前日の話▽ぐだおが疲れて帰ってくる話
▽ぐだキャスギル
ガチャン、とドアの解錠される音が響く。見れば死人のような顔をした立香がよろよろとよろめきながら室内へ入ってきたところだった。
「立香、……」
呼びかけて、いつも輝いている蒼い眼が完全に死んでいる事に気づく。今日はライダー相手の周回だったか。相性が悪いから休んでいてくれ、と、朝別れたきりだ。この様子では相当回数をこなしたのだろう。立香は亡者のように虚ろな顔で歩いてきたかと思えば、ベッドへどさりと落ちてくる。反動でギルガメッシュの身体が揺れた。
「おい、立香、貴様そのまま寝るつもりではあるまいな」
うつ伏せに倒れ込んだ立香はぴくりとも動かない。肩を掴んで揺すってみるが、ぴくりとも動かない。まさか、過労死――
不吉な考えがギルガメッシュの脳裏を過ったと同時、それまで完全に沈黙していた立香ががばりと起き上がる。生きていた。起き上がった立香はベッドの上で膝立ちになりギルガメッシュを見下ろす。灯りを背にして影を落とし、光のない虚のような眼でギルガメッシュを射抜く。どくり、と心臓が脈打った。常ならばころころ変わる表情も、いまは虚無に塗り潰されていて、こんな立香は初めて見
「――おうさまだぁ……」
その顔がへにゃりと崩れたかと思えば見上げるギルガメッシュの上へどさっと倒れ込んでくる。咄嗟に受け止めたギルガメッシュは無遠慮な力で抱き竦められ、
「よかった……おうさま……いきて……」
譫言を聞く。かと思えば腕の中の身体はすぐさま脱力して重みを増していく。
「………………いいにおい……」
ギルガメッシュに覆い被さる立香は、何の脈絡もなくそう呟いたのを最後にすうすうと規則正しい寝息を立て始めた。されるがままのギルガメッシュは立香の身体の下でぱちぱちと目を瞬く。今のは一体何だったのだろう。余韻で、心臓だけが強く打っていた。
「…………………………何なのだ、貴様は…………」
特異点ならばいざ知らず、何でもない日々のルーチンでこんなになるまで休まずに戦闘をこなすなど言語道断だろう。ギルガメッシュの目の届かないところで一体どんな無茶をやらかしたのか。問い質したくはあったがこの状態では起こしてもロクに会話もできないのは視ずとも解る。
長めの溜息をついて、ギルガメッシュは宝物庫から小さな香炉を取り出す。常々使用しているものだが、今しがた立香はこれをいい匂いだと言った。であれば、少しは気分も和らぐだろう。
「我のなんと気遣いのできる事よ……」
その呟きを聞く者はいない。全体重をかけてくる重苦しい立香の背を軽く叩き、
癖のある黒髪を撫でる。それから鼻を寄せて、すん、と吸い込めば香と混ざった立香の匂いがして、
「……………………………………………………………………汗臭いな……」
その呟きも誰にも拾われぬまま、くゆる煙と共に空気に溶けた。