19歳🦖&🦖×🔮 ワノ国を発って数日、ドレークとホーキンスはある島で潜伏していた。
いくら二人ともここまで潜り抜けてきた海賊団の船長とはいえ、"新世界"を渡るには仲間との連絡や情報収集は不可欠である。
そこでこの島を中継地点とし、仲間から連絡があるまで身を隠すことにしたのだった。
運良く街から離れた、野原以外何もない場所に誰も住んでいない家があったので、二人はそこを拠点とした。
+++
「今日も連絡は?」
「なかったぞ」
買い出しから戻ってきたドレークは、呑気にキャベツを食べている電電虫を見てため息をついた。
「そうイライラするな。すぐに連絡がつくものじゃないと言ったのは貴様だろう」
「それはそうだが……これを見てみろ」
そう言ってドレークはホーキンスへ新聞を投げて寄越した。
一面にはさまざまな事件が取り沙汰されており、世の中の混乱した様子が記事に収められていた。
「世界はいま荒れているのに、おれたちだけここでのんびりする訳にもいかない」
「使命感は結構だが、ここを離れる訳にもいかない。勝手に動いてすれ違いで更なる混乱を生み出す気か?」
「わかっている。そんなことはわかっているが……、ここ数日なにも変わり映えしないから気が滅入っただけだ」
ドレークは椅子に乱暴に座り、天を仰いだ。
ドレークは忍耐強くない訳ではない。二年ほどカイドウ率いる百獣海賊団幹部として潜伏していた男だ。辛抱強さと無茶をしない思慮深さはある。だがそれは一人の時の話である。
今は、ホーキンスと共にいる。
ワノ国での一連の騒動の後、ホーキンスと一時的に協力することになったが、片腕を失くしたホーキンスを匿いながら諜報活動を続けることは厳しい。
——万が一、強襲を受けた時に、おれは思い通りに動けるだろうか?
常に頭の隅には想定外の事態の心配があり、ドレークをこれまで以上に悩ませた。
しかし、なんにしろ次の任務の指示がなくては動けない。結局今できることはもうないと、ドレークは再びため息をついた。
その時、
——ガタン‼︎
続いてバタバタと、なにかが崩れる音が聞こえた。音は家の一番奥の物置部屋から聞こえてきた。
二人は即座に臨戦態勢を整え、ドレークが先を急ぎ、部屋へ足を踏み入れた。
「な……⁉︎」
部屋の中を目の当たりにしたドレークは絶句した。
「ドレーク、なにがあった……」
ホーキンスも続いて覗き込み、同じように言葉を失った。
小さな明かり取りの窓しかない部屋の真ん中に、少年が倒れていた。
壁や天井はどこも壊れておらず、置き去りにされた荷物は埃まみれだったが、そこには足跡すらなかった。
「こいつ……いったいどこから来たんだ?」
+++
物置部屋の出入りはひとつ。今、ドレークとホーキンスが入ってきた扉だけである。
小さな明かり取りの窓はあるが、高い位置にあり、頭すら通らないほどの大きさしかない。
そんな部屋の真ん中に、突然少年が現れた。
少年は傷だらけのまま床に横たわり、動く気配はなかった。
「生きているのか?そいつ……」
ホーキンスの言葉に、ドレークが少年の体に触れ脈を確かめる。
「……生きている」
生死を確認したドレークは、少年の体を仰向けへ動かした。
少年はぐったりと目を閉じ、起きる気配がなかった。
「ん?」
ドレークは少年の顔を覗き込んで、首をひねった。
「どうした?」
「いや……、それよりこの制服、海兵だ」
ホーキンスは少年を挟んでドレークの向かいに周りこんだ。
ドレークの言う通り、少年は海兵の制服を身につけていた。
「将校ではないな」
「ああ、制服がまだ新しいからおそらく新兵だろう」
検分しているとうめき声が聞こえてきた。
少年は苦しそうに顔を歪め、ゆっくりと目を開いた。
「ここは……?」
ドレークが島の名前を告げると、少年は再び顔を顰めた。どうやら覚えがないらしい。
「お前の名前は? どこから来た? どうやってここへ入った?」
ホーキンスが矢継ぎ早に尋ねると、少年は混乱しながらも口を開いた。
「おれは…………、ディエス・ドレーク……」
ホーキンスとドレークは思わず顔を見合わせた。
「ドレーク……、だと…………?」
ホーキンスは少年と目の前の男を交互に見比べた。
目の前の男、X・ドレークも驚いた顔で少年の顔を見つめている。
「待ておまえ……、海賊王が……ロジャーが死んだのは何年前だ?」
「海賊王……? ロジャー……? 何言って……」
少年はだんだん意識がはっきりしてきたのか、ホーキンスへ顔を向けて喋った。
「ロジャーが死んだのは……、十三年前だろ?」
少年の答えに、二人は押し黙るしかなかった。
「……ロジャーが死んだのは、今から二十四年前だ」
「は……? 何言って……」
少年の目がはっきりと二人を捉えた。
「海賊……‼︎」
すぐさま飛び起き、腰につけていたはずの武器を取ろうとして——何もないことに気づいた。
その一瞬の隙に少年へと藁が伸ばされ、あっという間に拘束されてしまった。
「な……‼︎ 能力者‼︎ はなせ‼︎」
少年は拘束から逃れようともがくが、びくともしない。
ホーキンスは少年には目もくれず、ドレークに向き合った。
ドレークは、目の前の失態を気まずそうな顔で見ていた。
「まずは……、本人確認からするか」
顔を見合わせた二人は大きくため息をついた。
+++
ホーキンスがシャワーを浴びて戻ってくると、部屋の中の空気はまるで通夜のように重かった。
「どうだった……とは、聞くまでもないな」
ホーキンスは少年のドレークと、海賊のドレークを見て苦笑した。
少年のドレークは椅子に縛り付けられているが、すっかり元気を取り戻し、ホーキンスを懸命に睨みつけている。
海賊のドレークはもう一つの椅子に行儀悪く座り、腕を組んで天井を仰いでいた。
「確証は?」
「……おれしか知らないはずのことを知っていた」
「そうか」
ホーキンスはそれ以上深く追及しなかった。
椅子をもう一つ引っ張り出し、少年のドレークに向き合った。
「さて……、ドレーク新兵。自分の置かれた状況が理解できたかな?」
少年のドレークは口をぎゅっと引き結び、ムスッとした表情を崩さなかった。
「……新兵の訓練中、足場が崩れる事故が起こり、気がつくとここにいたそうだ。おれも昔、訓練中の事故で数日意識を失ってたことがある」
「その時期と一致すると?」
海賊のドレークは頷いた。
「……馬鹿げてる。おまえら二人して何か企んでいるんだろう」
少年のドレークの言葉に、海賊のドレークとホーキンスは顔を見合わせた。
「何か企んでいるか?」
「いいや?」
はははと、二人してわざとらしく笑った。
「だったら原因は……」
「そんなこと考えたところで無駄だろう」
ホーキンスはフンと鼻を鳴らした。
「ここはグラインドライン後半の海——"新世界"だ。なにが起きても不思議じゃない」
「し……、新世界⁉︎」
少年のドレークの顔色が、あっという間に真っ青になっていく。
「言ってなかったのか?」
「聞かれてない」
「この頃、どこの海にいたんだ?」
「北の海だ」
「グランドラインにすら入っていないのか……」
ならばこの反応も当然だろう。
少年のドレークは、ここから逃げて船で逃げ出すつもりだったのかもしれない。
「……おまえに一つ言っておくことがある」
ホーキンスは少年のドレークへ顔を近づけ、怯える目を覗き込んだ。
「ここを出てどこかの駐屯所へ駆け込み、助けを求めることは推奨しない。
なぜなら……、この世界で『X・ドレーク』という男はすでにここにいるからだ。おまえがいくら『ディエス・ドレーク』本人だと主張したところで信じてもらえる確率は限りなく低いだろう」
占うまでもない、とホーキンスは付け加えた。
「おれたちを海軍に差し出したところで、おまえの行く道が保障されるわけでもない。
……おれの言ってる意味がわかるか?」
少年のドレークは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。
「……安心しろ。少なくともおまえの前でおまえを傷つけたり、不当な扱いをするつもりはない。
わかったのなら汚れを落として来い。きれいにしてきたら手当てしてやる」
少年のドレークを拘束していた紐がばらりと解けた。
ホーキンスが肩に触れようとすると、少年のドレークはその手をはたき落とした。
「……海賊の世話にはならない」
フン!とホーキンスから顔を背け、ズカズカと部屋から出ていった。
「こりゃあ前途多難だな……」
ホーキンスは今日何度目かのため息をついた。