
「やめてって……ジーニアス、お前……」
「分かってる、ボクだって分かってるよ!でも、二人が戦うのをもう見てられないんだ!」
ジーニアスだってミトスとの最終決戦の覚悟をしていた。マーテルの器として攫われたコレットを助けたい。世界統合を目指すためにも、マナの源である大いなる実りを解放するべくミトスと戦う必要があると。
でも、実際に目の前で戦う二人を見たら恐ろしくなってしまった。もし、ロイドが、ミトスが、死んでしまったら。幼いジーニアスは想像するだけで怖かった。
大切な二人の友達を止めたくて、分かってほしくて、身体が勝手に動いていた。
「ねぇ、ミトス……もうやめよう?」
「…………ジーニアス」
動きを止めたミトスの瞳からは光が消え、生気を感じられない様子だった。
先程までは感情に身を任せるまま剣を振るっていたのに、今はぼんやりとジーニアスの呼び掛けに反応し、その姿からはすっかり戦意が喪失していた。
「……ミトス?」
「ジーニアス……さっきの、本当……?」
「え?」
「ボクの……居場所って……」
ミトスが動きを止めた、ジーニアスの叫び。
ボクは、ずっと居場所が欲しかった。ハーフエルフはどこへ行っても疎まれて、心を開いても受け入れてもらえず、逃げるように身分を隠して、最後は姉さまを殺されて。
どこにも居場所がなかった。
だから自分で作ろうとした。誰にも迫害されない、ボクの理想の世界を追求した。無機生命体となって差別のない千年王国を作り、復活させた姉さまを喜ばせたかった。
だけどその結果、かつての仲間であるクラトスやユアンに裏切られ、ロイドたちに邪魔をされ、姉さまにも否定されて。
何もかもが嫌になって、自暴自棄になって、自分の正しさを証明したくて、姉さまとデリスカーラーンへ行こうとして、邪魔をするロイドたちを殺そうとしたのに。
『──ミトスの居場所は、ここにあるじゃないか!』
ジーニアスのその言葉が、胸を打った。
怒りや悲しみ、苦しみで滅茶苦茶になっていた感情が全部吹き飛んだ。
どこにもないと思っていた、ずっと欲しかったボクの居場所。
「……うん。ミトスの居場所はここにあるよ。ボクなんかじゃ頼りないかもしれないけど、ボクがミトスの居場所になるよ」
「…………」
ジーニアスはミトスの肩を支える。ミトスは深く息を吐き、ジーニアスに身を委ねるように力を抜いた。
ゼロスに言われた、この広い城におまえはひとりぼっちだと。分かってくれる相手なんていないだろうと。
なんだ。こんな近くにあったんだ。
……いや。自分が気付こうとしなかっただけで本当は、ずっと……。
「……ロイド。おまえがエターナルソードを装備出来るようにした」
「何……!?」
「後は好きにしろ。その代わりジーニアスと二人きりにして欲しい」
「なんだとっ!そんなの……!」
「ロイド、ボクなら大丈夫だから」
ミトスと精霊オリジンとの契約はクラトスによって解除された。デリスカーラーンに送り出そうとしていた大いなる実りも動きを止めた。
エルフの血を引くものしか装備出来ないエターナルソードをミトスがロイドへ明け渡すのは、つまり負けを認めたんだろう。
ロイド達にはまだやらねばいけないことがある。行って、と言うジーニアスに後ろ髪を引かれながらロイド一行は場所を移し、ミトスとジーニアスは二人きりになった。
「……ミトス、分かってくれたの?」
「ボクは……この選択を後悔しない」
姉さまを復活させて理想の世界を作るため、何千年もの歳月をかけて世界を滅茶苦茶にして、無関係な人をたくさん巻き込んで犠牲にしたこと。
この選択を後悔しない。何度だってこの選択をし続ける。
それでも、最後に気付けたことがある。
「だけど……ボクの居場所があったこと。最後に、それが分かって良かった」
「ミトス……?」
「ジーニアス。キミに、ボクの輝石を壊して欲しい」
「……!」
それが何を意味するのか、ジーニアスは説明されなくてもすぐに分かった。
無機生命体の天使であるための輝石を破壊するのは、すなわち死を意味する。
ジーニアスに殺してくれと言っているのと同じことだった。
「このままのうのうと生きていられない。ボクは罰を受けなきゃいけないんだ。キミになら……」
「そんなのダメだよっ!」
どこか悟ったように言うミトスの言葉をジーニアスは遮った。
ジーニアスは諦めたくなかった。初めて出来た同族の大切な友達。裏切られて傷付けられても、どんなに間違ったことをしてたとしても、ミトスに生きていて欲しかった。
キミもこの世界に居ていいんだよって、分かって欲しかった。
「罰だって言うなら、生きて償って」
「……ジーニアス」
「それが無理なら……ボクのために生きてよ!」
「……!」
ミトスはハッとしたように顔を上げた。
ジーニアスのために生きる……?
そんなの、身勝手で利己的な言い分だと思うのに。
ボクの全ては姉さまのためにあった。この四千年間、姉さまを復活させて理想の世界である千年王国を作るためだけに生きてきた。それ以外の生き方なんて考えたこともなかった。
その目的が途絶えた今、もう生きていく意味も気力も無くなった。
だけど……ボクの居場所になってくれるジーニアスのためにだったら。
この絶望に満ちた生をもう少しだけ伸ばしてもいい気がしたんだ。
「お願いだよ……死ぬなんて言わないで」
「……分かったよ。ボクの命は、キミに預けることにする」
「ミトス……!」
ジーニアスがぼろぼろと涙を零し、ぎゅっと抱き付いてくる。
あの時ロイドに倒されて終わっていたかもしれないボクの人生は、小さくて幼いジーニアスに救われてしまった。
これからきっと、死んでおけば良かったと思う程の苦しみがボクを待ち受けているだろう。
自分の犯した罪、その深さを目の当たりにして、更なる絶望に打ちのめされるだろう。
「……ジーニアス、いい加減泣きやみなよ」
「うっ、だって、嬉しくて……っ」
ひっく、と泣き続けるジーニアスは目も鼻も赤く染まり、顔がぐしゃぐしゃになっている。
ボクが生きていることに涙を流して喜んでくれる。そんなジーニアスの姿に自然と笑みが溢れ、胸に愛しさが溢れてくる。
──でも、これからきっとどんな困難が待ち受けていたとしても。
ジーニアス。キミのためなら、キミが傍に居てくれるなら、なんだって耐えられる気がするんだ。
続く……?
復興とか手伝いつつ山奥で二人きりひっそり暮らしてほしい