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    koziorozec15

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    koziorozec15

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    応…の門/学パロで長谷(→→)((←))道。女装その2、🔞はありません。導入パートは使い回し。

    幼馴染 「菅原、お前の衣装だぞ」
     乱暴に投げて寄越された茶色の紙袋を受け取り、道真は顔を顰めた。
     黒マジックで苗字が走り書きしてある袋口から中を覗いてみると白と紺の布地が見える。
     「早く着替えて来いよ!最初にクラスで集合写真を撮るから」
     教室内は騒々しく、机や椅子の配置も滅茶苦茶だった。クラスメイトはあちらこちらでグループに分かれて座っており、机の上には鏡やら化粧品が乱雑に広げられている。
     道真の通う高校は二日間、文化祭が催される。今日はその一日目で、どのクラスも皆、大騒ぎで最後の準備に取り掛かっていた。
     何にせよ、とにかく紙袋のなかの『衣装』に着替えなくては、普段通りの制服姿では浮いてしまう。
     小走りでトイレへ行き、個室で手早く着替えを済ませた。
     白地に紺色の襟とスカート、臙脂色のスカーフ。
     道真にと用意されていたのは古典的なセーラー服だった。
     何が悲しくて女装など……とモヤモヤした気持ちはあるが、同時に『男子校の文化祭の定番中の定番』である女装喫茶が行われることは恐らくは毎年のことだろうと不思議と納得する気持ちもある。何なら今年度は各学年とも複数のクラスが女装を売りにした出し物を行なう。
     一応、鏡の前で一回りして後ろ姿も確かめてから教室へと足早に戻る。
     初めて穿いたスカートは脚がスースーとして頼りない。
     クラスメイト達は流行りのアイドルグループ風の衣装だとか派手で恐ろしく短い丈のスカートを穿いている者も居たが、自身に与えられたものは膝が出るか隠れるかの長め丈のものであることには感謝した。
     教室に戻ると、もう皆が一所に集まっており、なかには個人で写真を撮っている者もある。
     幼児の落書きのようなメイクをしていたり、安っぽいウィッグを被ったりと悪ふざけする姿は様子を見に来た担任教師の笑いさえ誘った。
     「はぁ……」
     ただ、道真はお祭り騒ぎの浮ついた雰囲気を苦手としており、賑やかな空気のなかひっそりと溜息をついたのだった。
     
     
     
     

     
     
     セーラー服姿のままの道真は、前をゆく長谷雄についてゆきながら、廊下の窓ガラスからグラウンドを流し見た。
     「書道室の鍵なんて、なぜ書道部でもないお前が持っているんです」
     「まあ、色々と訳がありまして」
     実習系の教室ばかりが集まっている特別教室棟は静まり返っていた。とはいえ、訪れた他校生や父兄を呼び込む賑やかな声や音楽が遠く聞こえてくる。
     眼下のグラウンドで特別に作られたステージでは、軽音部がリハーサルをしていた。
     さして興味もなく、長谷雄の背に目線を戻した。
     長谷雄は別のクラスだったが、道真のクラスメイト達が集合写真を撮っている時から、戸口の脇に立って廊下から様子を伺っていた。
     撮影が終わるや否や、こっそり道真を呼んで鞄を持って来るように言い、この特別教室棟へと連れて来たのだった。
     「クラスの出し物は平気なんですか」
     「ええ。沢山いるお化けのうちの一人ですよ」
     長谷雄のクラスはお化け屋敷をするのだと準備期間から何度も聞かされており、彼もお化け役らしく真っ黒なマントで全身を隠し、その下に通学用のリュックサックを背負っているらしく不自然に膨らんでいた。
     頭の後ろ側にはお面を乗せている。蒼白としか言いようのない肌色に、黒目のない眼窩、頬の端っこまで裂けた不気味なお面が気持ち悪い。
     「それに、実はちょっと課題を溜めていまして」
     人懐っこい笑みを浮かべて振り返った長谷雄の顔を見て、ほっとした。
     ただ、道真のそんな心情は顔には現れて居らず、いつもどおりの陰気な目をした無表情だった。
     「……そんなことだろうと思った。先に言っておくが、私は手伝いませんよ」
     「えー!どうせ暇でしょ?」
     「お前の為にならない。それに退屈しないように本は沢山持っています」
     「こんな日にも勉強ですかぁ」
     黒マントの中からごそごそと鍵を出し、解錠する。
     書道室は他の実習室とは違い、床は畳敷きになっている。引き戸の内側には靴棚が設けられているから、脱いだ上履きはそこへ入れた。
     上履きの爪先は青色のゴム引きになっているが、これがもし赤とか白色だったなら、セーラー服を着ている道真は女子生徒と思われても不思議はない。けれど、青色の上履きだからこそ、それに気付いた人は好奇心を抱くことになるだろうということも長谷雄はよく分かっていた。
     道真が天井の蛍光灯を灯そうと壁のスイッチパネルへ手を伸ばした。その手に長谷雄の手が重なる。
     「明かりをつけたら此処に人が居るってバレますよ。窓際なら外からの光で本も読めます」
     引き戸と、廊下側の窓は磨りガラスがはめられており、内から鍵をかけて明かりをつけなれば外からは無人のように見える。
     「お前は本当、悪知恵だけはよく働く」
     「機転が利くと言って欲しいですね。お陰で菅三殿も、静かに本を読めるでしょう」
     畳敷きの部屋には膝下ほどの高さの書道机と、気持ち程度の厚みしかない使い古された座布団が整然と並んでいる。
     窓際の席を選び、並んで座った。
     「それにしても菅三殿が大人しくセーラー服を着るとは思いませんでしたよ。意外とそういうの、好きなんですか?」
     「馬鹿を言うな。無駄な労力を使いたくないだけです」
     でも女装をしたら間違いなくクラスの喫茶店の店番をしないといけないですよ、と長谷雄は胸のうちで呟く。
     「鞄を持ってくるなら脱いだ制服も持って来れば良かった」
     「そこに入ってないんですか?」
     「セーラー服が入っていた紙袋に入れて教室のロッカーへ置いたままです」
     こんなに良い場所があるなんて思わなかったから…と溜息をつき鞄から読みかけの文庫本を取り出す道真に対して、長谷雄は「そりゃ失敗でしたね」と相槌をうつ。
     道真というひとは頭が良く、思考の回転も速いというのに、こういう事に関しては今ひとつ鈍い。
     だから今日もわざわざ課題提出を遅らせることで書道室の鍵を事前に手に入れて、クラスの出し物が始まる前に捕まえて来た。
     決して道真本人や他の人には言わないが、長谷雄は道真を邪(よこしま)な輩から守るのは自分の役目なのだという自負があった。
     その動機については『親友だから』と思っている。しかし、果たして本当にそれだけなのか。本人は疑う余地もなく思い込んでおり、それもまた長谷雄の人好きする性格なのだが、実際のところ……特に最近は友への親愛とは違った感情が混じっていることに気づいてはいなかった。 
     
     
     
     
     
     ぴんと背筋を伸ばし、お手本のように美しい姿勢で道真は本を読んでいる。
     斜め下を静かに眺める目線は文字の列を追って、ゆっくりと規則正しく動く。窓からの柔らかな陽光が、睫毛の影を落としている。
     艶やかな黒髪と、色白の肌のせいか、セーラー服が安物のコスプレグッズとは思えないほど蠱惑的に見える。
     長谷雄は頬杖をついて眺め、いつだったか校外学習で訪れた美術館で展示されていた日本画に似た雰囲気を見出していた。
     「課題は進んでいるんですか」
     本から目線を上げないままの道真に鋭く問われ、長谷雄は気まずさに居住まいを正したが、そわそわと落ち着きがない。
     「菅三殿、そろそろ何か食べたくありません?」
     「……ああ、もう昼か。言われてみればお腹空きましたね」
     声を掛けられるまで読書に夢中になっていた道真は腕時計を見て、やっと自分の空腹に気がついたといった様子だった。
     うーん、と真っ直ぐに両腕を上げて伸びをする。セーラー服の上着が持ち上がり、腹がちらちらと覗く。
     紺色のスカートとのコントラストがやけに鮮やかで、長谷雄は数度、瞬いてから目を逸らした。 
     「じゃあ私、何か買ってきますね!」
     「課題は終わったんですか?」
     「空腹じゃ集中できませんよ」
     言うや否や、すぐさま上履きを履き、外の様子を伺う。
     「鍵を持って行きますから、もし誰か来ても菅三殿は絶対に開けないでください」
     「わかった」
     外から施錠する音を聞き、読みかけの本を手に取りかけ、また机へ戻した。
     クラスの出し物をサボって閉じこもっていることが周囲にバレないように、蛍光灯も消したままにしているが、換気するくらいなら分からないだろうと窓を少しだけ開けた。
     心地よい風がゆるやかに吹き込み、白く無愛想なカーテンが揺れる。長谷雄が広げたままの教科書のページが捲れるぱらぱらと乾いた音は耳触りが良い。
     どのくらい課題が進んでいるのかと覗き込みかけた時、出入口の引き戸がガタンと音を立てた。外から引き戸を開けようとしているらしくギッ、ギッ、と軋んだ音がする。
     随分と早く戻ったのだなと引き戸の側へゆき、鍵を開けようとした。
     ──────鍵を持って行きますから、もし誰か来ても菅三殿は絶対に開けないでください。
     「…………」
     伸ばしかけた手を引っ込める。
     もしかして、そこに居るのは長谷雄ではないのか。
     その間も、戸の向こうに居る人物は引き戸を開けようとしているらしく、何度もガタガタと戸が軋んだ。
     そっと後ずさり、物音を立てないように戸から離れる。
     二人分の荷物を置いてある席まで戻ると、戸が軋む音は止んだが、外の様子が見えないことで道真も些か不安を覚えていた。
     腕時計を確認したが、長谷雄がいつ出掛けたかをはっきりと覚えていないから、どのくらい時間が経ったのか分からない。座布団に座り、本を手に取るものの内容は頭に入ってこなかった。
     細く開けた窓から外の喧騒が入り込んでくる。
     グラウンドで演奏している軽音部と思しきメロディには聞き覚えがあった。
     道真は流行りの音楽を好んで聴くわけではなかったが、長谷雄と立ち寄るコンビニの店内放送で繰り返し聞かされて、耳が覚えてしまっている。明るい曲調が、道真の不安で緊張した心地を和らげてくれた。
     そういえば、この曲は「夏の終わりぽくて、とても良い曲なんですよ!菅三殿も気に入るんじゃないかな」と言って、わざわざイヤホンを片方ずつ着けて聴かされたのだった。
     長谷雄は確かに困ったところも多いが、道真を思って行動することも多い。今朝もクラスの全員での写真撮影を終えると同時に、こうして一応は隠れていられる場所へと手引きしてくれた。
     お陰で、クラス全員がそうしているとはいえ女装姿を不用意に見せびらかすことを避けられたうえに、のんびりと読書することも出来た。
     昼食の調達も面倒臭がったりせず、一人で颯爽と出掛けていった。
     (でも、それはアイツのお祭り好きな性格のせいか。買い被り過ぎだ)
     きっと室内に閉じこもって課題をするのが嫌になって、息抜きも兼ねて外へ出たに違いない。
     やはり戻ってくるのは、もう少し先だろう。空腹も別に我慢出来ないほどではなく、不意の来訪者も去ったようであるし、道真はようやく読書を再開した。
     
     
     
     
     
     
     何度かページを捲った頃、再び引き戸がギシと軋み、道真は身を硬くした。
     先の、何度も引き戸を開けようとしていた様子とは違い、ずっと小さな物音だったが、落ち着いていた先程の不安が込み上げた。
     そちらを注意深く見つめ、息を殺していると、小気味よい音が鳴る。
     それが、引き戸が解錠された音だと瞬間的に察した。
     「いやー、やっぱりすごい人ですね」
     開けた引き戸から、ひょっこりと現れた顔を見て、ふーっと息を吐いた。長谷雄だった。
     すぐに戸を閉め、施錠もし、書道机の間を縫って道真の側へやって来た。
     課題や読みかけの本を広げているのとは別の机へ白いビニール袋を幾つか置く。
     「たくさん買ったんだな」
     「せっかくですから色んなクラスを覗き見してきました!」
     袋を少し指先で広げてみると、紙カップ入りのチキンナゲットにポテト、楕円形の蓋付き容器に盛られたカレーライスもある。
     思った通り、文化祭ならではの浮かれた空気を満喫してきたらしい。
     一人で待っている間、誰とも分からない相手の来訪を受けて不本意にも不安を感じていた道真は、長谷雄が能天気に思えて少し憎たらしく感じた。
     「菅三殿はこういうの苦手かもと思って、学食で一応おにぎりも買ったんです」
     「えっ」
     差し出された別の袋には、出入りの業者が納入している三角形のおにぎり、ペットボトルのお茶が二本、それにチョコレート菓子の箱が入っていた。
     「梅、好きでしたよね。あとは定番の焼き鮭、ツナマヨです。それと少しですけどお菓子も」
     いま居る特別教室棟から一番遠い学生食堂にまでわざわざ出向いていたことに驚く。ほっつき歩いていたのだろうと勝手な想像を巡らしていた気まずさから、ビニール袋に触れていた手を引っ込めて膝の上で指先を行ったり来たりさせる。
     そんな道真の心情を知らない長谷雄は、これは校内を移動している途中でもらったんですよと手作り感のある団扇でぱたぱたと仰ぎながら、笑っていた。
     首筋を伝い落ちてゆく汗が小さく光る。
     「あと、これ。菅三殿の制服も取ってきました」
     黒マジックで菅原と走り書きされた茶色の紙袋が差し出される。
     「…………」
     長谷雄があまりにも献身的に振る舞うので、道真は申し訳なさで、すっかり黙ってしまった。
     「なんで、わざわざ」
     ありがとう、と素直に言うべきだと分かっているのに、どうしても言えなかった。
     相手は幼馴染ともいえる長谷雄で、本当に良い友人なのに、けれど、長谷雄だからこそ素直に礼を言えなかった。
     授業をサボったり、課題をすっぽかしたり、そのくせ遊びに関しては行動が速くて、道真はそれを叱咤したり見張ったり、時には泣きつかれて渋々、課題を手伝うことになったり。
     『長谷雄の世話をさせられている』と思っていたのに、自分のほうが世話をされていることが、むず痒いような心地だった。
     「なんでって……。あ、菅三殿ってば、もしかして気にしてます?」
     道真のぶっきらぼうな言い方に対して長谷雄は不思議そうな顔はしたものの、気を悪くした様子はなかった。
     それどころか合点がいったとでも言いたげに、にんまり目を細める。
     「私に使い走りをさせたみたいな気分だとか?」
     「別にそんなんじゃないです」
     得意満面で指摘したが、違うらしかった。
     つんと尖った唇を見て、長谷雄は小さく笑った。
     言いたいことはあるけれど言いたくない、若しくは言えない時の道真の癖で、彼は冷めていて大人びた印象を抱かれがちだが、意外と子供っぽいところがあることをよく知っている。
     「セーラー服姿の菅三殿と一緒に居たら落ち着かなくて。着替えてもらおうかなぁと思ったんです」
     「……落ち着かないって」
     「だって女子と二人きりで居るみたいで。ドキドキしますよ」
     道真が顔を顰(しか)めるので、慌てて「だって髪が綺麗だから」とそれっぽいことを付け足しておいた。
     整髪料で固めたりしていない道真の黒髪は短くとも、さらさらと流れるような艶がある。本人もその自覚はあるらしく、納得した様子で紙袋を開け、見慣れた制服を引っ張り出した。
     やはり着替えたかったのだと、長谷雄は少し残念な気持ちがした。
     本当は、もう少しセーラー服姿の道真を見ていたかった。文化祭の出し物でもなければ女装なんて好んでやらないだろうし、珍しくて、想像以上に似合っていて、可愛らしい。
     (可愛い……って、菅三殿が?)
     親友を相手に、そんなふうに見えるのは整った容姿をしているからだと理由をつけようとしたが、道真は学内で『頭は良いが目つきが悪く、陰気そうな人』で通っており、可愛いという声は聞いたことがない。
     底のない渦に沈んでゆくような気がして、長谷雄は考えるのをやめた。
     道真はというと、長谷雄の前に立ち、腰の左横にあるファスナーを開けてスカートを脱ごうとしている。体をひねり、顔を少し下に向けた格好が、妙に色気があってドキリとした。
     「ちょっ、菅三殿!ここで着替えるんですか?」
     「わざわざトイレへ行ったりしたら誰かに見つかりそうだし、二人しか居ないのだから別にいいでしょう」
     長谷雄にしてみれば、二人しか居ないからこそ女の子みたいな格好で着替える姿を目の当たりにするのが気まずいのだが、道真は気にする様子がない。
     それだけ自分のことを信頼してくれているのだと思うと、嬉しいが、怪訝な顔をされると、どう説明したら良いか分からない。
     「先に食べましょう!冷めちゃいますよ!」
     咄嗟に思いつき、気を逸らせた。
     「……そうですね」
     道真も素直に座り、ビニール袋から食事を出して並べるのを手伝い始めた。
     「カレー半分こします?」
     「うん」
     もう少しだけセーラー服姿の道真を一人占め出来ることが、長谷雄はやはり嬉しい。
     けれど、これは親友ならではの特権だと思うあたり、未だ道真への淡い気持ちに気がついてはいないのだった。
     「食べ終わったら課題をやるんだぞ」
     「えー!今日みたいな日は遊ばないと損ですよ」
     「お前は遊び過ぎたから課題が残っているんだろう。……少しだけなら手伝いますから」
     「本当ですか?ラッキー!」
     「ヒントを出すだけですからね!問題を解くのはお前です」
     道真もまた、胸を締められるような心地よい感覚の正体が何であるか分からないままだった。
     
     
     【おしまい】
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    koziorozec15

    DONE露骨な関係ではないですが、他のキャラクターよりも親密に描写しているので那楚タグをつけています。

    人前で表情を崩すことのない那貴の内面と、楚水副長が寄り添うことがあればいいなと思って書いたまま3年ぐらい経っていました。
    捨て物(キングダム/那楚)  いつだったかの戦場で、楚水さんを庇った兵士が死んだ。
     士族の、まだ若い奴だったが楚水騎兵団の前身にあたる郭備隊から所属していたらしい。
     よく楚水さんの側に居る姿を見掛けた。剣や鉾の手入れについて尋ねたり、兵法について教えてもらったりしていたようだ。
     飛信隊には俺たち一家を悪く言ったり、疎むような人間はいない。そいつも例外なく気さくで何度か話したことがある。何なら、そいつのほうが俺たちが持っている武器や刺青に興味を示し、索敵のコツを尋ねてきたこともあった。

     
     その若い兵士は楚水さんを庇った後、仲間に抱えられて日暮れとともに自陣へ戻ってきた。生きているのも不思議なぐらいの虫の息だった。
     そして付き合いの長い元・郭備兵や百姓組に囲まれて、これまでの功績を称えられ、可愛がられて逝った。血の気を失って青白い顔をしていたが穏やかに笑って、一番慕っていたであろう楚水さんの腕に抱かれて。
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