ファーユナ/Zero この辺りでは珍しい明るい色の髪が、夕焼けに照らされてきらきらと輝いている。
侍に出くわさないよう黄昏時を狙って浜辺へ向かうと、そこには既に先客がいた。
ぼろぼろの服を着て、波打ち際で膝を抱えている女の子。
見慣れない姿を眺めていたら、その子がボクのいる方を向こうとしたので、とっさにサーフボードの後ろに隠れてこっそりと様子をうかがう。
顔は陰になっているせいでよく見えないけど、目元の辺りに光る粒が見える。
光の粒はすっと顔を伝い落ちて、砂浜へ染み込んでいった。
(……泣いてる?)
こちらを振り返った彼女は、別にボクの存在に気付いたというわけではないらしい。
また海の方へと向き直り、膝に顔を埋めた。
今、あの子を思い切りおどかしたら、どんな風に驚くのだろうか。
少しだけ考えたけれど、なんだか実際にやってみる気分にはなれなくて、結局何もしないで住処の洞窟へ戻ることにした。
人を驚かせるのが本分の妖怪とはいえやりたいと思えないことはやらない、それがボクなのさ。
翌朝、いつもより早く目を覚まして浜辺へ向かうと、その子は変わらずそこに座っていた。
昨日と違うのは、彼女がぷるぷる震えていることだ。
くしゅん、とくしゃみをする音も聞こえる。
あんな恰好のまま海辺で夜を明かして、さぞかし冷えたことだろう。
ボクは波乗りの練習もお供えものを食べることもしないで、そのまま洞窟へと引き返した。
空き場所へ適当に積みあげた荷物をひっくり返して、奥底に眠っている箱を探し出す。
その中には、ボクが昔お気に入りだった服や靴が入っている。
背丈が今の半分くらいのときに着ていたものだから、きっとあの子にぴったりだろう。
上着を取り出して広げてみると、長年ほったらかしていた割に状態は悪くない。
だけど、穴やほつれがいくつかあったので、普段はほとんど使わない裁縫道具を引っ張り出した。
針に糸を通しながら、ふと思う。
どうしてボクはこんなことをしているんだろう。
ボクがあの子のためにわざわざ上着を用意してやる理屈なんて、どこにあるのだろうか。
話したこともない、ただ後ろ姿を見ただけの人間に。
ほつれを縫い終わるまでらしくもなく考え続けたけど、答えは結局出なかった。
洞窟を出ると、既に日は高くなっていた。
相変わらず彼女は浜辺で膝を抱えていて、すぐそばまで寄ってもこちらに気付いた様子はない。
近くで見ると、やっぱりその子はぼろぼろだった。
綺麗な色の髪は少し痛んでしまっているし、元は上等だっただろう服もすっかり擦り切れている。
ボクは声を掛けるよりも先に、彼女に上着を掛けた。
「ぽぽぽ。君も波を待っているの?」
頭巾を被せてやったところで、ようやく彼女が顔を上げる。
思った通り、ボクが引っぱり出した服の大きさはこの子にぴったりだった。
波に乗って河童に会いにいきたい、そう話をしたら彼女は驚いたようにボクを見上げてくる。
涙はもうすっかり引っ込んだらしい。
驚いたとはいっても、この子の顔は今までボクが驚かせてきた人たちのものとはずいぶん違う。
未知の存在を恐れるのではなく、どこか興味深そうな様子でこちらを見つめる表情。
人をおどかすのが生きがいのボクだけど、そんな顔を見るのもなんだか悪くないかもしれないのさ。
どうして見知らぬ人間のためにこんなことをしたのか、やっぱり納得できる理屈は見つからない。
だけどあのときのボクは、何はともあれぼろぼろのこの子に上着を掛けてあげたいと、確かに思ったんだ。
気ままに生きる妖怪が動く理由なんて、それだけでいいじゃない?
やりたいと思ったことをやりたいときにやる、それがボクなのさ!