ぐだおに膝枕する王様の話▽幼女とぐだおと王様の話の前の話です
▽幼女は出ません
▽王様がぐだおに膝枕してるだけ
▽ぐだキャスギル
再現されたカルデア。ノウム・カルデア。以前拠点としていたカルデアはもう失く、ここにあるのはそっくりに再建されたものである。――と、説明を聞いていても、見た目にはそっくりである。管制室も、シミュレーションルームも、トレーニングルームも、食堂も、自室の内装にいたるまでそっくりだった。以前のように、休憩時間を思い思いに過ごす制服を着たスタッフの姿はもうないけれど。
立香が今座っているソファも、再現されたものだろうか。前のカルデアを隅から隅まで知っているわけではないから、前からあったものなのかは解らないが、あったとしたらここから見える景色は猛吹雪だけだったのではないだろうか。うららかな陽射しが木々に降り注ぎ、地面にゆらゆらと影を落とすのをぼんやり眺めながら、立香はとりとめのないことを思考する。徹夜ではないけれど、それに近い睡眠時間で報告書を仕上げ、それの修正の修正の修正を終わらせた今、立香は晴れて自由の身なのだが、睡眠の足りない頭では何かをするということも閃かない。部屋へ戻るのも億劫で、途中寄り道をしてそのまま座り続けている。ここで眠ってしまうのは避けたい。まあ、こんなところでは落ち着いて眠れないし、脳はフル稼働の余韻でかまだ休む気配がない。気怠さに支配されて、ただぼんやりと影と光が揺らめくのを見ている。木々のざわめきか、鳥の鳴き声、川のせせらぎなんかがあれば寝るにはちょうどよかったかもしれない。
「――――立香?」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。振り向くのも怠いけど、この声は無視できない。ソファの背もたれに寄りかかりながら肩越しに振り返ると、想像通りの人がいた。
「貴様報告書の修正だかに行ったのではなかったのか? こんなところで何をしている」
少し語気が強い。サボっていると思われたのだろうか。
「それなら、終わりましたよ。終わったので……疲れが……」
へへ……と弱々しく笑えば「そうか」と納得する声が聞こえた。納得してくれたらしい。素直に信じてもらえたのは嬉しい。
「ここ、静かで………………王様?」
ぎし、とソファが軋んだ。立香の身体も少し傾く。隣に座ったギルガメッシュはふんと鼻を鳴らして背もたれに体重をかけた。
「なにしてるんです?」
「死人のような顔をした貴様を放っておくわけにもいくまい」
「?」
「よい。個人的な矜持の話だ。気にするな」
はて、矜持とはなんだったか、知っているはずだが頭が回らない。ギルガメッシュが傍にいるから、嗅ぎ慣れた匂いがして落ち着くのだが、落ち着くせいで更に気怠さが増した気がする。いっそ寝てしまいたい。
「貴様、きちんと眠っていたか?」
「いえ……ちょっと……かなり……眠いですね……」
「まったく……」
「……んえ?」
がしっと腕を掴まれ、結構な力で引かれる。そんなに力を入れなくとも今の立香であれば容易に引き倒せただろうから、結構な力で引かれた立香は思いっきりギルガメッシュの方へ倒れ込んだ。赤い布が覆っていたり覆っていなかったりする脚の上へ。
「お、王様……?」
「寝ろ、ばかもの。そんな様で緊急事態が起きたらどうする」
「あー……」
頭が回らなくていつもより更に言い返せない。立香を見下ろすギルガメッシュの顔は不機嫌でも怒っているようでもなかったから、立香の不摂生に気分を害しているのではなさそうだけど。じゃあこれはもしかして心配してくれているのだろうか。
「王様が、優しい……」
「たわけ。我はいつでも寛大であろうが」
「んー……そうですねぇ」
「戯言はよい。疾く目を閉じよ」
「はーい……」
言われたとおりに立香は目を閉じる。その上から温かいものが両の瞼の上に乗った。手のひらだろうか。あたたかい。頭の下にある脚は硬いけど、こちらもあたたかい。硬いけど。
「……枕、硬いですね」
「この玉体を枕呼ばわりした上文句があると?」
「違いますよ……、ただの……感想、です」
「感想であるならもっと褒め称えぬか」
「…………弾力が、すばらしいです、ね……」
話がしたい、が、瞼に置かれた手があたたかくて、気持ちがいい。嗅ぎ慣れた匂いも、落ち着いた声も、あたたかい体温も、なにもかもに眠気を誘われる。口を開いても途切れ途切れになってしまい、だんだん自分が何を言っているのかわからなくなる。今自分は寝ているのだろうか起きているのだろうか、匂いが、声が、体温が、やさしい。
✩✩✩
「――……寝た、か?」
耳を澄ますとゆったりとした深い呼吸音が聞こえる。立香の顔を覆っていた手をそっと浮かせると、瞼は閉じていた。ようやく寝たらしい立香にやれやれと溜め息をつく。顔を上げれば森林の映像が窓の外に映しだされていた。立香がぼーっと見ていた映像だ。警戒の〝け〟の字もない腑抜けた顔で、眼の下に隈を作って、どこからどう見ても疲れきった顔で、それでも眠らずに見ていた。無理矢理に寝かしつけたが、寝顔はまあまあ穏やかである。一度退けた手を戻して、余計なモノを見ぬよう余計なパスの類は一時的に切っておく。睡眠中に誰かの夢に引きずり込まれては休むものも休めない。この疲労が癒えるまではそれは邪魔だろう。
「……ぅん……」
パスを切って手を離すと、立香が呻いた。が、目を覚ました様子はなく、変わらず寝息を立てている。穏やかな顔だ。ソファの端に乗っている手も脱力している。
「おっ、と……」
その手がソファからずり落ちそうになり、ギルガメッシュは腕を掴んで阻む。脱力した手は腹の上へ、置く前に出来心で拳骨辺りに唇をあててみる。ちゅ、と音はしたが反応はない。よく寝ている。ほとんど徹夜の日々が続いていたのだから無理もない。ここがレイシフト先であればこうはいかなかっただろうが、ここに危険はない。今のところ。
「まあ、少々の危険なぞ、立香が目覚める前に終わらせてしまうがな」
ついそんなことが口をつき、ふっと笑ってしまったが聞く者はいない。立香はよく寝ている。本当に、よく寝ている。
「さて……」
空中に両手を翳す。空間が揺らいで黄金のタブレットと、いつもの石板が現れた。ばくんと石板が勝手に開く。
「至高の王たる者、立香を寝かしつけながらの雑事など朝飯前よ」
触れずにタブレットの画面に無数の文字列を表示させる、得意気なギルガメッシュを見る者はいない。文字列を眼に映すギルガメッシュが、空いた手で立香の頭を撫でるのを見る者も、ここにはいない。