進捗 時間が無い? うん? 何かあったっけ?
「多分もうすぐ配信の時間だろう?」
「なんだその程度。無視だ無視!」
この小僧はそんな事を気にしていたのか? それよりもよっぽど今の事態の方が緊急だろう。
「その程度ってなんだ! 私は割と気にしてるんだぞ!」
「待たせておけば良いわ!! 大体なんかい私が配信に遅刻してると思う!」
「た、確かに。……いや! それで毎回ちょっとアンチが増えてるだぞ!! 配信前待機勢のコメントに急かされながら呼びに行く私の身にもなれ!!」
「その程度でアンチになるやつなんぞ、我々のチャンネルに必要ないわ!! ああもう! 団子状態では話しにくいな?! 出てこい小僧!」
そう言って布団を引っぺがす。忘れていたのだが、そういえば今の助手は下半身裸で仮面無しの状態だった。これは完全に忘れていた私が悪いのだが、完全に虚を突かれ絶句してしまった。
「……すまん」
「謝るくらいなら最初からめくるなぁっ!!」
「いや、まあ、すまん」
まあいい、と仕切り直すようにフィアスコが言う。
「あの、ええと……その、」
ついさっきの威勢は何処へやら。赤くなりながら目線を泳がしている。
「ほ、ほら。配信は良いとしても、さっさとこんな部屋出たいだろう? さっきは醜態を晒してしまったが、が、」
「まー好かったろう? 急ぐ理由も無い。ゆっくり慣れれば良かろう」
「で、でも」
「なんだ? 小僧。お前は私と密室で二人きりは嫌か?」
「……う。嫌、という訳じゃないんだが、気が休まらないのは事実だ。……そういう意味では嫌かもしれない。なんというか緊張するというか、どきどきして心音で思考がぐちゃぐちゃになる」
は? なんだ? え? それはそういう意味で捉えて良いやつか? さっきも思ったが、この助手私の事、大好きか? しかも何だ? 無自覚か? その年で? いや分からん。変なところで世間擦れしていない奴だから本当にさっきの発言の上で無自覚なのかもしれない。
「……エルダー? い、いや本当に嫌なわけじゃないんだぞ! ただ落ち着かないというか、さっきのも……気持ち悪かったとかは全く無くて!! いや寧ろエルダーの服を汚してしまって……いやほら気持ちわるかったよな? ちゃ、ちゃんと戻ったら洗うから!! 何なら捨てて私の借金に加算してくれてもいい!!」
「だーれがそんな事を言った」
焦点の合わないぐるぐるお目目を通り越し、もはや涙目になっていたフィアスコの額に手刀を入れる。よっぽど混乱しているな?
この若造は『自分はエルダーになら抱かれても良い』『でもエルダーは嫌だろうから別の手段を探した』『エルダーと居るとどきどきして落ち着かない』を自覚して、自分でも発言しているのに、自分の根本の感情には無自覚なのか? 無自覚なのだろう。
その上で、さっき私が言った『お前相手なら良い』等の発言をもうすっかり忘れているらしい。
自分の感情にも無自覚なのだ。相手が自分とほぼ同じ発言をしている事なんて気づいていないのだろう。うーむ。これはどうしたものか。
大きな溜息をついた私を、フィアスコは青褪めた顔で覗き込んできた。何も怒っていないの意味を込めて頭を撫でる。
そういうつもりは本当に無かったんだがな。と、心中で呟く。若造は助手で、私は毎日面白おかしく過ごせれば良かったのだ。何の運命のいたずらか――いや、本当に迷惑な誰かの悪戯なんだろうが――こんな状況になってしまったし、助手の感情も知ってしまった。フィアスコを『そういう』目で見ていた訳ではないが、魚心あれば水心という事もある。
ただ、証拠を集めて相手に見せて、はい自覚しろ、というのは、まあ、暴力的である。
こんな状況でも無ければ面白おかしく茶化したい気分にはなるが。
さて、どうしたものか。