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    キツキトウ

    描いたり、書いたりしてる人。
    「人外・異種恋愛・一般向け・アンリアル&ファンタジー・NL/BL/GL・R-18&G」等々。創作中心で活動し、「×」の関係も「+」の関係もかく。ジャンルもごちゃ。「描きたい欲・書きたい欲・作りたい欲」を消化しているだけ。

    パスかけは基本的に閲覧注意なのでお気を付けを。サイト内・リンク先含め、転載・使用等禁止。その他創作に関する注意文は「作品について」をご覧ください。
    創作の詳細や世界観などの設定まとめは「棲家」内の「うちの子メモ箱」にまとめています。

    寄り道感覚でお楽しみください。

    ● ● ●

    棲家と棲息地:https://potofu.me/kitukitou

    絵文字箱  :https://wavebox.me/wave/buon6e9zm8rkp50c/

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    キツキトウ

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    2025/6/27
    Wisteria:零れ話(7)
    ――〝我儘〟を聞くのも自分の役目だし。


    なきしおいし春たまねぎ。
    零れ話(7)は本編のチョコレート回の零れ話と雨の日の一場面。
    本編を終わらす前に、その時点までの書き溜まっている零れ話を何とか出しておきたいと思って。ついあれ書きたいこれ書きたいとなってしまう。

    本編終わりまでにいくつか出したいのでそれを出すのはもう少し後になりそう。

    #創作
    creation
    #小説
    novel
    ##Novel

    Wisteria:零れ話(7)【項目 Wisteria:零れ話】「雨の日の過ごし方」「なきむし」「あまくほどける」「甘く絆される」●「Wisteria:零れ話」について。

    本編閑話タイトル其々のおまけのような話、補足や本編その後、とても短い話・隙間話や納めきれなかったお話達。時系列は都度変わります。大体本編と同じ様にいちゃついてるだけの他愛のない話。


    以下は本編と同じ注意書き。


    ○「Wisteria」に含まれるもの:創作BL・異類婚姻譚・人外×人・R-18・異種姦・ファンタジー・なんでも許せる人向け

    異種姦を含む人外×人のBL作品。
    世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。


    ○R-18、異種恋愛、異種姦等々人によっては「閲覧注意」がつきそうな表現が多々ある作品なので、基本的にはいちゃいちゃしてるだけですが……何でも許せる方のみお進み下さい。
    又、一部別の創作作品とのリンクもあります。なるべくこの作品単体で読めるようにはしていますがご了承を。


              ❖     ❖     ❖


    【項目 Wisteria:零れ話】
    「雨の日の過ごし方」
    「なきむし」
    「あまくほどける」
    「甘く絆される」



    「雨の日の過ごし方」



    「あっ」
     爪楊枝の先で取り除かれた梅干しのヘタが、勢い余って跳ね上がってはぺしっと額にあたる。藤はおでこをさすった。
     この季節の恒例行事である〝梅仕事〟だ。
     ヘタをとり、梅を洗い、干しては漬ける。そうして毎日味わう美味しい梅干しを得る為の、大事な行事である。
     黙々と作業をするのが好きな藤の、気に入っている作業の一つだ。
    「大丈夫か?」
    「う……ん……」
     気にかけてくれた相手を見やって返事をする。が、その言葉は滑らかには出せなかった。
     藤が笑みを堪える。
    (……朽名、髪がぴょんとしているね)
     その姿に、少しかわいいと思ってしまったのだ。
     今の隠世は雨季である。所謂梅雨だ。
     雨が続き、湿っぽさが残るこの季節は、柔らかで少しくせのある朽名の毛をより跳ねさせる。本人は気にしてなどいないのだが、これも藤のお気に入りの一つになっていた。そして思わず心に留める。
     笑みが隠せていないそんな正午。何気ないひと時の中でもまさに外は雨降りの最中である。

    「終わった!」
     下準備が終り、縁側に並べた梅が乾いて熟したら後は漬けるのみだ。作業が終り、取り敢えずひと休みをしながら、「さて、次はどうするか」と辺りを見回していた。
     外へ視線を向けると、今も雨はしとしとと降り続けている。もしかしたら今日もこのまま外での作業は出来ないかもしれない。雨で修繕依頼の脚も少ないだろう。
     なので、居間の端に置かれた山々へと視線を動かした。
    「じゃあ、これかぁ」
     何時もよりも積み重なる洗濯物の傍で、ばたりと畳の上に横たわる。
     朝は晴れやかに、そして午前中まではしかと晴れていた。だが、梅の下準備を始めた途端にざっと天から雨が注ぎ始めたのだった。陽の下に干しておきたくて溜まっていた洗濯物なのだが、その結果生まれた山である。
     試みた作戦が破れ、急いで取りこまれた洗濯物は未だ乾ききっていない。なので自身の力で乾かす他なかった。
    「午前中は晴れていたのにね」
     藤が苦笑する。
     家事が好きだし、力を使うと疲弊してしまうので修繕に力を使う様にしていたのだが、やはりこの季節は仕方がないだろう。依頼も少ないので丁度いいかもしれない。
    「よし」
     身を起こして腕をまくり、気合を入れて山に触れた。
     ……だが、触れた手触りに湿っぽさはなく、むしろふかふかとした心地よさがある、まるで陽の下で干した後のようで。
     目をぱちくりさせていると、洗濯物の山の中から白い蛇がひょこりと顔を出した。
    「梅の方は終わったのか?」
    「山の主……」
     山から生まれた神様が、自身の力で洗濯物の山を乾かしてくれたらしい。
    「ありがとう、朽名。……いや、山の神様」
    「もっと頼っていいぞ」
     その言葉でふふんと誇らし気な顔を見せる相手に藤が和む。
    (蛇の姿、かわいいな)
     時折小さな蛇の姿でひょこひょこ顔を覗かせる姿を見かけては、その都度和んできた歴が長い藤である。
    「むしろ足りないな。なぜもっと此方を使わない。お前に頼られないとお前の神の名が廃るぞ……やはり此方から構い倒し甘やかしに行くべきか?」
    (あ、やびへびだった……)
     姿を変え、ぐいっと藤へと身を寄せる蛇の、じっと見つめてくる視線でうぅっとなる。髪を跳ねさせ、眠たげに此方を覗いていた姿の印象は疾うに無く、後には何かが含まれた眼で蛙を捉えてくる蛇だけだった。
    (や、やっぱりかわいくないっ)
     よからぬ気配を感じた藤が慌てて提案をする。
    「えっと、……じゃあ、その……畳むの、手伝って……?」
     にこにことした相手が頷き、内心でほっと胸を撫で下ろす。
    (……なんだか、此処へ来たばかりの頃の雨季もこんな事をしてた気がする……)
     だがきっと気のせいだと頭を振っては、頬の赤を振り切る。
     以前に比べ、触れだすと自身にすら歯止めがかけづらくなっている自覚がある藤は、いなし安堵した端で、自身の中で此方を見てくる欲を無視しては、自分もと山に手を伸ばした。


    「しかし、あそこまで泥だらけになった人間はあの時初めて見たな」
    (そんな事覚えてなくていいよ……)
     喉から乾いた笑いが出てくる。
     共に洗濯物を畳みながら話すのは今や昔むかしの事。
     昔、紫陽花を見ながら二人で傘をさしてする庭の散策に、その楽しさと、きらきらと光を帯びる雨でわくわくしすぎて浮かれていたのだ。
     偶々手に乗った蛙が可愛らしくて、朽名にも見せたくなったのがその時の事。ただでさえ運動神経が悪いのに、急転換をして朽名の元へ駆け出し掛けた藤が、自身の脚に躓き、そして案の定、未だ地がぬかるむ場所へべしゃりと盛大に転んだ。
     幸い手の中の蛙は無事だった。泥に塗れたのは自分だけである。「あっ!」と急いで掌を開くとそこからぴょんと飛び出ていった蛙を、泥だらけの顔で見つめた。
    「此方は肝を冷やしたのに、お前はとても楽しそうに笑っていたから更に驚いた」
    「だって、なんだかおかしかったから……」
     ぱちくりとした眼は途端に笑みに変わっていた。
     ばたりと泥だらけで倒れた自分から、ぴょこりと蛙が飛び出して行ったのがどこかおかしかったのだ。
    (その後すぐに朽名が乾かしてくれたんだっけ)
     一笑したそのすぐあとには、雨の日とは思えないふかふかな服を纏って二人で散策を再開していた。
    「お前は雨の日でも楽しそうだな」
     目の前の人物がくっくっと笑う。そんな言葉を、当時も言われたのを思い出して一緒になって笑みを浮かべた。
     ふっと庭を見る。
     薄暗く天を覆っていた雲の蓋が割れ、隙間から陽が差し込み始めていた。まだ雫のぱらつきもあるが、もうしばらくすれば明るさも増してくるだろう。
    「晴れが顔を見せたな」
    「……雨上がりの匂いって、ちょっといいよね」
     音も雨粒も匂いも景色も。
     雨の中できらきらと光る生命力が好きだ。天からの恵みでしとしととしめり、くうから地から根から沸き立つそれらが、草木や土の生命力を此方へと思い出させてくれる。
    「それに、雨の日や雨上がりにふと見つける生きものもかわいいよ。あと、『休んでいてもいいよ』と言ってくれていそうな雨が上がると、今度は『さぁ、動き出そうか!』って思わせてくれる」
     大きく開かれた縁側の向こう。
     普段過ごす家の縁取りが額縁にも見えてしまうその中で、到来した青梅雨に染まりゆく家の庭が、しとやかに、だけれど存在感のある鮮やかな緑色りょくしょくで此方をはっとさせて来る。
     そして居間に大きく掛けられた絵画に晴れ間が見え始めた事で、生き生きとするその輝きがまた別の種類へと移りゆくのだからまた楽しいのだ。
    「ああ、私も雨上がりの香りで起こされる事もあるな。季節の節目ごとに薫る匂いは確かにある。それがまた次の楽しみになるな」
     行動したくなるのは自分だけではないらしかった。
     生きものは人よりも香りに敏感だからより感じるのだろうか。潜む自然世界の隙間から覗く命も可愛らしい。
    「じゃあ、雨も上がりそうだし、何か次の楽しそうな事を見つけてみる?」
    「楽しそうな事か……。そうだな、暫く出ていなかったからな。物の調達ついでに街の散策にでも出かけるか? のんびりと散歩に出るもよいし、それとも今日はこのまま休んで共に夢現にでも出かけるか?」
     ふふっと笑みを浮かべる藤につられ、隣に居た人物も楽しみを携える。
     綺麗に折り重なる洗濯物の行列の横で、うーんと軽く折り畳んだ指を顎に当てて藤が思案しだす。そして閃いたと言わんばかりにわくわくと元気で明るい声がすぐに聞こえて来た。
    「甘いもの! 甘いものを食べに行こう! 買い物はその後に!」
     輝きだす瞳が最後の参列者を届けた人物に向けられ、相手は笑いを噛みしめる様に口の端をにっと上げる。
     もう既に楽しんでいる蛇は立ち上がり、行列を成しては今も座している相手へ手を差し伸べる。其処へ気恥ずかしそうに手を添えた者を支え上げた。
    「〝猫がよく寝ると雨〟だな。休息は十分に取ったからな、そろそろ歩き出すか。……いやだが、この家の猫は雨の日でも駆けて行きそうだがな。目を離すと何時の間にか依頼に家事にと休みを忘れて動き出す。もっと身体を休めても良いだろうに」
     じっと藤に視線を移す。
     その視線で、『次の仕事を』と何時もの癖で既に畳まれた行列の群れを抱えだしていた相手が、ふいっと目を逸らした。
    「猫じゃないから忘れるよ」
     気恥ずかしさと戯けが混ざる返答で、堪えきれずくっと笑いを溢す蛇をよそに、藤は早々によいしょと抱えていたものをせっせっと籠に詰めだす。
    「私はお前を堕落させる蛇にならねばな」
     細い腕が持ち上げようとしているかさを増した籠は、傍に寄った蛇にさっさと奪い取られていた。


              ❖     ❖     ❖


     ああそうだと藤が思い出す。
     朽名に屈むように示すと背伸びをして相手の髪を撫でる。これで跳ねっかえりは少しマシになるだろうか。そう思いながらうんうんと藤が頷く。
     何だかよく分からないが、藤が楽しそうなのでまぁいいかとまた笑みを得た蛇が其処に居た。むしろもっと撫でてよしと言わんばかりにウキウキとしている。……ちらりと欲の顔を出しながら。
    「どれにする? 何にする?」
     それに気づかず、更に直そうかと撫でていた藤がこれからの美味に心を躍らせる。「朽名は何にする?」と輝く瞳がそう語り、楽し気に其方を見るのだから、「触れてくるその手をするりと捕まえてしまいたい」と顔を覗かせた欲は、「それはまたいつか」と棲家に帰って行った。入れ替わりにこれから藤と過ごす時間に楽しみが増す。

     二人はお気に入りの場所の一つである甘味処に行く事にしたのだ。
     生菓子や水もの、焼き菓子に蒸し菓子、干菓子など。
     食べても一目見ても楽しい和菓子は再び移り変わった季候によって、この季節ならではの色も携えて待っているだろう。そう考え二人は行き先を決めた。
     藤は鍵を懐にいれたまま、〝何時もの扉〟は出さず、朱い傘を一本未だ人の身のままの蛇へと差し出す。
    「今日は歩いて景色を見ながら行こうか」
     雨空の楽しさをよく知っている藤が、雨によって洗練されたくうに声を含ませる。雨というよりも、雨に浮かれ目一杯楽しむその相手を好む蛇が、頷いて傍に立つ。
     晴れ間を見せつつあるがまだぱらつく雨の下、普段使う碧い傘は「今日は留守番」と折りたたんだまま置いておき、藤がぱさっと開かれた傘の元へ入る。時折降りては弾き、流れていく雨粒の音を聞きながら、二人は一歩踏み出した。



    「なきむし」



     さくさくさく。
     とんとんと刃を降ろす度に、「ずる」「うっ」と音が漏れ出てくる。またざくりと刃を降ろす。
     どうして、
    「ううっ…どうして……」
     どうして玉ねぎを切ると泣きたくなるんだろうか。
     涙がとまらなくて仕方ないのだ。くしゅりとしている自身の目元を、乾いた手布巾で藤が抑える。
     そして再び、ふぇーとをあげながらひたすらに刻む。これも美味しいご飯の為なのだ。
     早く終わらせようと気合を入れ、ずるっとまた鼻を啜った時、手元に影が落ちる。
    「〝なかす〟のは私の役目なんだがな」
     突然耳元へ呟かれた声に藤がびくりと肩を揺らす。
     しかし、聞きなれたその声に間もなく正体へ行きついたので、次に浮かぶはその内容だった。
    (泣かすのが役目……? 泣く? なく……)
     直ぐ傍から相手に音を渡されてほんのりと染まりそうな耳元を抑えながら、頭の中にはてなが泳いで繰り返されていた連想ゲーム。やがて相手の意図に辿りついた途端、その泣き顔が赤くなる。
    「啼かさないでよ!」
     先までぽたぽたと流していた涙の粒は、押し流されて床に沈む。蛇の戯れに解かれて、次第に藤の表情は泣きむしから次の表情へと移っていた。
     その変化に朽名が笑みを浮かべる。
    「泣かしてもいるだろう? 幾ら「〝甘味〟は飽きた!」と言われても、私だけのこの役目を手放すつもりはないぞ?」
     冗談で変化した藤の味にくっくっと笑みを浮かべ、次にはにやりと意地悪く笑みを携える相手に藤が目を逸らす。
    (……今度、切っても泣かなくていい方法を探してこよう)
     そう、明日あすにでも図書館へ。
     心の中でそっと予定を決めた藤だった。



    「あまくほどける」



    「では、きょーもげんきにつくっていこー!」
     今日もどころか今日がはじめてだが、「おーっ!」と言ってはそんな元気さを見せるトウアの掛け声で、緊張に捕らわれ、上手く出来るか不安だった此方も途端に元気になってしまう。
     何事かと集まった幽霊達も、つられて万歳をしていたから更に楽しくなる。其々のかわいらしさに強張っていた表情が緩んだ。
     朽名が傍に居ない不安もあるが、「何とか成そう!」と力が湧いてきそうだ。弱気に暗くなりそうな足元を振りきる。
    「材料もばっちり!」
    「道具もばっちりですね!」
     並び続けられる言葉に、トウアとヨミの息もばっちりである。
     何が起きているかと問われれば、今日は藤が初めてのチョコレート菓子作りに挑戦する次第になった日の事だ。
    「よーし! では藤の心意気は?」
     買い揃えた材料を確認し終ったトウアに、集音機器マイク代わりのお菓子の道具を向けられ、ぐいっと迫られては突然訊ねられた藤が慌てだす。
    「ば、ばっちりですっ」
     ぐっと気合を入れるように手を握る。
     ちなみに連れ去られた蛇は現在鍵屋と飲み比べ中である。


     溶かされたチョコレートが生クリームと混ざり、一段と淡い色に成っていく。ぐるぐると馴染んでいく器の中身を眺めるのは何だか楽しい。
     大きめの平皿トレイに流し入れてチョコレートの浴槽が出来上がる。
    「冷やして固まったら、後は形を作ってココアをまぶすだけだね! 楽しみ!」
     自身の隣で、もし幼い身だったら今にもつまみ食いしていきそうなトウアが、わくわくと弾む声で待ち遠しさを口にする。
    「冷やし固めるこの間に、お菓子を包む包装紙とリボンを決めましょうか?」
    「決める! 藤も一緒に決めよう!」
    「うん」
     こくこく頷く藤を確認し、ヨミも頷く。「そうしたものは沢山持ち合わせていますよ」と教えてくれたので、材料を揃える時には省いていたのだ。
    「では此方にどうぞ」
     ちょいちょいと手で二人を招き、隣室に用意していたものをヨミが示してくれる。
    「お好きなものをお選びください」
     卓上の上にはとりどりの包装紙や包み、そしてリボンや箱が用意されていた。きらきらと輝いて見える素材達そのものが、一つの宝物に似てわくわくとした心地に成る。
    「あ、これかわいいね。一緒に並んだり行進したりしてる!」
     わーいと眺めていたトウアが、筒状に巻かれた包装紙の一つを手に取る。
     赤味のある濃い茶に、白抜きされた姿がそれぞれ違う三匹の犬が連続して印刷されていた。触り心地がつるりとした包装紙だ。絵柄は白一色で表現されているのに各々の姿がしっかり見え、仲良く並ぶ姿で可愛らしさが増す。
     そうして楽し気に、「これにしよう!」と決めたトウアの横でうんうんと頭を悩ます人物が居た。
    「どうしよう……」
    (朽名は何が好き……?)
     何かを送りたいのに、何時も相手の似合う服さえ定まらない。根が真面目なのもあってか、そんな藤が悶々と頭を悩ましていく。
     その様子を見かねたトウアが声をかけた。
    「迷ってる?」
    「うん……。朽名が喜びそうなものを渡したいんだけど、どれがいいんだろう……」
    (藤が渡すものならどれも喜びそうだけど)
     とも思いつつ、口に出すのはやめておいた。
     一生懸命に相手を想っては悩む事を蔑ろにしない藤は、ちゃんと自身で何かを選び取りたいのだろうし、きっとあとでこうしてあった〝悩む時間〟を思い返しては大切にしたり力にするのだろうから。
     けれど、困っているなら手伝いたいと思うのもまた事実だった。
     どう伝えようかと考え始めた時、傍で見守っていた小柄な人物から言葉を渡される。
    「トーアさんはどうしてこの絵柄を選んだのでしょうか?」
    「ボクはね、これかわいいし好きだなって思って、だから二人にも見せたいなと思って選んだの」
    「確かに、いいなと思うものは俺も相手に見せたくなる」
     うんと頷き、良くも悪くも、過去に起きた様々な出来事を思い出しては藤の目が遠くを眺める。
    「それでは、選びかねているのであれば藤さんの〝好き〟を一緒に楽しむのもまた、一つの選び方なのではないでしょうか?」
    「すき……」
     ぱちくりとした瞳は次第に落ち着き、もうその場所にはぐるぐると思案が混ざり渦巻いては、その都度生まれていた苦悩が消えていた。
     その表情にうんと頷くと、トウアがそっとヨミに身を寄せる。口に添えた手元からひそひそと言葉を届ける。
    「ありがとう、ヨミさん」
    「いえ、どういたしまして」


    「これに、しようかな」
     やりとりから暫くして柔く手にとられたもの。
     それは雪の様に淡く光を含み、柔い紙質の少しざらりとした真っ白な和紙の包装紙だった。
    「綺麗な紙だね!」
    「うん。なんだか雪みたいで、昔に朽名と見た雪の景色を思い出したんだ。それに……」
    「それに?」
     嬉しそうに話していた藤が、言葉の途中でぴたりと止まる。そして口は言葉を生む途中の形で固まってしまった。
     それが不思議でトウアが聞き返す。
    「あ、う、えっと……。その、なんだか、蛇の鱗みたいで綺麗だなって」
     トウアの口角が自然と上がっている。その隣ではヨミまで微笑んでいた。急激に体温を上げては視線を端に向けている藤は二人の表情に気づいていないが。
     本当はそこにどの言葉を当て嵌めたかったのかなど、にやにやと微笑まし気に見守る二人は疾うに悟っていた。
    「……留め紐、同じ白色はおかしいかな……?」
    「包装紙もリボンも真っ白な贈りものもいいと思うよ。僕は綺麗だなって思う」
     不安気な瞳が、その言葉で元気を取り戻していく。
    「もし一色になるのが気になるのであれば、開けた時の箱には色があったら飽きも無く、目が冴えるようでまたよろしいのではないでしょうか?」
     藤の疑問で三人寄り集まり、あれはどうだと語りだす。
    「箱……」
     顔を上げた藤が辺りを見渡す。そして手にしたのは綺麗な柿色の箱で、蓋を開けると四方が僅かに開いて中の見通しが良くなる。そうした箱だった。
     じっと箱を観察する。
    (朽名の瞳の色みたい)
    「これどうだろう……?」
    「開けたら『あっいいな』ってなるかも!」
    「暖かさが訪れる雪溶けのあとみたいですね。開けたら四方が開くので、中も見やすいと思いますよ」
     贈り物選びに自信が無い面持ちは変化する。自然と頷いてこれと決めていた。

    「ぱっとすぐに選べたら良かったのかもしれないけど、気になっちゃって」
    「相手に贈るとなるとより迷いますよね。口に合うかと気になる事もありますし」
    「でも、お菓子を選ぶ時って包装も気になること多いよ。あれもいいなこれもいいなって。それでお菓子屋さんでいいなって思う姿を見ると、次にはどんな味なんだろうってなる」
    「可愛らしいものもあれば、美しく包まれたものもあったりしますよね。そして食したあともつい包装紙や缶などをとっておきたくなってしまうんです」
    「ね。ボクも空いた箱や缶を何に使おうかなって考えるのも楽しくて好きだよ」
    「あ……、とっておいた包装紙で朽名と折り紙をした事ある……。子供の頃に折り紙の本を見つけて、やってみようかなってなったんだ」
    「面白そう!」
    「素敵な使い方ですね!」
    「ボクも今度やってみようかな」
     出来上がったお菓子を選び取った紙で包み、大事に抱えて各々楽し気に帰路を辿ると、扉の前でさよならをする。
    「じゃあ、藤はボクが送っていくね!」
    「ありがとう、トウア」
    「ではお二人とも、お気をつけてお帰りくださいね」
    「今日はありがとうヨミさん!」
    「有難う御座いました」


     とても楽しい一日だ。
     新しい事を成し、やりとりに頬を緩ませる。普段とは違った時間に心が躍った。
     ただ、押しとどめていたある種の疲れがどっと押し寄せ、玄関に入ってすぐに身を落としてしまった。なぜこうも居ないだけで自分は不安に煽られてしまうのか。離れた差など僅かな間なのに。
     正直、抵抗していた朽名を引き留めずにあっさりと引き渡してしまった罪悪感もあった。

     何時までも抱えてしまっていたら溶かしてしまうかもしれない。そう考えてまだ暖の入れていない寒さの漂う厨に完成した包みを置き、居間に戻ろうかと戸を出る。
     だが、その足は堪えきれずに玄関へと向かっていた。
     その場に座り、我慢できずに上がり框で身を横たえて仰向けになる。普段なら自身の行儀の悪さに顔を顰めるが、今日は許してほしいと自分に請う。
     今すぐにでも、
    (はやく……)
     顔が見たかった。
     けれど上手く渡せるか分からない不安と、相手が喜ぶかも分からないそれに、会うのが怖い気もしてしまっているのだから自身の情けなさにまた顔を歪ませた。

     まだ来ないかと身を起こして出入り口を見ると、落胆したままに瞼を閉じる。
     今か今かと待ち望みながら、固まり始めた不安はその相手がすっかり溶かしてくれる事を知っている藤は、そのまま苦みのある黒の中に溶けていった。


              ❖     ❖     ❖


     微かに香る甘い香りに、笑みが浮かぶ。
     さぼって……やらなくてはいけないとヨミに渡された書類を片づけ、成果物と引き換えに渡されたものを味わう。
     目の前の人物を眺めながら。
    (美味いな)
     うんうんと頷く。
     まろやかな甘さの中に仄かに残る苦み。
     今日皆で作ったのだと渡されたそれは、食べる必要もない自分が昔トーアに貰っては、ふと気まぐれで口に含んで気に入ったものでもあった。それで美味いと言うと、「自分も好き」なのだと良い顔で言うのだから、それはもう気に入るだろう。両とも。
     それで相手にからかい半分、本気半分でちょっかいをかけようものなら〝保護者〟が睨みを効かせるのだからまた面白い。
    (それにしても、〝想う〟と此処まで盲目となるのか。日頃は難なくと物事をこなすのになぁ)
     うろうろと、あちらこちらと、棚の裏へ回っては入れ違いかと言わんばかりに再び戻ってくる。別の部屋かと思って別の階へ行き、そしてまた此処に降りてくる。
    (メフィストに引きずられていた時も良いものを見たが、この姿も中々だな)
     そういえばその当の旧友も楽しそうに笑っていたな。
     今の己と同じ様に。

    (仕方ない。さすがに教えるべきか。……それに、そろそろ閉館の時間だしな)
     綺麗に菓子が消え去った皿を脇へ置き、しばし眺めては光景を堪能していた者が、やれやれと溜息を吐いて次に息を吸う。
     にやりと意地悪く浮かぶ笑みは、飄々と軽く口にする普段の姿とはまた違う笑みが浮かんでいた。
    「さっきトーアに送られてたぞ」
    (それを早く言え!)
     引き攣らせ、そして歪ませた顔でそう告げながら己を見てくるのだから、此方も笑みを浮かべるしかない。
    (ほんと面白いな〝此処かくせ〟は。退屈な人間しか居ない世界で、退屈に沈んでいた頃が嘘の様だ)
     今度は軽快な顔で。
     異色図書館の主はまた笑みを浮かべた。


              ❖     ❖     ❖


     あまくほどけるそれが、妙な心地よさを残す。

     蛇の中でその心地よさを堪能していた藤は、目が覚めてもその心地が手放せずにいる。
     二度寝から起きると陽は疾うに顔を覗かせていた。
     二人して今日はさぼる事を決めて、取り敢えずと投げ捨てていた長襦袢を拾い上げて羽織り、まだ温もりが恋しい藤は誘う相手にこれ幸いと静々とその膝に座る。
     ほっと息をつくと、眠たげな目元を撫でて背を相手に預けた。
     すると口元に甘い粒が渡される。
     また反射で口に含んでしまってからそれに気づいて反省をしだすが、甘味に現を抜かして(まぁ…いいか……)と花を浮かせながら風味を味わう。……与えた相手が、密かに〝別の意味で〟与える楽しさに嵌ったとは気づかずに。
     自分も一つと藤から送られた残りの甘味を味わいながら、手触りや色合いが良く綺麗な紙だなと蛇が眺める。
    「そういえば、なぜ外装は白一色になっているんだ? 何か意味でもあるのか?」
     甘味に和んでいた藤がんぐと息を詰まらす。しばし間をあけた後にふるふる頭を震わせた。
    「……それは、どちらの意味なんだ? 藤」
     特に意味はないのか。それとも言いたくはないのか。
     一向に答えようとしない藤はもぐもぐとしていたチョコレートを飲み下すと、ふいっと視線を横へずらす。
     察した蛇は(ほう?)となる。
     これは何かあるなと感じた蛇は追撃する事にした。
    「言いたくないならばそれでもいいが、教えてくれる方が私が更に嬉しくなる」
     逸らした頬を捕らえられて請われるそれに、(ずるい……)と内心で抗議をしつつも、そんな言い方をされたら話したくもなるのだから、此方を甘やかしてくるこの神に自分だって甘いのだと更に自覚していく。
    「……包装紙を選ぶ時に……雪のような紙が綺麗で、それに……朽名の鱗にも似ていて綺麗だなって思ったから……」
     思わぬ応えに、良い笑顔を藤の頭上に生み出す。その言葉で思い至った考えを口にしてみた。
    「……箱は私の瞳の色か?」
     またんぐとなる藤と、その反応で「ほう」となりまたにやけた笑みが深くなる蛇。
    「お前にこんなにも想われている私は幸せ者だな」
     にやにやとしている蛇から耳元で囁かれ続ける真っ赤な顔の藤は居た堪れず、そして甘さと羞恥に限界が来た事でその膝から逃げようとしていた。
     しかし、そろそろかと構えていた蛇が、がしりとその身を確保する。
     赤い顔で無言のままの藤がなんとか抜け出そうとするが、びくともしないその身に昨日の朽名と鍵屋の光景を思い出す。
    「俺が悪かったから……離して……」
    「ん? 何がだ?」
     幸福を噛みしめてはにこにこと大切な相手を抱きしめたままの蛇と、じたばたと捕らえられた身を揺らす藤。




     硬く固まっていた黒い不安は、温かく甘い白が注がれてほろほろと溶け出し、めでたしめでたしと和やかな心地に溺れ……、



    「甘く絆される」



     それから後日の事。
    「『ホワイトデイ』というお返しをする日があるらしいぞ、藤。だが、まだまだお前に返しきれない私はそれがこの世で何処にあたるかは知らんからな。贈りたい時がその日でもよいか?」
     どこから仕入れて来たのかそんな情報を口にすると、棚の整理をしていた藤の背後からぽんと肩へ手を置く。
    「い、いい! しなくていいからっ!!」
     背後から聞こえて来たその声に震え、嫌な予感がした藤が咄嗟に首を横に振る。
    「まぁ遠慮するな」
    「え、遠慮はしてな、いっ」
     身がひょいと浮く。
     自身が相手に持ち上げられ、其方へと向かされては当人の目と合わされる。にらめっこが苦手な藤が途端に顔を赤らめた。
    「さぁ、何でも私に望んでいいんだぞ」
    「の、望んでもいいと言われても……」
     特にぱっとも思いつかない藤は、だがしかし此処で下手な事を言うと相手は……そして自分も止まらなくなるのは目に見えていた。
     けれどでは何をと考えてもすぐに思いつかない。
    (もう、一番は叶っているし……)
     こうして思いつかないのは結局のところ、何を望む以上に自分は朽名と共いる事が出来ればそれで満足してしまうのだ。
    「えっと……」
    (なんでも、いいのかな……?)
    「な、なんでも……いいの……?」
    「ああ、なんでもいいぞ」
     にこにこと、藤からの望みが聞けそうな蛇が満面の笑みを浮かべる。
    「……じゃあ」


              ❖     ❖     ❖


     良い香りが厨の中を漂い始め、焼き釜の中で均等に並べられた色とりどりの生地がふっくらと膨らんでいった。
     藤のお願いによって二人で厨に向かい、材料を混ぜ、生地を練り、ポンポンと形を抜いて作り上げたのは型抜きのクッキーである。

     チョコレートのお菓子を作ってからお菓子作りに興味が惹かれ、図書館で本を眺めては更に意欲が湧き、先日は食品のお店で朽名がお酒を見ている間に、時間の空いた藤は付近の製菓道具が置かれた場所でちらりと食材や道具を覗いていた。その末にお気に入りの型を見つけては、それで余計に気合が入ったのだ。
    「この型、可愛くてつい」
     そう気恥ずかしそうに見せたのは可愛らしくかたどられたへびの型だった。
     葉に花、犬や猫に魚にと。目移りしてしまう様々な型がある中で見つけたのがこれだったのだ。それともう一つ。
    「この藤の花の型も好いと思うぞ」
     指先で支えた型をからりと藤の手元に置く。
     この二つを見つけてしまったから、強く「作りたい!」と心が動いてしまった。


              ❖     ❖     ❖


     チーズを混ぜて作った白いへび、隠世のトキワナズナと苺の粉で色付けした藤の花。掌に収まる程の二種類のクッキーが、ざらりと冷却用のお皿に移される。
     そのとりどりで沢山の焼き菓子に、目を輝かせている藤。しかし、つまみ食い欲を抑えていた藤をよそに、粗熱が取れ始めたそれを隣の人物が一つ摘まむ。ただ、摘ままれた指先は己に向かうでなく、声をかけた相手へと向かった。
    「藤、ほら」
    「え?」
     藤色の花のクッキーを、口元に持ってかれて思わず口に含んでしまう
     どうも此処の所こうして反射的に朽名から渡されるものを食べてしまう。……というより、何故だか相手が自分の口元へと食べ物を渡す事が増えた気がするのだ。
     んぐと食んだクッキーをサクサクと噛みしめる。もぐもぐと食む度に藤の口へとクッキーが消えていった。
    (よくない。これは絶体良くない気がする)
     と感じながらも、程よい甘さとバターの香りに、その風味を味わう事に意識がいってしまう。其々の味わいの中に、ふわりとまろやかな香りがするのがとても心地が良いのだ。
     むぐむぐと花を撒き散らしながら明るい笑みを浮かべ、クッキーの食感を楽しんでいく。
     ……やはり傍の人物も満面の笑みで満足そうに頷いていた。
    「おいしい」
    「よく出来ていたか?」
    「うん!」
     出来の良さを、飲み込んだ美味しさに呟かれる。
     作る間も、上手く出来るのだろうかとそわそわしていたが、出来上がりに納得がいったようだった。
     途端、柔く腕組みをしながら見守っていた朽名がそれを解いて藤に寄ると、あっと口を開く。
    「? ……あっ」
     お皿から一つ、へび型のクッキーを摘まむと笑みを浮かべる相手の口へと差し出す。そっと食むとそれは口の中へと静かに消えていった。
     何だか目が離せなくなった藤がそれをぼぅっと見つめる。飲み込む相手の喉が鳴ると、眺めていた藤の喉もこくりと嚥下した。
    「……おいしい?」
    「ああ。とても美味しいぞ」
     じっと見続ける藤に、蛇もじっと相手を見る。今度はへび型のクッキーを摘まむと、それを藤へと差し渡す。
    「次は私を食べるか?」
    「へ?」
    (ん? え? お菓子を? お菓子の事、だよね……?)
     ぱちぱちと瞬かせながら見続けていた藤が静かに口元を寄せ、ぱくりと咥えると離れていく。
     もぐもぐとしながら相手を伺う。けれど変わらずにこにこと笑みを浮かべていた。
    「おいしいか?」
    「うん」
    「では、こっち・・・は要らないか?」
    「んっ!?」
     藤へ花のクッキーを咥えさせ、その反対側を自身の口で食む。
     すると疑問を問う間も無く、サクサクと少しづつ向こうが此方へと近寄って来た。それに驚いて声にならない声で藤が驚き、染まってく頬に冷や汗が流れだす。身は身で腰を抱かれているので動かせない。
     逃れたいのならば口を離せばいいのに、混乱する頭では離すという判断が出来ず、それどころか相手が近づく度にドキドキと体の芯から鳴る音が大きくなっていく。
     視界までぐるぐると回りだしていた。
    「゛んっ!」
     耐えきれず、顔を背けて思い切りボキッとクッキーを折ると、すかさず相手と自身の間に手をかざし、口元を抑えてとおせんぼをする。
    「まっふぇ!」
     もぐもぐとしながらとどめの声を上げた。
     その掌の裏で口角が上がるのが触感でよく分かる。急いで口に含んでいたものを飲み込んだ。
    「笑わないで!」
     耐えきれなくなったのか、くっくっと音まで溢している。相手の所業で限界が来ていたのは此方もである。
     抗議を示して藤がじろっと相手を見る。
    「いや、すまんな。口から離していくかと思っていたからな……あわよくばこのまま食べてしまおうかとも思ったんだが」
     つい先とは変わって別の笑みで見てくるから、藤の身にもそわっと何かが駆けて行く。
    「その、食べるって……」
    「食べるか?」
    「っ!」
     恐る恐る訊ねる藤にふっと息を落とす。伸ばした両の腕を卓に掛けると、藤は卓上に追いやられて腰が卓の縁にあたる。
     すっぽりと閉じ込められ逃げ場がなくなり、もう少しで背を卓に預けてしまいそうな距離で藤の視線は捕らえ続けられていた。
    「どうする?」
     指先で柔らかな口元を撫でられる。
     一つ藤が息を飲むと、そのすぐ後にはゆっくりと口を開いていた。


     舌先で中を辿られる。
     合い間に息を吐いてはそのまま飲み込まれ、応えるので精一杯な藤が何度も音を落としていく。相手に囲まれて、せめて着くまいと堪えていた背は、疾うに卓上へと預けてしまっていた。
     反射的に藤の身が揺れたのを皮切りに、最後に一つ掬い上げられていくとようやく相手が身を引いく。
     卓上に身を晒し、荒く息を吐く間で藤が口を開く。
    「やっぱり……止まらなくなる…から、ここまでで……やめよう?」
     朽名が藤の向こうへと手を伸ばす。
     服がはだけ、息も絶え絶えの藤の口元へ、持ち寄った菓子に指先を添えたまま蓋をする。
    「止まらなくていいぞ」
     笑みを現すと眼下の瞳に熱が増す。
     熱を帯びるその光景を眺めていた人物は、蓋をしていた菓子の端を自身の口で掬い上げ口先で食んだ。
     中へと引きこみ、風味を味わう為にと口を動かそうとし……だがそれは、突然身を起こした藤の口へと菓子が奪い去られてしまった。
    (……こうする予定じゃなかったんだけど)
     出来上がった甘味を味わい、今日は二人でのんびりと過ごすつもりだったのに。
     そうして咀嚼しながら思考し、予定が反れても嫌悪が無いのは、つまる所結局共に居るからだった。なんならばそれ以上に……、
     それ以上に相手を欲してしまう自身も居るからだ。
    「朽名はいいの? 他にも色々したい事とかはないの? きょ、今日という日はまだ始まったばかりなんだよ?」
     説得する様に、そして自身にも言い聞かす様に。
     チョコレート菓子を作ったあの日の勢いを思い出して咄嗟に言葉を綴っては、ぐっと気合を入れて自身の手を握りしめる。果たしてその言い方で良かったのかは謎であるが。
     しかし諫める為に握った手を相手が更に重ねる。
    「お前としたい事は沢山あるが、お前と居られるならそれだけでよいな。では今は何をしたいかと問われれば、お前に触れたいというのが私の望みだ」
     藤の息がつまると同時に顔の色が増す。
     只々言い伏せる言葉は意味も無く、握り合うその手は藤をより熱へと追いやるだけだった。
    「止まらなくていいぞ」
     また笑みを浮かべてそう告げられる。
    (あ、もうだめだ……)
     重ねられていた手に自身の指を通すと握り合う。そのまま空いていた手を相手の頬へと触れ置いた。


              ❖     ❖     ❖


     今更ながらに、卓の上でこんな事をしてしまっているのを頭の隅で「やめた方がいい」と呼びかける者が居るのだが、もうそれどころではない程に思考が飛びかけている。
     きっと暫くは此処に立つ度に思い出しては羞恥と反省が湧くのだろう。
     せめて場所を変えた方がいいのでは。
    「゛ぁっ」
     そう切りだそうとした矢先に、ずぷっと入り込んだ刺激で身悶える。甘さを含む声を、瞳が蕩け始めた藤が上げた。
    「ん」
     聞きたくもない声が響き、既に手遅れな口元を抑え込んで塞ごうとする。それと共に逃げそうになる腰は相手に捕らえられてしまい、卓上に預けていた背ばかりが反れていく。
     そうして溶かしてくる当人によって持ち上げられ、その肩に掛けられた片側の脚に、柔らかな髪先が触れてこそばゆい。
     ただ、次第に脚を擽っていたその髪が自身の方へと更に寄り、とんと互いの額同士が触れあった。羞恥に燃料を追加したくないので、それによって大きく開かれてしまった脚から意識を逸らす。
     大丈夫かと言うように直ぐ傍の瞳が此方を見てくる。
     応える為に、頭をこくこくと揺らした。
    「……こんな、とこで……悪い事してる」
    「ん? 行儀よく卓上で〝食べている〟のだから、悪い事ではないだろう?」
     藤が何とも言えぬ声で唸る。
     相手が浮かべる笑みが冗談だと伝えてくるのだが、冗談を本当にしてくるのだから気が抜けない。口を塞いでいた手を絡め取られ、顕わになったその場所に新しく蓋をされる。
     制する間もなく湧き上がる息と熱が食べられてしまう。
     それは互いにそうだった。
     時間を掛けて相手から渡される「味」を、藤が一杯いっぱいに成りながら消化していく。そのうち行き場も無く、手持無沙汰だった両腕を何時の間にか相手へと掛けていた。
    (……なんだか、寒い日の布団の中みたい……)
     湧き上がる気恥ずかしさで事に目を背けたくもなるが、相手が調整しているのにも関わらずそれでも分かる重みが被さり、それがどことなく心地良さを生むのだから手放したくもない。伝わる温度も意地悪く心地よさを足している。
     それに気づき、温かさでほんのりと藤の唇が動く。
    「何時もは赤い頬で目を逸らされる事も多いが、今日は機嫌がいいな」
     僅かに動いた口元を発見した相手がにやりと笑う。
    「嬉しそうで何よりだ。お前に返した甲斐があるな」
     そういえば発端はチョコレート菓子のお返しだったのだ。
    (あれ、結局こうなってる……?)
     湧いた〝嫌な予感〟から、〝止まらなくなる〟のを回避するはずだったのに、結局此処に行きついてしまっている。
     ただ、嬉しそうだと言うそんな相手も嬉しそうに笑うのだから、まぁいいのかと絆されてしまうのは相手にも自分にも甘い。
    「何時も……嬉しいよ。でも……」
     一呼吸された息を、躊躇いが生まれる前に声へと変える。
    「恥ずかしさもある。朽名のしてくること……」
    「してくることが?」
    「はずかしい……。そわそわするし、どうしたらいいか分からなくなるし、『どうしてそんなことするの!』ってなる事もある。……あと恥ずかしいから顔を見ないでほしい」
     嬉しそうに、にこにことしている相手は尚もその顔をじっと見続ける。
    「みないで」
     戸惑いが混じる瞳でじろっと視線を向けて少しむくれる。
    「機嫌が悪くなったな」
    「朽名がそうしているんだけど」
     わざとらしく頬を膨らませると嬉しそうにまた笑い、その楽しそうな相手が互いの額を擦り合わせる。
    「ならば機嫌をとらねばな」
    「あ、機嫌! 機嫌よくなったから!」
     よからぬことを察して慌てる藤に、おかしそうに音を溢す。
     静かに耳の元に寄っては唇で柔く触れ、こそばゆさを含む加減でなぞられていくと、その戯れで息を溢す気配が伝わる。随分と〝弱さ〟が増した藤が、微かに吐息を漏らしながら声を抑え続けていた。
    「此処も過敏だな」
    「朽名が弱くしたの!」
    「元より此方を誘う声を漏らしていた気もするが、」
    「朽名がしたの!」
     断じて元からではないと言いたい藤が言葉を返す。
     そしてむーっとしている当人の知らぬ間に、何時の間にかカラカラと笑っていた相手の指先が布の下へと忍び寄っていた。
    「ああ、そういえば此処もだったか」
     びくりと揺らした地をよそに、今度は胸元の山に指先で刺激を与える。
     それとは別に地を這い始めた舌先は首元を辿り小さく跡を残しながら次へ次へと藤が揺れやすい場所を突き、その度に起こる事象を堪能した末、とうとう山へと辿りついてしまった。
     小さく音を漏らしている藤は刺激を僅かでも逸らす為か、それとも耐える為なのか、視線を相手から外して首を横へと向ける。眉に圧されぎゅっとつむる眼元が粒を得るが、落ちきらない粒はまつげを濡らしていった。
    「゛あ」
     つむっていた目が開かれる。
     舌に指にと、ころころと転がされては押し込められ、くじられては離され。そうして緩急をつけて与えられていた感覚は、何度も波を打つようにゆらゆらとゆるく藤に押し寄せていた。だが其処へ、いきなりきゅっと指先で摘ままれ今までよりも強めに抑えられたのだ。
     藤がふっと相手を見る。
     それを確認した相手はそのまま摘まんだ指を擦り始めていく。目を合わせた先が笑みを浮かべ、藤が告げる為に首を左右に振った。
    「そうは言うがな藤。感覚を得るその度に、中で味わうかのように私を食んでいるぞ」
     気が急ぐよりも早く、まずはじっくり味わいたいのがこの蛇だ。
     しかしよく見ると薄っすらと汗を滲ませて堪え耐えているのだが、けれど歩を進めてしまいたい身体を抱える蛇を気に掛ける余裕は今の藤にない。その藤の余裕を食べたのも、〝心地よさ〟を「与えられるより与えたい派」である蛇自身のせいではあるのだが。
     自制に反して欲に素直な身体にぐるぐると複雑そうに表情を変えていく藤が、指摘で更に何とも言えない顔をする。
    「お前に求められるのが私は嬉しいぞ」
     うぅと藤が唸る。
    「まだ物欲しそうだな」
     臍から下を柔く指先で撫でられ、藤の身が跳ねる。
     相手の指先が、今度は脚の狭間でぬるぬると先端の滑りを楽しみ始めた。
    「何処に触れてほしい? 何処に触れたらお前は喜ぶ?」
     水音を放ちながら動かされ、それに藤の嬌声が続く。その間にも中が相手を求め出しているのが嫌でも分かる。
     取り敢えず、内で佇んだままのそれをどうにかしてほしい。
     続く戯れと佇むだけのそれでもどかしく、ずっと下腹部がひくりとするし、そしてむず痒い。相手の言葉のせいで、意識してなかった自身のその動きを意識してしまうのもまたつらい。
     ずっと口を開けているのに、未だに餌が貰えない雛の気持ちになりそうだ。
    「……なか、うごいてほしい」
     覆う相手がゆっくりと動きを始め、ゆるく始まるそれに唾を飲む。
    「他はあるか?」
    「……ん」
     藤が目を瞑ると、伏せていた顔を相手へ向けて顎先を少し上げる。
     言わずとも寄って来た口先が、藤の口元へ柔らかく触れて来ると中を堪能していく。その最中、揺すられていく反動で無意識に相手の胸元で服を掴んでいた手に力が入る。
     背が反れ、腰も浮いて、より見たくもない姿勢に成っていくと自身を何度も押し付け、目を背けたくともより咀嚼しようとする体が勝手に動き出す始末だった。
     口が離れ、橋渡しになった液が途切れてぽたりと地に落ちる。美味しそうに自身の口元を舐め、味に笑みを浮かべる蛇と視線が交わった。
    「ぁっ、」
     また強く壁がうねる。
     揺れては引くそれを捕まえようとする止まらない欲動で、刺激を消化している藤の息が荒く吐き出された。
    「次は何処がいい?」
    「……」
     一つづつ確認されていく言葉に藤が惑う。
     番い、そして積み重ねて感じ方が変わったとしても。「全部に触れてほしい」と願ったあの時も、共に居たいと願いが叶った今も何も変わらない。
     共に居るのも、触れられるのも、心を触れ合わせるのも、抱きしめられるのも、どこかとかではなく多くの触れ合いを欲してしまうのは、
    「ぜんぶ……全部触れて」
     伏し目がちに腕を広げて引き寄せる。
    (そう願って、叶えてくれて、嬉しくなるのは朽名だけだから)
    「朽名だから……。どこというよりも……その、…ぜんぶ」
     何だかんだと絆されてしまっている。だけれど欲しくなるのもまた事実だ。
     まごまごとしながら開かれる口をじっと静かに見守られる。
    「触れてほしい。触れたのも、まだ触れていないのも」
    「……それは私のしたい事でもあるな。お前を知り続けたい」
     何かを思い出すように、だけれども柔く向けられた瞳は、藤に身を寄せた事で視界から見えなくなる。ただ、寄せあった温度が互いの中に染み込んでは混ざりあっていく。
     暖かさに包まれ、ぽふりと寄ったその重さが心地が良い。
    「朽名に包まれると、あたたかく感じて……心地いいよ。……冬の日の、布団の中みたいだなって思う」
    「そんな事を言っていると、私はずっとこのままでいるぞ」
    「夏は暑いから離して」
     困り顔で、くすくす笑うと藤が言う。
    「それに恥ずかしいものは恥ずかしいから、ほどほどに、ぁ」
    「それは私が困るな」
     ふっと抱えあげられた事で卓上から背が離れていく。僅かに卓に腰を置いているものの、その動作によってより深く相手を奥へと招き入れてしまい、そのせいでチョコレートを贈った日の事を思い出してしまった。
     身を浮かし、今と同じく自身を支えるのが相手だけの深いつながり。
     どこかうずうずとしてしまう。
     あの時知ってしまったお気に入りを、絆され続けてしまった藤が思い出す。羞恥に浸されながら、快楽に誘われて、思わず揺れる声でお願いを口にしてしまった。
    「くちな」
    「ん?」
    「あれ……またしてほしくて……」
    「あれとは……?」
    「お菓子を作って渡したあの日……抱えてしてくれたのを……。それで……朽名に向いてしたい……」
     直ぐ傍から嬉しそうな声がする。
    「恥ずかしさはいいのか?」
    「……恥ずかしい。でも、ここまできちゃったし……」
     藤が相手の肩に顔を埋めていく。
    「……朽名」
     とくとくと奥から鳴る音が大きくなっていく。一杯いっぱいすぎて泣きそうになってしまう喉から絞り出し、震え、掠れて消えていきそうな声でお願いをした。
    「おれを……抱いて」
     卓上で抱えられていた身が軽々と浮いていく。これで身を全て相手へと委ねる事になった。
     けれど身の不安定さは無く、どこか安らぐような心地にになる。
     幾何か後のその間まで。


              ❖     ❖     ❖


    「ぁ、っ――」
     思わず跳ねた身が支えられた腕に閉じ込められた。跳ねた身が落ちてゆき、その反動で奥が刺激されてはまた色を含む声が上がる。
     そして思わず腰を回す。
     ぐりっと奥が押されるが、そのすぐ後に自身の動きとは別の圧迫を相手から押し返された。
    「あ、ぁ」
    「……お前は……何時も美味そうに食べるな」
     藤の甘い声で、堪らなそうに相手からふーと息が吐き出される。実はその咀嚼が強い事を知るのはただ一人だけだ。
     それが何時も藤がどう好むのかを伝えるので悟るのだが、その事をすぐに伝えてしまうのも惜しい気がするのだ。
     藤の望むままに、最奥を何度も刺激し送り届ける。
    「ぁっ――、っ――、くちなぁ」
     より深く縋りついて相手にしがみつくと、浮いた足先がきゅっと縮こまった。
     押し込められた場所はうねり、小さく呟かれた言葉が空中に消えていく。けれど同時に、音を拾い上げた相手が中で震える。
     身を震わせた藤もまた、胸元まで液を吐き出し濡らし果てていた。

     床に座り込み、その相手の膝上でへたりとより抱える藤のその間で、相手はその胸元から得た水でゆるりと指先を濡らしている。
     水音でちらりと相手を見やると、笑みを浮かべて此方を観察している瞳が其処に居た。


              ❖     ❖     ❖


    「なぜこれが気に入ったんだ?」
     温かな湯船で疲れを落とし、寝室で身を休ませる。
     疲労と共に、赤面と羞恥心を抱えて呻いていた藤を、その傍で介抱してはあやしている蛇が言う。
     柔らかな表情で頭を撫でられながら、藤が困り顔を浮かべる。そして躊躇い、ゆっくりいやいやと首を横に振った。
     ただ、途端にしょぼんとする蛇の顔で「うっ」と声が漏れる。
    「そ、そんな顔されても……」
    「だめか?」
     真っ赤な顔を両腕で隠す。少しの間を開けると、意を決したのかぼそりと言葉を落としていく。
    「…………くちなが……」
    「私が?」
    「………………」
    「……私が?」
    「一番深い場所……に…………触れて、くれるのが……嬉しくて…………朽名が全部を抱きしめてくれているのも、落ち着くし……心地いいなって……もっと触れていたいなって、」
     もそもそと藤が動き出す。
    「思う」
     言い切るまでに、もう藤の頭は枕の下だった。恥ずかしすぎて両手でぎゅうっと枕を抑え込む。「身を支えてくれているのが朽名だけなのも好き」なんて事まで口にする余裕はなかった。
     聞きながら目を瞬かせた蛇は、次には辺りへ花をばら撒く。やがてひとしきり噛みしめた後に思わず無防備に晒し続ける藤の項へ甘噛みしていた。
     突然現れた感触に、まだまだ赤味を携える身体が飛び跳ねる。眉を八の字に曲げ、艶のある色を持つ泣きそうな顔が枕の下から現れた。
     何をしたって、この嬉しさを伝えきれない気がしてならない。だが、それで諦める蛇ではなかった。
     身を横にして藤に合わせて身体を落とすと、その耳にささやく。困ったように表情を作り続ける藤の唇に、そっと触れだした。
     食む度に、甘さがある息と声が漏れる。
    「……あした、残りのお菓子持って何処かに出かける?」
    「ああ、好いな。その時を楽しみに待っていよう」
     愛しさが募り続ける相手を抱きしめたまま、今日は眠る事にした。

     私もお前に触れられるのが嬉しくて仕方ないんだ。





              - 了 -

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