君のために「ねえねえエリオット。“塩こしょう少々”の“少々”ってどのくらいかな? 何グラム?」
「そうだなぁ……親指と人差し指の指先でゆっくり摘んで振りかける程度だな。ちょっと前までキッチンが戦場になってたのに立派にこなせるようになったもんだ」
「エリオットに美味しいって言って欲しくて、ボク頑張ったよ!」
エプロンを身に着けたパスはコンロの前に立ち、親しい友人の俺のために夕食を作ってくれていた。以前レストランでシェフをやっていたこともあると聞いたが、ラーメン屋で働いていた頃の話からすると決して料理が上手い部類ではなかったことが伺える。高機能なロボット故に数値で表した行動はバッチリとこなせるが、数値では言い表せられない感覚的なところは苦手なようだ。前にパスから夕飯を作らせてくれと頼まれて任せた時は、塩ひとつまみがわからずに塩ひとつかみ入れようとしたり、レシピに強火と書いてあれば汚物を消毒するかの如く大火力で食材を消し炭にした。
「め、飯なら自分で作るから何も心配することはないぜ。なっ?」
頼むから大人しくしててくれと嗜めると胸のモニターが泣き顔に変わり、「わかった……」と消え入りそうな声で落ち込んでしまった。その様子を見るとチクリと胸が痛み、小さな罪悪感にも似た何かを覚えた。
「……パス、お前料理を覚えたい気はあるか?」
「え! もしかして教えてくれるの?」
顔を持ち上げながら、パスは嬉しそうな声をあげる。
「筋は良いと思うからな、あとはお前のやる気次第だ」
「昔、ボクにリヴァイアサンシチューを教えてくれた人も同じようなことを言ってたなあ」
「お前に料理を教えようとする変わり者が俺以外にも居たとは驚きだ」
ーーあれから数週間が経ったが、パスの料理の腕前はメキメキと上達した。なんたってこのミラージュ様が先生だからな! ……教え方のコツを掴むまでは散々だったが。コツと言うのは曖昧な表現が上手くいかない原因ならハッキリとした表現に変えてみることだ。中火とあれば鍋の底に火の先端が当たるくらいの状態でとか、調味料をひとまわしってのは大さじ1くらいだとか。そういった言い回しを変えてやることで目立った失敗はみるみる減っていった。
「今回も上手に作れたよ!」
「見た目だけじゃなくて味もいい感じだ。やるじゃないかパス」
「やったあ! 今度はワショクって言うのも作ってみたいな。ヴァルキリーから聞いたんだ。」
「ワショクは難しいらしいぞ。俺も勉強しなきゃな。」
「これからもずっとエリオットのために料理したいな。」
「ハハッ、そいつは助かるぜ。ありがとな。」
待てよパス、その言い回しは口説いてるって自覚はあるのか……?
おしまい