ばんりおキッチン(仮)「……美味い。完璧だ」
――俺は天才だからな。
敢えてマッシャーは使わず、木べらで潰して、程よくじゃがいもの食感が残ったポテトサラダ。
味付けも上手くいった。もう少し……あと、ふた口だけ味見をしようとすると。
「凛生くーん! ただいま」
「おかえり、白石」
シェアハウスのリビングダイニングとひと続きになった、対面式のカウンターキッチン。
散歩から帰ってきたばかりなのかリードが着いたままのぽんちゃんを抱っこした白石は、壁からひょこっと顔を覗かせてにこにこと笑っている。
「おっ、ポテトサラダ! ひと口もらっていい?」
「どうぞ」
引き出しからスプーンを取り出し、ひと掬いして白石の口に運ぶ。
「美味しい! さっすが凛生くん。よっ、天才!」
「どうも。白石、手伝いに来てくれたのか?」
「ううん、邪魔しに来た」
「そうか」
邪魔をしに来た、と言いながらもぽんちゃんをリビングでテレビを観ていた七星に託し、キッチンへ戻ってきた白石。
今日の料理当番は俺ひとりだったから、手伝ってくれると助かるのだが――
白石は念入りに手を洗ったあと、俺の横でただ様子を眺めているだけだった。
まあ、……それはそれで構わないんだが。見てるだけでは退屈じゃないか?
俺はエプロンの紐を結び直して、調理を続けた。
今夜はカレーだ。フライパンで豚肉、玉ねぎ、にんじん、じゃがいもといった定番の具材を炒めて、寸胴鍋に移して、水を入れて火にかける。
今回は手間を省くためにアク取りシートを使った。あとはしばらく煮込むだけだ。
この間にポテトサラダを人数分に取り分けようか―― そう思案していたら、
「はい、お皿」
白石が食器棚から人数分のサラダボウルを出してくれた。
「ありがとう」
気が利く、どころではない。
白石は、いつも俺に対して最善のタイミングで行動をしてくれる。
それは白石の実家が大家族で、いつも年下のきょうだい達の面倒を見ていたから……とか、育ってきた環境や、その他の要素も少なからずあるのだろうが、それだけではない……
漠然とした「何か」を俺は感じていた。
波長が合う、とでも言えば良いんだろうか。
それは俺にとって、形容しがたいほど心地の好いものだった。今もこうして特に会話もないが、白石が隣にいてくれるだけで――
ピピピピ……
キッチンタイマーの音で現実へと引き戻される。あとは火を止めて、市販のルウを割り入れるのだが、
「っ、白石、あぶない……」
背中から白石に抱きすくめられていた。
不意打ちとも言えるその行動に、俺は顔が熱を帯びていくのを感じた。
だが、今は調理中だ。火や包丁を使っていたらあぶないじゃないか。ささやかな抗議を伝えると、
「ちゃんとタイミング見てるよ~だ♡」
……心の中を見透かされているような思いがした。
白石の言う「タイミング」とは、ちょうどコンロの火を消したこと、常に誰かしら往来しているリビングが空っぽになっていたこと。そして、俺。
俺は……まさに今、白石のぬくもりを求めていたんだ。ああ、白石には敵わないな――
***
米が炊きあがり、程なくしてカレーも完成した。
ここからは白石も、白米をカレー皿によそう手伝いをしてくれた。
配膳はセルフサービスで。みな各々の皿やスプーンを持って、ダイニングテーブルに運ぶ。
盛りつけを終えて、キッチンカウンターの上にある残りは俺と白石のぶん。
「あと片付けは食後にやっておくから、俺たちも――」
食卓につこうか、と促そうとしたのと同時に、腰のあたりでするり、とエプロンの紐が解かれる気配がした。
「……しろいし、っ」
「さ、早く食べよ? 凛生くん♡」
――今夜もきっと、いい「タイミング」で部屋の扉をノックされる。
約束されたも同然の甘い期待は現実のものとなって、また俺の心に熱いものをもたらすのだった。