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    えんどう

    @usleeepy

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    えんどう

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    ##1000-3000文字

    婚姻届を書く話▽婚姻届を書いて燃やす話です
    ▽ぐだキャスギル





     ここに名前を書いてください、と、ペンを渡された。もはや押しつけられたと言ってもいい。いったい何事かと問う前に一枚の紙切れと端末も押しつけられた。紙は見れば何やらやたらに枠の印刷された紙だった。上の端が折られていて、そこに何が印刷してあるのかは見えない。
    「端末は台にしてください。王様って苗字ないですよね? 名前のとこだけでいいんで」
     ここに、と指で小さな枠を示される。これが何でどうして名前を書かなければいけないのか、一切の説明がない。
    「立香よ。貴様はどうしていつもそう唐突なのだ」
    「だって説明したら王様書いてくれないですから」
    「この我にそんなものに署名させようとしているのか、貴様は……」
     王の記名の何たるかを言って聞かせようとしたギルガメッシュを遮り、立香は「別に変なものじゃないですよ」と、少し不貞腐れたように言う。その不貞腐れた顔のまま、ギルガメッシュに押しつけたペンを手から引き上げた。
    「ほら、オレの名前はここに書きますから」
     言いながら立香は左側の枠に〝藤丸〟と記入し、右側に〝立香〟と、ギルガメッシュから見ても余り整っているようには見えない字で書く。上側の小さな枠にはひらがなで〝ふじまるりつか〟と書かれた。名前と、その名前の読み……ふりがなというものだろう。
    「はい。王様も書いてください」
     これが何かの書類であることは解った。名前を記入するということは契約書の類だろうか。いったい何を契約させられようとしているのか。
    「壺なら買わんぞ」
    「どこで聞いたんですかそんな話……そんなもの売りつけませんよ。大丈夫です。ごっこ遊びみたいなものですから」
     はっきりと言わない分余計に怪しいのだが、遊びという割にはしつこく食い下がってくる。まあしかし立香が遊びと言うなら乗ってやらねばならないだろう。
    「よい。そこまで言うなら書いてやろう。だがその前にこれが何であるかだけ答えよ」
     それまでは書かん、と腕を組んでしまえば立香は眉尻を下げて困ったような笑みを浮かべる。それから口を開き、観念したように紙の折られた部分を指で開く。
    「……婚姻届、です。オレの国では、結婚する時これを国に提出すると法律上でも夫婦になれるんです。逆に言えば、これを出さないと法律上は認められないって事ですね」
    「……それをなぜ我が書かねばならんのだ」
    「なんとなく。なんかこういうの欲しいなって。だから結婚しましょう」
    「…………」
     それはそんなに気安く口にしていい言葉なのだろうか。まるで天気でも述べているかのような気軽さでもって口にしていい言葉なのか。いつかのためにとっておくべき言葉ではないのか。こんな、一時の戯れのために言っていい言葉なのか。
    「…………ペンをよこせ」
    「書いてくれるんですか?」
    「書くと言ったからな。我はつまらん嘘はつかん」
     なんと意味のない遊びだろう。遊びであっていいのかすら解らない。しかし立香はきちんと説明したのである。断られると解っていても。そこを汲まないわけにはいかないだろう。説明すれば書く、と言ったのは己なのだから。
     示された箇所に名前を書く。日本語など知らないのでギルガメッシュの国の文字だ。ふりがななども知らない。粘土ではない、薄っぺらい紙にペン先が引っかかり、ゴリゴリと小さな音を立てる。
    「現住所は……カルデアですかね。本籍は東京と……ウルクで……」
     結局、父母の名前まで書かされ、拇印で捺印までさせられた。指を拭った布が赤い。
    「ありがとうございます。じゃあオレ、ダ・ヴィンチちゃんに証人になってもらってきますね!」
    「証人……?」
     何の証人だと聞く間もなく、そこの説明はしないまま、待てとも言う前に立香は飛び出すように部屋を出て行ってしまう。ひとり残されたギルガメッシュは、溜め息をついて立香の残して行った端末をベッドに放った。いったい、あんなもので何を認めさせると言うのか。誰に認められなくとも関係ない、と思うのだが。

       ✤✤✤

     繋がれた手を、ゆっくりそっと解く。安らかに眠っている立香を起こさないように。立香が目を覚ましていないのを確認し、ベッドを抜け出す。サイドテーブルには、昼間立香に無理やり書かされた婚姻届がある。枠内の必要な箇所らしき場所は全て埋められた、戯れの誓約書。へたくそな日本語、見慣れたシュメル語、ミミズがのたくったような英語が混在したなんとも歪な紙である。ダ・ヴィンチは英語圏の者だっただろうかと一瞬考え、あの女ならば母国語以外にも操れるか、とすぐに結論づけた。
     立香は、完成させた書類をギルガメッシュに見せ、いつか退館する時にはこれだけは持って行くと言って嬉しそうに笑っていた。旅が終わり、皆と別れ、平和になった世界でひとりになって、そのあとでこんな紙切れだけを持って、帰るのだと言う。こんなもの、いったい何になると言うのだろう。認められる?認められたところで何になる。誰かに認められなければ成立しない関係だとでも言うのか。そも、人と英霊で婚姻などできようはずもない。だというのに、そんなにかたちにしたいものなのだろうか。かたちにしたところで、いずれ壊れる脆い関係だというのに。
     ギルガメッシュは用紙を取り上げ、その手に魔力を篭める。手に持つ部分から熱のない炎を発生させれば炎は紙切れを包み燃え上がり、瞬間室内を明るく照らす。壁に投影されるギルガメッシュの影が色濃く浮かび上がり、炎と同じように揺らめく。やがて紙を燃やし尽くした炎は消え、何もかも跡形も残らない。室内も、暗さを取り戻した。
     承認など不要だ。誓約も、必要ない。これは今限りの関係だ。かたちになど残さなくて良い。そんなもの、立香の未来には不要でしかない。こんなものは、要らない。
     光源のない薄暗い室内、先程まで紙のあったテーブルの表面をなぞるギルガメッシュの後ろで、なにもしらない立香が寝返りをうった。
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