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    キツキトウ

    描いたり、書いたりしてる人。
    「人外・異種恋愛・一般向け・アンリアル&ファンタジー・NL/BL/GL・R-18&G」等々。創作中心で活動し、「×」の関係も「+」の関係もかく。ジャンルもごちゃ。「描きたい欲・書きたい欲・作りたい欲」を消化しているだけ。

    パスかけは基本的に閲覧注意なのでお気を付けを。サイト内・リンク先含め、転載・使用等禁止。その他創作に関する注意文は「作品について」をご覧ください。
    創作の詳細や世界観などの設定まとめは「棲んでいる家」内の「うちの子メモ箱」にまとめています。

    寄り道感覚でお楽しみください。

    ● ● ●

    棲んでいる家:https://xfolio.jp/portfolio/kitukitou

    作品について:https://xfolio.jp/portfolio/kitukitou/free/96135

    絵文字箱:https://wavebox.me/wave/buon6e9zm8rkp50c/

    Passhint :黒

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    キツキトウ

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    2024/2/22
    書きもの/「Wisteria」

    蛇と藤のやらかし回。
    Q「鍵屋に握られたまま体の大きさは変えられるの?」
    A「鍵屋に握られたままなら私の胴が死ぬ」

    ※自身の治癒が間に合えば命に別状はない。

    ----------

    誤字脱字あって読みづらかったらすまぬ。

    #小説
    novel
    #創作
    creation
    ##Novel

    Wisteria(14)「Wisteria」について【項目 WisteriaⅢ】「アマクトケル」閑話1 「何時かの泡沫の夢」閑話2 「手にする今日の思い出」閑話3 「ほろよう|心深《しんしん》」閑話4 「冬の|音《ね》」「Wisteria」について異種姦を含む人外×人のBL作品。
    世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。

    R-18、異種恋愛、異種姦等々人によっては「閲覧注意」がつきそうな表現が多々ある作品なので、基本的にはいちゃいちゃしてるだけですが……何でも許せる方のみお進み下さい。
    又、一部別の創作作品とのリンクもあります。なるべくこの作品単体で読めるようにはしていますがご了承を。

    ※ポイピクの仕様上、「濁点表現」の表示が読みづらい時がありますが脳内で保管して頂けると助かります。(もしかしたら現在はポイピクさん側が小説投稿の表示を調整してくれたかもしれません。:2022/7/7現)


              ❖     ❖     ❖

    【項目 WisteriaⅢ】
    「アマクトケル」
    閑話1 「何時かの泡沫の夢」
    閑話2 「手にする今日の思い出」
    閑話3 「ほろよう心深しんしん
    閑話4 「冬の



    「アマクトケル」



    「本を返しに来たの? でも本屋さんまだ寝てるんだ」
     同じく本を渡しに来たのであろうトウアが、今の現状を藤へと伝える。この大きな図書館の管理人で司書こと本屋と呼ばれている人物は、本を目隠し代わりにしてはカウンターで居眠りしている。まるでそれが日課だと言わんばかりに堂々と。
     こういう人物なのだ。忙しなく動く者達の中で寝てるのは大分本屋らしいと常々思ってしまう。眠りづらそうなのにどうして熟睡が出来るのだろうと思っていた事が懐かしく感じる程。
     人に妖に幽霊に……、大きな鏡が置かれたこの場所は隠世からも〝鏡の中からも〟訪れる者が多い。そして様々な者達が集まるこの場所は、その特色や事象などから異色図書館とも言われている。
     もし気に入った本があれば、それと見合う対価と引き換えに売ってくれる。そしてその逆も。図書館なのに不思議な場所である。通常の本屋では扱わない特殊な本も置いてあるらしく、そうした事も含めて異色なのだとか。
     そんな変わった図書館だが、例にもれず本が好きな藤もよくこの場所を訪れていた。
    (本を被せると本が痛みやすいって聞いた事があるけど……大丈夫なのかな……?)
     そういえば前に、手を振られながら「修繕製本家をぼしゅーちゅー。君やらない?」と言われて断った事があった気が。何だかむすっとして間に顔を出した朽名まで誘っていたっけ。「やらん」と即座に返していたが。
     思い出して藤は苦笑いする。
    「起きる気配ないし、他の司書さん達は〝紙魚退治〟で忙しそうだし……ボクが代わりに返しておこうか?」
    「うーん……でも、朽名も鍵屋と話しているし、暫くは時間があると思うから大丈夫。いよいよとなったらお願いしようかな?」
     少し離れた場所で話している朽名と鍵屋を見やる。彼方は彼方で何やら盛り上がっている様だ。恐らくお酒の話でもしているのだろう。
     他の司書さんが戻ってくるまで、或いは本屋が起きるまで、藤はトウアと二人で話をしながら待つ事にした。


    「そういえば僕ね。この前むつと〝旅行〟に行った時、その世界のお店にずらっとチョコレートが並んでいるのを見たよ。その場所に居るだけで甘い匂いがしてきそうだったんだ」
     お菓子の中でチョコレートが一番好きだと語っていたトウアが嬉しそうに話をしてくれる。甘いものが好きな藤も、そう聞くとあの蕩ける甘さを思い浮かべてしまう。
    「それでね、その世界には〝チョコレートの日〟があってね、チョコレートを食べる事を楽しむんだって。そのお店の人が教えてくれたんだ」
    「何だか食べたくなるね。其処のお店は初めて訪れたの? やっぱりチョコレートは美味しかった?」
    「ううん。カシトキドキニっていうボクのお気に入りのお店でね。その時は――」
    「チョコレートかー。いいなーチョコ。俺もほしいなー。なぁ? トーア」
     何時の間にか起きていた本屋の声が、背にしていたカウンター越しに聞こえてくる。食事をしなくても平気な人物なのだが、以前トウアからチョコレートを貰い、そのまま気に入ったのだとムツキから聞いた事がある。トウア達がお土産で持ってくるお菓子はどれも美味しいものが多いので、好きになる理由がよく分かる。
    「あ、起きたの? じゃあこれ、はい」
    「はいよ」
     本屋の要求は無視し、藤と自身の本を本屋に付きつける。そんな本屋はトウアのスルーを気にする事も無く渡された本を受け取っていた。
    「それとね、その日はチョコレートも楽しむんだけど、親しい人や大切な人にお菓子の贈り物をしたりもするんだって。食べたり贈ったり話したり、そうしてその日の〝楽しい〟を誰かと楽しむんだって」
    「まぁ、この世界では時間が曖昧だしな。今がどんな日なのかも定まってないだろうなー」
    「でもあの世界、今みたいな季節だったよ。気温が低くて寒かった。この季節くらいであげたくなった日が贈る日でもいいんじゃない?」
     ゆるい会話でゆるく決まっていく記念日を横に藤が考え込む。
    「贈り物……」
    「あげたいの?」
     呟いた藤を覗くようにトウアが尋ねる。
    「うん……でも俺、あまりお菓子の作り方分からないや……」
     料理はよくするが、凝ったお菓子作りをした事は果たしてどれ程あっただろうか……。其処まで難しくはない甘味ならば幾つか作った覚えはあるが、では一からお菓子を作れるかといえば自信は無い。
    「じゃあ一緒に作ろう! ボクもむつとルカにあげたいし。それにあげるなら内緒にして驚かせてみようよ!」
     一つ欠伸をしてた本屋が二人の会話に言葉を差し込む。
    「何か作るなら、ヨミに聞きに行くのはどうだー? 今なら裏の厨房にでも居ると思うぞ」
    「あれ? 紙魚は大丈夫なの?」
    「今日は少ないからあの二人だけで平気だろ」
     そう言い、この司書の小さな助手が居るであろう裏手へ繋がる扉を示す。その途端、裏手から離れた広間の方からドゴッと何か重たい音がするが、本屋は変わらず笑みを浮かべている。……大丈夫だろうか。
     藤は恐る恐る音の方を眺め、トウアは万歳をした。
    「やった! 丁度いいね! 藤、ヨミさんに聞きに行こうよ!」
    「え? でも、俺、離れるのは……」
    「だいじょーぶ! ボクもついてるし、朽名は鍵屋に協力してもらおう」
     そう言って少し離れた位置に居る鍵屋へ元気よく手を振ると、身振り手振りで合図を送り始める。何時もの事かと先の異音を気にせず話を続けていた二人だったが、鍵屋が此方の様子に気づく。
    『朽名を、しばらく、引き留めて』
     最後にぐっと合図をすると、鍵屋が察した様に頷き……面白そうだと言わんばかりに笑みを浮かべた。
    (なんで今のでわかるんだろう……)
     藤が疑問を感じている間にも事は起きていた。
    「偶には飲みに付き合え」
    「なんだ突然――にっ!?」
     鍵屋にいきなり肩を掴まれ、むんずと服を引かれてはそのまま身を連れられていく。
    「ま、待て! 放せ!」
    (朽名を引っ張っていけるのすごい……)
     あの朽名が引きずられている。焦る朽名に僅かに情が湧いてしまうが、それと同時に少し……ほんの少しだけ羨ましくなってしまった。
     本当に鍵屋は何者なのだろうか……。
     焦りを見せた朽名は途端に蛇へと変わる。
     だが、大きさを変えて掴めない程になる前にがしりとその白い胴を捕まえられてしまった。まるでそれを読んでいたかのよう鍵屋がにやりと笑う。
     胴体を掴まれた蛇はじたばたわたわたと身を揺らしては空を泳ぎ、抗議の意思を鍵屋に送る。そしてその間にも離れる事への心配と、助けを求める意味も含めて藤を見やった。
    「だ、大丈夫だよ朽名。トウアに、ついててもらうし、偶には楽しんできて」
    「!?」
     トウアを見習い、ぐっと藤が手を握っては鍵屋を支援する。藤から思いもよらなかった言葉が生み出され、蛇に電撃が走り、驚き困惑する。
     掴まれたままの朽名が遠ざかっていく。鍵屋が扉を生み出すと、そのまま共に中へと消えていった。
    「……」
     珍しいものを見てしまった気がするが、何だか申し訳ない気もしてきて複雑な気持ちになる。ただ、家以外で久しぶりに傍から離れる事になり、寂しさがじわりと奥底から顔を覗かせた
     しんみりとしそうな、そんな藤の心情へ声が掛かった。
    「じゃあ行こうか。ヨミさんの所に行って必要なものも揃えよう」
    「う、うん。ありがとうトウア」
     再び欠伸をしてはまたうつらと眠りに入りそうな本屋を置いて、二人は裏手に繋がる扉へと歩き出していった。


              ❖     ❖     ❖


    「さっきトーアに送られてたぞ」
    (それを早く言え!)
     ようやく鍵屋から解放され、藤を見つける為に図書館のカウンターまで戻る。だが姿が見当たらずに探していると、その言葉が耳に飛び込んで来た。そう言葉を発したのは朽名の様子を暫く眺めては見かねた本屋だ。
    此奴こやつ等はどうしてこうもっ……!)
     蛇の顔が引きつる。
     同郷だという鍵屋と本屋の独特な間合いに飲まれて頭を抱えたくもなるが、今はそれどころではないと〝鍵〟を使って境内まで急いで帰る。
     藤は大丈夫なのか。心配に駆られて早くなる脚には自身の中で渦巻くそれも絡み付いていた。

     すっかり夜の帳が落ちた中を足早に向かう朽名は、すでに相当酔いが回っている。藤と離れた後は鍵屋の言葉の通り酒を飲んでいた。飲み比べに勝ったらすぐに帰すという言葉に乗せられたのだ。酔う鍵屋を見た事が無いのを忘れて。
     たんと果実酒を飲まされ、酒に染まった身体を玄関の戸に滑り込ませる。するとすぐ目の前に、焦がれた姿が視界へと映り込んできた。
    「あっ、おかえり朽名。……大丈夫?」
     戸を開けると直ぐ傍の上がりかまちには藤が座っていた。ふらつく相手を見て心配そうに藤が声をかける。
     求めていたその姿を見つけると、張り続けていた気がすっと緩む。履物を脱ぐ事も忘れ、身を傾げると咄嗟に藤を抱きしめていた。
    「!? ……朽名?」
     酔いが回って上気した朽名が、安堵の溜息を吐き出す。
     普段は其処まで多く量は呑まず、特別酒に強い分けではないのも知っていたが、此処まで酔う朽名を見たのは初めてだ。
    「えっと…お疲れさま……?」
     藤の言葉を聞くとまた安心したのか、抱き着く力を少し緩める。そして頬に手を掛け、これをするのは当たり前の事だと言いたげに顔を近づけようとした。
    「っ! 待って、朽名。こっちに来て」
     相手の様子から、このまま続けさせると止まらなくなりそうだと悟った藤はその手を引き、居間まで来ると座卓の前に座らせる。急ぎ足でぱたぱたと出ていくと、またすぐに戻り朽名の隣に座った。
    「はい、朽名」
     気恥ずかしそうにほんのり頬を染めながら、綺麗に包まれた小箱を朽名の手に乗せた。
    「?」
    「トウアに聞いたんだけどね、ある世界には〝チョコレートの日〟っていうのがあって、親しい人や大切な人にお菓子の贈り物をしたりもするんだって。それで贈り物や一緒に食べる事や会話を楽しむって聞いて。……俺、それを聞いて浮かんだのが朽名だったから、その……渡したくなったんだ」
     照れくさそうに笑みを浮かべるその顔を、目を瞬じろかせては見つめる。暫くして手元の小箱へ視線を動かした。
     丁寧に包まれた留め紐と紙を解き、蓋を静かに開く。多少歪だが、其処には綺麗に並んだチョコレート菓子が顔を覗かせていた。
    「慣れてなくても作れるものを教えて貰って、それでトウアにも手伝って貰ったんだけど……。初めて作ったからあまり自身無くて。口に合わなかったらごめんね」
     柔らかくほろりとしたその一粒を口に運ぶ。
     口に含むと、舌触りの良さを残しながらとろりと甘く溶けたチョコレートが自分の中に染み込んでいく。仄かな苦みに優しい味わいと香りが、先までの焦りと不安を掻き消した。言葉を伝えようとした時、瞳の端からぽとりとしずくが一つ落ちる。
    「え……? えっ、く、朽名!? ごめん、美味しくなかった? 残りは俺が食べるからっ、返して!」
     今まで見た事のない相手の様子に藤が慌てだす。
     慌てて小さな箱を貰おうとする手を蛇は掴むと、自身の方へと引き寄せ、受け取ろうと身を浮かせて傾げた藤はその勢いで相手へ倒れ込む。受け止められた藤は状況を把握できず、疑問を浮かべた瞳で見上げてきた。
     座卓に甘い粒が並ぶ小箱を置くと、そのまま細い身にぽすっと寄りかかる。再び両の腕で寄り掛かる身を抱きしめ直した。
     突然自身の傍でふわりと舞った髪先に、どうしたのかと藤が困惑の音を落とす。
    「朽名……?」
    「お前があっさりと身を引くからな。私の心音こころねが騒ぎ立てて仕方がなかったんだ」
     濡れる瞳はけれど柔く。真横でほころぶ顔は藤に向けられる。
    「今まで傍に居た時間に比べたら塵にも満たない時間だ。だが、そんな些細な時間でさえ耐えがたい。此方に来てから長い事、巻き付いては肌に触れる程にお前の傍に居たからな。安心しきっていた」
     共に外出しては傍を歩き、離しがたいその身に触れていた。此方に来る前は藤から離れて出歩く事など容易かったのに、〝あの時〟から今は藤を一人にする不安と、己の中で渦巻き囁くもので更に心情を煽られてしまう。もう何人にも藤を奪われたくは無いし、藤が新しい何かを見つけて自身の元から去ってゆくのが恐ろしい。
    (離れ残されるのを恐れているのは私の方だ。お前が自ら一人外へ出られる様になった時、私はどうなるのだろうな)
     藤の瞳に視線を合わせる。藤に非が無い事をしっかりと伝える為に。
    「だからだな、お前と離れて張っていた気が緩んでしまったんだ。口に合わなかった分けではない」
     苦笑を溢し、分が悪そうに、そして自身でも想定外に。
     酔いが誘いだして見せる気など無かった顔だが、藤にならいいのだろうとも思ってしまう。自身の奥で渦巻く〝深い独占欲〟を晒すよりずっとましだ。それに触れられた時、藤に嫌悪される事の方が余程恐ろしい。己が醜く歪む姿を知られたくはない。
    「美味かった。有難う、藤」
    (……そっか)
     そうなったのは酔っているせいもあるのだろう。ただ、僅かだけれど朽名の涙を見たのは初めてだった。今日は珍しい姿を何回も見つけた気がする。知らなかった姿を知って、朽名には悪いが心が嬉しさで輝きそうだった。
    (朽名もこうして〝余裕が無くて強く揺れ動く〟事があるんだ)
     〝ありがとう〟という言葉が藤の中にすとんと落ちると、途端に奥底が満たされていく。寂しさを強く感じていたのは自分の方だ。戸が開いて見つけた姿にどれだけ安心を得た事か。
    「……俺も……離れているのは少しだけなのに、寂しかったんだ。戸が開いて、朽名の顔が見えた時に凄くほっとして」
     俯きがちにぽつりと話していた顔を上げ、相手の顔をもう一度見上げる。
    「でも良かった、ちゃんと渡せて。朽名のこんな顔初めて見た」
     嬉しそうに笑い、そう告げてくる藤が無性に愛おしくなる。微笑む藤の表情が自身に安堵を沸かして身が緩んでいく。外気に左右されてしまう蛇の身へ、常に温かさを落すのは目の前の人物だ。
     その温かさにほころぶ顔。その拍子に目の端で微睡んでいた涙が押し出され、それを目にした相手にそっと拭かれる。また嬉しそうに柔らかくたわむ瞳が、じっと此方を映した時にはもう耐えられなかった。
    「んっ!?」
     驚く藤を抱きしめたまま唇を食み、中へ舌を差し入れ絡めとる。離す合い間でふっと息を溢す藤を見て、一段と愛おしさが積もっていく。
     起きている事を飲み込んで必死に此方へ応えようとする舌先と速度を合わせるが、それでも一杯一杯なのか、やがて大きく息を吐き出し合わせていた唇が離れていった。それさえも離し難くなる。互いに目が合うと気恥ずかしそうに染まる頬と視線を下げられてしまった。
     何時もの調子でにっと蛇が笑う。
    「鍵屋がな、飲んでいる時に変な事を言っていたな。『もし今日嬉しい事が起きたらしっかりと〝返し〟を』とな。……そういえば『返すときは三倍で』とも言っていたな」
     そう告げると突然抱え上げ近くに佇むソファの上へ座らせる。
    「えっ? な、なに?」
     手を取り、その指先を口元で触れると、驚き動揺している藤を見つめてにやりとする。
     箱の中で待ちわびていたチョコレートを一つ取り出しては藤の唇へと触れさせ、藤は藤で渡された粒に思わず口を開いて受け入れた。口に含み、もぐもぐとしながら己の中へと染み広がっていく甘さに花を浮かべている藤を見て、蛇は小さく息を落とす。そして食べ終わるとそのまま頬を捕らえてまた相手を食みだした。
     口に触れ、傾げた身の重さが藤の身を抑える。藤が味わっていた同じ甘さが蛇の中へと溶けだしていた。
    「は…ぁ……」
     離された口から大きく息を吸う。身を上下に膨らませている間に口元の甘さを指先で拭われていた。
    「何時もよりもずっと、甘い菓子よりも蕩けるぐらい心地良く、私の気持ちも藤に贈ろう」
    (……あっ)
     空気を取り込むのに必死で呆然としていた藤がハッとし、途端に顔を赤くした。
    「ま、待って朽名、っん、……ぁっ」
     短く塞ぐと同時に、頬を捕らえていた指先で首元をなぞられる。それと共に藤の背筋が揺れた。
    「駄目だな。早く伝えないとこの菓子の様に溶けてしまう。今伝えないとな」
     くすりと悪戯じみた何時もの笑みを見て、また顔の色を濃くする藤へ大事そうに触れる神様が其処に居た。


              ❖     ❖     ❖


     腰掛けたソファの背もたれに、深く背を預ける。与えられる快楽で自然とそうなってしまった。
     耳に頬に唇に。指先でも唇や口内を撫でられ、身のあちらこちらと触れては首元も。身体の線を辿っては跡を付け、赤い点は胸元にまで居座っていた。
     くにくにとくじられ、押し込められては浮き出した赤く熟れる尖りを次には爪先で弾かれ、慰めるかのように舌先で散々舐られた其処はじんじんと、そして身体の底に染み込んでいく感覚を鈍く残したままだ。その上、戯れを起こして藤が反応を示す度に視線を渡しては、耳元で丁寧に甘く言葉を告げてまた戯れだす。そんな事を繰り返している内に欲情を手渡されている藤が疾うに目を回していた。

     クラクラと目を回す藤の様子に気づいているのかいないのか、緩み切った服をよそに上裸に近い身の上を散々と戯れていったその相手は、今は下方で開かれた身を楽しんでいる。腿を柔くなぞる事で生まれていた感覚が、今は遠い昔になってしまった。
     背を預け、半分倒された場所から見下ろす。
     広げさせられた自身の脚の元で行われている事が、嫌でも目に飛び込んで来る。声を抑える様に口を手で塞ぐ藤はまた身体をビクつかせた。しかも折りたたまれた脚を広げて持ち上げられ、狭間も後孔も相手に見えやすくなっているのだ。足先がソファのへりで何とか耐えている。
     生み出されたあられもない痴態がまた藤の羞恥を加速させていく。ふるふると藤の身が震えた。
    「甘く美味しそうに流しているな」
     しつこく掌握で遊ばれた狭間で、佇み膨らみ始めたその頭を今度は優しく撫でる。それと共に藤が小さく呻いた。先々の愛撫で既にとろり淡く液が零れ頭身を濡らしている中で、更にその量を増やす。先端を優しく撫でていた指先は、持ち上げられてぬるりと糸を引いていた。
    「だが、更に甘く出来るぞ?」
     涙目の藤がいやいやと首を振る。だがそれに意を返さず、蛇は身を傾けた。
     裸体にも近いその身が悶える。
     起立し始めていたその頭身は、藤が止める間もなく温かな口内へ飲み込まれ、しかも指先はその根元をしっかりと抑え込む。
     膨らみを軽く押され、溝から先までなぞられる。少し前までは頭身を舐め掬っていた舌先が、今度は先端に潜む溝の内を舐るのを止めてくれない。
     舌先で先端へ入り込むように動かされたとたん、ビクンと藤が体を反らす。ぬるりと舌先で何度も舐められ、くじられる。その度に足先まで快感が駆け巡り、先走った粘液が口内を濡らしていく。わざとらしくぬちゅっ、くちゅりと響かせる水音が藤の耳に届いた。
     くぷっと出ていた液が舐め取られる。
    「ぁ、くちな……またっ――、も、ぅ……それ、だめ――っ」
     最近そうしたやり方でその場所を攻めてくる回数が増え、その度に得難い刺激が藤を苛む。そうして日々研究され続け、もう藤がより感じる幾つかの場所は相手に渡ってしまっていた。今もまさにその成果を試されている。
     何時も何とか腰を引いたり、刺激から脚が自然と閉じて相手の髪触れる程に縋り耐える事もあるのに、今回は脚が広げられてしまっているのでそうして縋れない。そのせいで腰が浮いてしまい相手の中へと押し付けてしまう。なんならば刺激で身が揺れ、今にも腰を動かしてしまいそうだ。
     僅かな藤の抵抗も見透かされていたのか。
     強くねぶると奥へと先端を押し付ける。未だに与え続ける舌と口内に身が抑え込まれては圧迫され、奥もどん詰まりにさせられた。人よりも長めの舌が器用に漂い絡んで程よい加減でまた舐る。同時に奥が嚥下するかのようにうねられるので、先端の膨らみと溝が共に擦られ続ける。これはおまけとぐっと根元を抑えていた指はその場所に頬擦りをしだした。
     脳内が白光して眼がチカチカとする。
     身も背も大きく反れ、浮いて押し付ける腰が促されたはずみで思わず上下した。一度跳ねるともう制御が出来ない。自身が成しているみっともない姿勢のことは疾うに脳内から吹っ飛んでいた。
     藤の動きを理解した口は、今度は強く吸い付き出す。
     くちゅりと水音を立て続けている其処へ、もう藤は止められなかった。
    「も、いや――っ」
     絶え間ない刺激と快楽で藤が叫ぶ。
     揺れ跳ねたかと思うと求めて素肌を押し付けてしまう。そして呼応した腰が意図もせずに揺れ出すからどうしようもない。
    「ぁ――っ」
     大きく身を動かし、深く奥に自身で強く擦りつける。
     藤が身を震わす。強く駆けだすその強烈な快楽が震える身の内を叩いて巡りだした。吐き出せないまま。

     吐き出せないまま藤は頂点に達した。
     何度もその予兆はあった。何時もの様な触れ合いが始まり、更に深くと散々愛撫し、それから今も離そうとしないその間に。
     けれども長い事こうして居るのにも関わらず、そして幾度も達する感覚はあるにも関わらず、その根元を抑え込まれているせいで一度も吐き出せていない。簡単には終わらせない為に、相手の指先で抑え込まれ続けている。
     それなのに愛撫され続けるそれで、自身の奥底には多くの何かが溜まり続けていた。

     からで果てた藤はあれだけ浮かせ上げていた腰をくたりと落とす。それでも相手は食んだままだった。
     そんな行為の中でも、根元で揺れた二つの膨らみを空いていた手で貪欲に揉み促される。やがて其処に触れていた指は辿り下ってとある場所へ向かっていた。
    「ぁ――、」
     垂れていた液を掬った中指が、後孔の縁をなぞりだす。やっと始まった行為に、欲しくて仕方がなかった〝その先〟が顔を覗かせ、手放し掛けている意識の端で安堵する。
    「ひっ、…ぁ、あ――…、」
     けれどそれだけではなかった。同じく親指の平で擦り始めたのは、普段は閉ざしているその場所だった。今は滑らかなその場所を擦られ、未知の感覚が藤を襲う。
    「――っ!」
     藤の身が動き続けていた間で、上下する頭身を圧迫する為に停止していた舌が再び動き出す。丁寧に擦り上げる舌先が、まだ咀嚼を終わらせないと告げていた。舌先がまた鈴口をなぞり始める。
    「あっもだめ、それやだ、んっや――、や、ぁ……だめっ、くちなっ」
     縁をなぞられていた後孔が指を飲み込み始め、なお続く刺激に縁がヒクつく。同時に擦っていた親指が前よりも僅かに沈んでいた。
     孔に入り込んだ指先がくにくにと動かされ中を確認すると、今度は何度も抽挿を繰り返されていく。そして合わせて揺り籠の動きみたく僅かに緩む蜜口の親指が中指と交互に律動しだした。
    「ん……ぁ、ぁ、…――あっ……」
     食まれ、そして中を刺激されて身体が揺れる。その反動が蜜口にも行くので刺激に幾つも声が上がった。
     刺激によって開かれた蜜口から、薄く愛液が垂れだす。
     指先で触れただけで剥きだしの花芯が膨らんでいるのが分かる。番った事で新しく生まれたその場所は、其処を刺激し続けて開く事を、蛇は以前からの行為中、僅かに緩んだそれを見つけて疾うに知っていた。
     薄い意識で身体を揺らめかせ、甘く音を吐く藤に蛇は感嘆の息を吐く。
     少しこの場に触れただけで甘く溶けているのだから、もし自身を渡したらどれ程藤は歓喜を上げてくれるのか。方々に多くの痕跡を残している藤の、その身は疾うに蕩けきっていた。いっその事意識を手放してしまいたいのに、快楽の波に揺られて手放しきれずにいる。ずっと吐き出せないまま、止めたいのに止める事が出来ない快楽に落とされ晒され続ける。

     何度も膝がガクリと揺れる。
     もう長い事、最終へと向かわずに愛でられ続けていた。未だ欲しい相手が来ず、与えられてばかりの焦れた身体が引き起こす催促が、目を背けたくなる自らの貪欲さを見せつけてくる。そんな隙間なく深い愛撫ばかりを渡してくるその相手は狭間で藤を食べ続けていた。
     けれど、後ろの指が引き抜かれて膨らんでは蕾になっていた花芯を指先で摘ままれ、強く擦られた事で終わりは訪れた。
    「ぁ……っ――」
     見計らった蛇に根元を抑えていた指を突然離され、以前に無い程の快楽と心地が端々まで駆け巡っていく。しかも溜め続けられた何かのせいで、身の内を駆ける衝動があまりにも深い。そして散々溜め込み最終的に出た液の量が多い。
     その深く長い刺激の強さと吐精に思わず身を捻る。終いには快楽に身体が痺れだす。巡る刺激が甘すぎて頭がおかしくなりそうだった。頭を抱え、荒く吐き出される息はどこか淫らで、混じる甘い声が部屋を侵食する。こぼれる唾液が地に染みを作りだす。扇情的な肌は粒の汗を滑らせた。
     その最中、ようやく許され、永く苛まれていた藤が吐き出す長い吐精を、じゅっと音をたてながら発せられる淫声ごと朽名が飲み下していく。蕩けた藤の、方々に愛撫で流れた液を舐め掬う。最後には舌先で、自身の口角で滴っていた液をぺろりと舐めとった。


     生み出されては入り乱れる猥雑な音を聞きながら時が過ぎる。
     酷く強烈な極致が終りに近づき、恍惚として荒く息を上げている藤がぐたりと身を緩めていく。そんな藤に、傍あった甘い粒を一つ含むと藤の口内へ届けた。多少は疲労が回復するだろう。
     朦朧としていた頭が口内の甘さに反応する。赤らめた顔と涙目は相手を捉える為にじっと探りだし、その間に嚥下を確認した口は離れていく。ただ、目の前に映される柔く緩む表情は藤から離れようとしていない。
    「そうして甘くとろけていると、食べたくて仕方なくなるな」
    「ぁっ…、ん」
     口の中にほろ苦い甘さが残っている気がする。
     藤がぼんやりとそんな事を考えていると、耳間近に告げられる。言葉と共に〝その場所〟を擦り撫でられるのだから嫌でも、蕩け切り過敏になっている身体が反応してしまう。
     残り僅かに残されていた粘液が、水音をたてて藤の中から液を吹き出す。それを知った相手のふっと落とす息が耳に掛かった。
     息を上げながら横たえる藤の腹には、吐き出されたものがぬるりと垂れる。戯れる当人は身を起こすと指に付着していた液を含み、そして口は横たえ仰向ける藤に寄せられた。吹きかかる液ごと臍に吸い付き、腹から上へとかけてゾロリと舐め上げる。途端に藤が悲鳴を上げる。
    「此処はまたいつかな」
     臍の少し下を押されてはそう言われ、じわりと何かが腹部を駆けて行き、未だ何者も中へ訪れないもどかしさに藤が息を詰まらせる。
    (……もう……今日はしてくれないの……?)
     今日はまだ一度も相手を受け入れていない。
     じくじくとしたままの奥底が、僅かに開かれた所と共に催促をしてくる。
    (一番ほしいのに)
     咄嗟にその口で伝えようとしするが、薄い意識と渇きで言葉が掠れてしまう。一度息を飲み込んだ。もうやめてしまうのかと思った藤が、相手の服を摘まんで慌てて引き留める。
    「……まだ、おわらないで」
     羞恥心など今はどうでもよくなるほど相手が欲しくなる。
     もどかしさに焦れた身を返す。うつ伏せた身を背もたれに預け、そこを支えに腰を上げる。耐えられなくなった藤が自ら相手を動かす為に誘い出した。
    「奥……もっと深くほしいよ……」
    (もっと深くまで来て欲しいなんて……)
     はしたなさに泣きそうになる。自制心は何処へ消えたのか。それとも一緒になって求め出しているのか。
     緊張と羞恥で聞こえるくらいにバクバクと心臓が鳴る。ただでさえ開かれた脚と突き出された腰のせいで丸見えてしまっているのに、もっとよく見える様にと手を伸ばして指を掛ける。よくよく解された縁が、ぱくりと開き相手を催促しているのがよく分かる。しかも藤自ら孔を良く開く為にと縁に掛かる指をくにくに動かして広げ始めた。ふき取りきれなかった液が孔から脚へと滴り落ちる。目の前の惨状に蛇の喉が嚥下した。
    「んっ、ぁちがう……」
     与えられたのは舌先だった。長い舌先で後孔を舐め掬われより解されていく。壁を撫でては突き、ぬるぬると中を泳ぎ続ける。欲しいものとは違くともヒクつきうねり出す内壁が、遊撃を繰り返す舌をきゅっと軽く咀嚼する。
    「ぁ」
     勢いをつけて舌がぬちゅっと抜かれていく。突然抜かれた舌が中と擦り合されて背が反れた。だが、次に触れたのは求めた相手だ。
    「ん、゛んっあ、――っぁ、ぁ、あ」
     ようやく来た望む相手の形に心身が震え、汗ばむ額を背もたれに押し付けて刺激に耐え続ける。重い頭身が挿れられていくと、まだ残っていたのか押し出されていく様に残り香がとろとろと流れ出す。先端から滴った液が糸を引きながら地を濡らした。
     堪えていたのは相手もだった。ゆっくりと頭身を食べ始めた時には隙間から唾液を漏らす。そのおかげで滑りが良かったのか、はたまた歯止めが効かなくなってしまったのか。滑りに任せて挿入されたまま、揺すられ、その速度は増していく。咀嚼されながら、箇所を通過して最奥に続く扉を目指した。
     藤の腰を抑えていた手は離され、素肌をぴたりと合わせては藤の背を抱きしめた。そして繋がりを保ったまま軽々と藤の身が持ち上がると背面で抱え、相手の上へと座らされる。勢いよく挿入された事で悲鳴に近い声が上がる。
    「゛ぁっ――!」
     強く、そして深く。襞がうねる中でくびれを何度も叩かれる。
     繋がったまま藤を抱き上げて、身を支えていた地から体が浮かされてしまう。かかるその重さを弾みにまた中へ渡す。渡される快感と衝撃で藤の身が堪らなさに悲鳴を上げ続け、地の無い不安定さと渡される刺激の強さで曲がる背が相手に縋りだす。跳ね踊る艶めかしい音と淫らな藤の声を聴きながら、焦点の合わない瞳を携えて蛇は中へと集中する。
     自身を堪能し貪る藤が愛おしすぎてつい首元を食んでしまった。
    「ああ、――ぁっ、ひ……ぅっん、っぁ…――ぁ――っ、ぁ――っ」
     身体が快楽に痺れ続ける。
     愛撫ばかりが長く続いた事で、こまねいていた熱が吹きこぼれそうだ。それが燃料になり、相手を飲み込んだ勢いで藤の理性の蓋が弾けた。
     お互いに段々と動きが加速する。ぐりっと強く宛がわれると藤がまた叫んだ。

    (ぁ……これ……)
     自身の重さで朽名をより奥で感じれる。それを好んでしまいそうで。
     最奥をぐりぐりと押されたり突かれたりするのが好きなのかもしれないと思い至り、羞恥で顔が焼けそうになる。自分はどこまで甘さに溺れてしまっているんだろうか……。
     抱き合ったまま、支えが朽名のみしかない中で重く加わる刺激に藤が深く喘ぐ。藤の中で暴れていた熱量はもう吐き出せないそそりに辿り着いた。

    「んんっ」
     そのまま抱えていた藤の身体を仰向け横たえると、ずるっと中で微かに動く。襞の奥へ入り込みそうな程唐突に身が重くなった。知らぬ間に自分を動かしていた相手の姿は蛇へと変わっている。
     腰を浮かせて広げた脚が蛇の身に掛かる。少しだけ半身を起こした藤は引いて肘をついた腕をつっかえにし、息を戻しながら相手を見据えた。
    「は、ぁ……。……くちな? ゛あっ――」
     入り込んでいた頭身が上下する。……見上げた蛇の、目の焦点が合ってない。半透明な胴が藤の褐色の肌に侵入する。過敏にされた素肌はそんな事でも刺激を拾ってしまう。
     沈むこむ肌と肌が、走る快感を増加させびくびくと藤の身が揺れだす。腕の支えは脆く崩れ、相手の胴に役目を奪われてしまった。胴が腰へと移動し、持ち上げられる。
    「あ、くち、な…ぁっ」
     藤の呼びかけに応答がない蛇が密かに〝二本目〟を繋ぎ目に沿えだすと、律動と共に捻じ込んでいく。捻じ込みながら動きに激しさを加えられた。
    「゛アぁッ、ま、ぁっ――アぁ、あん、んっ、ん、ぁ、はぁっあ、あ」
     動きを速めていくと、短く息を漏らして藤の甘い声が加速していく。
     啼き喘ぐ声に混じり、動く度にぐちゅっ、ちゅぷっと中からいやらしい音がする。未だに点々と空打ちを起こす狭間が信じられないが、それよりも唐突に咥えさせられている其処が眼前に出され、しかも二本目をしゃぶりだしていた。
    「゛アっ」
     ばじゅっと粘性のある音を立てると、途端に藤が大きく背を反らす。どうやら最後まで飲み込んだらしかった。
     吟味しているのか最奥を掻き回される。ごすごすと回すそれが、起こされては眠りかけていたその場所を叩き出して藤へ快楽を吹きかける。
    「あ、ぁ、」
    (いつもは、こんな触れ方はしないのに)
     自身を食べ続ける相手に腕を伸ばした時だった。
    「――゛あっ…お、くに、んん、あっくち、」
     二本が其々好き勝手に動き回りながら普段よりも荒々しくずっずっと何度も何度も藤の中を突き、激しさを増していく。それでも動きを逃さないよう藤の中が吸い付くのを止めない。
    「――」
     ごっと最奥を突くと合わせてぎゅと中が引きしまり、酷く吸い付き二つをしゃぶる。
     ぶるっと藤のものがそそり立つ。吐精のない達成感が身を蝕み、空のまま藤がイクと同時に二本の頭身からも吐き上げる。ごぽっと大きく音を立て注がれるそれは、飲み切れずに窄まりから噴出した。白濁した液が辺りに飛び散る。
     荒く息を立て、中で締め付けたまま藤は意識を手放していた。


              ❖     ❖     ❖


     意識を取り戻し、頭を伏せたままでさっと青ざめる。
     ……記憶が抜けている。あの時、此方を求める藤を目にした辺りから朧げで、ハッキリと全てが思い出せない。
    (……私は何時姿を変えたのだ?)
     藤を見つける為に勢いよく顔を上げた。
    「……」
     自身の渦の中で、静かに寝息を立てては眠っていた。
    (温度を感じぬほど脳が抜けたのか……?)
     今はしかと感じる体温にほっと息をつかせながら、相当な焦りを抱いた己を俯瞰する。もし、藤に何かしてしまっていたら。そんな事が過ったのだ。
     だが気づいた。
     まだ繋がったままの状況に再び焦りがみえる。しかも見渡すと、普段はすぐ綺麗にしてしまうのにこの場が情事によって酷く荒れたままだった。……もう一つ追い打ちをかけたのは、藤の身の内に居るのが一つでない事だ。
    「……」
     いや、めまいを起こしかけている場合ではない。急いで藤の様子を確認する。起こさないようにとそっと尾先で狭間に触れてその場所を確かめた。
     開きかけていた口は今は閉じ、流れだすものも無い。どうにか耐えたから、同じ場へ両とも入れていたのだろうか?
     念の為、目視でも確認しようと静かに脚を持ち上げた時だった。
    『……』
     ……開かれていた目と合う。しばし見つめ合った後にボフッとその顔が赤くなった。
    「……す、すけべっ!」
     藤の言葉に視線が遠くなる。合ってはいるのだが、合ってはいない。何時もならなぜか心が浮き上がるのだが、今回はそんな場合ではない。

    「んんっ」
     藤の中に居たもの達をそっと抜き出す。ゆっくりと抜かれていくと、それでも伝うものがあったのか小さく藤が波打つ。半濁音に近い音をたて、糸を引きながら抜かたその場所はどろりと白を溢していく。
     それを見てまた思う。こうした事は疎かにせず、相手に聞いた方が良いだろう。
    「藤、私はお前の腹に種を渡してしまったのだろうか?」
    「い、言い方考えてっ!」
    「私はお前を孕ませてしまったのではないだろうか?」
    「ちがっ、そうじゃなくて――…………え? どうして?」
     なぜか悪化した言い回しに藤の挙動が止まる。ぱちぱちと目が瞬き、はてなが頭上に現れた。口に出すのを躊躇うが何とか押し出す。
    「い、いつもしてる……よ? その、……あの……今日まで、お腹は膨らんできてはない……でしょ……?」
     羞恥に眩暈がしそうな藤が言い淀む。混乱してきた藤が「え?」「あれ?」と繰り返している。果てに「もしかして朽名にそうした力があるの?」「気づいていないだけで、実はお腹に居たの……?」と成りだしている。
    「お前のもう一つの場所へ私を沈めてしまったのか……?」
     また藤が目を瞬かせた。やがて口を大きく開く。そういう事かと顔を伏せ、ぺちぺちと蛇の胴を叩き出す。赤い肩がふるふると揺れた。
    「だから言い方! してないよ! 朽名だから、それが可能なのかと思ったじゃんっ!! 最初からそれを!!」
     ずれた蛇の羞恥を感じる上にややこしい言い方で、勘違いをしていたのに気づいた藤。恥ずかしさの上塗りで泣き出したい。
    「身体は大丈夫か? 私は何か無体な事をしてはいないか?」
     おろおろと困惑している蛇が藤の身を確かめて回る。その様子で本気で此方を心配しているのだと理解した。
    (多分、蛇の時の覚えてない……?)
     焦点が合わなかった蛇を思い出す。恐らく蛇の身になった時の事をはっきり覚えていないのかもしれない。安心させたくて蛇の鼻先を撫でた。
    「酷い事もしてないよ。……ちょっと、何時もと違ったけど……その、感じ方も……ちょっとだけ……」
    「何がどう違ったのか?」
     自身の痴態を思い出すのが酷く恥ずかしくて、言い淀みながら藤が目を逸らす。
    「えっと、その、……は、激し、かった……し、もっとふかくの……ちがったとこがぎゅってするような……」
    「身体は痛めていないか? 違和感はないか?」
    「ダ、ダイジョウブ」
     こくこくと首を縦に振る。
     (むしろ今無体をしかれてる! 自分の何かを疎かにされてる!)
     絶対そうではないのだが、〝羞恥のむしろ〟に晒されてそんな言葉が浮かぶ。心配する蛇には口が裂けても言いたくはないが。
    「そうか」
     蛇はふー……と安堵を吐き出す。一番不安に感じ、一番伝えたかった事を伝えた。
    「私はお前の望まぬ形で子を成したくないんだ」
     二人で夏祭りに出かけたの日、「いつか」と朽名が言った言葉をふと思いす。
    (朽名は? 嬉しい? 喜んでくれるのかな……?)
    「……朽名は、子が出来たら嬉しい?」
    「ああ!」
     ハッキリと間髪入れずに応えられた声は、喜々としている。正直な返事に思わず苦笑した。
    「俺もね、朽名となら嬉しいよ」
     蛇の目が丸く開かれる。浮かれていた心は更に嬉しさを膨らませた。
    「今はどうしたい?」
    「もう少しお前と共に日々を過ごしたいな」
     今までを思い出しては噛みしめる様に蛇は頷く。
     きっと子が出来たらとても忙しくなるだろう。二人だけになる時間も減り、今の〝私だけの藤〟とはまた別の形になるのだろう。だからもう少しだけ、藤とのその時間を過ごしたい。
    「じゃあ、大丈夫だよ。朽名は俺を痛めつけたりなんてしない。それに――」
     蛇の鼻先に頬を擦ると、満面の笑みで願いを伝える。
    「それに俺も、もう少し朽名と過ごしたい。俺の願いは朽名が叶えてくれるんでしょ?」
    「ああ、その通りだな」
     藤の願いならば聞き入れる。それは私の望みの一つであり、その為に私はまだ神の役を捨てきっていないのだ。そして神以前に、番として藤の傍に居る事は己が思う一番の望みだ。
    (〝共に過ごしたい〟が〝失わない為に閉じ込める〟にならない為に。それが歪まない様によく目を凝らすべきだな)
     少し離れただけでもああなる己の体たらくに、藤が一人で外を歩き過ごせる様に成ったらどうなるか。そう考えると湧き上がりそうな独占欲を追い払う。
    「……まだ寝てても良い?」
     一つ欠伸をし、まだ疲労感が漂う藤が尋ねる。
    「私も眠ろう。運ぶか?」
    「ううん、此処で大丈夫だよ。……朽名の、中が良い」
     要望に応えた蛇が大きく身を動かすと場を整え、藤が眠り易いよう渦を巻く。蛇の身でかさましされたソファの上で、のびのびと二人で眠りに就いた。



    閑話1 「何時かの泡沫の夢」

     それはまだ、藤が朽名へチョコレートを贈る前の話。

    (あの場所の整理もしたいな)
    (今日の夕飯は何にしようかな)
    (……そろそろ本を返しにいく頃かな)
     何時もの居間では考え事を持ってして、揺れる心情を落ち着かせようと試みている藤が居た。……ただ、あまり上手くいっていないようだが。
     そわそわゆらゆらと、心も身も揺らす。何度も戸の方へと視線を向かわせてはまだ戻らない相手を探す。出かけた時程ではないにしろ、こうして落ち着かずに不安を感じてそわついてる藤だが、言うなれば今日は藤の休日として蛇が動いているだけなのだ。

     家屋の修繕依頼に、足りなくなってきたお米の買い出しに。ついでに以前手伝った事のある蛞蝓の槐から、薬庫の整理も頼まれた。
     そこそこ重なった用事に、なぜか蛇は強く藤を家に留めたがった。そして朽名自身が向かうからと。数があるなら尚更自分も向かうと言っても、仕舞いには「うむ、お前は仕事に向かいすぎなんだ。いっその事好い機会だから、休日とでも思って偶には仕事をさぼる事も経験すべきだな」と言って譲らない。どうしてそこまで自分を家に留めたがるか分からないが、朽名からそうして言われると、言い返す言葉がすぐに出てこない。言い迷っていると「私が帰るまでは家からは出ないようにな。外で藤に何かあっても、すぐに対応が出来ん」と言われ、すぐさま朽名が外出していった。小さな蛇を残して。
     周りに遮る様なものは触れないので、境は張ってはいない。ただ、どうして押しとどめ、自分を連れていかなかったのだろうかとぐるぐる考え出してしまい、果てには一人外に居る時の様な不安感に似たものが出始めてしまった。
     唯一の救いは目の前の朽名に似た小さな蛇である。なぜこの子を置いていったかは明確ではないけれど、可愛らしくて不安を少しでも和らげてくれるから有り難かった。
     指先でちょこちょこと撫でる。気持ちよさそうにしていたので撫で続けていたら、すとんと渦を巻いて眠りに就いてしまった。
     苦笑した藤は夕飯の下拵えや書きものの整理、そして読書を始めたそれが今に至る。何をしても集中が出来なかった。腑に落ちる事が成せない。
     諦めた藤は小さな蛇の真似をしてぽすっと机に突っ伏す。このまま目を閉じてしまう事にした。

    「藤一人か?」
     がばりと勢いよく身を起こす。目を向けると其処に居たのは鍵屋だった。
     他者の家にふっと現れる事が出来る者など、隠世の管理をしているこの鍵屋くらいだろう。私有地は基本的に所持者の許可がないと〝鍵〟を持っていても入れないのだから。
     それに鍵屋がこうして現れるのにも慣れてしまった。それに見知った人物が増えた事で少しだけ不安が逃げていったのだ。
    「こんにちは。何か用事でしたか? 朽名は今出てしまっていて」
    「珍しいな、君一人を残して彼奴が」
     興味深そうに思案している。それは自分も知りたい。
    「色々用事が重なってしまって、良い機会だから、休日と思って偶には仕事をさぼる事も経験すべきだと言い朽名が出かけました」
    「……あんなに手放したがらない彼奴が? そんな理由で?」
     鍵屋は訝し気にしては考えながら目を瞑る。
     休むなら離れたがらず共に休む事を選択するだろうあの蛇だというのはよく知っている。普段の事を鑑みてもよく浮かぶのはそっちの方だ。
    「ちなみに、用事の内容は聞いても?」
    「えっと、少しなら。家屋の修繕と以前お手伝いした所で薬庫の整理と、それとお米の買い出しです」
    (……成程。だからか)
     鍵屋が納得したように頷く。その様子に期待した藤が目を輝かせたが、
    「分からないね」
     藤がしょぼっと肩を落とす。鍵屋でも分からない事なのかと気を萎ませた。
    (嵐を回避したつもりが別の嵐か。詰めの甘い蛇だな。恐らく藤に理由を言ってないんだろ)
    「まぁ丁度良いか。物は試しで気晴らしにこれでもどう?」
     手にしていた細長い紙袋を藤に渡す。そこそこの重さを含んだ袋を覗き込むと、其処には同じく細長い箱が在った。藤が広げる紙袋から箱を取り出すと。
    「所有者が居なくなっても長い間大事に保管されていたらしくてね。当時収穫された果実の質も良いし、濃厚で奥深く、それなのに渋み酸味の中に生まれる甘味と軽やかな香りが程良い。癖が少ないからこれなら君等二人でも飲めるだろうと思って持ってきた」
     取りだされた深紅の、深い色合いが目に映える瓶を取り出す。どうやら飲み物らしい。文字はよく分からないが、瓶に描かれた絵が果実である事が理解できた。
     鍵屋が何もない所から手元にグラスを取り出す。それを藤に持たせると、何時の間にか栓が抜かれた瓶を其処に傾けていた。
     とくとくと、注がれるグラスが透明感のある紅に染まっていく。
     初めてみるそれに興味を抱いて顔を近づけるが、魅力的な果実の香りの中にまた違ったものを感じて、思い切って口をつけてみた。
    「あ、美味しいかも。ちょっとだけ渋いけど、甘くもあって美味しいです」
     もう一口、また一口と飲み下す。
     ゆっくりと飲んでいくと、底に微かに赤味を残してグラスは空になる。だが、不思議な香りと味わいでふと思う。果実水かと思って口にしたけれど、もしかしたらこれは、
    「あの、これってお酒ですか?」
    「? ああ、そうだが」
     鍵屋が何を今更と目が語る。
     お酒を料理には使う事はあるが、こうして楽しむのを目的に飲む事はなかった。記憶にあるのは番った時に飲んだ一口の和酒のみだ。それ以降は量も種類も口にした事がない。
    (朽名が好んで飲むから、共に飲む事も多いって思われたのかも)
     確かに事あるごとに食事や何かを二人で共有する事の方が多いが、お酒はなかった。というより、まだ幼い頃に朽名の元に来て、そのまま飲まないのが当たり前と思い込んでいたのかもしれない。二人で飲むという思いつきが無かった。
    「酒とは思わなかったか?」
    「果実水だと思いました。けれど風味が違くて、それでも全く飲めない分けでもなく、これもまた美味しいですね」
     藤が頬を染めて笑う。どうやら気に入ったらしいと鍵屋は頷き、藤の好みになりそうなおすすめを教えてくれる。
    「なら料理にも使えるから試してみるといい。甘味を好むなら温めて飲むのもいいだろうな。上手くいかなくても彼奴なら喜んで引き受けるだろ」
     次を聞かれ器を寄せる。
     空いたグラスが再び染まっていき、その色合いも何だか心が惹かれた。

     残りの瓶を藤に手渡すと、鍵屋は何時ものように扉で帰っていく。それを見送っては初めて朽名とお酒を楽しんでみようと心を躍らせていた。


              ❖     ❖     ❖


    「ゃ……、いじわるしないで……」
     と上目で言いながら訴えてくる。
     目の前で愛らしく囀られる。その様子がうっと心に響き、手にしたものを返したくなってしまう。だが確認せずに返す分けにはいかない。
    「くちながくるまでおとなしくまってたの! ふたりでこれをのもぉとおもって!」
     地にへたり込み、此方に寄りすがっては涙目で、手元にあった筈のグラスに手を伸ばして受け取ろうとする。グラスを連れさられ、宥められている内に泣き出しそうになってしまっていた。
     心がへにょっと折れてしまいそうになるが、いかんと力を入れる。早く事を済まそうと、グラスを覗き込む。微かに液が残る底からは酒精の香りがした。
     頭に過った通り、藤は酒を飲んでいた。

     難なく家屋の修繕をし、心が拒否反応を起こしながらも件の蛞蝓の元へ向かったのだ。案の定藤は一緒じゃないのかとごねられたが、竜胆も居たので片付け自体はそう難しくはない。只々己が心労を積み重ねていっただけの事だ。……心底藤を連れなくて良かったと感じる。
     相手をするのが面倒な槐の所で疲弊して帰宅し、買い足した米を保管庫へ置き……。そして藤の元へ来るとまず出迎えたのは酒の匂いだ。ただ、あまり嗅いだ事の無いその種類に、本当に酒なのか疑問にも思ったのだ。そしてうとうとと船を漕いでいた藤に声を掛けるとこの惨状だった。
     ……普段とは違うふにゃりとした満面の笑みで「わぁくちなだぁ」と出迎えられたのはきっと後生忘れられないだろう。その笑顔で帰宅までの心労は全て吹き飛んでしまった。様子の違う藤に寄ってどうしたんだと身を屈めたら、ふわふわとしている藤自身からひっついてきたのだからそれは仕方がない。ああ、仕方がない。

     確認し終えたグラスを泣きだしそうな藤へと渡す。蛇から戻されたそれにぱっと笑みを浮かべて輝いた。すると、藤の元に残しておいた小さな蛇が何時の間にか此方へと近寄っていたらしく、自身の元へ来ると服の端を咥えて引っ張り、卓の傍に置いてあった瓶を示唆した。……寝ていたらしく欠伸までしている。
    (いや、そこは起きていてくれ……)
     家ではあるが、万が一何かが起きた時に居ないよりましかと思い置いていったが、自身に似ているだけに頭を抱えそうになる。
    「藤、この酒は誰から貰った?」
    「かぎや!」
     満面の笑みで藤が答える。
    (やはりか……)
     今日はやけに癖の強い者達に振り回されると、予想した者の名前が出ては回復した筈の場所に再び疲労を重ねられる。
    (……酒と言えば彼奴の印象が強いからな。まぁ……彼奴なら身に毒になるものは入れんだろ)
     隠世にそれをする者自体居るか怪しいが、念を押しても良いだろう。
    「ふたりでものめるっていってた!」
    「そうか……」
    「いっしょにのもう?」
     わくわくとした期待する瞳で此方を見てくるので、即座に大きく頷いて了承しそうになってしまった。藤を更に泥酔させるわけにはいかない。
    「飲むのは構わないがそれはまた何れにしよう、藤」
     藤が「え?」と言うと、また泣きそうな顔になる。心がとても痛い。
    「酔ったまま飲んでも勿体ないだろう? 〝味わいながら酔う〟までがまた美味しいんだ」
    「よってないよ?」
    「いや、酔っているんだ、藤」
     むーと藤がむくれる。俯き気味に「よってないのになぁ」と呟かれたので、取り敢えず向けられた頭をぽふぽふと撫でておいた。……途端に藤が嬉しそうに輝きだしてまた心がへたり込みそうになる。もう己は駄目かもしれない。今日の情緒はどうなっているんだ。
     一先ず、其処に置いたままだとある意味危ないかもしれない瓶を持ち、厨へと保管しに行った。

    「いっしょにいく!」
     と元気よく言い、歩く自分にひっつきながら来られた時には、このまま気を失っても良い気がした。それはいけない。
     居間に戻り、ソファに座り込む。
     今日だけで色々と重ねられた疲労達で溜息を吐いた朽名の元へ、藤がよたよたと近づいて来る。その身の上に乗り跨ぐと向かい合う形で座り込んだ。
     顔を上げると近い位置に藤の顔が現れる。
    「……それでいいのか? 藤」
    「うん!」
    「そうか……」
     普段との差がありすぎて此方が酔いそうになってくる。
    (素面の藤だったならば此方も此方で攻め倒したんだがな……)
     せめてもと思い、楽しそうにしている藤に腕を回して身を寄せる。ぽすりと肩へ顎を乗せるとまた大きく溜息を吐き出した。
     そんな此方の行動に、ぱっと藤から花が舞う。
     『ぎゅっ!』という愛らしい音が聞こえてきそうな抱きしめ方で、喜々として藤からも返されてしまったからには、此方も心の臓を締めつけざるを得ない。
     あどけなく笑う藤の頭をまた撫でた。
    「……今日は随分と積極的だな、藤」
    「だって……くちながいないのは、やだったから……どうしていっしょにいっちゃだめだったの?」
    「お前を休ませたかったのもあるが、……槐が居る所へ行かせるのを躊躇ったんだ」
     泣きだしそうな藤に負けた。理由を言うと藤の眉がへの字に曲がる。考え込む様に黙ってしまった。
    「……くちなはえんじゅさんがすきなの? だからおいていった……?」
     ……絞り出した末がそれだったらしい。
     笑みを浮かべながら思いっきり顔が歪む。「そんなわけがあるか!」と叫びそうになるのを堪える。途端に身がガクッと崩れそうだ。藤から心を離す分けが無い上にあれを好くなど天地がひっくり返ようが有り得ない。
    「違うぞ、藤。絶対に、お前から心が離れる事などありえない。例え天地がひっくり返っても、心変わりせねば私が死を迎えるぞと言われても、……お前が他を選んで私の元から離れていったとしても。何があっても私はお前を想い続けるぞ」
     笑顔で強く念押しをしてくる朽名に、「じゃあなんで?」と瞳が其方を見る。
    「……あー…そうだな……お前をな、かどわかす厄介な者に近づけたくはなかったんだ」
    「? そんなこいないよ?」
    「いや、居るんだ、藤。節操なくねっとりと忍び寄っては纏わり付くのがな」
     以前の事を思い出して蛇が遠い目になる。
    「でも……くちながいくばしょならいっしょにいきたい」
    「それは場所や事によるな……」
    (もし行き先が厄介事やよからぬ場所ならば、私としては安全な場所で待っていて欲しいのだがな)
     またむーと藤がむくれる。
    「やだ! さびしかったの! くちながいくならじぶんもいく! たいへんなこと、いつもくちなひとりでしようとする! くちながいないのやだ!」
     ぐっと身を寄せて来た藤が口を食んでいく。柔らかいものがむにっと押し付けられると、勢い余ってか互いの歯が触れ、コツっと小さく音が鳴る。柔らかな唇が何度も己の上を通り過ぎていく。
     蛇は身を固め、意識を無にする。これ以上自ら藤へと動き出すと歯止めが効かなくなってしまう。
     何度も藤から口をつけては沢山ねだられ、されるがままで身をとどめ続ける。だが、酔っている藤を気遣う蛇が一向にそれ以上手を伸ばそうとしないので、次には首元へと口をつけていた。

     気づけば首に点々と足跡を付けている。よく見れば薄く歯形もあった。そして跡を付けたその当人はというと、……蛇の懐で眠気と葛藤していた。
     眠たげにしながらあむっと首筋を食む。だが、それからそのまま身を動かさなくなる。酔いで握っていた手綱を離してしまい、一息に気分を高揚させたからか疲れてしまったようだった。
     ぽんぽんと背を撫でながら藤をあやす。
    (丁度好い。藤を休ませようか)
     思い至った蛇は藤を抱えてそっと寝室まで運ぼうとする。が、僅かに身を離しただけでふっと藤が意識を戻し、相手の首に腕を回して縋りつく。いやいやと首を振った。
    「やだやだやだ! もっとする! もっと朽名と一緒にいるの!」
    (……なぜ普段にもそれを出してくれない……)
     常日頃藤が足らず、藤を構い倒したくて仕方ない蛇は頭を抱える。今日何度抱えたか分からない。
     やがて散々口を付けた後には「ん!」と思い切り抱きしめられ、額を自身の胸元に擦られる。服を掴み微動だにしなくなると静かに寝息が聞こえだした。


              ❖     ❖     ❖


     酷い夢を見た。自分の傍から朽名が居なくなる夢。
     今より、そして出会った頃よりもずっと幼い姿の自分が、なぜか朽名と共に居た。狭く雑多として暗い部屋で、月だけの光の中二人で楽しそうに話をしていた。
     夢の中の朽名は突然目の前に現れて、とても驚いたけれど一緒に居て暖かくて、自分の知らない景色の話をしてくれる事にわくわくとして。だけどあんなにも楽しく話しをしていたのに、辺りが明るくなって目を開けると隣には誰も居なくなっていた。
     以前にもあった気がする。けれど気がするだけで何一つも思い出せないのが悲しくて仕方がない。

     ガクンと身を揺り起こす。
    「ん……」
     意識を手にした藤はゆっくりと瞼を持ち上げる。
    「朽名……」
     文字通り目と鼻の先で起きて目が丸くなる。
     自身に重みが掛かっているのに気づいた。なかなか身動きを取る事が出来ない。寝具の上へ共に横になったまま、向かいで抱きしめられる形になって自分は眠っていたらしい。そして当の本人も眠りに落ちていた。
     藤がほっとして心に安堵の灯を宿す。
    (……珍しい……朽名が人の姿のままで眠ってるの)
     其処には何時もと変わらず、けれど珍しく人の身で此方を抱えている朽名が居た。
     意識的にも無意識にも、眠ると大抵は蛇の身に戻っている。その方が落ち着くからなのだろう。
    (夢の中の朽名も人の身の方だったなぁ)
     間近で相手とにらめっこし続けるのが気恥ずかしく、ゆっくりと体勢を天井へと仰向けた。
     泡沫のように消えて行ったそんな夢の記憶に、どこか寂しさを抱く。紛らわせようと両の腕で眼を隠すと、ふー……と静かに息を吐いた。
     その隙間からちらりと視線を辺りに巡らせて、今自分が何処に居るのかを改めて知った。恐らく朽名が寝室に移動させたのだろう。
    (そういえば、何時眠ったんだろう)
    「――っ」
     ……そこで思い出した事も多かった。藤が再び顔を覆う。
     いっその事覚えてなけれ良かったのにと思う程に自分はやらかしてしまっている。
    (子供の時でさえああなった事無いよ!)
     覚えている範囲ではそれは無い。ああなれる状況がそもそも自分にあったのか疑問でもあるが、甘えられる存在であろう両親の顔さえ思い出せない程昔に亡くしている。
    (「よってないよ」じゃないよ! 酔ってるよ! 完全に酔ってるよ!)
     心が揺れている所にお酒を落としたのがいけなかったのだろうか。それとも単純に自分が酷く酔いやすいだけなのか。真相を確かめる気力は少なくとも今の自分には残っていない。
    (物凄く迷惑をかけちゃった……)
     はぁと息を吐いて隣の人物を眺め、点々としている記憶を辿っていく。
    (……いつもだったらあんな言い方出来ないだろうな……)
     微かに指先で相手の唇に触れる。
     駄々を捏ねる程、穴あきのある記憶だけでも自身がどれほど離れたくなかったかを教えられた。普段の自分であればあんな駄々を言えないだろう。羞恥心に圧されて口を紡ぐ事が多いのも自覚している。
    「……」
     酔いを纏う自分に、奥底の欲を教えられてしまう。
     不安に揺れて、離れたくなくて、留めようと必死に触れて。だから、今欲しくて仕方ないのもあの夢のせいなのかもしれない。
    「…………」
    (ほしい……朽名に触りたい……。これが夢じゃないって……ちゃんと居るんだって知りたい)
     反対向きになって朽名から目を逸らし、手を掛布の下へ潜らせ自身の身へゆっくり滑らせていく。これまで一人で触れる事など無いに等しい程に、自ら触れようなど思ってこなかったのだ。たどたどしく、正直今もどう触れるのか迷う。
     頭の中の自分が口をつけ、喉を吸って、追従して何時もの触れ合いの、あられもない記憶も沸かしてしまう。
    「んっ」
     小さく喉を鳴らす。
     声を、そして息の音さえも溢さず、相手に悟らせたくなくて固く唇を紡ぐ。ほんとに欲しいものを堪え、ひっそりと苦手な一人遊びを始めた時だった。

     自身の下腹部に触れて、辿った指先で布の上からその場所を擦る。次には深い感覚を求めて服の隙間から手を差し入れた。だが、途端にどこか悪い事している気になってしまい手が止まる。一緒に途方もない寂しさを感じてしまったからだ。
     けれども相手を起こすのは忍びなく、今日だけで幾度も手間をかけさせてしまったので起こしたくない、
    「っン……」
     ビクリと身を揺らした藤が呻く。
     躊躇っていた藤が、やはり止めておこうとそっと手を戻した時、冷えた汗が流れそうになった。
     意図しない手が自身を撫で刺激を渡す。甘さが混じる音が漏れ、肩口に温度と重みが掛かる。
    「その先はしないのか? 藤?」
     実は起きていたらしい蛇に、抱えられていた腕を回されて触れられてた。声を掛けられて身体が震える。
    「起こせば良かっただろう?」
     柔い声で耳元に言ってくるので藤の羞恥心が増していく。
    (朽名の手だ……)
     見つかった事で胸の内を轟かせながらも、求めた相手が触れた事で深く安堵した。
    「くちな」
     向きを変えた藤が唇を合わせて温かさを食む。触れ回っていた舌先で唇を拭うと離し、困った表情を浮かべては相手の胸元で視線を合わせた。
     欲しがる藤に眼元がたわむ。指先で艶のある膨らみを辿り、染まった顔でおねだりしてくる頬を捕まえて浅く呼吸をすると、深くその場所に馴染んでいく。
     互いに痕を残しながら、細い身体は相手の服を緩めて肌の温度を味見する。何時の間にか藤は横たわる相手へ自身の身を預け、やがて乗せていた身を起こした。緩み切った服は垂れ下がり、前方を大きく開けては肌を晒していく。もう僅かな所で見えずにいるその場所が、藤に色を足している。溶けた瞳が、乗り跨ぐ此方を捕らえて来た。
     今日の藤は随分と蠱惑的に見えて仕方がない。
     酔う事で藤をとどめていたものを外してしまったのか。それとも別に藤を動かす何かがあったのか。蕩け出た藤の気を蛇が飲み込む。
    「一人でするか?」
     自身の上に置かれていた藤の手をとると、前に佇むその狭間へ共に重ねる。聞かれた言葉で藤が横へと首を振った。
    「くちなと」
     それを聞いた蛇が身を起こそうとする。が、それを藤に止められた。
     辛うじて引っ掛かっていた服を全て捨て去り、藤が持ち上がりかけていた相手を指先で見つけ出すと、後孔の縁にその先を合わせる。そのままゆっくりと腰を前後に揺らして狭間と蛇を擦り合わせだした。大きく脚が開かれ、服まで捨て去られた事で顕わになった性器が動きで震える。
     蛇が喉を嚥下させ、広がる景色をじっと眺める。
     重みを含み始めた自身にかかる感覚よりも、合わせてそそり上がる藤の其処へ意識がいく。熱が増し、そして動く事によって見え出した其処までも此方を誘惑してくる。しばし方々から何度も誘惑され続け、煽情に煮られている蛇は膨らみ始めた藤のその場所へ手を伸ばすと、じっくりと指先で触れていく事にした。途端に乗り跨ぐ藤の身が悶える。
    「ぁ、っ」
     けれどまだ藤の中へと進んではいないのにも関わらず、煽情的な音を漏らし始めた藤がまた此方に燃料を注ぐ。羞恥と欲が絡む泣きそうな瞳が、自分で動かしては蛇の身を擦り合す度に熱を増し、次第にその身が跳ねる頻度が増す。蛇の膨らみと擦り合わさる壁が、気がつくとなぜか微かにヒクついていた。
    (ああ、そうか)
     藤が番う事で新しく得ていたその場所が、藤自身の行動で開きかけているらしい。走りに混じって微かに開く其処からも溢れかけていたのだ。
     蛇が気づきただ一人納得している間に、小さく音を漏らしていた藤は生まれる刺激に堪らなくなったのか、動かしていた腰を上げて膨らみ始めた相手を後孔に宛がった。
     それを目にした蛇が汗をかく。
     一度だって今日は其処へ触れ、解してなど無い。藤の身を浮かせて体勢を変えようと腕を伸ばした。けれどその両の手をとると藤は自身の指と絡める。またいやいやと首を振られてしまった。少しでも苦悶に身を揺らしたら早々に止める為に目を見張る。
     だがそれが逆に、制する意識を蝕んでいる事に気づいていない。宛がわれた其処が、自身の膨らみを飲みだす姿から視線を逸らせなくなってしまっていた。

     自分で挿れていく藤が刺激で身をビクつかせる。
     腰を少しづつ降ろしながら進む其処は、先端に吸い付き縁を波打たせては屹立を飲んでいく。
     入り込む感覚に悶える藤が堪らなく自身を追い立てる。理性を溶かして早くと促す衝動に耐え中へと進む。待ち構える当人は、進む度に内壁がきゅっと自身を締めてくるから更に意識を削り盗られていき、身を起こして酷く突きたてたくなる。
     只々顔を出す欲を押し込んで藤を見守り続けた。
    「――っ」
     やけに耳に残る程の生々しい水音を立てて藤の中が満たされる。
     背を反らして大きく息を吐き出す。藤が全て入り込んだのを確認すると、腰や身を動かしては今まで教えられた良い場所の位置や居心地を整えてくる。そして瞳で「いいよ」と伝えてくると蛇は抑えきれなくなった。
     藤自らこうして飲み込んだのは初めてだ。何時もより積積極性が増している藤に心を震わす。藤を引き寄せると頬を捕まえ、深く口を合わせて中を撫でていく。現れた刺激に中が反応し、より刺激を求め出す。藤の腰が揺れて奥へ捻じ込もうと何度も上下する。箇所を通過する度に合わさる口内で藤の舌が震え、ぬちゅぬちゅと両で惨状を伝えては動きは加速していった。
     その中で、また一つ藤は刺激を得る。
     二人の間に挟まれていた頭身が、重みと動きに包み練られて唾液を垂らしている。ついでに反動で肌が触れていた胸の尖りも立ち上がってその度に身へと刺激を伝えていたのだが、それに気づき楽しむのは蛇のみだ。
    「――っぁ――っ、」
     中を突かれ頭身を擦れられ、深く強い刺激がまた藤を求めさせる。喘ぐ息まで相手に飲まれ、下腹部に溜まっていく快楽が今にも弾けだしそうで。
    (きもちよくて、あたたかくて……傍に、朽名がちゃんと居る……よかった……)
     けれど今までにない体勢での苛烈で、体力を消耗した藤は疲労を重ねている。欲しくてしかたなかった相手の温度が安堵を渡し、その上酔いがまだ抜けきっていない。
     気を抜き、自身の重みをより相手へ預けた時だった。
    「゛あっ」
     思わず唇を離し、頭身から吹き出す衝撃が藤の身体を駆け廻る。自身の中で膨らみ続けている居るそれを感じながら、藤は何時の間にか意識を手放していた。


    (まずいな……うごけぬ……)
     煽り寝落ちている当人が、意識を手放してどれ程が経っただろうが。
     繋がったまま、それが互いにみっしりと塞がってるのが確認せずともよく分かる。寝息を立てているその身の僅かな動きが、中に待機している自分の欲を更に煽る。なんならば時折内壁が味見をしては止まりを繰り返すので、中に居る自身が収まらない。
     しかし、欲を消化する為に藤へ動きを伝えたくない。身を引かせ揺り動かす事で、直ぐ傍で恍惚と眠る表情を崩させてしまうのもまた惜しい。藤自ら求め密着した好機を投げ出したくない。

     結局蛇は夜が明け、自身の身の上で眠る藤が起きるまでお預けを喰らった。


              ❖     ❖     ❖


     目を瞑っては無を探る。鳥の鳴き声と共に、瞼裏でも陽が出始めたのを感じて目を開く。
     身の上の穏やかな表情を眺めながらごくりと生唾を飲む。今すぐにでも自身の上で眠る身を引っ繰り返して、藤の中を撫で回したい。だが気持ちよさそうに眠り、意識を手放したままの藤にそれをするのは気が引ける。何よりしたくない。
     だが蛇は疲れていた。
     欲情にそそり立ち、中で放置され続けている上に据え膳が目の前で眠り続けている。そうして理性を食らい削り続け、早く藤の中を掻き回せと呻いている己の欲をいなす為に手を藤の尻に這わす。むにむにと柔らかな身を揉んで藤が起きるまでの時間稼ぎを計りだした。

    「ん、ぁ」
     藤が息を吹き返すと突如喘ぐ。眠る表情を心に焼き付け、もにもにと身を味わっていた蛇と目が合った。
    「………………。あっ、え?」
     呆然としていた藤が、身を揉まれ、そして繋がっているままな事に気づき慌てだす。顔が急激に赤く染まってき、酔っている時の事をよく覚えている藤が現状を察した。
     それでも辞めずに蛇は同じ様に藤の身体を楽しんでいく。するりと指が滑っていくたびにこそばゆさや刺激に藤が身を震わせた。口を食み、耳を食み、また荒く息を荒げながら藤はへにゃりと力を抜いて相手に預ける。そして撫でられる事でその度に身を跳ねさせる。
    「ぁ、ん、――っん」
     背から腰、尻に脚の線、太腿の弾力。藤の何もかもが蛇にとっては美味なるものだ。辿る横で、飽いてた手は藤の胸元を弄りだす。
    「まだ続いているからな」
     何がとも言わずとも理解は出来ている。だが、良い笑顔を向けてくるそれは一気に理解したくない。
    「今日一日は私に付き合ってもらうぞ」
     にっこり告げられると藤が悪寒に身を震わせた。


              ❖     ❖     ❖


    (……最近は人の身で眠る事も増えたな)
     ふと重さを感じて目を開く。
     普段は蛇の身で眠る事が多いが、今は無意識に人の身へと変えて眠っていたらしい。
     そして素肌に乗る温かみの正体を見つけて目を弛ませる。仰向けで横たえていた自身の上へ、藤が身を預けて眠っていた。直ぐ傍で眠るその顔を堪能する。
    (以前も藤が身を乗せて来た事があったな。その時の姿は蛇であったが)
     懐かしくも感じるその記憶を思い出す。
     人の身で眠っても、落ち着くからなのか、或いはそうした性質だったのか、何時の間にか蛇へと変わっていたりしたものを、知らぬ間に此方へと変えてしまうのは随分とこの身も気に入ってしまったのだろうか。
     ただの蛇だった自分が、人に願われ身を変えた。自分達と違うものを恐れやすい人間達に合わせるかの様に。
     願われた時に人の身に成ったのは、本当にそれが理由なのかは分からない。ただ、神として振る舞い、神として請われるこの身が煩わしくなる事も確かだったのだ。
     だが、あの世界で願われ、それによって藤を抱きしめる事が出来るようになったのも確かだ。藤と過ごす内に、この姿でいる意味が変わったのだろう。
    (それこそ、〝変化〟したのかもな)
     温かさを己に与え、本懐で居られるように意味を変えてくれたのは藤だ。そして、それに気づく事が出来たのは、己が気づけるだけの強さを持っていたからだ。
     以前は神として過ごす姿があまり好きではなかったが、今はこの身での煩わしさは生まれず、どちらの姿としても藤と過ごす時間で憂いは消え、果てには楽しくて仕方がない。
     それはきっと己の〝素〟を見つけ続けてくれる藤おかげだ。己の在り方を、己が願い続けた在り方を見つけてくれた藤が居たからだ。そんな藤を抱きしめたくて仕方がない。この身を持てて良かったと思う。

     神としての姿は藤と過ごす為の姿へと変化していた。疾うにはどちらも〝自分〟として腑に落ちる姿だ。
    (……だが、藤はどちらが好みなのだろうか)
     聞いたならば、仄かに顔を染めながら「どちらも」と言いそうだが。それに〝後学〟の為に知っておきたい気もする。
     蛇の身でも恐れの欠片も無く楽しそうに此方を見るし、人の身でもこれ以上ないくらいに柔らかな笑みを浮かべてくれる。
     どちらがより藤が喜ぶのか。
     そんな些細な事象でも、藤を失わない為に必死なのである。神だ何だと言われていた己が。
    (お前は新しく生まれ変わらせる力でもあるのか?)
     健やかに身の上で眠る藤を両の腕で抱きしめた。温かく愛おしい藤を、逃がしたくないと願いを込める様に。


     目を覚ました藤がもぞもぞとすると、相手の胸の内で顔を沈ませて大きく呼吸をする。その温かさがまた眠気を誘ってきた。
    (……温かい)
     逃がさないように、また抱えられた腕の中で意識を戻したらしい。今度はしっかりと寝息を確かめてみたが、当の本人は深く眠りに落ちていた。
     強く腕を巻かれ、前ほどは隙間に余裕がないので向き合う形から身をずらせないが、ひしと密着しているので暖房がついていない中でも寒くはない。……あれから散々攻め倒された気もするが、取り敢えず羞恥を沸かせる前に端に置いておく。

     じっと目の前の人物を見る。
     一向に離そうとしない様子にふわりと笑みが浮くと、その胸に顔を埋め再び眠りに就いた。酔いなど疾うにさめていたが、それから目を逸らしてもう少しだけ甘える事にしたのだ。



    閑話2 「手にする今日の思い出」

    「ただいま」
    「おかえり」
     此方に気づくと藤が明るい柔らかな笑みで返してくれる。藤とのそんなちょっとした事が嬉しくて蛇は今日も心を躍らせた。
     今日は何をしていたのか、家事や読書をしていた、此処の文字が分からない、庭の散策もしていた。そうした他愛無い話をしながら二人は今日も眠りに就く。そして翌朝、目を覚まして戸を開けると外の景色は真っ白な衣装を纏いきらきらと輝いていた。
    「雪が積もった!」
     昨日の晩はぼた雪で、どこまで積もるか分からなかったが、夜深くに粉雪に代わったらしい。昨日の夜には「どうなるのかな?」とどこかわくわくしていた藤が居たのだ。
     藤が此処に来てから初めて積もった雪だ。
     雨戸を開けて映し出された庭を眺めて、普段とは違う美しい景色に藤の声が弾む。外はまだちらちらと白を落としていた。
    「みて、朽名! すごい! こんなに積もってるよ!」
     白く染まる息を吐きながら藤が驚き、風邪を引かせない様にとその身に防寒着を着せた蛇が微笑する。着せている間にも藤はきらきらとした瞳を外へ流していた。
     踏み石に置かれていた外履きに足を通し、少しだけ庭先に出てみる。ぽすっと雪に掌を押し付けると、くっきりと可愛らしい手形が出来た。
    「つめたいね!」
     ぱらぱらと振っていた雪が、軽風に煽られて黒い髪に小さな雪の花を乗せる。ぱっと此方を向いた顔が嬉しそうで、心がほっと温かくなった。ただ、その次にはその表情がなぜだかうずうずとしている。
    「どうしたんだ?」
    「なんか……此処に寝転んだらどんな感じかなって。でも、崩すの勿体ないかな……」
     広がる白に飛び込みたくなる。けれど、綺麗に広がる白が勿体ない気もしてしまう。うずうずとしたままそう迷っているのか、やがて藤が答えを出す。
    「もう中へ入ろうか」
     少し寂しそうな声で藤が告げる。立ち上がり、縁側へ戻ろうとしたその身を引いて、二人で白の海に沈み込んだ。


              ❖     ❖     ❖


     一面が真っ白くなり綺麗に広がる庭を見て、ルカとトウアがあれをしようと言うと、それを聞いた藤が「あれ……」と呟きうずうずとしていた。二人に手を引かれ、藤は共に白い海へと飛び込んだ。

     湖(水海)の向こう、奥山の方面程ではないが深山側に位置するこの夕刻街でも割と雪が積もる。
     雪郷土還ゆきさとがえりの季節が来ると、隠世では文字通り〝雪の華〟が降り始める。地に落ちるとふわりと消えてしまう雪とは違った真っ白な花だ。その花を見かけると、もうすぐ〝ひととせのつい〟だなとなる者が多い。
     この花が空から舞うこの期間は、商いをする者や店を営む者の多くは何時もより早めに切り上げて休息へ向かい、談笑したり遊んでみたりお酒を飲んだりと誰かと集まって楽しむ事も多くなっていく。そしてもう幾何かしたら各自でひととせの終を過ごす為の用意をしたり御裾分けをしあったりと、準備をしながらそれぞれの家々が隠世特有の飾り供えを飾りだす。
     それは冬の寒さや何処か感じる寂しさを、冬を楽しむ事で力に変えてしまい、また次の新しい季節や日を迎える隠世の祭事の一つだ。
     藤自身もそろそろひととせの終だから精霊を歓迎する為の〝精霊燈〟を物置から出して、手入れをしておこうかと考えていた頃合いだった。そんな蔦藤神社には、祭事がてらに雪かきの手伝いをしに来てくれた者達で賑わっていた。
     コシキダ(コスキ)や雪押し等の除雪道具を持ち、ざくざくと切り出しては切りだされた雪をみんなでぽいぽいと除雪していく。トウアが雪押しを手にし、楽しそうに雪をががっと場の端へ一掃していたのも面白かった。
     藤と朽名だけであれば表門から拝殿までの階段や、通り道だけだったかもしれないが、人数が手伝ってくれたので境内や母屋辺りも概ね片づける事が出来た。
     これが奥山の方面や心寄街こころよまちだったら、重みを考慮して屋根の上も除雪していたのだろう。以前そうした話を聞いた事がある。きっと今も雪かきでわいわいしているかもしれない。
     心寄街は温泉街なので藤は一度訪れてみたいと思っている場所だ。きっとこの季節は雪景色を眺めながら湯に浸かる事ができ、より身体に染みてとてもよい心地になるのだろう。

     三人でべしゃりと一面に広がる白へ手足を伸ばして寝転がった。
     綺麗に降り積もっていた雪は三人の手によって好奇心の足跡がつけられていく。はしゃぐ三人の様子につられた小さな幽霊達もごろりと雪の原に寝転ぶと、楽しそうにぱたぱたと動き出す。もふりと白に身を沈めては顔を出して、また沈めて遊んでいるのも居る。
    「あっ!」
     だが、笑みを浮かべて喜々としていた藤はふと思い至りはっとする。懐に蛇を入れたままだった。
     がばりと起き上がり、そろりと上着の中を覗き見る。自分の胴にひしと巻き付いて此方を見上げる柿色の瞳と目が合った。
    「ご、ごめん。朽名」
    「ああ、大丈夫だ」
     そう言いながらも蛇の白い身はふるふると震えているようにも見えてきそうで、藤が(やってしまった……)と反省する。服装は厚めではあるが、布越しに雪の冷たさが蛇に伝わってしまったかもしれない。蛇が収まる懐を抱え直す。
    「部屋に戻る?」
    「お前の傍ならすぐに温まるからな。好きなだけ楽しめ」
     にゅるりと顔を出す蛇が頬擦りをしてくる。
    「お前は寒くないか?」
    「うん。沢山着込んで来たし、雪かきで動いたから少し暑いくらい」
     二人で辺りを見回す。目の前の光景を楽しんでいると、後ろの方から声がした。
    「かまくらでも作るか」
     神社の雪かきを手伝ってくれていた竜胆が、〝しゃべる〟片手にそう告げる。互いに雪を掛けあっていたルカとトウアが、「かまくら!」「作ろう!」「大きな雪だるまも作ろう!」「作ろう!!」と飛びついている。雪に潜っては顔を出し、また潜ってはかくれんぼをしていた小さな幽霊達も、その声に興味を引かれたらしい。ぴょこぴょこと雪の海から集まって来た。みんなで「おー!」としている。もう少しだけ参加したいかもと思っていた藤が立ち上がる。
     みんなで雪を山にしては穴を掘っていく。隣にはトウアと幽霊達で作られた雪だるまが生まれた。宣言通りの大きな者もいれば、ちょこんとしている小さな子もいる。小石や葉を集めて来た幽霊達が表情を作っている所だった。
    「餅でも焼いてやろうか」
     折角だからと竜胆が、手土産に持ってきていた餅でも焼こうかと提案してくれる。
    「たべる!」
    「一人増えたな」
     丁度そこへ、遊びに来た狗子童子が、御餅につられてぴょこりと現れた。
     狗子童子は時折遊びに来る子で、藤達が小祠の掃除をしに行った際に出会った子である。期待に満ちた良い返事で、同じく心躍らせた藤達が笑みを浮かべた。
    「おもち、すき!」
    「じゃあ、他の材料も持ってこようか? 少し待ってて」
     魅惑的なおやつに色を添える為、蛇と厨へ向かう。その道中では餡子にきなこに磯辺にと、藤が心を浮足立たせていた。

    「おい、もう飲んでいるのか?」
     居間と襖を開いた隣の和室では、酒飲み達がわいわいと寛いでいた。槐が空になった徳利を手元で振る。
     酒と聞いて当たり前のように途中参加しに来た鍵屋、寝こけている本屋、トウアと共に手伝いをしに来ていたムツキ、楽しそうな事柄につられ竜胆についてきた槐。鍵屋についてきたらしいカノまで居た。最近知り合い、燈の守をしている人物だ。静かにグラスを傾けていた所を止め、此方へ顔を向けて頷く。
     一応大きめの炬燵なのだが、そろそろ満員になりそうだった。あとでもう一つ卓を出した方がいいかもしれないと藤が思案する。
    「お酒、新しいの持ってきますか?」
    「ふふっ、大丈夫よ。実はこれを見越して持ち寄ったらね、みんな同じことを考えていたみたいなのよ」
     そう言って掲げたのは一升瓶である。そして他の者によってごとっと卓上に置かれたのはまた一升瓶である。その横に置かれていたのは別の種類のお酒が幾つか。しかもこんもりと美味しそうな酒の友まで置かれている。出していたお茶の湯呑に囲まれて、卓上のその真ん中には酒飲み達の酒盛り場が出来ていた。
    「みんなで飲み比べしてたのよ」
     酒飲みが多く集まるとこうなるのかと藤が苦笑する。
     ここはまかせろと蛇が藤を見上げ、懐から出ていくと人の身に変えた。朽名なら家の勝手など言わずとも知り尽くしているので、その言葉に甘えて任せる事にする。
     さりげなく槐を警戒する蛇に、藤は気づかないまま厨へ向かった。

    「貴方さりげなく藤を遠ざけたわね」
     じとっと槐が蛇を見る。
    「何の事だかな」
    「余裕がないとよく言われない?」
    「ないな」
    「藤にはでしょうに」
    「それで構わん。……外を眺めながら酒を煽るな」
    「可愛らしいものを眺めた方がお酒が美味しいでしょう?」
     まったくと言いながらグラスに口をつける。それには同意するが、そういう所がだなと蛇は頭の中で抗議する。
    (お前がやると洒落にならん)
    「これを飲め。中々味わい深いぞ」
    「……一種のみで私を眠らせる気か? お前ならいいかもしれんが、私はこの配分で飲み続けていたら寝るぞ」
     明らかに度数が高そうな酒を鍵屋が蛇の前に置く。
     弱すぎず強すぎるわけでもないが、鍵屋を含め此処に居る者達に付き合っていたらすぐに潰れる。現に鍵屋から飲まされたであろう本屋は既に眠っていた。ムツキはしっかりとしているので自身の配分を保っている。鍵屋と槐、そしてカノが強すぎるのだ。
     折角これ程種類があるので一気に潰れるのは勿体ない。苦笑を溢した蛇は割る物を得る為、席についたばかりの腰を上げた。


              ❖     ❖     ❖


     夕に陽が傾き始め、暗くなる前に全員が部屋に集まる。各々が温められた部屋でくつろぎ、酒飲み達の輪にはムツキと入れ代わりで竜胆も参加していた。むにゃりと起きだした本屋が欠伸をしながら身を起こす。席についた竜胆に、これを飲めと鍵屋からグラスを置かれていた。私達もと手を上げ槐とカノもおかわりをしている。
     それとは別に、厨では夕飯の準備が進められていた。
     沢山用意しておいた材料と共に、みんなが持ち寄っていたものを並べる。ある程度は何を作るか決めていたが、他にも何か作りたい。
     ムツキと共に何を作るか思案した結果、自分がまだ知らない料理を教えてもらいながら作っていく事にした。

    (これをもう一度煮詰めて)
     昼の間に軽く煮込んでおいたおでんを更に煮込んでいく。その隣ではお鍋の中にじゃが芋がぐつぐつと煮られて湯に浸かる。じゃが芋が茹るその間に、食材をざくざくと切って必要なものを揃えていき、早めに炊き出そうと思い炊き込みご飯の準備もした。
     其処へ、そわそわしていたトウア達が厨を覗く。手伝いを申し出てくれたので下準備を頼む。二人の横で幽霊達に混ざりながら、わくわくと見ていた狗子のその目が「自分も!」と期待に満ち溢れていたので、トウア達と一緒に手伝って貰う事にした。
     お手伝いさん達からごろっとするくらいの潰したじゃが芋を受け取り、他の具材と共に味付けをしながら炒めていく。豆乳と米粉、それと味噌を少量追加し、混ぜながら更に煮詰めていった。出してもらっていた小さめの丸い器に入れ、トウアとムツキが持ってきたチーズをみんなにその上へとかけて貰った。教えてもらったのは味噌が隠し味のグラタンだった。
     程よく焼けるまで、ムツキに鶏肉を下味用の液に漬け込んでおいたものに衣をつけて揚げて貰う。昨夜から漬けておいたのでよく味が染み込んでいる筈だ。この時期に収穫した柚子の絞り汁とすりおろした皮を加えた味付け液で、揚げ物なのにさっぱりとした味わいの鶏肉の柚子唐揚げだ。からりと揚げるそれをつまみ食いしたくなったのか、手伝う者達が時折隣からちらりと覗いては過ぎていく。とても気持ちが分かるので藤が苦笑する。よく見るとムツキも苦笑していた。
     揚がる音を聞きながら、酒飲み達が居るのでおつまみも兼ねて副菜を作っていく。次々に生まれる彩を、まだかまだかとお手伝いさん達が見つめる。お皿を出して貰いながら出来上がっていくおかずを並べていった。

    「綺麗だね」
    「すんでいるお山にさいてたの。お花すきってきいたからもってきた!」
     そうして出そろった料理達を、みんなで待ち兼ねていた卓まで運んでいく。卓上には狗子が持ってきてくれた白い山茶花を活けておいた。酒飲み達に眺められながら静かに佇んでいた山茶花の周りがぱっと華やぐ。
     柔らかな色の傍に料理達が出揃い、わいわいと賑やかな声がその場所を囲んでいく。全員が席につくと冷めないうちにそれを堪能する事にした。


              ❖     ❖     ❖


     大きなお鍋には冬にぴったりな具沢山で熱々のおでんがひしめいている。よくよく煮込んだから芯まで出汁が染み込んでいるだろう。
     ふーふー、はふはふ、もぐもぐと。次はどれにしようかと様々な具材に心躍らせる。
    「おもち!」
     藤の隣に座っていたお餅大好きな狗子が、餅巾着をもちっと伸ばしてはもぐもぐと嬉しそうに食べ、そして他のものにも手を伸ばしてぱくぱくと食べて尻尾を揺らしていた。その姿に藤が笑みを浮かべる。予想した通り、大根も中までしっかりと染み込んでいた。
     まず一口と含んだグラタンもとても美味しく、とろりとしたチーズとほくほくな具材がまた相性が良い。チーズと豆乳の甘みの中に味噌の風味の良さで、早々に器の中のものをぺろりと食べ終わる。そしてルカは魅惑的な色をしている唐揚げにサクッと歯を立てた。そそるような音を立て、ジュワリと染みだす。それにつられて自分もとトウアが口に含んだ。
    「これは下味の他に何か別のものも入っているね」
    「漬け置く時に、柚子の果汁とすり下ろした皮を少し加えました」
    「成程。だからこうしてさっぱりとしたまま次に手を伸ばしてしまうのか」
     噛みしめるとにじみ出る風味でムツキが頷く。そして次には炊き込みご飯を噛みしめる。今日の品はこの時期が旬のホタテと葱の炊き込みご飯だ。
    「炊き込みご飯も美味しい」
    「冷めてからおにぎりにしてもいいと思うんです」
     料理談義をし始めたその横で、酒飲み達が追加されたそれぞれのおつまみ片手に、ふむと顔を突き合わせてはあれだこれだと話し合っている。どうやら酒との相性を話ているらしい。
    「和酒がよく合うな」
    「いや、この酒も意外とよく合うぞ」
    「あのお酒も持ってくれば良かったわ。きっとこの料理にとても合うもの」
    (お酒の事はよく分からないけど、楽しそうだからいいか)
     口に合うかと考えたが、美味しそうに食べているのでほっと息をつく。
     おでんに柚子が香る鶏唐揚げに和風グラタンにホタテと葱の炊き込みご飯。他には千切りにした大葉を散らした長芋のたらこ和え、グラタンと同じく二人が持ってきてくれたチーズを入れた卵焼き、槐さんが持ってきてくれた香草を使った甘だれの鶏つくね、そして水菜と共に柚子胡椒で和えた酢ダコ。そこへ漬けておいた幾つかの漬物も添えた。
     次はどれにしようかときょろきょろしていた幽霊達が、見つけ出した漬物をポリポリと食べている。気に入ったのか予想よりも減りが早かったので、追加をする為に藤が立ち上がった。
     囲む人数は多いが、手伝ってくれる者も多いのでそう大変ではなく、むしろ誰かとこうして作り合うのも楽しい。沢山作った料理も人数が多いので綺麗になくなっていった。

     隠世では誰かからの恵みに加え、各々の家で自身が使う物を〝作る〟事も多い。青物だけで言うならば、蔦藤神社でも藤が植物の手入れをしている横で小さいけれど菜園を育てていたりもする。
     柚子の木もあるのでこの時期は使う事が多い。
     生でも様々なものに使えるし、塩漬けや柚子胡椒にしておけば調味料として料理にも使いやすい。柚子のポン酢はとても香りが良いものだし、余った柚子や、料理で出た種や残りの皮を薄い袋にまとめ直して湯船に浮かべても立派な柚子湯になる。それ以外では掃除にも活用出来るし、他にも使い道は多い。
     植木で言うなら梅は実を、松は松の葉に松ぼっくりや実などを活用している。見て癒し、活用し、そして食まで助けてくれる。誰かや自然に生かされてばかりだと改めて考える。
     そんな中で冬の為にと保存していた野菜、そして加工や調理保存していたものも取りだす。各々が何かしらを持ち寄り、大勢で楽しむのもこうして集まる時の面白さで。

     一件大変に見える作業でも、〝楽しく過ごす達人〟たちがこの隠世では多いのかもしれない。藤自身もまた、家事を始めとして何かを楽しむのを意識せずにしている。藤が楽し気にしていたらその横の蛇も楽しくなるのだから、これもまた隠世の特性なのかだろうか。〝楽しい〟は力に成りえ、共有された誰かの楽しいがまた誰かの楽しいと繋がっていた。そうして物だろうが心だろうが在り方だろうが、世界は〝廻って〝いく。


     後片付けをした跡に其々がまたわいわいとしだす。
     ルカがくれたココアでほっと息をつき、温かく甘いそれが藤の笑みを深くさせる。藤、トウア、ルカ、狗子童子、幽霊達が賑わう。
    「これね、マシュマロいれるとまた美味しいんだよ」
    「ましゅまろ?」
    「白くてふわふわで柔らかくて、ほんのりと甘いお菓子!」
    「熱で溶けやすく、ココアに入れるとトロリとする」
    「今度一緒にお菓子屋さん行こうね!」
     トウアとルカの紹介で、未知の味に藤の瞳が輝く。その横ではんくんくと温かいものを飲んで輝いた狗子が、落ち着いたのか眠気を含ん微睡んでいた。その周りでは幽霊達も寄り添い眠り、一人が大きく欠伸をしている。
     酒飲み達の飲み合わせ談義も落ちついてきたのか、今日はこれでお開きにする事にしたらしい。
    「おい、起きろ」
     べしべしと鍵屋が本屋を起こす。だが、眠りが深いのか一向に起きない。飲んではまた眠っていた本屋を、その後ろ襟首を掴んだ鍵屋が扉の先に放り込む。一度閉じると再度開け直して自身も帰っていった。カノもその後に続いていく。
    「それじゃあね、藤」
    「またね!」
    「気を付けて」
     みんながそれぞれ帰路に就く。
     手を振って其々を見送り、居間に戻ってはそのまま炬燵に入り直した。
    (楽しかったぁ)
     新しく手にした思い出に、笑みを浮かべた藤は外を眺める。入れ直したお茶を一口含んだ。
     陽はすっかり落ちきり、夜の窓には雪だるまや遊んだ痕が映し出される。此処に来る前は藤と朽名の二人だったのが、今はこんなに賑やかなのが嬉しく、楽しい事柄をその蛇の傍で楽しめるのがまた嬉しい。その当人は藤の懐で微睡んでいる。
    (酔っ払い共が夢のあと……)
     何処かで聞いた言葉を思い出し、喜々としていた少し前の光景を思い浮かべ、そして当て嵌めてはふふっと笑う。
    「『ぐらたん』っていうのはムツキに教えて貰って、みんなと作ったんだよ」
     静かに眠る蛇に小さく声を掛けてまた頬笑む。
     何時もはそうならない様にしているのか、眠る程酔い潰れる事は少ない蛇が、今日は静かに眠っている。きっと楽しかったのは自分だけではない筈だ。
     みんなが手伝ってくれたのもあって、今もそこまでは散らかっていない。物置から引っ張り出してきた卓と散らばる座布団、大きい鍋の後片付けくらいだ。
     なので今日は目一杯楽しんで、片付けは明日にしてしまおう。料理に洗濯に掃除と……こうした家仕事や作業は苦ではない。どちらかと言うと好きな方だ。だから少しうずうずとしてしまうが、今日は蛇を連れてこのまま休む事にした。


              ❖     ❖     ❖


     二人で埋もれた雪の中で、ぱちくりとした黒色の瞳と目が合った。
    「これで気兼ねなく飛び込めるな」
     あーあと言いながら、くすくすと笑いだした藤と笑い合う。寝転びながら何をしたいか藤に聞き、あれやこれやと遊びの計画を練りだした。
    「えっとね、なんだか雪の塊を転がしてたのは見た事あるよ」
    「そういえば雪を固め、葉で耳を付けて兎も作っていたぞ」
     雪遊びについては蛇も里の子供達が遊んでいるのを見かけただけで、詳しくは知らなかった。だが、知らないながらにも色々と試しても良いのかもしれない。
     身を起こして立ち上がると、期待に胸を躍らせながら二人は家屋へと戻る。まずは朝食をしっかりと食べ、完全防備を藤にさせてから二人で庭に出る事にした。

     二人で雪を転がし、出来上がったのは綺麗に整えられた雪だるまだ。藤の足元には今しがた兎が出来たばかりだった。
    (楽しい!)
     此処に来るまでは寒さに耐えるだけの冬だったのに、窓から眺めるのみだった雪遊びを今は誰かと楽しんでいる。窓の外の景色は様変わりして綺麗なのに、その白と戯れるのは藤には未知の域だったのだ。
    (あの子もこんな気持ちだったのかな?)
     今思えば、遊んでいたあの子は恐らくあの夫婦の子供だったのだろう。幾度もあの二人と外にいるのを見かけた事がある。外で遊ぶ子供を見ては、自分もしてみたいと思っていたのだ。
    「次はへびをつくる!」
     ほくほくとした藤が、雪だるまと兎で自信をつけて次へと動き出す。きっと庭はそんな藤によって今よりも賑やかになるかもしれない。
     ただ、はぁっと白い息を吐く藤の頬がほんのり赤味を帯びているのに気づいた。蛇が声を掛ける。
    「藤、その前に休憩所を作らないか」
    「きゅうけい?」
     家の中では駄目なのかと思案する藤に、聞いては忘れていたあれを思い出す。せっせと二人で大きな雪山を作り、入口が掘られ、やがて生み出されたかまくらに藤が喜んだ。

    「意外と中って暖かいんだね!」
     七輪でじわじわと熱を通されるお餅に、まだかまだかとワクワクしていた藤が背後の相手に顔を向ける。自身の羽織物の中に閉じ込め、蛇が膝に藤を置いてそのまま温まっていた。
    「お前は体温が高いな」
     寒さに弱いと自覚している蛇が遠い目をする。
     少し前まで寒い場所に居たのに、まだ僅かに残る赤い頬を携えながらも、もうすでに温もりを取り戻している藤を蛇がひしと抱きしめている。蛇の身よりもましなのか人の身へと変えたままだ。そして思わず柔らかな頬をむにむにと弄りだした。
    「そしてつき立ての餅みたいに柔らかいな。……いや、大福か?」
    「おれふぁおもひでもだひふふでもなひよ!」
     むにむにと頬を捕らえられ、んむーとしている藤の声が揺らされていた。頬を揉む朽名は思わず微笑する。そんな相手に、藤がふるふると首を横に振って手から逃れ、ぷくっと頬を膨らませた。
    「餅が膨らんだな」
     わざとらしく大きく染まる頬を膨らませると、ケラケラと笑みを浮かべている相手に見せる。藤の肉付きが、出会った頃よりも良くなったのがとても嬉しい。
    (楽しさを忘れず、そのままのびのびと育ってくれよ、藤)
     ぷくっと膨らみ風船を作るお餅に、わぁっと藤が歓喜の声を出した。

     一人だった藤の冬も今は自分が居るのだから。
     藤の記憶に、少しでも一人ぼっち以外の記憶が増やせたのが嬉しい蛇は、藤と共に美味を食む。
     けれど冬を一人で過ごしていたのは蛇も同じだったのだ。
     後日、帰宅すると暫くは藤が作った雪だるまに玄関で向かえ続けられ、寒さを抱えて帰宅しても今までの冬とは違い笑みを忘れる事が無くなったのだ。
     それに蛇が気づくのは、春が訪れ始めるもう少し後である。



    閑話3 「ほろよう心深しんしん

     力となる鉱物を入れた暖房器具を傍に置き、酒を引っ張り出した風呂上がりの蛇が、居間の障子戸を開け放って庭を眺めながらその香りと味を楽しんでいる。建具を閉じた広縁の向こうでは、馴染みのある庭先が隠世の蒼い月の光に照らされていた。
     此方に来てから植えた椿の樹が、積もる雪に混じって花を開かせている。その視界の端では以前作られた雪だるまやかまくらがまだ後を残していた。
     それを眺めて蛇は笑みを落とす。
    「お酒?」
     ふかふかの手ぬぐいを被った藤がひょこりと脇から覗き込んでくる。まだ濡れたままの髪を見るに、拭きながら此方へとやってきたのだろう。
    「飲むか?」
    「え……でも、前に酔っちゃって……」
     以前果実酒を貰った時の事を思い出し、顔を赤くする。
    「前は酒だと知らなずに量を煽っただろう? 飲み過ぎなければ好い。……何なら酔ってしまってもいいぞ。前のように、しっかりと介抱してやるからな」
     意地悪くニヤリと笑うと、ほらと器を渡される。
    「……うん」
    (……絶体飲み過ぎないようにしよう……)
     手渡された盃を静かに受け取る。
     そう心で誓うと、藤はちびちびと香りの良い和酒を口に含みだした。
    「藤、まだ髪が濡れてるぞ。拭いてやるから来い」
     ぽんぽんと膝を打つ。
     乾かすなど自身の力で容易く達成出来るが、藤に構える機会をこの蛇が逃すわけがなかった。
     その掛け声に身を起こすと、ぽんと打たれた膝の上にすとんと藤が身を降ろす。その出来事におおと蛇が感動した。普段のように恥ずかしがり、顔を赤らめるかと思いきや、素直に此方へと寄って来たのだ。ただ、
    (……藤が酒を飲む時は傍に居た方が良いかもしれんな)
     藤が無防備にさらされる事の無いように、事に喜々として浮足立つ心の傍に留める。
     少量を口にしただけなのに、もしかしたら己以上に藤は酔い易いのかもしれない。藤の様子は何処か眠たげな様な気もする。
     肩にかけていた手ぬぐいを借りると、そのまま蛇は藤の髪を乾かし始めた。


    (……何だか此処に来る前みたい)
     此処に来る前、特に来たばかりの頃によくあった事だ。濡れたままの髪を携えてきた自分を見つけては、風邪をひくぞと拭いてくれていた。
     丁寧にわしゃわしゃと乾かしていると、次第にふわりと乾き出す。色素の薄い髪に月明りを纏わせ、拭かれながらも藤は香りを口に含む。懐かしさと心地よさで、そして思い出してはなんだか楽しくなってきていた。
     そうして気分がふわふわとしてきた時だった。ぽふりと頭上で何かが触れると、すっと空気の流れを肌に感じる。藤の頬がカッと赤くなった。
    「……」
    「風呂から上がると変わってしまうのが気になるな。これはこれでもいいのだが……」
     藤の羞恥をよそに、蛇は僅かに首を捻る。
     お風呂上り後の藤の匂いも好きではあるが、普段の匂いも、そして〝付けた匂い〟も薄くなってしまうので気になる。
     そうやってうむと唸っていると、目前の藤の身体がわなないているのに気づいた。
    「……かがないで……」
     後ろからでも耳の赤さで様子が分かる。
     本人が見てないのを良い事に頭上で思い切りにやけると、腕を回してぎゅっと抱きつき頬を擦る。
    「ふわりとした毛並みで心地よく、愛らしさもピカイチだな。お前の事となるとつい自分を寄せてしまう」
    「……猫じゃない」
     以前の事でも思い出したのだろうか。拗ねた様に藤が言う。それに苦笑した朽名が覚えていたものを合わせるように口を開いた。
    「ああ、猫ではないな。愛らしいのは似ているが、確かに猫ではないな。わざわざ食べられに来る猫は居らんだろう」
     その返しにふくっとすると、真っ赤な顔の藤がぶんぶんと頭を横に振っては朽名の鼻先から逃れる。どうやら藤も覚えていたらしい。蛇が微笑する。
    「……じゃあ、猫じゃないなら俺は朽名の何?」
     駄目だろうと予想しながらも、仕返しと言わんばかりにまた以前の事を模して聞いてみたが恐らく、
    「私のつがいだな」
     喜々として笑みを浮かべて応える蛇に、(やっぱり躊躇く言う)とまた頬が赤くなる。赤くなるのは藤ばかりである。
     そんな藤に、蛇はまた頬を寄せた。
    「いやなに、付けた匂いが落ちたなと思ってな」
     隠そうともせずにはっきりと告げる。
     下から回された腕に、ふわりと自身の腕を重ねて手を添えた。気恥ずかしさに躊躇いながらも、嬉しそうな相手を見るとつい許してしまう。
    (俺だって朽名に残したい)
     匂いも前に言っていた印の一つなのだろうとは思っている。けれど、
    「……そうだよ、猫だったら朽名の所に食べられに来てないもん」
     酔いでふよふよとしている藤が、恥ずかしさを押し込めて気を振り絞り抗議の声を上げる。酔いか、はたまた羞恥か。言葉までふよふよとしている。
    「でも恥ずかしいものは恥ずかしいの!」
     じとっと後背の相手に視線を向けると、向けられた相手はその赤らめ脹れる頬にふっと息を溢す。
    「では、私は身を藤に寄せない方がいいだろうな。どうしたってお前に触れたくなるのだから」
    「……そんな恥ずかしさを許すのも朽名だけだよ」
     恥ずかしさを紛らわす為に、視線を逸らしてまたこくりと和酒を含んだ藤の喉が嚥下する。その言葉が嬉しさを増し、蛇の笑みは絶えない。
    「……朽名も髪、まだ濡れてるよ」
     髪が乾き、ふわふわとした手触りに満足していると藤がまた見上げてくる。相手の髪に目を止めた藤が、朽名によってふかふかに戻された手ぬぐいを受け取ると、膝から降りてその濡れた髪を拭い始める。
     背後から伝わる温度が笑みを零させる。わしわしと拭かれる感覚が心地良かった。
    「……」
     だが突然、ぽふりと頭上にこそばゆさが降りかかる。藤が静かに吐息を零した。
    「……ずるい。俺も朽名の匂い知りたい」
     蛇ほど嗅覚が優れてもいない為に相手を感じ辛い。
     むすっとした藤が口を開く。
    「ちょっと隠世中走って来てよ」
     その言葉に蛇が噴出した。くっくっと笑いに堪える息が混じっている。
     相手は常に余裕を保つ上に酷く疲れを見せる方が珍しく、それに加えて自身の力で身を整えれてしまうからその機会がぐんと少ない。なんならばみっともない姿を晒すのを避けたり、汚れた身で藤に触れるものかとしているから余計にだろう。身が汚れようものならすぐ身綺麗にしてしまう。
     だが、偶には相手を感じる程に疲れてきてほしいなんて理不尽に藤は思ってしまう。酔いが誘い出したのも要因だろうが、それ程までにこの蛇は余裕を保とうとするのだ。
    「心から願うなら走るがな、離れるのは惜しい。お前を抱かかえながら走る事になるが良いか?」
     ずるいと言わんばかりに、更にむすーっと藤が頬を膨らます。それを見て蛇も更に顔がほころんだ。
    「藤」
     腕を広げて歓迎を表す。
     身を屈めて横たえになるように膝へ座ると、ぐっと抱きしめられた。
    「好きなだけ近くで触れていいぞ。触れる程に間近なら感じる事も多いだろう?」
    「……くちなに、〝跡〟、つけてもいい?」
    「ああ、構わん」
     むしろ望むところだと深く頷く。藤は自身の襟をずらして首元を顕わにした。
    「おれにもまた、つけても……いいよ……」
     藤が自分の柔らかな唇に指を添えると、ちらりと見つめてくる。酔いが瞳の中で揺れる熱を艶やかに映していた。
    「ここも」
     自身へと降りて来た相手の首元に腕を絡めると、座上で向かい合って唇を合わせる。
     長い事音が空を染め、身の内にも外にも跡が沈んだ。


     二人でまた酒を口にする。
     更に胸元で酔い、仄かに顔を赤く染めている藤の頭がこくこくと揺れる。
    「眠るならこのまま寝てもいいぞ」
     藤の手元に座る盃を手に取り、まだまだ酒が入っている酒器の横へと置いた。
    「ん……」
     素直に身を預けて目を閉じると、すーっと静かに息を立て始めた。その様子に笑みを零し、寝顔を肴に盃へと口をつけた。



    閑話4 「冬の

     とある冬の日の話。朝の気配が近づいて目が覚める。
     何時の間にか暖房が消え、冬の空気が漂うこの部屋では体温で温められた布団の中だけが唯一の避難所。隣では寒がりの蛇がまだ布団の中へと潜りこんでいる。自分だけが近づく朝の気配で先に目を覚ましたようだ。
     早く暖房器具をつけて空気を温めに行きたい。けれど裸体にも近いこの姿で起きだすのは寒すぎる。本音を言うならまだこの暖かさの中で微睡んでいたい。
    (でも……暖かい部屋にしておいてあげたいな。……服、探さないと……)
     恐らく何処かに落ちている筈である。もしかしたら寝具の端にでも引っ掛かっているのかもしれない。まずは昨夜の戯れで出かけてしまった服を探す為、もぞもぞと起き上がり、少しでも温かさに触れていようと布団の端を身に沿わす。思っていたよりも冷たい空気に身を震わした。
     そして、自分達が乗る島の外側を覗こうと身を傾げた時だ。
    「わっ」
     ぐいっと島の中へ引き戻されてしまう。ぽふりと着地した先は蛇の白い胴の上だった。
    「あ」
     滑らかな鱗の列がそわりと肌を撫でていき、知らぬ間に尾先は脚へと絡み始めていた。仰向けたまま天を見ると、色を携えた蛇が笑みを浮かべている。
    「出てしまうと凍えるぞ」
    「服を探して部屋を暖めてくるよ。……朽名も暖かい方がいいでしょ?」
     蛇がすりすりと藤に頬を寄せる。その身の暖かさを堪能するように。
    「私はお前の温かさに溺れよう。春が来るまでこのままでもいいぞ」
     藤の脚元に落ちた掛布を、裸体では寒かろうと肩まで掛けてくれる。それを手で引き、蛇の頭にまで掛けて二人だけの洞窟にしてしまう。
    「それは、俺が困っちゃうよ」
     ふふっと笑みを零す音が洞の中に落ちていく。離す気がない白い胴に一つ息を吐き出すと、細い指先で鱗を撫でた。
    「でも、朽名が凍っちゃったら嫌だから、もう少しだけこうしてようかな」
     撫でる手先から顔を上げ、相手へ見やるとにっと笑みを浮かべる。
    「俺もまだ温かい布団から出たくないし」
    「私もだな」
     くっと笑うと、蛇は掛布をずるりと引いては洞の入り口を閉じてすっぽりと覆い尽くし、寒さから逃げる為に藤と中へ逃げ込む。二人はまだ温もりが残る洞窟の中に閉じこもった。
    「前にもこんな事があったね」
     笑みを零してはその後の事を思い出し、身が熱を帯びていく。
     過敏に熱を拾い上げる事が出来る蛇にとってその温かさは好物だ。ちろりと舌を出し、自身の肌で傍の温もりを飲み込む。そして楽しそうに息を巻いては藤が寄り掛かり易いように身を整えた。

     外ではしんしんと雪の花が落ち始めていた。
     静やかに冬の冷たさが漂う部屋の中では、くすくすと楽しそうな声が聞こえている。

     互いが生み出す温度を纏うこの島は、二人だけの小さな楽園だ。




              - 了 -



    ●おまけ

    時系列は「冬の音」「何時かの泡沫の夢」「アマクトケル」「手にする今日の思い出」「ほろよう心深」。

    最近藤はよく拗ねる(大体へびが原因)事が多くなったけれど、多分「むくれる」とか「顔を出す負けず嫌い」「(かわいい)仕返し」とかは相手が朽名だからだと思われる。他の人だとそれが起こりそうな場面があったらしょんぼりや反省とか畏縮したりとかが起きそう。朽名が相手だから気兼ねなく拗ねる事が出来る。

    今回「長くなりそうだな」で省いた部分もちょこちょこある。閑話1とか、起きて早々藤の身に何が起きたのかとか零れ話でかけたらいいなって(いいなって)。

    うぃすに限らずにもっと絵でも話でも他創作等々で隠世についてもっと出したいのだけれど時間が足らぬ。うちの子メモ箱の方で暫定的なのをちょっとだけ置いているのだけど、まとめるにしてもやっぱり時間が足らぬ。うぃすの各タイトルの時系列も、本編が落ち着いたら此処にもいったんまとめたいね。


    〇参加者

    朽名
    ルカ       ココア(幽霊達と一緒に来た)
    トウアとムツキ  チーズ
    竜胆       おもち
    槐        料理にも使える香草、酒とおつまみ

    〇途中参加
    狗子童子     山茶花
    鍵屋       酒とおつまみ
    本屋       酒とおつまみ
    カノ       酒とおつまみ

    〇献立
    ・お鍋(具材沢山なおでん)
    ・和風のグラタン(チーズをふんだんに。小さめの丸い器で可愛らしい)
    ・からっと揚がった唐揚げ(鶏肉を、下味に柚子の絞り汁とすり下ろした皮を加えた液に漬け込んでおいた)
    ・ホタテと葱の炊き込みご飯

    〇酒飲み達のおつまみも兼ねて
    ・長芋のたらこ和え(千切りにした大葉もかける)
    ・卵焼き(チーズ入り)
    ・甘だれの鳥つくね(香草入り)
    ・酢ダコ (水菜を加えて柚子胡椒と和えた酢だこ)
    ・漬けていた漬物も幾つか

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