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    shashasalmon

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    shashasalmon

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    いつか出すかもしれない出さないかもしれない、「1000年生きてるカリム」が見たくて練ってたお話の一部。

     かさかさ、耳元でなにかが音をたてる。違和感を覚えながら、目を開ける気にはならなかった。ぬるい温度が身体の下を温め、眠気をゆっくりと増幅させる。
     微睡みの中、酷く渇きを覚えた。水、水が欲しい。小さな頃からずっとそうだ。喉が渇いてたまらない。満たされることのない渇きを抱えながらずっと生きてきた。水、と訴え続けるジャミルをたしなめ、悩ましげに話し合う両親を見て、ジャミルは己の渇きが「普通」でないことを知った。以来、両親を困らせる発言を注意深く控えるようにしてきたが、そんな両親ももういない。流行病であっけなく死んでしまった。再会した両親は、骨と灰になっていた。
     親類の伝手もなく、十にも満たないうちにみなしごとなったジャミルは村長の家に引き取られたが、長の血族でもない限り、みなしごは召使いとなって生涯を終えるのが慣わしだった。
     ここらでは、十二年に一度、伝承に則って水神に贄を捧げる儀式が行われている。十二年に一度、というのは平時の話で、干ばつの際には血縁のない者から順に、雨の恵みを授かるまで贄を捧げ続ける。要は口減らしの口実だ。
     雪が融けて以降、今年は雨が少なく、常なら澄んだ水を湛える湖も、濁った沼と化してしまった。沢は干上がって久しく、配給される飲み水の量も少しずつ減っていった。焼け付くような渇きの日々に疲弊していく最中、突如呼び出され、閉じ込められ、ジャミルは己の運のなさを呪った。他にも召使いは数多くいるのに、よりにもよって最初の生け贄に選ばれてしまったのだ。
     沸々と煮える怒りに歯を食いしばると、奥歯の間で砂が不快な音を上げてすり潰される。薄く目を開くと、ほた、と頬に冷たいものが当たって、思わず跳ね起きた。
     頭上を見上げると、僅かに差し込む光に照らされ、湿った壁がてらてらと光っていた。水だ、水がある。手を伸ばして触れると指先から肘へと水滴が伝い、慌てて言ってきたりとも落とさぬように啜った。土臭くも僅かに甘く、冷たい温度が喉を癒やした。
    「ここは……」
     身体の痺れはすっかりとれ、身体がやけに軽い。ジャミルは、大きな樹のうろの中にいた。辺りを警戒しながら外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
    「なんだ、これは」
     きらきらと輝く、青い湖。見覚えのない、不可思議な植物。枝のない樹体が真っ直ぐに伸び、はるか頭上では松の葉を何百倍にも大きくしたような葉がじっと佇んでいる。ぱっと後ろを振り向くとたった一本だけ、見慣れた大きなかつらの木が静かに立っていた。
     大きなシダのような草を掻き分け、湖に近付く。濁りの一つもない水を手に掬い、夢中で喉を潤した。腹が膨れるほど飲んだ後、改めて辺りを見渡す。植物が生えているのはこの湖の周りに限られており、向こう側は延々と茶けた大地が広がっている。巨大な砂地に、ぽつんとこの湖だけが浮いているようであった。
     ジャミルは死んだのだろうか。とても現実とは思えない光景に、こく、と唾を呑む。草の途切れる場所まで進んでみると、さらりとした砂に足が沈んだ。砂は蒸したように熱かった。燦々と照る日差しが眩しくて目を細める。
     再び湖のほとりまで戻ると、妙なものが目に入った。岸の向こう側に、一箇所だけ小さな花畑のようになっている場所がある。他にすることもないので、歩いて行ってみることにした。
     歩きながら、ジャミルは渇きがすっかり癒えていることに気が付いた。思わず喉に手をあてる。生まれてからずっと、ひりひりと引き攣るような痛みを感じていたことに、その痛みが取り去られたいま、始めて気が付いた。ほぅ、と息を吐く。やはりジャミルは死んだのだろう。死してもなお、意識というものは残り続けるのだろうか。
     甘い香りが鼻をかすめる。咲き乱れる白い花の前に膝をつき、香りに誘われるように手を伸ばす。見たことのあるような、ないような。手折ることもせずぼんやり眺めていると、花を咲かせている地面が、こんもりと膨らんでいることに気付いた。
     地際に触れると、ふかふかと、柔らかい土の感触がする。簡単に手で掘ることができそうだ。少し迷った後、ジャミルは素手で土を掘り始めた。どうせ、時間はたっぷりあるのだ。
     長い間掘っていたようにも、数分も経っていないようにも思う。ここではどうにも、時の流れが曖昧だ。太陽は一番高いところに昇ったまま、動く気配を見せない。大皿一つ分ほどの範囲を掘り進めていると、とうとう土以外のものに行き当たる。
    「布?」
     表面の土を払う。やはり布だ。この下に何かあるのだろうか。手のひらを当ててぐっと押してみると、弾力のある何かがある気配がした。
    「まさかな……」
     ジャミルは急ぎ、土を掘り始める。期待にどくどくと血潮が騒いだ。まるで、服の上から皮膚を押したような感触だった。生きている(と言うのも妙だが)のか、死んでいるのか、ともかく、ジャミル以外の人間がいるのかもしれない。土と共に掘り返された花の、甘いにおいがあたりを満たす。
     黙々と掘るのに従い、期待は確信に変わっていった。指先に当たる、やわらかな凹凸。慎重に土を払うと、とうとう膨らみの正体が姿を現した。
     ほろほろと崩れ落ちる土の下、くっきりとした鼻立ちに、薄い唇。男だろうか、女だろうか均整のとれた骨格に、ふっくらとした頬。まぶたの先が白銀に輝いている。首筋に触れる。温かくも、冷たくもなく、血の巡る気配は感じられない。そっと唇の前に手を翳してみたが、空気が震える気配はなかった。
     まるで人形のようなその顔をしばし眺めてから、ジャミルは作業を再開した。今のところここにはジャミルとこいつ以外誰もいないのだ。ともすれば息を吹き返す可能性だってある。最後の一本の花が掘り返されると同時に、かの全容が明らかとなった。
     年の頃は、十六か、そのくらいだろうか。体つきは男のそれで、一見、ただ眠っているだけのように見えた。
    「なあ」
     試しに肩を揺すってみる。はら、と滑り落ちた髪は、土で煤けているものの、銀糸のような色をしていた。
    「なあ、起きろよ。お前、ここがなんなのか知らないか」
     青年は答えない。はぁ、とため息を吐き、どっかりと腰を下ろす。虫の一匹さえ見当たらないことは、気味悪くもジャミルにとっては都合がよかった。
     植物と砂と水。真っ青な空には雲一つ浮かんではいない。風はないのに、水面だけがゆらゆらと揺れている。太陽は相変わらず、真上から動く気配はない。こんなにも強い日差しの下にいるのに、暑いとは思わなかった。
    「お前は誰だ? どうしてこんな場所で寝ている?」
     ぼんやりと湖に視線をやったまま、隣の青年に問いかける。
    「俺は死んだのか。いつまでここにいればいい」
     口を閉じれば、静寂が訪れる。水が揺らめき、光を反射する。長い退屈の予感に、途方もない不安が胸を満たした。
    「なあ、寝ているだけだろう。お前はいつ起きるんだ」
     答えは、ない。青年の顔に視線を落とす。土で煤けた姿がみすぼらしい。ジャミルは青年の腕を持ち上げ、肩に回すと、えいやと気合いを入れて立ち上がった。存外、すんなりと青年を担ぎ上げることができて、勢い余ってたたらを踏む。
     ちゃぷん、と足首が湖に浸かったところで、ゆっくりと青年を下ろした。顔が水面から出るように仰向けに寝かせ、手で掬った水を頬にかける。指の腹で汚れをこすり、流し、何度か繰り返すと本来の肌の色が露わになる。
     肩に手を差し込み、もう少し深いところまで引いて、腰を下ろす。ももの上に青年のうなじを乗せ、喉を晒すような格好にして、ちゃぷちゃぷと髪をすすいだ。輝きを増した銀色の髪が、水の中にふわふわと漂った。
     青年を岸まで引いてから、少し迷って、腰を下ろした自身のももの上に頭を乗せる。せっかく綺麗にした髪をまた汚してしまうのが、なんとなしに躊躇われた。青年は、やはり綺麗な顔立ちをしている。湿った唇は薄い桃色で、先ほどより血の気を増しているようにも見えた。
     大きく開いた脚の間から、水を掬って飲み込む。水滴のついた指先で青年の唇を濡らした。喉が渇いているだろうだなんて気まぐれにとった行動に、始めて青年は反応を見せた。
     微かに動いた唇に息を止める。まるで水を欲するように、確かに青年の唇が、髪の毛一本ほど開いて、閉じた。ジャミルはごくりと唾を飲み込み、片手に掬った水を、ゆっくり青年の唇に落とした。
     ほた、ほたほた、と落ちた水滴は、ほんの僅か、唇の隙間に染みこんだように見える。ジャミルは少しだけ躊躇ってから、指を青年の口の中に差し込んだ。白い歯の間に親指を入れ、閉じないように固定してから、もう片方の手で水を運ぶ。やはり口端から多くの水が零れてしまったが、青年の舌がひくりと蠢くのを確かに感じた。きっと、口の中が渇きすぎて、上手く飲み込めないのだ。ひりつくようなもどかしさは、ジャミルにも覚えがあった。
     こんな訳のわからない状況だからか、ジャミルの決断は早かった。両手で水を掬って自らの口に含むと、青年のおとがいに手を添え、覆い被さるように唇を合わせた。ふっくらとした皮膚が押しつぶされ、湿った肌がぴたりとくっつく。少しだけ隙間を作り、舌で水の通り道を割り拓く。花の香りが移っているのか、青年の肌からは甘いにおいがした。初めて触れる他人の口は熱かった。
     青年の喉が揺れる。流し込まれたものを飲み込もうとする意思を感じ、ジャミルはもう一度水を含み、青年に与えた。口端から零れ続ける水。顔を上げて、青年の目尻をなぞった。
    「飲め」
     ぽつりと呟き、また水を含む。三度目の刺激に、ついに青年は喉を鳴らし、水を飲み込んだ。
    「いい子だ」
     自分より大きな青年に向かってそう呟く声を、どこか他人事のように眺める自分がいた。繰り返し、繰り返し、水を与えるうちに、青年の胸が浅く上下していることに気付く。いつの間にか息を吹き返していたらしい。
    「起きたのか」
     青年を腕に抱え、顔を覗き込む。
    「起きろ」
     ぴく、と青年のまつげが震えた。どくどくと、心臓が騒ぐ音が耳の内側に響く。
    「なあ、聞こえているんだろう」
     目の端にかかる髪を指先で避けると、くすぐったいのか、青年がわずかに顔を傾けた。は、と口から空気が吐き出され、ひときわ大きく、胸が膨らむ。ゆっくりと、ゆっくりとまぶたが持ち上げられる。目に映った赤色に、思わず息が止まった。まるで血のように真っ赤な瞳は、それ自体が光を発しているように思われた。
     ぼんやりと中空を眺める青年の視線がゆっくりと動き、ジャミルを捉える。はく、と動いた唇が空気を揺らす前、突如として変化が訪れた。
     ぐら、と身体が揺れたかと思うと、瞬間、息を奪われる。青年の身体が揺れるのを見て、反射的に離れゆく腕をたぐり、しがみつくように抱き寄せた。
    「(なん、だ……っ!)」
     ゴゥ、と地鳴りのような音がして、身体がもみくちゃにされる。ぐるぐると渦を巻き、とてつもない力に身体を引き寄せられ、青年の身体を抱き締めるほかどうすることもできなかった。
     ジャミルと青年を飲み込んだ水が激しく渦を巻き、深く、深くへと沈んでいく。最後にゆら、と水面が揺れると、再び静寂が訪れた。

     砂漠の真ん中に、オアシスがひとつ。桂の木はまるで最初から存在しなかったかのように消えている。
     掘り返された花の跡のほか、何一つ残すことなく、ジャミルと青年は姿を消した。
     
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