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    たると

    @taruto_DR

    出ロデを求めよ

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    たると

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    神父×シスター(をしているインキュバス)
     ※ほぼインキュバス

    敬愛する友人⁉️(♡)の誕生日に献上しました〜!
    ハッピーバースデー!!

    とある国の、とある寂れた村の片隅の、小高い丘の上にそびえ立つ古い教会。
    その教会には誠実そうな神父様と寡黙なシスター、それに付き従う小鳥の、二人と一匹が住んでいた。
    これはそんなに珍しくもない教会に住む二人の、ちょっぴり変わった穏やかな日常の、ほんの一幕である。


      ◇  ◇  ◇


    「ロディ!!シスターロディ!!どこですか!?」
    太陽が登り始めて頭の上に差し掛かろうという時に、悲鳴のような神父の一声が、静かな教会に響き渡る。
    週に一度の簡易的なミサが終わり、告解室の鍵を閉め、村の人たちが教会からいなくなったのを確認した神父出久は、忽然と姿を消したシスターのロディを大慌てで探していた。聖堂にはもちろんクリプト、食堂、自室を見ても彼の姿はない。一体どこへ……いや、またあそこか。
    足早に目的地を目指す。埃一つなく掃除が行き届いた廊下を通り抜け、急勾配の階段を駆け上がる。梯子を登って鐘楼の元に辿り着くとああやっぱり。シスターの装いそのままに横になっている彼の姿を見つけた。
    「ロディ……もう!こんなところで寝て!」
    鐘楼の真下の影に、大の字ですやすやと眠っているシスターの横に膝をつく。
    気持ちよさそうな寝顔を見ていると、春の暖かい日差しも加わって思わずふわりと眠気が舞い込んできそうで、神父はプルプルと首を左右に振った。
    ーー違う違う。普段であれば少しくらい許されるかもしれないが、今日は、今日こそは。しっかりと言わなければいけない。
    「ロディ、起きてください。ここで寝ちゃダメって言ってるじゃないか」
    本当は起きてるでしょ、と付け加えて出久は今度こそ正座で座り込む。それでも無視を決め込むシスターの頬を人差し指で軽くつつくと、眉間に皺が寄りうっすらと目が開いた。
    「ん……おはよ」
    寝ぼけた様子の瞳でふわりと笑う彼の姿はまるで天使の微笑みのように感じられ、一瞬息が詰まった。わざとらしく数回咳をすると出久は目の前のシスター、ロディに向かって改めて声をかける。
    「おはよじゃない……ですよ!さっきもミサであったでしょう。じゃなくて!!昨晩また村へ降りましたね!!」
    「ん〜?昨日もちゃぁんと神父様の横で眠ってましたけどぉ?」
    「紛らわし言い方はやめて!!……ちゃんと証拠もあるんだからね」
    神父たるものいついかなる時も心乱さすという師の教えを日頃から自分に律している出久が、珍しく声を荒げているのには理由があった。
    「……ふあ…………チッ、ピノか」
    それまでのかぶりを捨てて素を見せると、ロディはグッと起き上がってその場で胡座をかいた。
    「ピノのせいじゃありません!告解室!またキミの話ばっかりだよ!!っていうかきた人全員……しっかり人間のふりするって約束したじゃないか。大体ね……」
    そう。ミサの後の告解室には、村の男たちが次々とこの教会のシスターのやらしい夢……所謂淫夢をみてしまったと相談に来たのだ。村の男たちはロディの正体が男であることも、そもそも人間ではないことすら知らない。声を出してはバレてしまうから、声が出せないということになっている。目元までしっかり隠れるほどのベールをかぶってしまえば、スレンダーな体型のロディは男であることすら疑うものはいない。
    バンバン、と自らの膝を叩きながら説教を続ける出久にため息をつきながらロディは唇を尖らせた。
    「デク、おーいデク、言葉崩れてるぞ〜……つか、最後までしてねぇんだからいいじゃんか、俺だって腹が空いてんだよ。それにミサん時とか、他の奴らがいる前ではちゃんとシスター演じてやってんだろ」
    そもそもちょーっとえっちな夢を見せるサービスを行っただけだ。俺自身がソレを堪能する前に、お目付けに夢の世界から追い出されちまってろくに飯もありつけられたもんじゃなかった。
    ロディは下唇を尖らせてそんなことを思っていると、呼んだ?というように肩にピノが止まる。見た目はただの可愛らしいピンクの小鳥だが、これでもロディを封印していた聖獣様だ。こいつとも随分と長い付き合いになってしまっていて、不思議なことにあまりにも長く側にいたせいか、言葉を交わさずして互いの意志の疎通ができるようになってしまっていた。
    お前のせいだぞとピノの嘴をつつくと、ピィピィと鳴きながら反論してくる。
    「だからね、ロディ。お願いだから村の人の夢に遊びにいくのはやめて欲しいんです」
    クソがつくほど真面目な神父は、それだけ言うと満足したようににっこりと笑ってそれじゃあ朝ご飯でも食べようか、などとほざくのであった。


    「うし、いただきます」
    「主よ、この食事を祝福してください。体の糧心の糧となりますように。今日、食べ物にこと欠く人にも必要な助けを与えてください」
    「……飽きないねぇ」
    生真面目な神父の祈りの言葉にべと舌を出して抵抗の意を表すと、ロディは自分の前の皿に置かれた柔らかなパンにかぶりついた。
    こうしてパンを食すのものこれで何回目になるだろう。
    食事をすること自体は悪いことではないけれど、全く随分と人の生活に慣れてしまったものだ。
    「……」
    ロディが指を折りながらあれこれ数えているのをみつめながら、ちぎったパンを口に入れる。ロディがこの教会に来てからはや1ヶ月、口が聞けないシスターという設定を通して今までなんとか凌いできたものの、最近になってやたらと不審な動きを見せる彼に頭を悩ませていた。まあ、本来悪魔はそういった性分なのだから仕方ないのかもしれないけれど。
    そもそも、ロディは悪魔である。それもインキュバス、夢魔の類。
    この教会の地下にあった古い魔導書に封印されていた悪魔だったのだ。今でこそ、誤ってその封印を解いてしまった出久を主人として『契約』の名の下にシスターとして働いてくれているが、本来従順なイキモノではない。封印をされていたくらいだし、過去に悪行をおこなっていたのだろう。
    それでも今までは、出久に対して協力的な姿勢を見せていた。不服だろうに、シスターの仕事は真面目にしてくれている。それに僕との『契約』で人を害すようなことはしないと約束してもらっていた。だから、信用はしているんだけれど。
    最近になって、出久の目を盗んではちょくちょく何かしているようだった。気がついたら側から消えていて、見つけたと思ったらサボって寝ていましたとばかりにあくびをしている。それがどうしても、少しだけ、気になるのだ。
    「デク、おいデーク」
    突然、パチンと目の前で音が弾けるた衝撃で、思考が現実に引き戻された。ロディが指を鳴らしたのだ。
    「ふわっ!?び、びっくりした……」
    「こっち見過ぎ。穴が開きそう」
    見るともう彼の皿は空になっていた。あっという間に平らげてしまったらしい。
    「……なんだよ、疲れてんの?」
    「いや、そうじゃなくてね……」
    君のことで悩んでいたんです、というわけにもいかず視線を彷徨わせる出久に、にんまりとロディは悪戯な笑みを浮かべた。
    「ははーん」
    「な、なんだよ」
    「なんかおかしいと思ったら、デク。あんた俺が出てるっていう夢、想像しちゃったんだろ」
    「ばっ……何を朝から!」
    「朝っていう時間じゃないぜ神父様…………どーんなコト想像しちゃったのかなぁ?」
    「ちょ、まって違うって」
    「懺悔で聞いたんだろ?俺のヤラシーゆ・め・の・は・な・し」
    いつの間にやらするりと肘掛けに腰を下ろしたロディが出久の膝をするりと撫でると、びくりと肩が震えて一瞬で真っ赤にる。その童顔も相まって純真な少年のようで、ロディは得意気にその耳元に口を寄せた。
    「……な、教えてくれよ神父様♪」
    「〜〜〜ッ!!」
    低くて甘いその声にバッと耳を塞ぐとキッとロディを睨みつけた。
    「神父様のムッツリスケベ〜」
    「ロ〜デ〜ィ!!」
    「へへ、行くぞピノ」
    「PiPiPiPi〜」
    出久の様子にすぐさま撤退を決めたロディは、あっという間に食堂の外に逃げて行ってしまう。
    「……まったくもう……」
    開けっぱなしをドアを眺めながら、出久は深くため息をついた。

      ◇  ◇  ◇

    洗濯と聖堂の掃除を済ませて、食事の片付けをしながら夕飯をどうしようかと考える。野菜とかパンとか、村に買い物にいかなければそろそろ食糧が不足してくる。教会が小高い丘の上にあるせいで、そうしょっちゅう村に降りることができないのが問題だった。
    とはいえ今日はミサがあったばかりだし、村人と顔を合わせて平常心でいられるかどうか。小さい村故に声だけで誰が告解室に訪れたか大体わかるし、お互い絶対に気まずくなるのは目に見えている。それに、うちのロディがすみませんと頭を下げてしまうかもしれない。……やはりやめておこう。
    「……はあ」
    せめて誰かにこのことを相談できれば良いのだけれど。聖職者が悪魔と契約しましたなどと、口が裂けても相談できるわけがなかった。本山にバレたら最悪宗教裁判ものだ。先生、不詳の弟子が申し訳ありません。
    思わず心の中の恩師に向かってペコペコと頭を下げる。次実際にあったら土下座では済まされないだろう。
    自分だって彼と出会った時は心臓が止まるほどに驚いたし、脳内で思い描いていた悪魔とかけ離れた姿に衝撃を受けたものだった。黒い翼が生えてさえいなければ、天使と見紛うほどであったのだから仕方がないと思う。
    実際に天使かどうか本人に確認したくらいだ。もちろん渋い顔で速攻否定されたけれども。
    ロディが封印されていたのは、教会の地下に保管してあった古い魔導書だ。ピンクを基調とした羽が栞のように挟まっていたのが目に留まって、つい、素手で触ってしまったのだ。呪文を唱えたわけでも願いを請う意思があったわけでもなかった。それなのにその本に触れた瞬間、出久を待ち構えていたかのように指先に電気のようなものが走って封が解かれ、ロディが現れたのだ。

    ーー黒い角に、アイリッシュグレーの瞳、腰から生えた二対の漆黒の羽。そして背後から見える尾。
    彼の瞳と目があったあの瞬間、一瞬で、心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥った。
    恐らくは、あれが本来の彼の力なのだろう。
    『ーーあんたの名前は?』
    目が離せない。優しげな微笑みに出久はうっとりと笑みを返し、口を開く。
    『……僕の、名前は……』
    『PiPiPiPiPi~~~』
    その瞬間、目の前にピンク色の塊がとびん混んできて、出久の顔にベタッと張り付いた。
    『わっ、え!?鳥??』
    『〜〜ピノ……!おい、邪魔すんなって』
    むぎゅっと彼の掌の中にソレを閉じ込めると、やり直しとばかりに悪魔は微笑んだ。
    再び目が合うと、ピリリと背筋に緊張が走る。
    そうだった。この子は悪魔だ。悪魔に真名を教えるわけには、いかない。
    『……で?あんたの名前は?』
    『デク……皆からはそう呼ばれてる』
    『…………デク……覚えやすいな』
    『!!』
    名前の響きを確かめるように、デク、デク、と繰り返し呟す彼の姿に悪意は一切感じられなくてなくて、なぜか出久の心臓がひどく痛んだ気がしたーーー

    そう、あの時からロディは素直でいい子だったのだ。結局のところ真名を聞かれていたわけでもなかったようだったし。妙に思って話を聞いてみると、封印されていた期間が長かったせいか、ロディ自身にそこら辺の知識が無いことや、今は魔力が空っぽであることを、渋々教えてくれた。そんな姿も出久が知る悪魔という存在とはかけ離れていて、ひどく拍子抜けしたものだった。
    しかも封印を解いた相手を主人とする『契約』が交わされているとのことで、強い意志を持った出久の言葉には逆らえないとのこと。
    だから、ともかく最近になってからなのだ。勝手に村に行って悪戯を仕掛けてきたり、仕事をサボってどこかで寝ていたり、出久を困らせることが増えたのは。今もどこかで眠りこけているか、新しい悪戯でも実行している頃かもしれない。
    布巾でピカピカに磨き上げた最後の一枚を丁寧に食器棚にしまう。これで朝の仕事は終了だ。
    「……外、気持ちよさそうだったな」
    春の日差しに照らされていたロディの寝顔を思い出す。随分と気持ちよさそうだった。自然と口元に笑みが広がる。やらなければならない仕事は山ほどあるけれど、たまにはいいか。
    自分の書斎の書類の量を思い出さないように、部屋の鍵を閉めた。

      ◇  ◇  ◇

    「あ、見つけた。やっぱり寝てる……」
    教会の裏手の大きな楓の木の根本を背にして目を閉じて眠っているロディを見つけた。膝の上にはピノも丸まっている。二人してよく眠っているようだ。側により、ロディの横に腰を下ろしても、全く起きる気配がない。しょうがないなと出久も二人に習って目を閉じた。
    単に仕事をサボりたくて寝ているようには思えないんだよな、とうっすら出久は思っていた。働くこと自体は、割と楽しそうに見えたし。性分なのだろうか。
    こんなところで隠れて熟睡しているのも、考えてみればおかしくないだろうか。まるで出久に眠っているところを見られたくないとでも思っているかのようだ。
    やはり、悪魔にとって教会という場所は辛いところなのだろうか。無理をさせているのだろうか。夜村に抜け出すための仮眠、とかじゃないとは思うのだけれど。少しだけ、心配だ。

    そんなことを考えていたせいか、眠気がくる気配は全くと言っていいほどこなかった。仕方がないのでパチリと目を開けて横にいるロディを眺める。
    「…………」
    本当に、不思議な子だ。悪魔とは思えない。いや、しっかり悪魔らしいこともしてくれていて度々後処理に困らされてはいるんだけれども。
    こうやって黙って目を閉じているとすごく綺麗な顔立ちをしている。……引きつけられてしまうように感じるのは、彼が悪魔だからかな。こうやって見惚れてしまうのは良くないことなのかもしれないけれど、美しい景色が絶えず美しいように、綺麗な人はどうしたって綺麗なのだ。そればっかりは変えようがない。
    どれくらいそうしていただろうか。ふと長い前髪がロディの唇にかかっているのに気づいた。今にも食んでしまいそうで出久はそっと指を口元に伸ばした。人差し指の先端が唇に触れるか触れないか、起こさないように。迷いながら伸ばした指が唇に触れてしまった、その瞬間。
    はむっ
    「〜〜ッ!!!?!??!?!??」
    指先が、ぬるりとした温かいものに包まれた。
    驚く間も無くがしりと腕を掴まれ、ロディの舌が指先を絡めとる。
    「え、ちょ、ろ、ろで」
    情けない悲鳴しか、出久はあげることができなかった。人差し指を校内に招き入れ、舐め回し、甘噛みされ、指先をきつく吸われる。その感じたことのない感覚に出久は思わず目を閉じてしまった。ちゅうちゅうと音を立てて指が吸われている。何が何だかわからなくて、頭から湯気が出そうだ。
    「……ん……」
    長かったのか、短い一瞬だったのかもわからなかった。ちゅ、とした軽いリップ音が聞こえて、そっと熱が離れていく。ああやっと終わったと、そう安堵した瞬間、肩を押されて地面に押し倒されていた。芝生の上に寝転んだ出久の上に、跨るようにしてロディが乗ってきた。動けない。
    「い、たた……ロディ?何、どうしたの……?」
    驚いて目を開けると、酷く熱を孕んだ瞳が揺れながら出久を見下ろしていた。ーーやはり様子が、おかしい、ような。知らずごくりと唾を飲み込む。
    ペロリ、と口元を舐めるロディ。シスター服がふわりと風にゆらめいて、ちぐはぐな、けれど酷く扇状的な光景に眩暈がした。しばらく馬乗りになっていたロディは、何を思ったのか、出久の顔の横に手をついて真上から見下ろす。
    「…………デク」
    するりとその手が出久の頬に伸びる。触れるか触れないか、そんな微妙なところで離れていく温度を感じながら、出久はロディの瞳から目が離せないでいた。
    「……っ……、見過ぎ」
    「わ、ちょっとロディ」
    ロディの右掌が伸びてきて出久の両目を塞ぐ。見えなくなって初めて、ロディがかすかに震えているのがわかった。
    「……ロディどうしたの……大丈夫?」
    「……どうもしねぇよ」
    「そんなことないよね。ねえ、体調、悪いの?」
    最近眠れていなかったのも、村へふらついて行ったのも、何か理由があるのではないか。自分は鈍感だから、今まで気づけなかったロディのヘルプサインを見逃していたんじゃ。
    どんどんと心配になってくる出久に、ロディは低く唸るように言った。
    「……ちょっと黙れ」
    ロディの言葉にびくりと体が震える。慌てて目を塞いでいる手にそっと自分の手を重ねると、目の上の指先にぐと力がこもったのがわかった。そして、もぞりと出久の上に乗っているロディの体重がこちらに動く。
    「お願い、この手を退かしんぅ!?」
    柔らかいものが、出久の唇に触れた。
    そのまま、歯列をこじ開けるように熱い何かが口の中をなぞった。
    「!??!?!?!?」
    くちゅ
    口から頭の中に音が響く。出久の舌がソレに絡め取られて耳の奥がきん、と響いた。
    それがロディの舌だと気づいたのは、彼の吐息が息継ぎの合間に聞こえたからだろうか。角度を変え呼吸すらも奪うかのように噛みついてくる。押し返そうと腕に力を込めたけれど、すでにロディの全体中が上半身に乗っていて、抵抗することもできない。ずん、と下肢が熱くなるのを感じてからはより一層頭は混乱したけれど、そのまま奪い尽くされるかのように口内を吸われて抗うことなどできなかった。そして、舌が痺れて息も絶え絶えになった頃に、その熱が離れていった。
    「……はぁ、はぁ、……ッ」
    同時に出久の目の上に置かれていた手もどかされる。息が乱れて、頭の中が酸欠でぐるぐるしている。暗闇から唐突の眩しい光の中、うっそりと微笑むロディが見えた。ぎゅうと場違いな痛みが心臓に走る。息ができなくなりそうだった。なんだ、なんだこれ。今、一体何が。
    高くなり続ける心臓の音を無視して、離れて行こうとするロディの腕をぎゅっと掴んだ。
    「……はぁ……はぁ……ッ、説明……して、くれるかな?」


      ◇  ◇  ◇


    「〜〜なんでそういうことを先に言ってくれないの!」
    自室に戻り事情を聞いた出久は、頭を抱えて机に突っ伏していた。
    聞いた話を整理すると、ロディのようなインキュバスは、本来人間のような食事ではなく人間の精気、つまり性的エネルギーを糧としているらしい。
    ちょくちょく村人の夢の中に『お邪魔』しようとしていたのも食事のためらしかった。
    とはいえピノに妨害をされるので、ここ最近は少しでも回復をするため・燃費を抑えるために仮眠をとっていた、らしい。
    先ほどの行為はよく本能に身を任せたらしく覚えていないようだが、おそらくはかなり限界に来ていたとのこと。出久の甘い匂いに釣られてしまったようだとのことだった。いい匂いってなんだ。くん、と自分の裾の匂いを嗅ぐも特に甘い匂いなどは微塵もしなかった。
    「言ったじゃんか、俺たちは、あんたらと食べてるものも身体のツクリも違うって」
    出久に怒られて下唇を尖らしているロディは、そう言って抗議する。確かに、一番初めに聞いたかも、しれない。ちょくちょくそんなことをぼやいていたような気もしないではない、けれど。いやでもそんなこと聞いてないって。
    マジで飢え死にするかと思ったし、と恐ろしい言葉を平気で言うロディに再度頭を抱えてしまった。そんなことになる前に一言相談をしてくれればよかったものを。
    「俺だってよくわかってなかったんだよ!……さっきのキスは、……なんてーか、人間で言うオヤツ?的なやつだな。体液とか摂取すればだいぶマシってことは、まあさっきわかった」
    「キス……キス!?」
    キスに体液にオヤツ。ぼかんと一気に赤面をする神父をよそにロディは続ける。
    「本当はセックスできりゃ手っ取り早いけど……」
    「セッ……!?!?!???」
    「流石に神父にみなまに言ったらぶっ殺されると思ってさ」
    「…………」
    「……デクさえその気なら俺は、上でも下でもいいんだぜ。天国見せてやるよ」
    「…………」
    固まってしまった出久の顔の前にひらひらと手を振るも反応がない。普段耳にすることのない単語で完全に思考停止しているようで、赤面したまま微振動している。
    「……デク?聞いてるか?」
    「キ、キイテル……キイテル」
    「…………」
    普段落ち着いている神父が、まるでカラクリ人形のようにカクカクと首を振る様が面白くて、口角が上がるのを隠せないでいた。
    これは流せばワンチャンいけるんじゃないか。先ほど頂戴した精気が体に満たされていくのを感じて久々にいい気分になってきたロディは、机に腰を下ろしてじっと出久の瞳を見つめた。
    「なぁ、それって、シてくれるってこと……?」
    「ナナナナナナナナニ!?ナニを!?」
    「……だからさ、こーいう」
    「ロッ、ちょ、ちょっと待って」
    くいっと人差し指で顎をあげてやると、赤面顔が途端に焦りだす。それでも構わず顔を近づけていくと、顔の前に両手を入れて拒絶の意を示されてしまった。それが不服だったのか、今度はその両の手の指を絡めてこじ開けようとする。
    「ちょこーっと目を瞑ってくれれば終わるからさ、好きな女のことでも想像してくれればいいんだよ」
    「ま、ちょ、待って!ロディ!待って!一回ストップ!」
    「……、……なんだよ」
    馬鹿力は健在で、ロディがいくらこじ開けようとしても、その手はピクリとも動かなかった。さらに強く抗議をされると逆らえないのか、ロディは仕方がないと言うように手を離して大人しく出久の言葉を待つ。
    当の出久の口は、何度も開いたり閉じたりを繰り返し、ようやく絞り出すように口を開いた。
    「…………ぼ、僕の考えが間違いじゃなければ、これはセセセ……っ、……夜の営みのお誘いってことであってますでしょうか」
    童貞かよ。思わず声に出そうになった言葉をぐっと飲み込む。
    落ち着こうぜ俺。これはチャンスかもしれない。
    「セックスな、あってるあってる」
    「ッ!!……だっ、ダメだよ!!そう言ったことは、好きな人としないと!!」
    「HAHAHA、笑えねえな。あんたそれ悪魔に向かって言ってんのか?言っただろ。俺にとっては食事と同じなの」
    「そうだとしても、だ!そんな簡単に言っちゃいけない」
    「あんただったら別にいーのに」
    「別にいい、とかで選んじゃいけないと思うんだ」
    「……神父様のドーテー」
    「ッ、ロディ!」
    「この時間はシスターなんだろ」
    「〜〜今はそう言う話じゃないだろ!?」
    だろ、だろ、だろ……と、出久の悲痛な叫びが静かな部屋に反響した。
    この教会が街中ではなく、村から離れた丘の上にあって本当によかったと、心から思った瞬間だった。
    「で?神父様、これからどうしてくれるわけ?話させたからには知らんぷりはさせねーよ?」
    軽くため息をついたロディは、気を取り直してググッと伸びをしながら問う。
    「う……そりゃそうだよね。わかってます」
    彼の封印を解いたのは出久だし、お互いの合意があったわけではないが今の彼の主人は自分だ。責任をとるべき立場なのは、出久だけだ。彼を解放した手前、村人を守るためにも、そしてロディ自身を守るためにもできることはしなければならない。
    「ち、ちなみに……さっきの、ききき、キ…で、どれくらい持ちそうなの?」
    「キス?……根本的な解決にはなってねぇけど、……アンタ、上物だし3日くらいは持つかも?」
    なんだ上物って。ニヤニヤと笑いつつも品定めをするようなロディの瞳に居た堪れなくなる。でもそうか、3日か。

    「………………」
    再び固まってしまった出久に、ロディは内心嘆息していた。
    バレないようにうまくやっていくつもりだったのに。
    ーーとんだ失態をしてしまった。いくら飢えていたとはいえ、この男から発せられる甘い香りに我慢しきれなくなっってしまうなんて。
    はじめから、この男にバレたらこうなることなんて読めていたじゃないか。神父なんてみんな同じだ。冗談の通じない堅物で、性に無頓着で。大体悪魔である俺がこうして今までここで呑気に生活していたこと自体おかしいのだ。それが終わっただけ。
    力を抜くとじわじわ涙が出そうで、逆にヘッと笑ってやる。
    「……冗談だよ」
    悪魔って死んだらどうなるんだろ。聞いたことあったっけ。覚えてねえや。
    半ばやけになりながら、ロディは肩をすくめて出久に向き直った。
    「別に、さ。無理にあんたにどうこうしてもらおうとは思ってねーよ。最悪また本の中にでも戻って」
    「とりあえず定期的に口づけをすれば、きみに負担をかけることはないんだよね」
    突如思っても見ない言葉が聞こえて、ロディの思考は停止する。
    「……あ?」
    「いや、あのその……いずれ、ちゃんとした解決策を見つけるとして。村人をこれ以上巻き込めないし、取り急ぎの対処をぼ、僕でよければだけれども、定期的に、き、…………口付けをすればいいんじゃないかと思いまして」
    「………………へ」
    「い、今はまだその先は無理だけど、必ずきみを助ける方法を見つけるから」
    真面目な顔つきでそう口早に言った出久を、ロディはしばし呆然として見返した。
    ……一体何を言っているのか。悪魔相手に神父が。
    たとえキスとはいえ、自分から餌になると言っていること……わかっているのか?
    ーーそれに、今はまだって?正気か。あのウブな神父の口から出た言葉とは思えない。いくら弱っているところを見せたとはいえその先もさせてくれるって?本当に、理解して発言してんのか?
    「あー……神父が悪魔を助けていいわけ?」
    「助ける。ロディを死なせたくない。神父だとか、悪魔だとか、一旦置いておこう」
    間髪入れずに答える出久に、どくりと心臓が波打つ。
    やめろ。勝手に期待、するな。
    「は、……都合いいな」
    「目の前にいる人を、見捨てるなんてできない」
    「俺、悪魔だけど」
    「わかってるよ」
    それでも変わらない、と出久はいう。
    「…………俺とできんの?」
    「……うん、できる。きみを助けるためだもの」
    たかだかキスという単語一つであんなにテンパってた男は、今はもうなんでもないというふうに頷く。
    助けたい、だ。神父が悪魔を。どの口が言ってんだ。
    なぜだかそれが苛ついて、意地の悪い言葉が口から出ていた。
    「噂になっちまうかもよ」
    「?」
    「あの教会の神父様って、シスターに手を出してるらしいのよって」
    「ぶっ」
    「まあキスするんなら手を出してんのには違いねぇか」
    吹き出して肩を震わせる出久をみやる。
    再度ぼぼっと頬を真っ赤にさせた出久は、全身で抗議をしていた。
    「ひ、人前でそんなことするわけないでしょ!」
    「へー、人前じゃなかったらシてくれんだ。お優しいねぇ神父サマは」
    「言い方!お願いだから揶揄わないでよ……」
    一体何を想像しているのか、ぷしゅうと湯気のようなものを頭から出しながら顔を覆う。
    その様子からも本気で言ってるのが伺えて、ロディは内心混乱を極めていた。
    その発想が、考えが理解できなくて、無意識に唇を尖らせたままロディは続ける。
    「大方さっきのキスが忘れられないんだろ」
    「…………」
    「…………」
    「…………あ。いや、違うよ!うん、や、違くはないけど、じゃなくて、そうじゃなくてね」
    「じゃ、気持ちよくなかったんだ」
    「いやよかったよ!!!!」
    「ッ……、……へ、へー」
    脳が目まぐるしく動いているのだろう、赤くなったり白くなったり、また赤くなったりしている神父をよそに、なぜだかロディは手に汗を握っていた。そんな空気に居た堪れなくなったのかがたんと立ち上がると、赤面したまま出久はロディと距離をとりながら、壁沿いにジリジリと出口の方に移動していく。
    「〜〜と、と、とにかく!辛くなったら言って!ぼ、僕がすぐ、その、それ、キッスをできない時は寝てていいから。あ、でも寝るならちゃんと仮眠室!仮眠室使ってください!……僕は!」
    「キッスて」
    「僕はロディを死なせたくない。だからできることならなんでもやるつもりだ。だから、信じて」
    噛みながら早口で捲し立てて、一呼吸置く。赤面した男の瞳とばっちりあって、知らず体温が上昇する。
    「……と、言うわけで僕はちょっと掃除行ってきます」
    「あ、おい、デク……」
    バタン、とドアが閉まる。追いかけようと手だけが向かっていったが、どうしてか足は一向に動かない。行き場のない手をゆっくり引き戻すと、ロディはそのままガシガシと頭をかいた。
    「…………何、あいつ」

    ぽつりとこぼした声が、静かな部屋に落ちる。
    その頬がどこかの誰かと同じように真っ赤に染まっていたことは、側にいた聖獣を除いたら誰もいないのだった。




    END



    以下設定のようなもの
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    デク
    地下の魔導書を整理してたら誤って封印を解いてインキュパスを召喚しちゃった神父デク。
    指先を紙で切って、血が一滴古文書についてしまった。
    童貞。破廉恥なことをいうと顔が真っ赤になるよ。
    ロディとの相性はとても良いらしく、彼曰く甘い香りがするとのこと。

    ロディ
    お腹が空いて仕方がないので近くの村の住民の夢にまれに食事をしに行く
    それでもピノに邪魔され満足できない日々。村に降りたことがわかるとデクに説教をかまされる始末。
    昼間はシスターのふりをしてデクの仕事のお手伝いをしなければならず、文句を言いつつも頼まれたことはしっかりとやる。
    封印時の契約で、解除したものを主人として扱う契約がなされている。
    魔力があれば多少強引な手段を取ることもできるが、長い間封印されていたせいか魔力も空っぽ腹も空っぽでそこそこピンチ。村人の夢のかけらと睡眠でぎりぎり維持している。

    ピノ
    実は元々ロディの一部だった。今は自我があり、ロディが暴走しないようお目付役となっている。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    裏設定

    なお、今後エネルギーの補給と称して毎日ディープキスをかますようになり、
    出さんのスキルは上昇し、ロディは腰砕けになるようになります。
    恋に発展するのも、自覚するのもまだまだ先になります。
    インキュバスですが、出ロデなのでそういうことになります。


    ありがとうございました!

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    recommended works