ばんりお食いだおれツアー ライブロワイヤルフェス参加バンドによる、約三ヶ月間のロングラン公演。
函館から上京して、今では東京・下北沢を拠点に活動している俺たちArgonavis。東京での生活はそこそこ慣れてきたものだけど、この公演は東京と大阪の二会場で開催されるとのことだった。
大阪まで遠征するっていうと、なかなかの旅行って感じがするんだけど、新幹線〈のぞみ〉に乗って二時間半くらい。意外と早く行けるんだなって思ったよ。
航海くんが東京と大阪の距離は函館から釧路までと同じか、それよりも短いんだって言ってた。そう言われると近いんだか遠いんだか、って感じしない?
まあ、そんなこんなで俺たち5人のはじめての大阪遠征は賑やかなものだった。
***
「新幹線……! 僕、乗るの初めて! ちょっとドキドキする」
「窓から富士山が見えるんだよな! へへっ、俺窓側の席な!」
「富士山なら東京からでも見えるらしいぞ」
「マジかよ!?」
「そうなの? 凛生」
「天気のいい日なら。俺たちのシェアハウスからは見られないだろうが……」
「那由多くんのマンションなら見えるかな?」
「それは…… どうだろうな。今度、旭に聞いてみたらどうだ?」
うん、そうする! と元気よく返事をする蓮くん。あは、蓮くんに聞かれた時の那由多くんのリアクション見てみたいな。
でも俺が気になるのはそれよりも。
「時速300キロくらい出るんでしょ? 速すぎて想像できないよ」
「うん。新幹線はすごく速くて、すごく固いアイスが売ってるんだって……」
「……航海くん? その手に持ってるのは――」
いや、聞かなくてもわかる。
航海くんがプロデュースしたグッズのスプーンだ。
「コンビニで買ったスイーツにスプーンがついてなかった時、家に帰るまで我慢出来ないのにどうやって食べればいいの!?」といった時専用のカトラリーセットを考案して、まさかの商品化。
慎重派でしっかりものの航海くんだけど、スイーツが絡むとどうも暴走しがちというか…… いつからうちのバンドは食いしん坊キャラがふたりになったんだろうね?
***
LRフェス運営が用意してくれた切符を確認する。俺たちが乗る車両と時間を確認して…… うん、発車まではまだ余裕があるね。凛生くんは売店でお弁当と飲み物を買っている。俺の分も頼めば良かったな。
それから少ししてアナウンスが流れると、定刻ぴったりに新幹線がやってきた。
新幹線とホームのドアが開いて…… ギターのハードケースを抱えた我らのリーダーが、先陣を切って乗車する。
ドラムとキーボードは向こうのスタジオで用意してくれるけど、ギターとベースは持ち込みで。それを考慮してか俺たちの座席は車両の最前方、荷物スペースが広く設けられたところで横並びに五席抑えられていた。
迷いなく窓側の席へ向かって「俺ここでいいか!?」と、どっしり腰を下ろしてから聞かれても「いいよ」としか言えないじゃん。ま、座席が横三列ある方がギターを置くスペースも充分だし良いと思うけどね。ということで結人くんはA席で決まり。
同じくベースを持っている航海くんも三列ある席のひとつに座りたいようだけど……
「蓮、ここ座る?」
「うん!」
航海くんに促されて、蓮くんが結人くんの隣のB席に座った。
蓮くんは一点の曇りもない瞳を輝かせながら――
「ライブのときと同じだね、僕の両隣に結人と航海がいる…… 何だか安心するな」
「そっか! よかったな、蓮! 航海お前、そこまで考えてたのか?」
「……そんなところかな」
思いっきり目が泳いでるね、航海くん。俺には分かるよ、車内販売のアイスが買いたいから通路側に座りたかったんでしょ。そそくさと上着を脱ぎながら航海くんがC席に腰掛けた。
「白石、窓側に座るか?」
「いいの? 富士山は?」
「ああ。前に見たことあるしな」
残されたのは二席続きのD席・E席に、両手で駅弁を抱えた凛生くんと俺。
必然的に凛生くんと隣に座れる! 内心では嬉しくてガッツポーズしたい気分だった。
俺、凛生くんのこと好きなんだよね。友達として、家族同然のバンド仲間としてよりも、もっと。
自惚れでなければ、凛生くんも俺のこと結構好きでいてくれてるんじゃないかな? そう思えるほど俺たちは仲良しだ。いわゆる友達以上、恋人未満ってやつかな。もっともっと仲良くなりたいし、もどかしくはあるけど…… この関係性の心地良さを壊すくらいなら今はそのままで―― なんて、俺は考えてた。
「……なるほど、七星の言うとおりだな。白石が右隣にいると落ち着く」
「~~っ!! 凛生くん……!!」
俺の気持ちを知ってか知らずか。どちらにしても凛生くん、今の言葉はかなり罪深いよ。
「ん?」と小首を傾げて俺のことを見つめてくる。俺は目の前の天才を相手にして、落ち着くどころか心を掻き乱されてばかりだ。
「白石、顔が赤い。車内は少し暑いからな……どうぞ」
先程売店で買っていたと思われる、冷たいお茶を手渡された。
「ありがと」と小さくお礼を言っている間に凛生くんは備え付けのテーブルをてきぱきと準備して、お弁当を食べはじめた。
新横浜に着く頃には駅弁ふたつ完食して「シウマイ弁当が食べたい」と呟いていたけど、本当に凛生くんってよく食べるよね。
***
電光掲示板に「三島駅を通過しました」と表示が出てから少し。後方の座席の乗客たちが少しざわついている。
もしかして、と窓の外を眺めてみると――
「あっ、富士山!」
「どれどれ…… 本当だ、今日は天気がいいからよく見えるな」
自分の座席から乗り出して、俺の方に体を寄せる凛生くん。
日本人に刻まれたDNAのせいか、意中の相手と物理的に距離が近付いたせいか。
富士山って偉大だ、うん。日本一!! と俺は心の中で賛辞を送った。
「七星、五稜。富士山だぞ」
「あー…… ユウも蓮も寝ちゃってるみたい。窓側座った意味ないよね、方向も逆だったし」
「あはは、結人くんらしいね」
本当だよ、と苦笑いを浮かべる航海くんは、いつの間にか例のすごく固いアイスを買っていた。
早く食べたくて仕方ないのか両手で包みこんで柔らかくしようとしているのが何だか面白くて…… 凛生くんと顔を見合わせてくすくすと笑った。
***
はじめての新幹線から約二ヶ月。あれから何回も大阪には来ている。
さすがに慣れたもので、富士山がどうだとか距離がどうだとかで騒ぐことはなくなり、みんな堂々としたものだ。
もう何も言わなくても決まったところに着席し、無言でリクライニングを少し倒して…… 結人くんはイヤホンで音楽を聴きながら寝落ちして、蓮くんはスターファイブの動画を見たりスヤスヤと眠っていたり。航海くんは歌詞ノートを広げて筆を走らせていたり、何やら考え込んだりしているけど、販売のワゴンが横を通るとすかさずアイスを買っている。
俺と凛生くんは、行きの新幹線ではずっとおしゃべりしてる。二時間半がすごく短く感じるほど、話題には事欠かなかった。
帰りはさすがに疲れて寝ちゃうけど、俺が凭れかかっても文句ひとつ言わず支えてくれる。そんな凛生くんの優しさに甘えっぱなしの俺は、隣にいることの安心感と愛おしさをこれまでになく感じていた。
それと同時に今まで通りの関係よりも一歩、ううん、もっと。凛生くんと仲良くなりたいって思うようになった。新幹線に乗ってなくてもこうして寄り添えるような―― そんな仲に。
***
「白石。この店なんてどうだ?」
「わあ、美味しそう! いいね~。次の食いだおれツアーはここで決まり!」
「ふっ、次の大阪公演が楽しみだ」
あれから「一歩」着実に進んだのは新幹線内での会話がきっかけだ。
いつものように食べ物の話になって、大阪にはこんなに美味しいものがあるんだし、折角なら実家にも送りたいな…… なんて俺の願望。そこから凛生くんの提案で現地のスタッフさんにおすすめを聞くよりも俺が実際に食べて美味しいとおもったものをたくさん送った方が喜ばれるんじゃないか? って。
そのリサーチという名目の食いだおれツアーに、凛生くんが付き合ってくれることになった。ふたりで食べ歩き。最っ高のデートだよ!
……ま、凛生くんにその気がないとわかっていてもね。
「凛生! またデートの計画でも立ててるのか?」
「~~結人くん? ちょっと邪魔しないでくれる?」
「そんな怖い顔するなって! 万浬!!」
もー、結人くんってば本っ当に空気読めないんだから!
ただからかってきただけってのは分かるけどさ…… 凛生くんって、真面目通り越して天然なところあるんだよね。額面通りに捉えちゃうかもしれないじゃん。
結人くんはわりぃわりぃ、と手をひらひら振ってその場から離れていった。
「まったく…… デートだなんて、ねえ?」
「俺はそのつもりだったんだが」
「……え?」
思わず耳を疑ってしまった。
凛生くんが、これはデートだと認識して俺と行動していた? それって同じ気持ちでいてくれてるってことなんじゃ――
「すまない、忘れてくれ」
「忘れられるわけないじゃん! 俺、凛生くんのことが好きなんだからね!?」
「そうか、……嬉しい」
勢い余ってつい告白してしまった俺だけど、この返事はOKってことでいいんだよね?
少しはにかみながら微笑む凛生くん。……そんな表情もするんだ。すごく可愛い。
この日から、新幹線でもシェアハウスのリビングでも、大学のサロンや学食でも…… 場所を問わず俺の隣は凛生くんの指定席になった。
***
「明日は大阪でライブだったな」
「そうだよ。恒例の食いだおれツアーも行こうね!」
「そうか。……良かった。この前、土産を送っただろう? もう終わりなのかと」
「終わらせるわけないでしょ! 凛生くんとのデート、これからも――」
ふたりで並んで腰かけている自室のベッド。その宮棚に置かれた俺のスマホがぶるぶると震えて着信があることを示す。
画面に映し出された発信元を見て、俺も凛生くんも何の要件なのか瞬時に察知した。
ちょっと電話出るね、と凛生くんに断りを入れて。
「もしもし、兄貴?」
「万浬、大阪土産届いたよ。こんなに沢山…… ありがとうな」
「もう着いたんだ。俺たちが美味しいって思ったものばかり詰めたから、絶対気に入るはずだよ!」
「家族もみんな大喜びしてた。大事に味わって食べるからな」
よかった。お土産、喜んでもらえたみたい。
凛生くんに向けてウインクとともにサムズアップをすると「良かったな」と言わんばかりに微笑んでくれた。
「それにしても、大阪土産って見事におかず系というか…… ガッツリ食いごたえあるものばかりなんだな。おふくろも何食か浮いて助かるってさ」
「あはは……」
北海道には白い恋人とか菊花亭のチョコレートみたいに沢山の銘菓があるのにな、って笑いながら言う兄貴。
うん、大阪にもきっとスイーツの美味しいお土産はいくらでもあると思うよ。
「今度そっち帰るときは甘いの連れて行くから」
「催促したみたいで悪いなあ。それじゃあ身体に気を付けろよ、またな」
「うん、またね」
通話を切り、目の前の恋人を思いっきり抱きしめてくちづけをすると、甘い吐息と共に艶めいた声が俺の名前を呼ぶ。
「ん……しろいし、」
「凛生くん、好きだよ」
次に実家に帰る時は、凛生くんも一緒。
どんな手土産よりも驚かれるだろうけど…… 家族も喜んでくれたらいいな。