Wisteria(1)「Wisteria」について異種姦を含む人外×人のBL作品。
世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。
R-18、異種恋愛、異種姦等々人によっては「閲覧注意」がつきそうな表現が多々ある作品なので、基本的にはいちゃいちゃしてるだけですが……何でも許せる方のみお進み下さい。
又、一部別の創作作品とのリンクもあります。なるべくこの作品単体で読めるようにはしていますがご了承を。
※ポイピクの仕様上、「濁点表現」が読みづらいですが脳内で保管して頂けると助かります。もし今後、ポイピクの方で綺麗に表示される様に成りましたら修正していこうと思います。
【項目 WisteriaⅠ】
「はじまり始まりと誰かが言った」
閑話1 「境」
閑話2 「微熱」
閑話3 「心折、留まる」
「はじまり始まりと誰かが言った」
「鍵屋がくれたこの変な傘、またこの時期も咲いたね朽名。……ねぇ、この花の意味を知ってる?」
❖ ❖ ❖
人とは違った者達が生まれ始めた世界の一角で、それは日が傾き始めた夕刻の事だった――
外の外気とは反対に、薄暗く冷たい空気が纏う洞窟の中で、ドサッと重さを含む何かが落ち、音が空間内に反響する。その音に気づき体を其方へ向けると、何かが空気を歪ませる気配がした。
ずるりと己の長い胴体を這わせ向かう。
幾つかの大きな箱と薄手の服を纏い、厚い枷を足に付けた少年が落ちている。稀に箱を落とされる事はあったが、人自体がこうして此処へ来たのは初めてだった。
「ん……、っ!」
白く、折れてしまいそうなほど細い手足に力を入れ、黒い髪を揺らしながらその人物は身を起こす。視線を向けてくる存在に気がつくと、目の前の人間はハッとした様に息を飲んだ。
長い胴を引きずる音に、少年がビクリと体を震わし此方を見る。其処に居たのは少年よりも遥かに大きい白い蛇だった。見上げられた蛇は自分よりも遥かに小さい人間を見下ろし問う。
「……お前は誤って此処に来たのか? それとも人間達の言う〝贄〟として此処に来たのか?」
「贄として……生贄として食べられるためにここへ来ました」
「私は贄など欲してないよ」
「でもっ!」
「お前、名前は何というんだ?」
「……藤」
「藤、食われるのは嫌なんだろう? その表情を見ればわかる」
「嫌だけど……でも」
「なら逃げるなり戻るなり、行きたい場所へ行くなりすればいい」
少年の黒く丸い瞳には不安の色が浮かぶ。
その不安を飲み込むよう一拍子置くと、続けて言葉を紡いでいく。
「けど、他へ逃げても行き場がないんだ。身寄りも無ければ家も無い。こんな信用もおけない外から来た子供に、仕事をくれるような人はいないんだ」
泣きそうな顔で縋り、絞り出す様に言葉を紡ぐ。少年の黒い髪は動きに合わせて揺れ、丸い瞳は言葉を吐く度に水気を帯びていく。
「ここを出て麓へ戻ったとしても役目を投げたと殺される。どれを選んでも俺に残されたのは死だけ……。だから」
思う言葉を吐き出した少年は一度呼吸を整え、そして息を吸う。吸い込んだ空気に応えるように小さな胸部が膨らみ、肩が揺れた。少年が再び口を開く。
「……せめてどうぞお食べ下さい」
蛇は困った。
自ら進んで人間を食べようとは思っていない。そもそも食事は必要ない。そんな自分の元へ突然贄を押し付けられた。
どうしたものかと逡巡し、藤と自分の間に静かな時が過ぎていく。帰れ、戻れ、逃げろと言っても嫌だという。この様子だと無理やり追い返した所で此処へ戻ってくるか、仮に自ら麓まで少年を送り届け不要と告げても、その場で里の者達に願いを叶えろと縋られるだけだろう。その度に対応を余儀なくされるのは、少々どころか大分面倒である。
(勝手に祀り上げては願い事を喚いたり、それを叶えては何時の間にか居なくなり、やっと信仰が薄まったかと思ったら贄を送りつけてくる。好き勝手な奴等め)
蛇は一つ溜息を吐く。
この少年をどうにかせねばならない。寝起きの頭で蛇は考える。此処数百年は久しく人間との会話なんてものはしていなかった。人とは違った者達が生まれ始めたこの世で、人間達に信仰から生み出された頃は願いを聞いたりもしていたが、友人が亡くなってからは願い事を聞くのは止め、時間の殆どは静かなこの場所で眠りに就いていた。
(……まぁ、帰る気が無いのならば僅かな間、退屈凌ぎにでも置いておこうか)
会話が出来るのであれば話し相手くらいにはなるだろうと。
嫌になったならそのうち逃げるなりするだろうし、己からしたら人間の時間などあっという間だ。何れ成長すれば遠くへも行きたくなるだろう。一時の退屈凌ぎには好い。
――だが、ふと考えが過る。
(だが、好きに過ごせと言っても聞くのだろうか……)
好きにしていろと言った所で、「でも」「だけど」と言っては執拗に食べてくれと言い出しそうだ。
言葉を吐き出してからは、大人しく此方を見ている少年へ目を向ける。恐怖を感じながらも、今の藤の瞳には死しか見えていない。『食べられる事で死を手に入れる』という執念が混じっている。まずその〝死〟が目標になっている事を逸らさねばならない。
(〝食べろ〟……か)
どうするかと再び逡巡する頭に、ふと人間達が使っていた言葉を思い出す。
(……まぁ、どうぞ〝食べてくれ〟というなら)
食べようじゃないか。
望まない形で食べ続けられると分かれば何れ逃げたくなるだろう。それで逃げたとしても役目は果たしている。役目を果たした少年が帰れば、動かない神に贄を送っても無駄だと里の人間達は思うかもしれない。
……まぁ、その後も送られ続ける可能性もあるが、一つ面倒事が片付く可能性もある。こうして洞窟で少年に居座られ続けても困るし、膠着していても仕方がない。
(……そうだな……逃げるなり何なり。どちらにせよ短い間の事だろうから、暇潰しでもしてしまおうか)
「……はは、そうか。では遠慮なく」
言葉を聞くと藤はぎゅっと目を強く閉じた。
藤の口をちろりと舐めると、大蛇は人の姿に変わり藤へと手を伸ばす。服の下に手を滑り込ませると藤の下腹部に触れた。
突然の事にびくっと小さな体が震え、瞼が開かれる。開かれた視線の先には朱の瞳と整った顔立ちに、薄茶の長い髪を緩く一つに纏め、藤よりも背がずっと高い色白の人物がその場所に居た。
「え……何して……? た、食べるんじゃ……」
「お前達人はこれも〝食べる〟と言うだろう?」
驚き、目を丸くしている藤の反応を見るとにやりと笑う。
「此処は人の体に合わんな。母屋の方に移るぞ」
「!?」
軽々と藤を抱えるとそのまま、夏とは思えない程に冷えた空気が漂う洞窟を後にした。
「まぁ、今日は味見だな」
室内に移ると、柔らかな寝具の上へ驚き固まる藤を降ろしながら、意地が悪そうにそう告げる。
「此処なら大丈夫だろう。……ああ、逃げたくなったら何時でも逃げて良いぞ」
呆然としていた藤は掛けられた声に気づきハッとする。対面した体勢のまま、再び服の中に手が潜り込んでくると藤に触れ始めた。
「っ、なんでそんな…とこ……っ、…や、なんか、変な感じが…するっ」
緩く蛇の手が動く。自分がされている事が理解出来ないまま、脳内が与えられる感覚に引っ張られる。抗議の声を吐きたいのに、初めて味わうそれは自身の言葉を侵食していった。
「っ、ん…や、なにっ、待って」
「食べてくれと言ったのはお前だろう」
「ちがっ、そうじゃなくてっ」
擦り上げる度に手足がびくりと震え、その刺激に藤の目は潤み始めた。
「ぅ…なに、これ…っ」
「ん? ……自分で触った事はないのか?」
少年が発する言葉や反応を見て蛇は問う。だが、同じ様に疑問符を浮かべた顔で視線を向けられた。
「え、なんで……?」
「ほう……」
その言葉で蛇の目が、まるで獲物を見る様に細められていく。
「ひっ…ぁ、っ」
ぬっと動かす手で、ふっくりとしているそこをさっきよりも強めに擦る。自身ですら与えた事の無かった体に、味わった事の無い快楽が駆け巡っていく。何度も加わる感覚に息を荒げ、吐息に色が混じり出した時だった。
「゛ンんっ」
発していた声にくぐもった音が混ざる。藤の様子を見ると、与えられる刺激に耐える為に自身の指先を噛んでいた。
噛みしめているその小さな手をそっと解き退かす。途切れる事の無い動きの中、蛇は藤の頬へと手を添えると、閉ざしている唇に吸い付いた。
「っ!」
触れていくだけの口づけを落とした後、今度はペロッと舌先で唇を舐められる。そして絶える事無く何度も唇と舌先で繰り返し熱を誘い出されては唇を落とされ塞がれていく。もうこれで噛む事は出来ないだろう。
「んっ、んんっ」
何度も塞がれる唇を藤はぎゅっと紡いでいるが、こそばゆく、程良い加減で触れてくるそれに力が抜けそうになる。そんな藤の反応にふっと笑うと、小さな膨らみに絡みつく手の速度を上げ、もう片手の指の腹で先端にぐりっと刺激を与えた。
「ふぁっ、あぁっ、やだ、ぁっ」
ビクンッと体が跳ねる。僅かに膨らんだそこから走る刺激に耐えきれず、口を開けて声を漏らす。すかさず蛇はそれに食らいついた。
まるで噛みつく様に口で口を塞ぎ、閉ざす前に口内へと舌を差し込む。人よりも長い舌で藤の舌、口蓋、歯列と狭い口内を弄り始め、そしてまた舌を絡めだす。大きな手の中に握られたそれは硬さを持ちはじめ、緩く勃ち上がっていた。
連続した刺激が速度を増して藤を嬲っていく。舌も下も、弄られるごとに湧き上がる声を抑えて隠していたが、今の藤はもう初めて得るそれには耐えきれず、自分で自分の耳を羞恥で犯していた。
「やぁ…、んんっうっ…ぁ、ゃ…アッ、は、…ぅ、んっ…」
くちっ、くちゅっと響く水音が部屋に沈む。
それは口をつけた事で生まれた音なのか、与えられる刺激によって僅かに濡れ始めた先走りによるものなのか分からなくなってくる。自分を〝食べていく〟蛇の服を掴む手に、更に力が籠められた。
「あぁ、もう、や、めて…んっへん、に、んんっ」
唇を塞がれ、舌を弄られながらなおも止まらない手の動きに、藤はもう限界を迎えようとしていた。
「んんっ、いやっ…ぁも、……ぁ…あっ、何か、で、そっあぁっ――!」
括れまで擦り抑えられ、同時に先を強く抉られた時だった。
ぷしっと音と共に藤は背を反らし、薄く白濁とした液体をその身から噴き上げる。口から口へと糸を引いた唾液は、飲み込み切れなかった唾液と共に端から流れ、自身の性器からは僅かに快楽の果てを垂れ流した。達した衝撃にがくがくと身を震わす。
初めて得る快楽に押し潰され、荒く息を吐き、くたりと倒れ込んだ藤を蛇は正面で受け止めた。そのままそっと後ろへと背を倒し、藤を寝具へと寝かせて自らの姿を蛇へ変える。そして、
「゛いっ!」
鼻先を細い首筋に近づけ噛み付いた。
痕が良く残る様にとぐっと押し込まれる。離された頃にはぬるりと歯が抜けていく感触と、点々と続く噛み跡がはっきりと残っていた。
「これで証拠になるだろう。こんな大きな噛み痕を付ける蛇はこの辺りでは私以外に居らんだろうからな」
そして朦朧とする藤の脳に、耳から言葉を差し込む。
「さぁ、私はちゃんと食べたぞ。麓へも戻れるだろう。此処から逃げなければ贄として、ずっと食べられる事になるぞ」
囁かれる言葉が頭の中で響き、死を前にした時の緊張が何処かへ逃げ去り、普段感じるものとは違う疲れが藤の意識を奪い取っていった。
❖ ❖ ❖
翌日の朝の事。
蛇の姿で身を起こすと、其処に藤の姿はなかった。
(逃げたのか。まぁ、賢明だな)
一つ欠伸をすると姿を人へ変え、水でも飲もうかと厨へ向かう……が、其処に居たのは藤だった。
「……おはよう」
「……逃げなかったのか?」
その問いに目を俯かせる。
「うん……ここを出ても行き場はないし」
「役目は果たしたと里へ帰れば好いだろう」
その言葉を向けられた藤の瞳が、一気に不安へと染まる。
「いやだっ、戻りたくない! 簡単に俺の命を放り投げた人達の元へ帰れない! あの人達の所へは帰りたくない!」
蛇の元へ縋り、離さないと言う様に服を掴む手は震えていた。
「……」
「ここに残ることしかできないよ……」
ぐっと堪えてはいるが今にも泣き叫びそうだった。縋られた蛇は一つ溜息を吐き出すと、藤の頭をそっと撫でる。
(直ぐに出て行くと思ったが……当分は此処を出て行く事は無いだろうな)
どうやら目の前の少年は逃げる気が無いらしい。(さて、どうしたものか)と逡巡する。藤から視線を上げ、辺りを見回した時、昨日とは違う光景が目の端に映り込む。
「どうしたんだ? あれは」
部屋に置かれている卓上へと目をやる。
座卓の上には見目はさほど良くないが、料理のようなものが並んでいた。
「お腹がすいたから勝手に……俺と一緒に置かれてた食べ物使っちゃったけど……よかった?」
(そうか、人間は食事を摂るんだったな。忘れていた)
「料理出来たのか?」
「向こうの部屋に本が沢山あったから……そこから」
前の管理人が置いていったものがそのまま残っていたらしい。藤は其方から自分へと顔を向ける。
「えっと……食べる?」
「私は人の様に食事を摂らなくても大丈夫だが」
「やめとく?」
「……いや、食べよう。どんな味をしているのか興味が出た」
二人で卓を囲み、手を合わせてから一口、二口と口へ運ぶ。それは物によっては薄かったり濃かったりと、味が調っているとは言えなかった。
ふと、目の前の少年に目を向けると涙目になりながら食べている。
「あたたかいもの食べたの……久しぶりだ……」
泣いている。かと思うとそう呟き涙目のまま幸せそうに笑みを浮かべる。コロコロ変わる表情に驚き、しかし興味深そうに蛇は少年を見る。
(なるほど)
先の事も含め、まともな環境には居なかったのだろう事がよく分かった。
窓を開け、蛇は煙管を取り出しふっと煙を吹かす。
そのうちに食器を片づけ、やる事が無くなってしまった藤は蛇の元へ来るとちょこんと隣に座った。
「あの」
「ん?」
煙管を口から離し、声をかけてきた少年へと視線をやる。藤は何か言いづらそうに口を閉ざした後、再び口を開いた。
「名前、なんていうの……?」
それはとっくの昔に呼ばれなくなっていた名だった。そう言えばそんな名だったなと、自分自身で思い出しながら少年へと名を伝える。
「朽名だ。朽ちるに名と書いてな」
「朽名ってもともとここに住んでいたの?」
「ん? ああ、この神社自体は前の住人が建てて住んでいたものだ。お前が読んだ本も道具もな」
「その人は……今どこにいるの?」
「死んだよ。何百年も前にな。今は私が此処を管理している。……最初はな、土砂崩れから始まった信仰なんだよ、私は」
窓の遠景を見つめながら遠い過去の事を蛇は話す。
「大荒れで強風や長雨が続き、田畑は荒れ、村を巻き込む程の土砂崩れが起きた。そして大きく崩れた土砂の中から一匹の蛇が這い出てくる。それを見た人間達は蛇を祀り、村の復興を願って一つの信仰を作り出した。……昔、それこそ前の住人が居た頃は、壊れた家屋や荒れた田畑を修復したりして、再生の神とも呼ばれたな」
外へと向けた視線を藤に戻す。
「今はもう押し付けるばかりで、自分達の役目を忘れた人間を守る気など無かったが……先の嵐で村が荒れたのだろう? だから思い出したかの様にお前が送られてきた」
「……うん」
朽名は煙管を咥えると離し、ふぅーと煙を吐く。
「……また人間が送られて来ても困るしな。私はまた麓へ行く事になる、そうなると此処を空ける事もあるだろうな」
やや面倒くさそうに、神様は気怠さを煙と共に吐き出し言う。
望んでいたのは藤が麓に戻り、贄を送っても神は動かないと伝える事だったが、藤は此処に残ると決めた。
このまま戻らなければ藤は贄として食べられたと思うだろう。そのまま贄を用意しても無駄だと思ってくれれば好いが、何もせず居たらまた送ってくるかもしれない。一人くらいは話し相手にでもなるが、数が増えるとその分問題も増える。人間達の願いを叶えるのは億劫だが、これ以上贄が増えても面倒だった。
「俺、何をすればいいの?」
不安そうに朽名へと尋ね、藤の問いに蛇は「ふむ」と考える。だが、此処で藤に任せるような事も特に思いつかない。
「そうだな……特に任せる事も無いが……まぁ、好きに過ごせば好い。麓に戻りたくないのなら此処の母屋を使え、廃れた神社にわざわざ山を登ってまで参拝しに来る者も少ない。境内まで出なければ人に会う事も無いだろう。必要な物があれば運んでやる。それと此処にある物は好きに使っても構わん」
そして今朝の事を思い出し藤へと尋ねる。
「あの部屋にあった本も読んで好いが……文字は読めるのか?」
「少しだけ……全部は読めない」
「なら、文字も教えてやろう。分からない事があれば聞きに来い」
「でも、それじゃ貰ってばかりだ。俺、返せるもの何もないよ?」
「ふむ」
再び逡巡し、間を置いた蛇は口を開く。
「では、また食事を作るのはどうだ? そうしたら私も一緒に食べよう。まぁ、後は……そうだな。ついでに話し相手にでもなって私の退屈を紛らわせてくれ」
「それでいいの?」
「構わん。貰える物は貰っておけ」
ふと藤の足元に目をやる。
「ん、まだ付けていたのか?」
「外し方がわからなかったんだ……」
朽名がすっと指を足首の枷に走らせるとパキッっと外れる音がする。細い足元に零れ落ちたそれを拾い、藤よりも大きな手で握ると、ころんと小さな鈴と塊になった金属が開かれた手から現れる。分離された鈴と塊を藤の手に乗せた。
「え、何それ」
「以前の状態に形を変えた。枷を作る時に不要な鈴を混ぜていた様だな。……まぁ、お前と共に来たものだ。好きにすれば好い。鈴は……お守り代わりにでもしてみたらどうだ?」
「うん。えっと……それじゃあこれからよろしく……神様?」
「ああ、よろしく。私の贄」
接し方を模索している目の前の人物は、首を傾げてそう告げる。そんな相手へ揶揄う風に言うと蛇がにっと笑った。
閑話1 「境」
あれから数日。
朝日が窓から差し込み顔を照らす。目を覚まし、起き上がると広い寝具には自分一人が寝ていた事に気がつく。共に寝ていた筈の同居人が何処へ行ったのかと部屋を出た。
「ふむ」
居間に行くと当の同居人が何か白く小さなものを卓上に乗せ、その前で考え込んでいた。何だろうと傍へ寄る。
「……これって……へび?」
「ああ」
目の前にはちょこんと大人しく待機している白く半透明の小さな蛇が居た。
「境でも張っておこうかと思ったんだが……」
「境?」
「何かを守る為の……まぁ、結界みたいなものだな」
「何を入れるの?」
そう聞くと目の前の人物はじっと自分を見る。そのまま声は出さずにただ此方を見るばかりだ。
「……俺?」
「ああ。だが……張っている間は侵入を許さないが、中に居る者は出る事も出来ん。それに」
一息吐くと再び口を開く。
「私のこれは狭い範囲にしか使えん。お前を閉じ込めたい分けでは無いからな」
やれどうしたものかと思案する。見兼ねた藤が安心させる為に言葉を向けた。
「張らなくても俺は大丈夫だよ。……前は一人で居る事も多かったし」
「私は昼、此処を離れる事になるが……大丈夫か?」
「うん、戸締りもちゃんとするし、その間はやれることをしておくよ」
言うと小さな蛇の頭を指で撫でる。
すると嬉しそうに小さな蛇はすりすりと指に擦り寄って来た。藤は目を細め笑みを浮かべる。
「……かわいい」
「……」
一連の流れを眺めていた朽名は徐に、小さな蛇に構っている藤の頭へぽんっと手を置く。置かれた当人は、その行動を不思議そうにしながら隣に座る手の主へと向く。
「ん?」
「……いや」
視線を向けられた朽名は、自分より小さな頭に乗せていた手を降ろす。
(そいつは私の欠片の様なものなのだがな……)
撫でられた事が嬉しかったのか、蛇を羨ましく思ったのか、蛇の反応が自分の反応でもあるのだろうか……。
撫でられて嬉しそうにする蛇の反応と蛇を構う藤を見て、そんな疑問と共に少し複雑な気持ちになった事を、朽名は胸の内に隠した。
閑話2 「微熱」
夏の刻、はじめて〝食べられて〟から数週間が経っていた。
この暑い季節ともそろそろお別れの筈なのに、風が吹き通らず、熱した空気に自分が溶かされてしまうのではと錯覚しそうになる。そんな日の昼近くだった。
「暑い……」
朝起きて、一通りの事を済ませてから部屋で休んでいたら、何時の間にか眠っていたらしい。この神社の管理人である蛇は疾うに家を出た後だ。
家に一人の中、藤を起こしたのは昼頃になって上がってきた気温だった。
「……窓あけよう」
がららっと窓を開ける。
だが、思っていたよりも今日は風が吹いてはいない様子だった。
「んー……」
ばたりと寝具に倒れ込む。肌触りが良い布は、最初は心地良いが触れている間に藤から温度を吸いはじめ、やがては温くなる。
この日差しだと朝に干した洗濯物はすでに乾いているだろうか。ただ、ずっとこうしてても暑いものは暑いが、さすがにこの時期に家事をしようと真昼に動き周るは暑さでやられてしまう。やはり夕方頃までは大人しくしていた方が良いだろう。そうしてごろごろと寛ぎながら時間が過ぎるのを待った。
書庫から持ってきた本をあらかた読み、傍らに本を積み重ねる。新しい本を取りに行こうか……だが、また立ち上がるのが億劫で、顔を枕に埋め息をした――
瞬間、ふと数週間前に初めて〝食べられた〟あの出来事が頭を過る。
「っ……」
また〝食べられる〟のだろうかと思ってずっと心構えていたがそんな事は無く、この場所に来る前では考えられない程の平穏な毎日に、贄として此処に居る事を忘れかけていた。贄として此処に居る。それは自分が此処にいる為の大切な理由なのに。
ほんのりと染まっていく顔に気づかないふりをする。だが、あの時初めて得た快楽をなぞる様に記憶が勝手に辿り始めた。藤よりも大きい手で擦り上げられ、細い指が絡み付く所を脳内で再現されていく。そして近づいてきた顔が藤の口に触れ、どきりと心臓が軋んだ時だった。
「んっ」
びくっと肩が震え、自分の変化に気づく。
脚の狭間が何だか熱い気がする。視線をその場所へと向けると、そこは服を押し上げ僅かに膨らんでいた。
「え……?」
背を丸め「うー……」と唸り考える。
自身の手でそんな事をするのは正直恥ずかしい。そうじゃ無くてもただこうして居るだけでも気恥ずかしいのに、食べられる為の贄として此処に居る自分が、一人それをするのは更に悪い事をしてる気分になる。
藤の中で、朽名が帰るまで待つか思考しだす。
だが、熱を帯びたそこは、そんな藤をお構いなしにぎゅっと締め付けるような感覚を与えてくる。思わず耐えきれずに服の上からそこへそっと触れた時だった――
「どうした体調でも悪いのか?」
突然掛けられた声に、藤は「うわっ」と声を上げる。考え込んで歪ませていた顔が、驚きの表情に変わったのが面白かったのか、驚かせた張本人はクスクス笑っていた。
「音もなく突然現れるのやめて!」
ふふっと悪びれもせず蛇は笑う。
「今日は特に暑かったからな、早めに帰って来たんだ。……それで、どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
藤がまた顔を暗くし、迷い、言い辛そうに言い淀む。その様子に朽名は藤が再び口を開くのを待った。
「……くて」
「ん? 何だ?」
「ここ…いたくて……」
告げるとそっと脚の狭間に触れる。と、朽名に下着ごと服をずらされた。「うわっ!?」と再び驚きの声を上げる。そこにある藤の性器は圧迫するものが無くなり、緩く勃ち上がっていた。
外気に晒され、顕わになったその惨状に目をやるとカァッと一気に赤くなる。共に熱を持った性器が僅かに震えた。藤の体調が悪い分けでは無いと確認した朽名は安堵する。
「自分でしなかったのか?」
「……これも食べることだって言ってたから……俺、贄としてここに居るし…いつかするかのかなって……」
俯き目を伏せ、羞恥に震えながら目の前の相手に言葉を向ける。羞恥からなのか、そこがもたらす熱のせいなのか、涙目で言葉を吐き出していく。
「また…食べるのかなって……」
「……そうか」
死を逸らすという目的を達し、波風のない安寧の中で共に過ごす内に当初藤が贄として食べられようとしていた事を忘れかけていた。まさかずっと食べられるのを待っていたなど露にも思わずに。
これまで自身でする事など容易かっただろうに、まさに今も健気に待っていたそんな相手へ、そんな行為の存在など疾うに忘れていたと言い出しづらい。その上に目の前の出来事に「一人でしろ」と酷を言うのも躊躇いがある。
一つ懸念もあった。
贄としてあろうとする藤へ、もし今此処でそうして〝食べる〟事はしないと告げたら、では〝食べてくれ〟と元のそれが再び帰ってくるのではないか。そんな不安が。
そして何よりも……
ふーと朽名が息を吐く。
何かに堪えるように天を仰いでいる。そんな朽名の様子に何か悪い事をしてしまったのかと身構えた藤は、朽名が再び口を開いた時にはびくりと体を震わせてしまう。
「……そのままにして置く分けにはいかないな」
寝具の縁に座ると、此処に来いという様にぽんぽんと膝を打った。
「……え?」
「食べるから此処に来い」
突然の動作に呆然とする藤を他所に、再びぽんぽんと膝を打つ。その意味をやっと飲み込めた藤は更に顔を赤くし、少しの間を開けてはそろそろとその膝の上に座る。
❖ ❖ ❖
「ふっ…うぅ……」
自分より大きな膝の上で呻く。
ぬちぬちと粘膜を含む水音がする。耳の奥まで音が届き、それがまた藤の羞恥心を煽っていた。
背も手も、触れている部分が熱くて仕方ない。先走りは流れているのに、こんなに圧迫され今にも弾けそうなのに、擦られ続けるそこはずっとイけないまま藤を苛む。涙目の藤の口からまた一つ声が漏れでた。
「んっ」
「藤、力を抜け」
言葉を聞き力を抜くも、加わる刺激にまた体が強張る。だが突然、藤の体がびくりと大きく震えた。
「あ、やっ」
体の強張りに気づいた朽名に、その長い舌で耳をちろりと舐められていた。
中をなぞる度に濡れた場所が空気に触れ、ぬろりとした感覚が後を追う。ぴちゃぴちゃと鳴る水音は響く度に藤の耳を犯していく。その感覚から逃れようと思わず体を反対側へと反らそうとするが、するりと顎を捕られてしまった。そのまま唇を合わせ舌が間を割り中へと侵入する。
「ぁ…ふぅ、うっ」
舌を絡め呼吸が合わさり、弱い所を掠められて中が満ちていくと、背にと腰にと力が入らなくなってくる。やがてピンと張りつめていた背は、気がついたらふにゃりと崩れていた。
「あっ、ん、ぁあ…はぁ……」
散々口の中を愛撫され、やっと解放された事で息を吐いた時だった。
「ほら……だしてしまえ、藤」
耳元で呟かれた吐息がかかり、ぞくっと背に何かが駆け巡る。グリっと指先で先端の溝を強く押し込められれば、快感に体を震わせた藤はその刺激でびゅくっと白濁した液を吐き出した。
疲弊し、僅かに痙攣した体をくたりと朽名に預ける。
「はぁ……」
「すっきりしたか」
「……」
頭を撫でられそう問われると、思い出したくない羞恥が甦り、徐々に変わりつつある外界の景色と同じ様に藤の顔を赤く染めた。
閑話3 「心折、留まる」
真ん丸と薄黄色い月が夜空に浮かぶ。
暑い夏は旅立ちの準備を始め、夜には気持ちの良い風が通る。その風が開け放たれた縁側から入り込み、部屋の中を通り抜けていく。あと数日もしたらその風は色づく秋を運ぶだろう。
夕飯の終りに瑞々しい梨をしゃくしゃくと頬張ると、さっぱりとしたその淡い味わいが良かったのか嬉しそうに表情を崩している。こうして崩す表情を見ていたくなるから、つい藤が喜びそうな物を手土産に持ってきてしまう。
空になった透明で涼し気な玻璃の器を藤が回収し、厨へと持っていく。少し一服しようと煙管に手を掛けた時、
「朽名」
早々に戻って来た藤は一冊の本と様々な模様や色合いの紙を携えていた。
そしてその紙には見覚えがあった。今まで朽名が手土産や生活物資として持ってきていた物、里の者達が礼や供え物として押し付けてくる物等を包んでいた包装紙だ。持ってきた物を卓上にまとめて置く。手元の本をぱらぱらと捲り始めた。
「紙で色々な物が折れるんだって」
「書庫で見つけたのか?」
「うん」
(……置いてる種類が多いな)
折紙なんてしそうにもない以前の家主を思い出し、何だかんだと本の種類が多い事に驚き苦笑する。
(まぁ……実践するというより、蒐集してる様な奴だったからな)
「あと朽名がくれたこれ。綺麗だったから取っておいたんだ」
くしゃくしゃと皺が寄る事の無いそれ等は、丁寧に保管されていたのだろう。きらきらとした瞳で広げた紙を見つめている。与えた中の些細な物にも価値を見出されるとなぜか此方も嬉しくなる。
神社の外へ出れなくとも、庭や母屋を宝探しの様に好奇心を携えて散策をしては、瞳をきらきらとさせて何かを見つけてくる。きっとこの母屋の中だけでも初めて見たものが多いのだろう。
❖ ❖ ❖
紙を正方形に切り取っていく。
藤が次を手を取れるようにと作業していく朽名の傍では、当の本人が折る事に苦戦していた。
「折れたか?」
「んー……」
声を掛けると藤がおずおずと途中のものを見せる。ここの折り方が分からないのだと折り方の説明図を指さされた。
指された図を朽名が眺めていく。やがて紙を一枚手に取ると、テキパキと迷いなく折り進めた。そうしてあっという間に完成した一羽の鶴に、その様子をじっと観察していた藤が感嘆の声を上げる。
「すごい!」
新しく紙を取り出すと、今度はゆっくりとした手つきで藤に教えていく。それを聞きながら藤も自分の手元で休んで居た折紙を再び動かした。
「朽名の手、俺より大きいのに」
藤の手が自身の手に触れてくる。どうして自分より大きな手から、細かな折紙達が生まれてくるのか不思議がっている様だった。ふにふにと触れられるのがこそばゆく、思わず笑みを零してしまう。
(ただ一時。退屈が紛れれば良かったのだがな)
最初は会話が出来るのなら退屈凌ぎにでも、そしてそのうち直ぐ逃げるだろうと思っていた少年が、今では何時の間にか季節が移り替わろうとしているこの場所で、自分と他愛の無い事を共に楽しんでいる。
人の寿命は短い。気がついたら居なくなっていた者達もかつては居た。こうして自身の手に触れているこの小さな手も、何れは今よりも大きくなるだろう。そして 他の者達の様にこの場所から居なくなるのだろう。
そう思い至った自身の奥底が、じわりと冷たくなっていく。
「あたたかいね」
気づくと藤が大きな手と自身の手を重ね合わせていた。まるで冷たくなった奥底に何かが流れ込んで来る様な温かさがある。此方と目が合うとふにゃりと柔らかな笑みが浮かぶ。温かくなったその場所で、今度は何かが跳ねた気がした。
自分に向けられるその表情をもっと見たい。だが、そう思った途端にその手は離れて行ってしまった。
独りになった手が思わず離れた手を追おうとする。だがはっと我に返り、漂う手を誤魔化す為に折った鶴を手にすると、藤の手にちょこんと乗せた。
「!」
「気に入ったのならやろう」
「ありがとう!」
自身の手に渡され、歪みなく綺麗に折られた鶴を見て藤は嬉しそうだ。目の前に色も模様も違う三羽の鶴を並べる。
楽しそうに眺めた後、他にも何か作ろうと本に手を伸ばし、ぱらぱらと頁を捲っていた藤は「あっ」と声を漏らした。
「へびの折り方が書いてあるよ!」
喜々として本を朽名に差し出す。
「これなら折れるかも!」
座卓に散らばる紙に視線を向けると白い紙を手に取る。暫くすると藤の手の中からは一匹の白い蛇が生まれた。
「はい、お返し」
ぽんと朽名の手元へと小さな白い蛇を置く。それは光に当てられるときらきらと淡く光を反射し、まるで蛇の姿の自分が小さな折紙へと成った様だった。
「朽名みたい」
またふわりと笑う。
藤が笑う度に、己の中がぎゅっと音を立てる。奥底に居る、薄くぺたりとしていたそれが、藤に触れる事で折り込まれ形を成していく。藤に与えられ、形を成したそれは消え去る事無く留まり続ける。
「そうだな」
藤が笑みを浮かべると釣られて笑みを浮かべてしまう。願われるばかりの退屈な日々の中で、人間と笑い合う日が来るとは思わなかった。
(新しく得たこの変化は、何時まで続くのだろうな)
何れ来るであろう別れから目を逸らす様に、目の前で新しく生み続ける藤へと目を向け直した。
❖ ❖ ❖
もう出会った頃の様な暑さは消え、どことなく秋の空気が漂い始めている。閉じた窓の隙間から入り込む空気は冷気を纏う様になっていた。
朝の柔らかな陽に起こされて目を開いていくと、目の前には白い蛇が眠っている。此方が起きても起きる気配は無い。
(……起きたら誰かが隣に居る日が来るなんて思わなかった)
寒くも無く、暖かいご飯も食べられる。怖い者に痛みを与えられ事も無く、誰かと共に楽しい時間を過ごせるし、朝起きても寂しさを感じない生活。以前の場所よりずっと温かくて心地の良い場所。
今日も目覚めたら朽名が傍に居た。些細な出来事が嬉しくて、瞳が潤んでしまう。
(朽名は色々なものをくれるのに、返せるものが少ない……)
そう考えるとなんだか今度は悲しくなっていく。目の端から零れ落ちそうな粒を拭うと、その動きが伝わったのかは分からないが、蛇が身動ぎ向こうへ隠れていた顔をぽふっと藤の傍に向けた。
(……そういえば……へびの口の中ってどうなってるんだろう?)
ふと昨夜作った蛇を思い出してはそんな疑問を抱き、傍で眠る蛇をじっと観察する。ゆっくりとした動作で腕を伸ばすとそっと目の前の口元に触れた。するりと指先で口をなぞる。
すると体温で気づいたのか目の前の蛇が目を覚まし、藤へと声を掛けてきた。
「ん? どうした?」
「! な、なんでもない!」
慌てて薄い掛布団を被って向こうを向く。なんだか少しだけ……
(なんか……胸が忙しい……)
ついさっきまでは悲しかったのに、今度はドキドキと鼓動が聞こえそうな気がしてくる。眠っている相手の口元に触れた事が何だか悪く、けれど触れた事が嬉しい様な罪悪感とは違った不思議な感覚が心の中を駆けていく。
(なんだろこれ……)
隣で欠伸をしている蛇をちらりと盗み見しながら、未だに収まらない胸を手で押さえ込んだ。もう少し眠るのかと勘違いした蛇は、水を飲む為に姿を変えると厨へと向かって行く。
ドクドクと聞こえるこの音を気づかれずに済んで良かったと、ほっと息をついた。
- 了 -