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    onionion8

    @onionion8

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    onionion8

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    原稿やらずにまた違うの書いて…ケイアキで魔力供給の話です。フェ…の直前で終わるのでR指定ってほどのものでもない。

     渇く。渇く。渇いていく。ただでさえ魔力消費の激しい宝具をアキレウスは何度も展開させている。空間を裂いて駆ける戦車。神速で叩き込む槍の一撃。しかしそれでも敵の殲滅には至らない。薙ぎ払っても轢き潰しても、魔物は絶えることなく押し寄せる。
     今はマスターからの援護でどうにか保っているが、それもおそらく限界が近い頃だろう。早く終わらせて休まなければ、共倒れという最悪の事態が待っている。いっそ撤退という選択も必要になると考えながら、アキレウスは戦場を駆ける足を止めぐるりと辺りを見回した。
     空は黎明を待つ藍色の闇が覆っている。ワイバーンや他の翼ある怪物たちがやって来ないことだけはツイてるが、地には相変わらずおぞましいほどの数の魔物が満ちていた。
     月明かりにぬめりと光る鱗模様。甘く腐った毒のにおい。話に聞くだけだった魔獣戦線とは恐らくこれに似た状況だったに違いない。一体一体はさほど脅威でないものの、群れとなり暴れる魔獣を延々相手にすることは、大海で嵐と戦うようなものだった。
     凡人であれば生き残るだけで栄誉と誇れるだろう戦場。並の英雄であれば屠った敵の数を競い合うであろう戦局。だがアキレウスは凡人ではなく有象無象の英雄でもなくギリシャの神話に名を轟かす大英雄のひとりである。生きるだけでも殺すだけでも役不足。生かし、守り、殺し尽くす。すべてを為せて当然と、そう胸を張らなければならない。
     手にした槍は、赤黒い血にまみれてもなお青い刃がうつくしい。そのまま敵へと繰り出せば、星の煌めくような斬撃が夜の荒野に降り注ぐ。ひとつ、ふたつ、みっつと骸が積み上がる。倒れた魔物の巨大な角が、墓標となって地に並んだ。
     この鮮やかな武功を語り継ぐ者は誰もいない。これは歴史に残る戦いではなく特異点という歴史の染みを消し去るための戦いだ。人間といえばマスターがひとりいるだけで、しかし今は後方に控えている。あるいは神々であれば見ていてくれているかもしれないが、この時代に神がいるかどうかはアキレウスには分からない。
     いや。いた。確かに見ていてくれる神が一騎、この戦場には存在した。すぐ近くで轟く魔獣の咆哮が、すぐさま断末魔へ変わり果てる。そうしてその崩折れた身体を見てみれば、見覚えのある矢羽根のついた矢が一本深々と突き刺さっていた。
    「援護……っつーより一旦退けって合図かね」
     空から注ぐ無数の矢には嫌な記憶が蘇る。幼い頃の忘れられないあの痛み。突貫で強くなりたいとはもう言わない、と心に刻んだ苦くも懐かしい思い出。
     しかし今向けられている矢はアキレウスを狙ったものではなく、それでなくとも成長し英雄となった身ならばそうそう当たるものではない。人類最速を誇る足でもって射撃により開けた道をアキレウスは駆け抜ける。血溜まりを越え、屍の山を踏み越えて、騎兵が立つべき戦場を離れ弓兵が潜む高台の木立へ身を寄せた。
    「先生」
     呼べば応えが返される。その声を頼りに姿を探せば近くの樹上に見つかった。夜風に揺れる尻尾を見上げながらもう一度はっきり呼びかけると、弓を握ったまますぐに降りてきてくれる。どす、と元の姿ほどではないものの、重量のある音が暗い森のなかに響き渡る。
    「マスターから撤退の指示でもあったのか?」
    「いいえ。ですがあなたの魔力が尽きてからでは遅いでしょう。そのあたりの判断は私に任されていますので、一旦退いてもらいました」
     ケイローンの言葉をゆっくり飲み込んでから、アキレウスはぐぅと喉の奥で唸ってみせた。それは引率の先生と落ち着きのない子供のように扱われていることへの不服を示したものであり、わざわざ指図されずとも自身の魔力消費くらいは把握していたという抗議でもある。
     それに何より、あの時点ではもっと自分は戦えた。ぎりぎりの戦いを楽しめた。それを早々に呼び戻したのはいささか過保護ではないだろうか。そう文句を言いたかったというのもある。
    「あなたの強さ、それも死に際の凄まじさは分かっています。たとえ心臓を打ち砕かれても暴れ回る、そういう逸話を持った英雄であるそうですからね。しかし今のあなたはサーヴァント。マスターに負担をかけるような怪我は避けるべき、というのはきちんと理解しているでしょう?」
    「う……いやでもあんなところで怪我するほど弱っちゃいないはずですけど」
     ちょいちょいと手招かれるまま近づけば、返り血で汚れた頬を指先で撫でられた。もう乾ききったその血がケイローンの手を濡らすことはないけれど、なんとなく嫌な気がして振り払う。触れられた場所がじわりと熱を灯すのは、魔力に反応したからか。だとすればこの身体は思ったよりも飢えている。アキレウスは意識してそんなことを考えながら、ごしごしと自らの手で頬の汚れを落とそうとした。
    「……私としても、傷ついたあなたを迎えに行くより元気なうちに来てもらった方が楽ですし、あなたを信じていないわけではなくとも心配はしてしまいます。ここは師のわかままに付き合ってくれた、ということで機嫌を直してもらえると嬉しいのですが……いかがでしょうか」
     軽い言葉に力が抜ける。ようやく戦場から離れたのだと実感した。
    「その言い方はずりぃぞ先生。つーか別にこんなことで不機嫌になるほどガキじゃねぇよ」
     振り払われた手をひらひらさせるケイローンは、きっと分かっていたに違いない。アキレウスの機嫌についてなど、時にアキレウス本人よりも上手く把握しているんじゃないだろうかと思えるのが、ケイローンという存在だ。ゆるく笑みの浮かんだ余裕ある顔を見るだけでも、アキレウスが本気でヘソを曲げているとは考えていないのがよく分かる。
    「いいから少し休んでいく。ここはあっちより霊脈に近いんだ。静かにしてればちっとは魔力も回復するだろうさ」
     深く夜の色に染まる木々。そのうちのひとつに背中を預けてアキレウスは座り込んだ。捻くれた根っこはごつごつと固いけれども座り心地は悪くない。吸い込む空気は土のにおいが濃くなって、鉄のにおいは遠くなった。
    「携帯食でもあればよかったのでしょうが、ここまで長引くとは正直想定外でしたからね」
    「ああ、まさか魔物があんなに繁殖してるとはな」
    「魔物に対して繁殖という言葉が正しいのかは議論の余地がありますが、そうですね、生まれたにせよ生み出されたにせよ何にせよ、あれは人の手には余る」
    「だから俺たちが来たんだろ? 化け物退治はいつの時代も英雄の仕事と決まっている」
     ついと見上げたケイローンが軽く苦笑を滲ませるのは、自身を英雄という枠に置いてはいないからなのか。それとも化け物退治を試練として与えられた英雄であるかつての教え子のことでも思い出しているからか。
     どちらにしても、アキレウスはかける言葉を飲み込んだ。今この場でケイローンは神霊寄りの存在でありあくまで英雄の教導者だという話をしても仕方がないし、兄弟子の話をしてもらうなら本人たちが一緒の方が絶対に面白い。
     それに何より、今は無駄話を続けるよりも回復に専念すべき状況なのを思い出した。こうしている間も魔獣の群れは暴れ回り、それを抑えるために仲間が戦っているはずである。幽かに届く獣の咆哮はなおも途絶える気配がない。
    「アキレウス」
     呼ぶ声にハッとして、意識を手放していたことを知る。うろりと動かす視線の先には師の穏やかな眼差しと、明けない夜に染まった空の色。
    「あ、俺……」
    「ほんの一時だけですよ。それほど時間は過ぎていないのでそこは安心してください」
     くしゃりと頭を撫でてくる手をぼんやりしたまま受け入れる。こんなことが昔もあった気がすると、アキレウスは記憶の海をひと混ぜした。その渦のなかから浮かぶのは、修行の途中で疲れ果てて眠ってしまった日の記憶。
     空をゆくアポロンが西の地平に帰る頃、目覚めた身体はケイローンの馬体に寄りかかっていた。頬に触れるぬくもりと、しなやかな肉の固い弾力。あの時もケイローンの手は目覚めたアキレウスの頭を撫でて、大丈夫だと言ってくれた。少し眠って元気になったのならばそれでいい。師のそばであれば何も恐れることはないからと、そう笑ってくれたことがあったのを今も覚えている。
    「あー、先生が近くにいるからって油断した。このこと、マスターたちには絶対内緒だからな、先生」
    「おや、休息を恥じることはないのでは? マスターも咎めはしないはずですし、それほど気にしなくともよいでしょう」
    「いいや俺は気にするっての。いくら戦場のど真ん中ではないとはいえ、英雄が敵地でうっかり寝こけたなんて言えるかよ」
     撫でてきた手が離れていくのを見送ってから、アキレウスはため息をひとつ吐いてみせた。やはり人類史に刻まれた本来の意味での英雄ではないケイローンとは細かいところで意識が違う。それが英雄の矜持というよりアキレウスの見栄でしかないものだとしても、そんな見栄を張り通してこその英雄だ。アキレウスはそんな風に考える。
     だから寝起きの重い頭には、より合理的な思考を持った賢者の言葉は届かない。梢を揺らす風の音ほどには意味がない。夜の底での囁きが、とろりと空気を震わせる。
    「それで、少しは元気になれましたか?」
     聞こえる声が近くなって、ケイローンが屈んだことに気がついた。見上げる暗い空には小さく瞬く星だけがあり、視線を下ろせば翡翠の瞳を見つけられる。星よりもまばゆく思えるその輝きに、アキレウスは夢見心地で目を奪われた。
    「……あんまり」
     短く返すとどうにも子供っぽく聞こえてしまいそうだなと思う。けれど今さら取り繕っても仕方がないのも間違いない。寄り添うように身を寄せるケイローンをぼんやり受け入れてやりながら、アキレウスは乾いた薬草のにおいに懐かしさを感じていた。
    「魔力不足ということであれば、食事や睡眠よりももっと手っ取り早い回復手段がありますが、試してみる気はありませんか?」
     ゆら、と揺らめく鬼火のような色が浮かぶ。どこか悪戯っぽい眼差しにまた古い記憶を掻き回されたような気がしたが、今度は上手く思い出せはしなかった。追いかけ手繰り寄せるには、記憶が眠る場所は遠い。それよりも、目の前に差し出された言葉の方に惹かれてしまう。
    「手っ取り早い?」
    「ええ、この場でできることのなかでは最も効率的な方法です。寝こけることなく英雄として戦いに戻りたいのなら試してみてはいかがかと」
     なるほど、とアキレウスは頷いた。見栄を張る是非はともかくとして、気持ちは汲んでくれるらしい。アキレウスを英雄として育ててくれた大きな手が、ためらいもなく肌に触れる。額、頬、後頭部。顔以外では唯一露出した肘のあたり。触診をするような手つきにくすぐったさを覚えるが、身体は嫌がったりはしなかった。じんわりとした心地よい熱がぐるりとする。
    「先生……?」
     これが手っ取り早い方法なのか、疑問を覚えて口を開く。たしかに魔力が満たされる感じはするが、それは眠るよりも効率的とは言えなかった。これを続けたところできっと、戦場に復帰する頃には夜が明け昼になっている。
    「そんなに不満そうな顔をしないでください、アキレウス。これは同調を高めるための下準備。本番はこれからですからね」
     装備を解くように言われてほんの少しだけ迷った末にアキレウスは鎧を霊体化させてみた。ケイローンが陣取ったこの場所が襲われることはほとんどないと分かっているが、戦場のそばで無防備になるのは心許ないような気がして仕方ない。そっと手を這わされた生き物の急所であるはずの首筋に、ぞわりとした感覚が走り抜ける。
    「ん……、じゃあその本番ってやつ、早くやってくれ」
     本来の、踵以外は無敵であった身体が懐かしい。あの頃のアキレウスならばこんな感覚に戸惑うことはなかっただろう。
    「さっさと魔力を回復させて、俺は戦場に戻らにゃなんねぇからな」
     死を迎え、サーヴァントとなった身ではもう母たる女神の加護も不完全だ。それでも、たとえこの身に宿る神性がすっかり薄れて果てたとしても、他ならぬケイローンからの教えを受け、長きに渡る戦争のなかで得られた力は変わらない。敵を殺すための力をもって、アキレウスという英霊はマスターの剣として死ぬまで戦える。そういう在り方だけで十分だと、余計な思考を切り離すよう意識する。
    「君のそういう生き急ぐところは、生前から変わらないですね」
     悲しむでもなく呆れるでもなく淡々と紡がれる言葉がやさしく耳をくすぐった。アキレウスの人生が短いものであったことは間違いない。人の尺度でさえそうと語られる儚い命の在り方を、不死たるケイローンはどのように見つめていたのだろう。その答えを今になって得たいと思うわけではないが、アキレウスが永遠を想像できないように、賢者といえど理解に至ることは決してないのかもしれない。それでも、短い命の輝きを、ケイローンは敬意を持って確かに尊重してくれる。
    「それでは、目を閉じて口を軽く開けなさい」
     命じる口調。それは反発を誘うものでなく、ただ懐かしさを呼び起こす。ずっと昔もこうだった。教え導く声に素直に従うということは、アキレウスの身体に染み付いている。
    「こう、です……ん、んぅっ?」
     軽く、とはどの程度だろうかと考えながらかぱりと口を開けたはずが、すぐに何かに塞がれた。熱い、という感覚が少し遅れてやってきて、それからぬめったものにぞろりと舌を舐められる。思わず肩が跳ねたのを、ケイローンの手が抑え込んだ。息が苦しい。
     我慢ができず、言いつけを守って閉じていた瞼をアキレウスはそろりと押し上げる。相変わらずの夜の闇。けれどアキレウスの目は翡翠の煌めきを映していた。まばたくたびに睫毛が触れ合いそうに近い距離。それがケイローンの瞳の色だと気がつくまでに、口の端から飲み込み忘れた唾液が顎へと伝い落ちた。
    「こら」
     咎める声と、熱くぬめったものが肌の上を撫でる感触。塞がれた口が自由な呼吸を取り戻し、けれど唇はなおも熱を持っている。落ち着かないまま自らの舌で触れてみて、そこでようやく何をされていたか理解できた。
     先ほどまで口のなかにあったのも、たった今顎のあたりに触れたのも、ケイローンの舌だった。やわい肉。熱く濡れている身体の一部。会話や食事の際に意識せず垣間見たことがあるだろう気はするが、触れる日が来るとは想像もしていなかった。
     じわじわと襲ってくるのは嫌悪ではなく、吐き気や悪寒も感じない。ただ身体が火照る感覚と、よく分からない甘い痺れだけを感じている。あふれる唾液をこくりと飲み込むと、それはいっそう強くなった。
    「せん、せい……?」
     じっと注がれる視線は涼しく凪いでいる。つまりいつもと変わらない。こんなことをしてきた理由は瞳のなかには見つからず、アキレウスは問いかけることしかできなかった。夜風が肌を撫でていく。ケイローンの手に前髪を払わられるのがくすぐったい。どこかで夜を駆ける鳥が鳴いていた。横たわる沈黙は長いようにも短いようにも感じられる。
    「ここは前線からは離れています。ですがあまりに無防備すぎるのは、やはりどうかと思いますよ」
     ようやく返された言葉はアキレウスの求めた答えではない。もしかしたら警戒の緩んだ教え子に対して師が不意打ちを仕掛けたというのが真相なのかもしれないが、それならばこんなもので済むはずがない。近頃は師の授業から逃げ回っているアキレウスではあるものの、ケイローンの教育方針は嫌というほど知っている。
    「……ともかく、魔力の具合はどうですか?」
    「んぇ?」
    「粘膜の接触、ならびに体液の摂取はもっとも手軽な魔力供給の方法です。パスの繋がったマスターや高位の魔術師から得られる量には及ばないかもしれませんが、サーヴァント同士でもそれなりに効果はあるはずですよ」
     頬に添えられた手のぬくもりが、じわりと身体に染みてくる。こうして触れるだけでも得られる魔力があることに、今さらながらに気がついた。渇いた器に甘やかな蜜が垂らされていく。
     それは癒やしではあるはずだ。けれど癒やしと呼ぶにはあまりにささやかすぎるものであり、逆にアキレウスの飢えを加速させる。先ほど飲み込んだものが甘露であると知ってしまった身体はもう、これではとても満たされない。もっと、と求める欲が腹の底で暴れ回る。
    「足り、ないです……」
     震える舌で紡ぐ声は、ケイローンの耳にどのような響き方をしたのだろう。頬にあった手が後頭部へとするりと回り、短く刈った髪をさりさりと撫でられる。そのくすぐったい心地よさに力が抜けて瞼が落ちた。薄く開いた唇に、やわらかなものがやさしく触れる。
    「ん、ぅ」
     今度はそれが何かと疑問に思うことはない。アキレウスは入り込んでくる舌を歓迎した。熱い。その感覚を追うようにこちらから絡めれば、ケイローンは応えてくれる。息が乱れる。喉が鳴る。
     口のなか、というのはほとんど体内だ。そこを他人に触れられるのは、どうにも不思議な心地がする。痛みはないが、感覚は鈍くない。舌の側面、歯の根本、頬の内側に、上顎に。どこをくすぐられているのか分かりすぎるほどよく分かる。身体のなかを好きにされるという不快。だがうすい粘膜を舐めまわされるたびにぞくぞくと背筋に震えが走るのを、不快だとは思えない。むしろそれは快感であるのだと、アキレウスの身体は分かっていた。
    「せん、せっ……」
     もっと、気持ちよくなりたい。伸ばした手でケイローンの顔を引き寄せると、歯と歯が小さくぶつかった。鈍い痛みにお互いに顔をしかめる。しかし予想した小言が続くことはなく、代わりに舌先に噛みつかれた。びくりと跳ねる身体を無視して二度三度と甘く噛まれるアキレウスのやわい舌は、痛みとはまた違うものを感じている。
    「はぅ、んっ、んは、ぁッ……」
     噛んだところを軽く吸われ、再び咥内へとケイローンの舌が入り込んできた。くちゅくちゅと濡れた音が今さらながらに耳に響く。気まぐれに何度も上顎をこすられると、甘えた声が勝手にもれた。溶け合うように、感覚が痺れていく。
     あふれる唾液。それは酸素より大事なものだという錯覚。口を開けて、飲み込んで、飢えた身体が歓喜する。アキレウスは無意識に腹に手を当てた。熱を感じる。炉に燃料がくべられた。いのちを燃やすための力。魔力が滴り落ちてくる。
    「ふ……、ぁ、あ……」
     へなりと力の抜けた身体を幹へ預け、ゆっくりと息を整えた。ごつごつと硬い感触に、ようやく自他の境界を思い出す。まばたく視界。睫毛に涙の粒が絡む。星明かりだけの暗い夜の光のなかで、ケイローンの表情はよく見えない。沈黙は時の流れを惑わせる。
     何か言うべきことがあるはずだ。焦燥と呼ぶほどに急かされる気持ちはないものの、アキレウスは少しの落ち着かなさに身じろいだ。木の根っこが尻に当たる。うわ、とまろび出た声に空気がふっと弛緩した。
    「大丈夫ですか、アキレウス」
     笑いをふくんだやわらかな声音が耳を揺らす。あれだけ舌を絡めても大して息を乱さなかった師を流石と尊敬するべきなのか、アキレウスはしばし迷ったが保留にした。散々乱された身からしてみれば悔しく思わなくもないが、今はどうでもいいこととも言える。
    「平気です。魔力も少しは回復した。先生には感謝する」
     戦士として、一国の王の血を引く者として。大神クロノスの子である神霊に、あるいは大恩ある古い馴染みの師に対し、ここは何か返礼をするのが礼儀だろう。だがあいにく、サーヴァントたるアキレウスは個人的に捧げられる物を何も所有していない。英雄であることにすべてを捧げたこの身では、此度の戦いでの勝利くらいしか渡せない。
     そう考えて立ち上がろうとした身体を、ケイローンの逞しい腕が引き留める。がっちりと掴まれた肩に困惑を浮かべるアキレウスに、賢者の声が低く響く。
    「まったく。兵は拙速を尊ぶという考えもあるそうですが、やはり君は少々急ぎすぎですよ。私への感謝もそうですが、それよりも、戦線に復帰するにはまだ早い」
    「う……でもなぁ、先生」
     先ほどの方法で魔力を十分回復させるには、どのくらいあれを繰り返せばいいか分からない。それはあまりに非効率だとアキレウスは確かに思ったが、それだけと言えるかどうかは自身でもはっきりしていない。まだ舌先に残る気がする甘い痺れが英雄としての思考を掻き乱す。
    「それに、君は手っ取り早くと言いました。でしたらまだ試していない方法がありますよ」
    「ん? じゃあさっきのはまだ本番じゃないってことですか」
    「ええ。……いえ、方法自体は変わらないので、先ほどの応用、とでも言いましょうか。先ほど実践により確認したとおり、体液には微量な魔力が含まれる。ここまではいいですね? ですが体液と一口に言っても人体というのは約七割ほどが水分です。そこには様々な液体が含まれる。血液やリンパ液、それに胃液や唾液、汗や涙もそうですね。それから我々には関係のないものですが、母乳も体液のひとつと言っていいでしょう」
     流れるようにはじまった授業にうへぇとため息をもらしたアキレウスだが、それでも幼い頃からケイローンの教えを受けた優秀な生徒である。本人が頭脳よりも肉体を使った戦いを好むためにあまり目立つことはないものの、その処理能力はいわゆる脳筋共とは違っていた。与えられた情報から、導かれる答えにすぐにたどり着く。
    「つまり、さっきの……唾液よりも多量の魔力を含む体液があって、それを摂取すればいいってことか?」
    「正解です。流石ですね。では、その体液が何か、というのは分かりますか? 答えられたら花丸をあげましょう」
     にこやかな笑みを見せるケイローンは、やはりいつもと変わらない。その様子にアキレウスは自分の出した答えは間違いかもと感じたが、そもそもこれが正解であった場合にするべき顔など分からない。ひとつ深呼吸をした後で、真っ直ぐにケイローンを見つめて口を開く。
    「……精液」
     思えば、こんな単語を師の前で口にするのははじめてだ。アキレウスは思春期の頃を思い出す。父とも呼べる相手に向かって赤裸々な性の話をすることは、どうにも気恥ずかしさが付き纏った。
    「ふふ、花丸です」
     耳にねっとりと響く声。やらしい声。そう認識しているはずなのに、それを危険なものとは思えなかった。久しぶりにもらった花丸が嬉しかったせいもある。掴まれた手はいつの間にか指を絡めて握り合う形になっていて、指先で手の甲をくすぐられるとどうしてか胸が高鳴った。
    「先ほどのように、私の体液をあなたが経口で摂取する。すなわち私の精液を飲む。できますか? アキレウス」
     反射的に向けた視線の先、服の下に隠れた男の証。今のケイローンの姿であればそこも人と同じ作りになっているのだろうか。そうアキレウスが下世話な疑問を抱くより早く、答えはすぐに示された。めくりあげた衣の下から現れた、ぶらりとぶらさがるものに息を呑む。
     アキレウスはケイローンから多くのことを教わった。しかし教えを受けた年齢的な理由もあって性に関する知識はほとんど授けられなかった。それは後に暮らした後宮にて学ぶことになったわけだが、それはともかく、あの島にいた経験豊富な女たちでもこんなにも大きなモノは知らなかったに違いない。
     さらに後の従軍で屈強な男たちと生活を共にしていたアキレウスでさえ、これほどのモノを見るのははじめてだった。大きければいいというものではないことくらい分かっていても、自分のモノと比べてしまうと自信を失くす。ひとりの女も泣かせていないモノに負けてはいないと心のうちで叫んでみるが、圧倒的な存在に対しその主張は虚しかった。
    「飲む、ってことは、その、口で……しゃぶれってことでいいんですよね」
     つい見てしまう下半身からどうにか視線を引き剥がし、立ち上がったケイローンの顔を見上げてみる。影になった表情のなか、目だけが炯々と青い光を湛えていた。千里眼。あちらからはよく見える、というのをずるいと思う。
    「手っ取り早く、と言えばそうでしょうね」
     軽いひと言から無茶を突きつけられるこの感じ。突貫コースの時のそれだと今さらながらに思い出した。けれど、子供の頃とはもう違う。アキレウスは開いた唇を、無理だと言葉を紡ぐことなくケイローンのモノへとそっと寄せた。夜の静寂に心臓の音がうるさかった。
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    onionion8

    DOODLE今さらまた一人先生の誕生日ネタにたぬきを添えた胡乱な話。富Kのつもりで書いてはいるけどCP要素はあんまりない。
     実家に戻った富永は、忙しいなかでの眠りのうちによく夢を見るようになった。それは今さら国試に落ちる夢ではなく、どこか異世界を旅するような夢でもない。何度も繰り返し見る夢は、懐かしい、T村で過ごした日々だった。吹雪と血。違法な医療行為と警察沙汰。はじまりは凄惨なものであったのに、気がつけば穏やかな暮らしがそこにあった。
     同居を許された診療所。同居人となったその主。起きている時にも時おり思い出しはするが、夢ではいっそう鮮やかに、あの頃のKが目の前に現れる。それは白衣姿であることも、マント姿のこともあるが、そのどちらでもなく、くつろいだ部屋着であることも多い。
     富永がKとともに過ごした八年間を振り返ると、やはり医者としての姿が浮かぶので、不思議といえば不思議だった。どうしてこうも、何でもない日の何者でもない彼を夢に見るのだろう。まだ預かった子も昔の執事も看護師だっていない頃、ふたりきりだった診療所。寝起きのKがぺたぺたと、スリッパを鳴らして歩く姿。あるいは風呂から上がって出てきたKが、濡れた髪をタオルで巻いている姿。
    5930

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