ジニーとジム(あらすじ)
異世界転移した現代モブおじ、呼んだ女神は「今のお嬢様の孫が聖女として私の代理になるんで、それまでにいい環境作っとけばスペック爆上がりで有利になるから頑張って頂戴」ということで、お嬢様の教育係のおばさん=カムラになって誕生、慣れない(当然)ファンタジー世界で悪戦苦闘の日々が始まりましたとさ☆とはいえ過去作無くとも大丈夫の筈です〜
(本編)
いつものように午後、門が開き、待ってましたとばかりに、屋敷に設けられた専用庭へ駆けていく子供らに追い越されるのを、微笑ましく眺めながら、見守りの大人達はその辺にしつらえてあるベンチへめいめい腰掛けた。ここは領主の計らいで、近隣の子供が自由(そして安全)に過ごせる、今でいう学童保育のような場所となっている。利用料は無いが、「親が必ず迎えに来る」「持ち回りで見守りを担う」条件があり、それによって概ね問題なく運営されている。ところがそんな中でひとり、ここの伯爵令嬢ヴァージニア(ジニー)の侍女兼教育係のカムラは一息つくも間もなく腕を組んで、
「じゃ、ちょっと休むんで、何かあったらよろしくねローグ君」と目を閉じた。
「カムラさんそれ、早くないですか」
いつものことながら呆れた顔で、若い執事見習いがつっこむ。彼らは全体の監視員も兼ねているので、責任も少しだけ重い。
「たまには休憩しないとさ」
「たまにはってレベルじゃない気がしますが」
「四六時中見張って守られるのも息詰まるよ」
「確かにそうですけどね……」
「おれ、じゃないわたしらの頃って、むしろ親の目をかいくぐるのが目標みたいなとこあったじゃん。今の子その辺どうなんだろねって。ま、それはそれとして何かあったら起こしてくれればいいからさ」
「サラッとおっしゃいますけどね……」
何かあったところであんたみたいな中年おばさんにできることなどたかが知れているだろうに、というのを飲み込み、げんなりあさってを向く彼と入れ代わるように新たに声がかかった。
「で? あの茶髪がジムって子だったっけ?」
ローグの青年らしい、あまり低すぎない声と違って酒やら煙草やらを存分に堪能してきた低音。カムラはほんの少し苛つきをおぼえ、しかし努めて抑えて応えた。
「そっちの濃い方な。赤に近いのが弟のニック」
「弟は前からいたから分かるが……兄居たんだな」
「こっちも最近知ったわ。で? 何でお前さんがジムを?」
「とりあえず探ってみてくれってエディさんが」
「ああ、頼まれちゃったのか。頑張って〜」
「元はと言えばあんたが、お嬢様に自由時間だって放ったのがきっかけだろ。なに他人行儀なんだ」
声の主である庭師のキリーがベンチの後ろからぶつぶつと文句を注ぎ込んでくるが、そこはのらりくらりと受け流し、安寧を目指す。
「だって面割れてるから無理だし、そもそも本業が忙しいしね〜」
「いや俺だって暇じゃないが?」
「何だよ、お、ばちゃんに手伝って欲しいのか?」
からかうように口角を上げると、ふいと目をそらして一言どもり、
「そ、んなことはない。顔を確認したかっただけだ。じゃあな」
「はいよ、気をつけてな〜」
そそくさと退散していくので手を振って見送ってあげる。ここの男衆はわりと強面揃いなので、安全面を優先すれば他にも適任はいるが、おそらくお嬢様の「市場(マルシェ)に遊びに行く」お供のほぼレギュラーメンバーだからだろう。万が一あちらに認識されてもどうにか取り繕えるという目論見が透けて見える。やはり伯爵家ともなると執事長はそんじょそこらの輩には務まらない。
無邪気にはしゃぎ回る子供らの姿を、カムラは自然と目で追っていた。
ジムという子は、お嬢様によれば、市場でちょっと困った時に通りすがりで助けてもらった縁らしい。はじめは仕方なく助け、それっきりのつもりで塩対応だったがお嬢様の威勢にじょじょに打ち解けて、今では買い物・散策半分、ジムに会うのがもう半分くらいになってきている。街の子だそうだが、家に案内されることもなく(まあそれほどの時間は無いが)、また周囲に家族の気配も感じられないことから、どうもその手の子だろうとは薄々気づいていたが、実害がない状態で先回りして引き離すのは、お嬢様のために良くないし、そこで市場に行きたがらなくなることから芋づる的に「自由時間」の存在が明るみになるのもこちらとしては困る。
彼はおそらく屋敷には来れない=この領で身寄りがない子は基本孤児院に入れられて、「お迎え」「見守り」の条件を満たさないので庭で遊ぶことはできない、ので、ごくごく稀にいるとされる、そこからもはみ出したたぐいの子なのだろうと推測しており、「来れない」ことを時間をかけて諭してあげればおのずと理解して、距離を置けると楽観視していた。ところが誰の入れ知恵か、「ニックの兄」と称してするりと入り込むようになってしまった。まあ本当に家族かどうかとか、ニックんちの弱みでも握ったのかとかの経緯は今後判明するとして、身元のあやふやな存在が屋敷を出入りするのは厄介でしかない。探られて困ることはないとしても、どんなところから弱点として握られるかわからないし、ましてやたぶん控えているであろう「後ろのナニカ」に余計な情報は提供すべきではない。
せめて、揉め事でも起こしてくれれば事務的に追い出せるのだが、そう望む時に限って何も起こらないどころか順調に溶け込んできている。その協調性は本来ならそこそこの評価ができるけれど、状況が状況なので如何ともしがたく、かろうじて不審な動きがないか監視をおこたらないようにするしかなかった。
それからしばらく経ったとある晩のこと、執事長のエディに呼びつけられた。ローグの父親だがそんな素振りは一切なく、ただ生真面目に職務を全うしようとする、使用人の鑑である。カムラはこれまでの失態を指折り数え、おそるおそる顔を出せば口上もそこそこ単刀直入、
「ジムのことですが」
と切り出され、それだけで身が縮んだ。
「ジム、ですか。ニックの兄の」
「そうです。ああそんなに身構えないでください。
結論から言いますと、私の管理下になりましたから。来週から住み込みでローグらと指導に入ります。学校もここから通わせます。まずはそれだけ」
「そうですか。そりゃあ家族も鼻が高いですな……って、住み込みですか」
「ええ、そこはカムラさんご承知のとおりです」
「あっ(やはり本当の家族でなかったのか)」
「で、ここから少し踏み込んでお聞きするのですが、宜しいでしょうか?」
値踏みするように覗き込まれたので、観念して背筋を伸ばした。
「こ、答えられることであれば何なりと」
しかし彼は仕事中には滅多に見られないほど表情を和らげて訊ねてきた。
「この件で、何か心当たりがあります……よね?
できるだけ詳しく、手短にお願いしますね?」
目は笑っておらず、下手な尋問より恐ろしい。
「はい。えー、お嬢様におかれましては、昨年秋より市場の散策の際に、わたくしどもを伴わない、自由時間を設けております。少しずつ伸ばして今はざっくり一時間ほど、街中であれば市場を出ても構わないが、困ったことがあれば躊躇いなく我々を呼ぶか、さもなくば直ぐに近くの人々に助けを求めるようにと教えてあります。これは、買い物における審美眼、金銭感覚および自立心と人に頼るバランスを養う訓練にもなります」
あらかじめ考えておいた答えを平板に述べる。
「なおこれは、お嬢様のワガママ心が発端でないことは、補足として申しておきます」
一応本当だが、ぽつりと「これうちの屋敷に持って来れないかなあ」と豪快なことをこぼしたのに驚いたのが原因のひとつであるのは内緒だ。そうすればあれこれ迷う必要も無いもんな。
「いきなり放り出したんですか?」
「そんなことはしません。最初は、真後ろのわたくしどもを居ないもの、と考えていただくことから始めました。本当に見えないほど離れたのはここ何回かです」
「お嬢様が寂しがるとか不安を感じられるとか、考えましたか? 私はまだ早いと思いましたが」
「もちろん、九才という御歳なればまだまだ幼く、庇護が必要かと存じますが、既にお一人でお休みになられてますし、このまま依存心ばかり強まるのも良くないだろうと、わたくしなどは思います」
これも想定していた。おそらくもうひと段階クリアすれば、とこちらは緊張していたが、ここで彼はふと何かの義兄に思い至ったのか、刹那止まって息を吐き、目を弱めて矛先を変えた。
「それもそうですな……。
で、ジムについては如何ですか?」
「困ったところを助けて貰ったと、紹介はされましたが、そのまま揃って市場を廻ったくらいしか関わっておりません。身なりと仕草で多少は想像できましたが、それ以上を詮索しておりませんし、お嬢様の様子からさせてもらえなさそうでしたので、断定できませんでした。
ただ」
「ただ?」
「私見ですが、先日よりニックの兄と称してこちらに入り込んでいるのは、もし本当であれば失礼でありますが、やはり別の大人の意図を感じられていささか不安ではあります。ですがわたくしにはそこまでしかわかりません」
そう告げて締めた。落ち度はあるだろうが嘘はついていない。
「そうですか。お考えを教えていただきありがとうございました。
ちなみに、その『別の大人』とは話がついておりますのでご安心ください」
「えっ、キリーそこまで探り当てたんですか」
「いえ、彼にはニックの家を出るところまでを確認していただき、その先は別の者を遣わせました」
強面だが田舎出身の純朴な庭師おじさんでしかないので、スラムの魑魅魍魎に足を踏み入れさせるには荷が重かったか。何故か胸をなでおろした心持ちだった。
「ところで、最後になりますが」
「あっはい」
「この一連の件ですが、全て奥様の把握するところとなりまして、お言付けがございますので」
そのカードをすっかり忘れていた。
「今後は『自由時間』は市場の中のみ、その際供の者も出ることはならない、とのことです」
「はいっ」
「そういう教育方針があるなら、先にせめて私へ相談なり報告なりがあってもいいと思うんですけどねぇ……」
「すいません」
「奥様も不安がられますから、今後は気をつけていただきたいところですね、いや何度目かわかりませんけど?」
「返す返す申し訳ありません」
それから一言二言嫌味小言が投げられたが、それ以上の追求はなく退出となった。しかしカムラは解放感もよそに、脳裏にドヤ顔でこちらを指さし「ざまぁ☆」とあざけるローグとキリーの顔が浮かんでしまい、苦虫を噛み潰す気分で自室に戻ったのだった。
「あらジム、うちで執事を目指すのね、頑張って!」
「エ、エディさんがどうしてもっていうから来てやってんだ。お前のためじゃないぞ?」
なお、近隣も統合した一族の女あるじとなったジニーお嬢様の、全幅の信頼を寄せられた強力な右腕となったのは、また別のお話であります。〈了〉