5章後の話▽5章クリア後ですがネタバレは特にありません
▽いつもの眠たい話
▽ぐだキャスギル
解錠音。それと空気の抜ける音。室内の装飾に似合わぬ機械的な駆動音をさせて開いたドアから、ゆらりと黒い塊が入り込んでくる。と言っても怪しいモノの類ではない。そんなモノが入り込めるはずがない。証拠に、ベッドまでふらふらと歩み寄ってきたソレは、端に座って靴を脱ぎ、振り向いて笑った。
「ただいま帰りました。王様」
「――ああ、……よく戻った、立香」
えへへ、と力なく笑う顔には疲労の影が色濃く現れている。それでも、笑える旅であったのだろう。のそのそとベッドへ上がり込んできた立香は、ギルガメッシュの隣へ横になると、深く息を吐いて、吸って、また吐いた。
「あー………………王様の匂いがする……」
「貴様が留守の間は我しかおらぬからな。……立香、眠る前に礼装くらい脱がぬか」
疲労のせいなのか、張り詰めていた糸が切れたのか、戦場へ召喚される都度に見た険しさも緊張感も今の立香には一欠片とて残っていない。帰還してまで張り詰めたままでいろ、などと言うつもりはないし、気の緩められる場所があるのは立香にとっても良いことだろう。だがそれと着替えずに眠るのは別の話だ。
「明日でいいです……もう……着替えるのも……」
呟く声は錘がついたように途切れ、シーツの上へ投げ出された手足は脱力しきっている。放っておけば眠りに落ちるまでそう時間は必要ないだろう。
「まったく、世話の焼ける……」
そう言うのなら着替えは妥協してやろう。着替えている途中に立ったまま寝られても面倒だ。横向きに身体を横たえている立香の肩を押してごろりと仰向けに寝かせ、礼装に付属しているベルトを外し、襟を緩めてやる。
「…………ふ、んふふ」
「どうした、気色の悪い」
グローブを手から引き抜いていると、目を瞑ったままの立香が口の中だけで笑ったような笑い声を漏らす。ぽいとグローブをサイドテーブルの上へ放り、立香を見れば眠たげに半分開いた澄んだ蒼い瞳と目があった。
「なんか……、王様に、寝込みを襲われてるみたいだなーって」
「たわけ。そのつもりなら初めに下衣を剥ぎ取っておるわ」
「ほんとうですか……? ……今度、やってください」
「それだけ無駄口が叩けるならば異常はないな」
「ないです、よー……すごい、ねむいだけ……」
言いながら、立香は再び目を閉じる。それから深呼吸をするように、深い呼吸を一度、二度。吸って、吐いて、吸って、吐く。そしてまた口を開く。
「おうさま、」
「なんだ」
「ん」
差し出される両手。それが意味するのは何なのか、いちいち訊かずとも理解できるようになってしまった。溜め息をつくといつの間にか開いていた立香の蒼が嬉しそうに弧を描く。立香は、ギルガメッシュが理解してしまうことを理解している。ギルガメッシュが立香の望みを叶えることも、
「おうさま、ご褒美、でしょ?」
何か理由をつけないと素直に動けないことも。
「……そうさな、これは貴様の働きに対する褒美だ」
理解されていると気づく度、むず痒い。不遜と切り捨ててしまえない。それどころか、心地良いのだからタチが悪い。
枕元へ這い寄り、鈍い瞬きをしながら笑っている立香へ、その伸ばされた腕の中へ身体を横たえる。すぐさま腰と背中へ回った腕に引き寄せられて抱き竦められた。身体同士が密着する。本当に眠いのだろう、いつもより体温が高い。
「――ありがとうございます、おうさま」
数秒か、数十秒か。ギルガメッシュを抱き締めていた腕が緩んだのを見計らい身体を少しだけ離す。あまり密着していると顔も見れない。
「なに、奮闘に見合った褒美も与えられぬようでは……」
「ん、それも、ですけど…………なにも、聞かないでくれて、ありがとうございます」
「――――」
「つぎ、起きたら、……きいてください……。……報告会、します、から、………………」
言いながら、立香は目を開かなくなり、すう、と一息深く呼吸したかと思えば、そのまま、半開きの口のまま、眠りに落ちた。あとは待ってみても穏やかな寝息が聞こえるばかりで、目を開けようとも口を動かそうともしなくなった。本当に眠ったようだ。
「………………」
見える範囲に外傷はない。血色も悪くない。しかし、常の眩しいほどの快活さもない。疲れきった寝顔は、子どもと呼ぶには大人びてしまった。それでもまあ、ギルガメッシュにしてみれば小童だが。幼い顔つきなのは変わらないがそれでも、立香は確実に歳を重ねている。あの時変わらない、と感じた顔つきも、今は。
「ん……」
こちらを向いていた立香が、唸って仰向けに体勢を変える。脱力した右腕がずるりとギルガメッシュの身体から落ちて、立香の腹の上へ乗る。いつもは令呪の描かれている右手は、今何も刻まれていない。微かに赤色の痕跡が残る甲を指でなぞる。そこそこに――否、以前よりも遥かに強くなった立香ですら令呪を使い切るほどの戦いがあったのだろう。空想樹とやらか、それ以外か。
(起きたら聞いてください、か)
クエストから戻ったら報告会、が恒例となったのはいつからだったろうか。ウルクから戻って以降であるのは確かだが。ギルガメッシュのいない旅路のことを、立香は面白可笑しく報告する。脚色していないと本人は言うが、果たして。そういうところで調子に乗るのはあの頃とあまり変わらない。
痣のような痕の残る立香の右手を指先で撫で、手を重ねる。と、反射的な行動か、眠っている立香の右手がギルガメッシュの指先を掴んだ。おや、と思う間にぎゅうと握り締められて思わず笑みが漏れた。そうしていればまるで何も変わらない、あの時締まりのない顔をしてギルガメッシュの前で名乗り、それなりに表情を引き締めて啖呵を切った子どものままだ。
変わらないところと、変わったところ、変わってしまったところ、変わらざるを得なかったところ。それら全てを内包するのが今の立香であり、ギルガメッシュの、――――
立香に掴まれた手はそのままにして、めくれたブランケットを片手で立香へかけ、ぽすぽすと胸のあたりを軽く叩く。片手をとられてしまったとあっては動きに制限がかかる。だからこれは仕方のないことなのだ、と、誰に言うでもなく言い訳をして、ギルガメッシュは立香の傍へ身体を横たえる。すうすうと穏やかな寝息が聞こえる。穏やかに眠れているなら、それは良いことだ。今日くらい抑止力にも立香は攫わせない。
「…………おかえり、立香」
額と瞼にくちづけると、緩く笑ったような緩んだ表情で眠る立香が「おうさま」と呼ぶので、その口も塞いでおいた。