診断メーカーキスお題-前半その日、伊藤吉兆は宇佐美銭丸を呼び出した。
珍しいことである。
「ふふ。こんなお誘いで呼び出されてくれるのは私だけですよ」
伊藤が宇佐美に送ったショートメールには、場所の指定と時間、そして「来い」とだけ記されていた。
場所はホテル地下のバーである。落ち着いた酒場の薄暗さは、他の客を単なる背景にするのに一役買う。無論、他の客にとってもカウンターで酒を飲む伊藤も、そのあと遅れて来た宇佐美の事も、背景でしかないだろう。
「高嶺の花を気取っているなら来なければ良い」
「君が高嶺の花扱いしてるだけでしょう」
伊藤は普段と変わらない無表情だったが、宇佐美には多少の不快――とはいえそれは、普段宇佐美と相対した時によく発する感情でもあるのだが――や居心地の悪さが見て取れた。宇佐美が伊藤のグラスにちらりと目を向ければ、一口だけ口が付けられた様子がある。
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