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    koziorozec15

    @koziorozec15

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    koziorozec15

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    露骨な関係ではないですが、他のキャラクターよりも親密に描写しているので那楚タグをつけています。

    人前で表情を崩すことのない那貴の内面と、楚水副長が寄り添うことがあればいいなと思って書いたまま3年ぐらい経っていました。

    捨て物(キングダム/那楚)  いつだったかの戦場で、楚水さんを庇った兵士が死んだ。
     士族の、まだ若い奴だったが楚水騎兵団の前身にあたる郭備隊から所属していたらしい。
     よく楚水さんの側に居る姿を見掛けた。剣や鉾の手入れについて尋ねたり、兵法について教えてもらったりしていたようだ。
     飛信隊には俺たち一家を悪く言ったり、疎むような人間はいない。そいつも例外なく気さくで何度か話したことがある。何なら、そいつのほうが俺たちが持っている武器や刺青に興味を示し、索敵のコツを尋ねてきたこともあった。

     
     その若い兵士は楚水さんを庇った後、仲間に抱えられて日暮れとともに自陣へ戻ってきた。生きているのも不思議なぐらいの虫の息だった。
     そして付き合いの長い元・郭備兵や百姓組に囲まれて、これまでの功績を称えられ、可愛がられて逝った。血の気を失って青白い顔をしていたが穏やかに笑って、一番慕っていたであろう楚水さんの腕に抱かれて。
     「いつまでも末っ子気質で」
     「そのくせ誰より勇敢だったよな」
     「最後の最後で良いところを持っていくよな」
     「本当に可愛い奴だった」
     もう二度と覚めることのない眠りについたそいつとの別れを皆が惜しんだ。
     その夜は風向きが変わったのか、空気が澄んでいた。
     戦場特有の血生臭い匂いが止んで、まるで死んだあいつが戦という名の殺し合いから解放されたことを祝福しているようにさえ思える、そんな穏やかな夜だった。
     その夜の飛信隊はいつになく涙に濡れたような雰囲気だった。隊のなかでも若くて、元気のあった奴が死んだのだから当然だろうか。
     その雰囲気が息苦しくて、そっと営地を抜けた。
     飛信隊からも、他の隊の営地からも少し離れた立ち枯れの木の陰へ姿を隠すように腰を下ろした。
     火は持って来なかったが、天幕の間の焚き火や篝火かかりびがあるから薄明るい。そのうえ今夜は満月らしく、寒々とした光が降っていて、目が慣れたならよく見える。
     そういえば酒も持ってこなかった。
     何をするでもなく、手持ち無沙汰に剣の鞘の飾りを弄ったり、そこら辺に落ちている小石を離れたところに転がっている大きな石を目掛けて投げてみたりしていた。 
     「此処に居たのか」
     「っス」
     淡い色の母衣が夜の闇にぼんやりと浮かび上がっている。
     今日、死んだあいつを看取った楚水さんだ。兜は置いてきたらしい。肩よりも長い黒髪が風になびいている。
     「調子はどうだ、怪我はしていないか?」
     「悪くないっス。多少の擦り傷はあるけど、大したことはないし」
     そうか、と返事をしながら楚水さんは俺の隣へ腰をおろした。
     「向こうに居なくてもいいんスか」
     「うん?…ああ、まぁな」
     曖昧な返事をするから、そっと顔を盗み見ると下を向いて、どうやら自分の手を見つめているようだった。
     無理やり口元に笑みを浮かべたような、けれど強ばったような顔をしている。
     胸中は察しがつく。
     「寂しくなりますね」
     「…そうだな。毎朝、それこそ今朝も元気良く挨拶してくれていたんだ。もうあの明るい声を聞くことは出来ないのだな……」
     手で目元を隠すようにして、楚水さんは深くため息をついた。わずかに震えた吐息に、涙の気配を感じる。
     俺はそれに気付かないふりをした。
     こんな時に、なんて言葉を掛けたらいいのか分からなかったから。
     悲しまないでと言うのは酷な気がして、ただ黙って隣に座っているだけだった。
     
     
     
     
     
     別の戦場で、今度は俺の一家の奴が一人、命を落とした。
     そこそこに激しい戦闘になったから、死んだのはそいつだけじゃない。飛信隊でも、連携していた他の隊でも多数の死傷者が出ていた。
     俺の一家の奴は引き上げた時点で事切れていて、最期に言葉を掛けることも出来なかった。
     一家の天幕が複数張ってある側の焚き火の傍らへ寝かされたそいつは未だ折れた槍を握り締めたままだった。
     強ばっていた手をそっと開かせ、顔や鎧に浴びた返り血を拭って、攻撃を受けた致命傷には包帯を巻いてやった。傷が治る訳じゃないが、そのままにしておくのは見るに堪えないくらいの深手だったから。
     幾らか、苦悶の表情が和らいだように見える。
     こいつとの付き合いも長かった。あまり口数は多くはなかったが、いつも一家の輪の中で笑って聞き役になり、雑用めいたことを進んでやっていたんだよな。
     「明日からは輪がすこし小さくなりますね」
     そう呂敏がぽつりと呟いただけで、他には誰も何も言わなかった。
     「動けるやつは手当てに廻れ」
     負傷者が多く、その手当てに追われている営地は慌ただしい雰囲気だ。その場は軽傷とはいえ動きの取れない奴に任せて、俺も負傷者の治療に廻った。治療といっても処置をしようとすれば痛みで暴れる奴も居るから、何人もの男で押さえつけないといけない場合もある。なかなかの重労働だ。
     戦は殺し合いだ。毎日、どこかで誰かが死んでゆく。
     軍属の身で戦をしていなくても、現役で野盗をやっていた頃から死は日常だった。
     食えなければ。
     盗みに失敗すれば。
     略奪出来なければ。
     他の野盗団と諍いが起きれば。
     嵐に遭えば。
     ひとは呆気なく死ぬ。その死を悲しんで、故人を懐かしんでいたら心が疲弊してゆく。
     置いて行かれる悲しさ、寂しさにはもう疲れた。
     だから、その度につらさを感じる心をその場へ置き去りにしてきた。
     「大丈夫か」
     ふと、腕を掴まれた。
     振り返ると、楚水さんが居た。雑に拭ってあるが、その顔にも兜にも返り血がついている。
     「っス。あなたも無事でよかった」
     短く返し、次の負傷者のところへ行こうとしたが、楚水さんは腕を掴む手に力を込めたようだった。
     「那貴のところも重傷者がいるのだろう。お前がついていてやれ」
     「いえ。もう亡くなっています」
     ついていても仕方がないから負傷者の手当を…と言いかけたが、その言葉の途中で楚水さんは首を横に振った。
     「構わぬから戻ってやれ」
     「……」
     「もう此処は手は要らぬ。行け」
     一家の天幕群がある方向へ向けて強く肩を押され、よろける。楚水さんの表情は険しい武人のそれだった。
     
     
     
     
     
     夜が更け、ようやく負傷者の手当てが済むと今度は遺体の始末だ。
     手当の甲斐なく死んでしまう者もいる。そうなると軍や隊の士気に関わるし、疫病やらの心配も出てくる。
     だから、穴を掘って埋める。健常者と、動ける軽傷者たちで適当な場所を見つけて、適当な深さの穴を掘る。
     死んだ人間は冷たく、重たい。
     ぐにゃりといびつに形を変えたり、なかには硬直が始まっているそれらを二人一組になって抱え上げ、穴へ投げ込んでゆく。重労働だ。
     「……助からなかったのか」
     さっき何人もで押さえつけて刺さった矢を抜き、千切れかけた腕を切断して止血した奴が横たわっていた。
     青白くなったそいつの脇へ腕を入れる。持ち上げようとしたが片方の腕は切断してしまったから引っ掛かりが悪く、苦労した。
     なんとか穴へ投げ込むと、静かに声が掛かった。
     「那貴さん」
     振り返ると、呂敏ともう一人、俺の一家の奴が死んだ仲間を抱えて来ていた。
     物言わず冷たくなったそいつも穴の中へと投げられた。
     「……お前らは戻って休め」
     「でも、那貴さんも疲れて…」
     「平気だ。怪我もない」
     「分かりました」
     命を賭けて剣や鉾を振るう戦場では遺体の回収など出来ない場合が多い。
     徴用されてきた奴隷や、名も無い農民なんかは乱戦のなかで死ねば、そのまま捨て置かれてゆく。伍なり、何なりを組んでいて親しくなったとしても戦慣れしていなければ構っている余裕がないからだ。捨て置かれた遺体は鳥獣に食い荒らされ、蛆が湧いて腐り落ち、土に還る。
     役職付きの将だったとしても、その位が低ければ部下も身分が低くやはり余裕がないから捨て置かれる。
     高位になれば厄介なことに戦勝の証、手柄として首を落とし持ち帰るために敵軍から狙われる。
     それを守り抜くだけの腕の立つ部下を何人も抱えていれば自陣へ引き上げられるだろうが、叶わなければ遺体は弄ばれることになる。
     そんな状況のなかで、俺の一家の奴は死んでも戻って来られただけ良いほうだ。埋めれば鳥や獣に荒らされることもない。
     風に乗って「おーい、こっちは終わったぞ」と力ない声が聞こえてきた。
     掘った穴は此処一箇所じゃない。辺りの穴は埋め終わったらしい。
     始末すべき遺体は残り少ないとはいえ、此処にはまだある。作業が終わらなければ休めない。生きている者には明日がくる。手を止めることは出来なかった。
     「あともう少しだ、早いとこ終わらせよう」
     俺と組んでいる奴にそう声を掛けたら、疲れた声で「ああ」とだけ短く返ってきた。
     
     
     
     
     
     
     作業を終えて天幕群へと戻る。誰も彼も口をきかなかった。
     死に物狂いで敵と刃を交えた後で、痛みに呻き暴れる負傷者の手当をし自身も怪我をしている者ばかりだ。
     おまけに死んだ仲間を始末して疲労は極限に達している。
     ぞろぞろと地面に足を引きずる足音が耳障りだ。
     「那貴!戻ったか」
     不意に力強く名前を呼ばれる。自分の足元ばかりを見ていた目線を上げると営地の端、出入りのために柵の途切れた辺りから駆けてくる楚水さんが見えた。
     まだ甲冑も兜もそのままの姿で、慌てた様子に神経がたかぶるのを感じる。
     「何かあったんスか」
     「え?あ、いや、戻るのを待っていたんだ。すまん、緊急かと思ったよな」
     「……」
     一気に力が抜けた。わずかにふらついた俺の体を支えたのは楚水さんだった。
     「すんません、大丈夫です」
     「疲れたろう。お前の天幕まで行きがてら話そう」
     楚水さんは負傷者の手当が終わった後は騎兵や歩兵の再編成と明日以降の動きについて他の隊も交えて意見調整していたと教えてくれた。
     「もう作戦も何も無い。辛くも我ら秦軍が勝利したことで敵軍は退却し始めたから、こちらも幾つかの隊を編成して次の拠点へ移動することになる」
     「っス。怪我人が多いのが難スね」
     「うむ…」
     戦闘は無いに越したことはないが、怪我人を大勢連れて移動するのも大仕事だ。
     「正直なところ食糧事情も良くないし、薬も少ない。補給の目処も…そのぶん荷車の空きがあるのだけが幸いか……」
     「そのことは明日以降に考えよう。ちょっと寄って行け」
     強く腕を引かれ、連れて行かれたのは楚水さんの天幕だった。出入りの側に立つ見張りの兵に何事かを小声で言うと、彼らは困惑した様子を見せたがこの場を立ち去った。
     天幕の出入口の際には水を張った桶が二つ置いてある。
     「手を清めるのに使うといい、そのために用意した水だ」
     「すんません」
     確かに死人を触っていた手は血がこびりついている。側へ屈み手を水に浸すと、楚水さんも地面へ膝を着いて俺の手を丁寧に洗い始めた。
     「自分で出来ます」
     「いいから」
     爪の周りの黒く固まった血も綺麗に落とされ、剣を握っていて強ばった指をほぐすように何度も揉んでさする。
     「そっちの水で顔を洗え」
     言われた通りに両手で水をすくって顔を洗うと、幾らかすっきりした。火照った肌に冷たい水が心地良い。
     「那貴、大丈夫か」
     「大丈夫スよ、俺は怪我もしてないし。ちょっと慌ただしかったのと疲れが…」
     「お前の一家の者が亡くなったのだろう」
     「ええ。でも仕方ない。人はいつか死ぬし、今は戦をしてるんだ。それに戦をしていなくたって、野盗の頃から死は日常だった。思いがけない単純なことで人は死ぬんです、慣れてますよ」
     「……」
     楚水さんは返事をせず、ただじっと俺を見ている。居心地が悪くなり、目線を水桶へ落とした。
     「慣れてるは不謹慎でしたね。まぁでも初陣でもないんで…」
     「那貴」
     「失望しましたか。酷い人間でしょう、俺は。人が死ぬのを沢山見ているうちに、悲しんだりする心なんか何処かへ捨てちまった」
     悲しんで、故人の死を引きずっている暇なんかない。敵は攻めてくるし、剣を振るわなくてはいけない。
     「そんなふうに言うな」
     微かに吹く風が桶の水面を揺らしている。映り込んだ篝火がゆらゆらと揺れているのを眺めていた。
     「心無い人間なんですよ。いつだったか、騎兵団の若い奴が死んだ時、楚水さんが悲しんでいるのに俺は一言の慰めも掛けられなかった。何も浮かんでこなかったから……」
     まだ言い終わらないうちに楚水さんが俺の顔を上げさせた。頬を包むその手は水に濡れているのに温かい。
     「お前は心を捨てたりしていない。こんなに敏感じゃないか」
     貫くように、真っ直ぐに俺の目を見つめる楚水さんの黒曜石のような目が篝火を映す。瞳のなかのその光は小さいのに強い輝きを宿していて目を逸らすことが出来なかった。
     「俺は、ひどい人間なんです……」
     声が震えるのを情けなく思って手で口を抑えた。
     「悲しむ心を持っているからそんなふうに言うんだ」
     思いがけず、強い力で抱き寄せられて楚水さんの腕に収まってしまう。俺も楚水さんも甲冑を着けたままだから、がしゃんと金属がぶつかる音がした。
     「……あの時、」
     堰を切ったように言葉が口をついて出てくるのを止められなかった。
     「あの時、もし俺があの判断をしなかったら、あいつは死ななくて済んだかも知れない」
     「うん」
     「もし俺が一馬身でも後ろに居たら助けられたかも知れない」
     「うん」
     「あいつを死なせたのは俺だ」
     「違う、那貴。それは違う…」
     鎧がぎしりと軋む音を立てる。楚水さんはそれ以上は何も言わないで、ただ俺を力いっぱいに抱き締めていた。
     
     
     
     
     
     楚水さんの天幕は静かだった。
     見張りこそ立ててはいるが、営地の中心に近い辺りに設けられたこの天幕は外周に比べると見張りや警邏けいらの兵士の行き来が少ないせいか、静まり返っている。
     昼間の戦いや、夕刻から夜にかけて行われた怒涛のような負傷者の救出や手当てが嘘のようだ。
     見慣れない天幕の天井をじっと見つめる。中は灯りを消しているが、外にある篝火の揺らめきに操られるように頼りなく陰影が踊るさまを眺めていた。
     隣で横たわっている楚水さんが身動みじろぐ気配がする。
     自分の天幕へ戻ると言ったが、引き止められ此処で休むことになった。静かに横たわっているだけだが、やはり他人の気配は眠りを妨げるのではないだろうか。
     「眠れないか」
     低く、囁くような声に問われ、小さく「はい」と返事をした。
     「分かっているだろうが、休んでおかなくては昼間の移動に響くぞ」
     「大丈夫。そんな手抜かりしませんよ」
     飛信隊の中でも何割かの兵を預かる俺が倒れる訳にはいかない。そのことは俺もよく分かっているし、そんな生半可な考えじゃない。
     だが眠れないこともあるし、それは仕方がない。
     隣で横たわっている楚水さんが、うーん、と押し殺すように息を深く吐く。
     「…やっぱり自分の天幕へ戻ります」
     起き上がり、楚水さんに背を向けた俺の手首が掴まれる。
     「此処じゃ眠れないか?」
     「いいえ、今夜は神経が昂っちまって何処に居たって眠れやしません。それより楚水さんが……」
     「構わん。どうせ私も寝付けないんだ、嫌でなければ此処に居たらどうだ。夜明けまで少しでも長く横になる時間を取ったほうが良い」
     激しい戦闘の後で疲れているが、気が張り詰めているのは楚水さんも同じらしい。
     「……」
     もう一度、体を横たえる。
     楚水さんは俺のほうを向くように自分の肘を枕にして横臥していた。
     瞼は閉じていて、返り血やらを雑に拭った痕が見て取れる顔は未だ緊張の色が滲んでいる。
     「ひとに寄り添うというのは、難しいことだな」
     独り言のように発せられた言葉に、閉じかけた瞼を開く。
     首だけを隣へ向けたが、当の楚水さんは相変わらず目は閉じていた。
     「那貴がつらい思いをしているのなら、あの時のように今度は私が側にいようと思ったのだが傲慢だった……。すまぬ」
     「あの時って?」
     「少し前に騎兵団の若い奴が亡くなったろう」
     そういえば、その騎兵団の若い奴が死んだ時も、風向きが変わったか止んだかで空気が澄んで、今みたいに穏やかだったっけ。
     「あの時、私はお前が側に居てくれて随分と慰められたんだ」
     記憶を手繰るが、俺は掛ける言葉さえ見つけられずに黙って砂くれを弄っていただけだ。
     死んだ若い兵との別れを皆が惜しみ、悲しんでいたあの場の空気が苦しくて離れた暗がりへ一人姿を隠して息を潜めていた。
     「特別なことは何も……」
     「隣に居たお前の気配、ぬくもりがどんなに有り難いと思ったか」
     穏やかな声で話す楚水さんに対し、俺は目を丸くして、口はぽかんと半開きにしていた。
     さぞ間抜けな顔をしているだろうと客観視している自分も居たが、冷静な割には楚水さんの言っていることが理解できなかった。
     閉じられていた楚水さんの瞼が開き、視線が重なる。
     何も言わない俺に、楚水さんは少し頭を持ち上げて「どうした?」と、こちらを覗き込む。
     微笑みさえ浮かべたような表情だった。
     「俺はあの時、何の慰めの言葉も出てこなかったのに」
     「慰めの言葉を聞くのがつらい時もある。だがあの時、那貴は私と同じ心地だったのではと……」
     「買い被りすぎですよ」
     澱みのない、澄んだ眼差しから逃れようと顔を背け、それでも足りなくて体ごと反対を向く。
     胸に締め付けられるような痛みを感じていた。
     本当は、たぶんずっと痛かったのに気付かないふりをしていた仲間の死の悲しさや、苦しさが一気に迫ってくる。
     捨てて来たつもりだったが、まだ俺の中にこんな感情が残っていたのか。
     「那貴、」
     「あんたは残酷なひとですね」
     優しい声を背中で拒んだが、楚水さんは俺の肩に手をかけて振り向かせられた。
     「気付かないふりしてた痛みをえぐった」
     「すまぬ、そんなつもりでは…」
     「じゃあ何のつもりだって言うんです」
     思わず語調が強くなる。
     振り向かされた俺は楚水さんを見据え、楚水さんの澄んだ目は揺れ、瞬いた。
     「……すまぬ」
     楚水さんは声が掠れこそすれど、目線を逸らしたり、逃げを打つような素振りは見せなかった。
     今度は俺のほうがその態度に目線を伏せた。
     俺の両目に楚水さんの手のひらが重なってくる。
     いつも鉾を握り締めている手はごつごつしていて、決してやわらかくはない。 
     だが、あたたかい。
     目を瞑ると真っ暗闇に包まれるが、触れている手のぬくもりは確かで、見えなくとも楚水さんがすぐそばに居ることを確かに感じる。
     「ぐ……」
     決して声をあげまいと歯を食い縛った隙間から、呻きが漏れる。
     「つらかったよな」
     目元を手で覆われて、その手の下を静かに涙が伝う。
     もうすぐそこに夜明けの気配が迫ってきている。
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    koziorozec15

    DONE露骨な関係ではないですが、他のキャラクターよりも親密に描写しているので那楚タグをつけています。

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    捨て物(キングダム/那楚)  いつだったかの戦場で、楚水さんを庇った兵士が死んだ。
     士族の、まだ若い奴だったが楚水騎兵団の前身にあたる郭備隊から所属していたらしい。
     よく楚水さんの側に居る姿を見掛けた。剣や鉾の手入れについて尋ねたり、兵法について教えてもらったりしていたようだ。
     飛信隊には俺たち一家を悪く言ったり、疎むような人間はいない。そいつも例外なく気さくで何度か話したことがある。何なら、そいつのほうが俺たちが持っている武器や刺青に興味を示し、索敵のコツを尋ねてきたこともあった。

     
     その若い兵士は楚水さんを庇った後、仲間に抱えられて日暮れとともに自陣へ戻ってきた。生きているのも不思議なぐらいの虫の息だった。
     そして付き合いの長い元・郭備兵や百姓組に囲まれて、これまでの功績を称えられ、可愛がられて逝った。血の気を失って青白い顔をしていたが穏やかに笑って、一番慕っていたであろう楚水さんの腕に抱かれて。
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