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    onionion8

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    バレンタインネタのケイアキ

    秘め事というのは何も夜にばかり行われるものとは限らない。けれどそれが寝台でなされることであるとは言い切れる。
     まだ昼なかの明るく騒がしい時間。カルデアに集う英霊たちがチョコレートひとつで惑う時期。トンチキのひと言で片付ける男、だからこそ興味深いと首を突っ込む物好きな者、そんなことはどうでもいいから美味しい甘味を食べたい女。それぞれがそれぞれに踊らされながら、バレンタインは過ぎていく。
     愛を深める都合のいい日。恋人と遠慮なくイチャつくための行事。元になったという聖人と同じ主を愛する者らが複雑な顔を見せるなか、愛の女神、ではなく月の女神はガバガバな愛を語る。そこに意味があろうとなかろうと、愛し愛されて幸せだったらいいじゃない、と悪びれることなく晴れやかに笑みで威圧する。
    「あれが我々と同郷の神の言葉です」
    「しかも先生からすれば姪にあたる神だよな」
     食堂の片隅でのんびりとしていたケイローンとアキレウスは、聞こえてきた縁のある女神のよく響く声に顔を見合わせた。互いにどういう顔をするべきなのか決めかねた真面目な面持ちのまま呟いて、それからこらえきれずに破顔する。はは、と声を上げるふたりに向く周囲の視線は一瞬で、多くはないその眼差しはすぐにバラけて散っていった。
     きっと仲のよい師弟の日常だとでも思われ流されたのだろう。ケイローンはカップのなかで熱く蕩けているホットチョコレートをひと口飲んで笑みを深める。どろりと喉から腹へと落ちるその甘さ。怪しいモノは入っていない、ありふれたただのチョコレート。
     これが今日という日にはどのような意味を持つか。もう知らないとは言えないほどに馴染んでしまった自覚がある。それは目の前で同じものを飲むアキレウスとてそうだろう。そうなるように、ケイローンが教え込んできた。
    「実際、我々としては彼女の言う感覚の方が親しみやすくはありますね」
    「まぁ確かに。無償の愛だなんだと言うよりは、恋に生きてる女神の方が信仰するに値する」
    「しかし彼女は純潔の女神でもありますよ?」
    「そうだった。それなら俺はちょいとばかり信徒に相応しくはないな。なにしろ姐さんみたいに誓いを立てるよりも前に、純潔を散らされちまっているんだし」
     悪戯っぽく細められた目がこちらを見る。ひっそりと内緒話をするように抑えられた声が耳を撫でる。生前の、手元を離れてからのことは伝聞と文献でしか知らないが、あの時代の英雄らしく生きたことはよく分かった。己が魅力的だということを、知り尽くしていると言わんばかりの振る舞いをする。
    「おや。それはリュコメデス宮にて十代半ばで王女を孕ませたことでしょうか。それともそれ以前に」
     同じく声を低めて問いかければ、アキレウスはぐぅ、と苦い顔をした。眉間にきゅっと皺が寄り、頬にさっと赤みが差す。
    「〜〜ッ、あー! もう! 今その話を持ち出さなくてもいいだろうが! そりゃ確かに男の純潔って言やァそっちの意味かもしれないが、こう、今話してたのは違うだろ! つーか、分かってて言ってンだろ先生……」
     少しの意地悪を込めた言葉にむくれる顔は、先ほどまでの色気がすっかり消えていた。それに安堵するような惜しむような複雑な気持ちを抱えつつ、ケイローンはにこりと笑みを作る。
    「もちろんただの冗談ですよ。それに、今のあなたの身体……エーテル体でのあなたの身体はそういう意味での純潔はしっかり保っているわけですが、月女神の認める処女とはとても言えないことを、誰より私がよく知っていますからね」
     先ほどよりさらに声をひそめて囁くと、アキレウスの身体はびくりと素直に反応した。ほんのり色づく耳の先。情欲の滲んだ揺れる瞳。褥で見せる姿を脳裏に思い起こさせる、ケイローンを煽ってやまないその媚態。チョコの甘さのせいだけでなく、ひどく喉が渇いてゆく。
    「アキレウス、食堂でそんな顔をしてはいけませんですよ」
    「どんな顔……いや、いい、言わなくて」
    「分かっているなら、そろそろ部屋へ戻りましょうか。時はチョコのようにすぐに溶けて     しまいますからね」
     空いたカップを傾けると、ふわりと甘いかおりか漂った。まだ昼だろ、と呟く声が声が聞こえたが、それは咎める響きのものではない。
    「何か予定がありましたか?」
    「いいや、今日は……いや、明日の朝までは先生のために空けてある」
    「それはそれは」
     立ち上がり、食器を片付けふたり並んで食堂を出る。そんなよくある師弟の姿をわざわざ見送る者はいなかったが、誰か耳のよい者にはケイローンの尾がばさりと揺れていたのが聞こえてしまったかもしれない。
     ちらちらと視線を向けてくるアキレウスを軽く小突いてやり、そわそわと浮足立った人類最速の足と競うように先を急ぐ。
    「廊下は走らずに、ですよ」
    「分かってますって。先生こそ、ケンタウロスの姿に戻るのはなしだからな」
     もうすっかり慣れ親しんだ自室への道を辿りながら、ケイローンはここが生前住んだペリオン山だったらとふと考えて苦笑した。あの今は遠き神話の時代のことならば、すぐにでも愛を交したことだろう。誰の目も耳も憚らず、野生の獣がそうするように、茂みの奥、洞窟のなか、泉のそば。どこであろうと睦み合うことになんの抵抗もいらなかった。ただアキレウスの手を引いて、あるいは背中に乗せてやり、好きなところへ連れて行くだけで事足りた。
     けれどそれは今はもう、遥か彼方の夢である。別にケイローンのなかに野外であれこれしたい願望がひそんでいるわけではないのだが、叶わないことに思いを馳せれば胸の奥がぎゅっと切なくなる。あの頃。ケンタウロスの賢者ケイローンとアカイアの英雄アキレウスがこんな関係を結べたはずはないとして、もし、アキレウスが死へと向かう運命を選ばなければと想像を巡らせることは自由だった。
     ケイローンは伸ばした手でアキレウスの手を掴み、そのまま辿り着いた自室のなかへなだれ込む。壁際にあるひとつきりの寝台は、いつものようにふたり分の体重を受けてぎしりと高く鳴いてみせた。
    「先生、なに、そんながっついてくんの、めずらしい」
     アキレウスはわずかに戸惑う様子で自身にのし掛かる男の顔を見上げてきたが、その瞳はとろりと蜜のように蕩けている。これが誰にでもする態度でないと分かっていても、ひたすらに甘い子供――もうそんな歳ではないのだが、ケイローンからすれば子も同然であるアキレウスに胸がざわついた。
    「……いけませんか?」
     そっと前髪をよけてやり、生え際のあたりに口づける。くすぐったそうにむずかるところは幼い頃と変わらない。ふにふにとやわらかかった子供の肌と、しっとりとハリのある大人の肌。そのどちらもを知るのはひどく贅沢なこととケイローンは思ったが、上手く言葉にはならなかった。
     されるがままをよしとはしないアキレウスが、唇を重ねてくる。ちゅ、軽くと啄む音。ふわりと甘いチョコの香り。伸ばした舌が触れ合えば、口づけはすぐに貪るものへと変わっていく。
    「ん……、いや? いいぜ? 先生がしたいようにしてくれて」
     互いの魔力の味が混ざり合い、境界が溶けてゆく。合間に握り合った手が熱い。ぞくぞくと痺れるほどの悦楽は、口づけのためかもらった言葉によるものか、あるいは愛おしむ甘い眼差しに囚われたからなのかもしれない。
    「なにせ今日はバレンタインデーとかいうやつだ。我らが月の女神が言ってた愛し愛される日であるし、ここには余計なお世話な神の愛も届かない。今さらエロースの矢に射られる必要なんかなく、先生が何をしたってそれを知るのは俺だけだ」
     重力に従いシーツにこぼれたケイローンの長い髪を、アキレウスの手がするすると弄ぶ。
    「俺だけが、先生のやらしーところを知っている」
     まるでマタタビに酔った猫のように恍惚とした顔を見せながら、アキレウスはベッドの上で淫らに身体をくねらせた。そのずいぶんと扇情的な仕草はどこで覚えてきたのやら。気になりつつも、ケイローンは誘われるままに手を伸ばした。そろりと脇腹を撫であげると、もれる吐息が甘く濡れる。
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    onionion8

    DOODLE今さらまた一人先生の誕生日ネタにたぬきを添えた胡乱な話。富Kのつもりで書いてはいるけどCP要素はあんまりない。
     実家に戻った富永は、忙しいなかでの眠りのうちによく夢を見るようになった。それは今さら国試に落ちる夢ではなく、どこか異世界を旅するような夢でもない。何度も繰り返し見る夢は、懐かしい、T村で過ごした日々だった。吹雪と血。違法な医療行為と警察沙汰。はじまりは凄惨なものであったのに、気がつけば穏やかな暮らしがそこにあった。
     同居を許された診療所。同居人となったその主。起きている時にも時おり思い出しはするが、夢ではいっそう鮮やかに、あの頃のKが目の前に現れる。それは白衣姿であることも、マント姿のこともあるが、そのどちらでもなく、くつろいだ部屋着であることも多い。
     富永がKとともに過ごした八年間を振り返ると、やはり医者としての姿が浮かぶので、不思議といえば不思議だった。どうしてこうも、何でもない日の何者でもない彼を夢に見るのだろう。まだ預かった子も昔の執事も看護師だっていない頃、ふたりきりだった診療所。寝起きのKがぺたぺたと、スリッパを鳴らして歩く姿。あるいは風呂から上がって出てきたKが、濡れた髪をタオルで巻いている姿。
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