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    shashasalmon

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    7.5章後の2人について。カプ要素薄いけどジャミカリ民産。
    友情出演:2年生

    これからのおれたちは(前)【一. 自分の頭で考えること】

     魔法量:七三。発動速度:〇.五秒。得意な魔法:水魔法、魔法音楽、感覚拡張の魔法。コントロールスコア:六五。
     魔力テストの結果票を探し出して、リドルたちに教えてもらった通りに記入を終えて、自分でも隅々までチェックして完璧に仕上げたつもりだったのに、ジャミルに二ヶ所もミスを見つけてもらった。
     魔法量:一〇二。発動速度:〇.三秒。得意な魔法:火魔法、防衛魔法、実践魔法(物理操作、空間操作)。コントロールスコア:九十五。
     ジャミルの部屋の机に置いてあった魔力テストの結果票。総合評価には当然のように「S」の文字。カリムの総合評価は「B」だ。昨年のジャミルの結果票には、カリムと同じ評価を示す文字が記されていた。
     魔法士養成学校の中でも世界的な名門校と称されるナイトレイブンカレッジの生徒の中でさえ、魔力テストでS評価を得る生徒はほんの一握りだけ。
     ジャミルはすごい。本当に、すごいヤツなんだ。
    「うん、いいんじゃないか」
     ジャミルの指摘を受けて訂正した書類に再び目を通していたジャミルが書類を持つ手を下ろす。カリムはぼんやりと机の上に落としていた視線を上げて、差し出された書類を受け取った。
    「サンキュー、ジャミル。助かったぜ」
    「フッ、『直すところがないくらい完璧に仕上げてくる』だったか? しっかりしてくれよ寮長」
    「うぐぐ……スマン、次こそ完璧にできるように頑張るよ」
     下から見上げるジャミルの顔は新鮮だった。ベッドに腰掛けたジャミルは髪を下ろし、くつろいだ格好をしている。風呂上がりのジャミルからはいつも、髪に梳き込まれた香油のにおいがした。
    「明日、提出するのを忘れるんじゃないぞ」
    「わかってるって! そうそう、昼休みにリドルのとこに書類を持っていく約束だから、昼はちょっと遅くなる」
    「了解だ、なら俺もE組のクラスに向かおう。昼前の授業は……魔法史か」
     なら教室でいいな。スマホの画面を見ながらそう呟いたジャミルにはっとする。リドルやアズールに用事があって教室に行っても、移動教室で誰もいなかった、なんてことはカリムにとってよくある話だった。そんな時はその辺を歩いている生徒に声をかけて、移動先を訪ねていた。だけどジャミルといるといつも、彼らがいるであろう場所まで連れていってくれる。
    「(クラスごとの授業、スマホに入れてるんだ)」
     それならカリムにもできる。選択授業もあるから、アズールとリドルの時間割を聞いてスマホに入れておくのもいいかもしれない。書類をクリアファイルに入れ、カリムは弾みをつけて立ち上がった。
    「じゃ、おやすみ、ジャミル」
    「カリム」
     ジャミル、と名を呼んだ声に被せるように、ジャミルはカリムの名を呼んだ。ジャミルは後ろについた腕に体重を預け、リラックスした様子でカリムを見上げていた。
    「麓の町でもののついでにハーブティーを買ったんだ。ついでにお前の分を淹れてもいいが、どうする」
     クリアファイルがしなって、ポヨン、と気の抜ける音を立てる。
    「飲む!」
    「そんな大声出さなくても聞こえてる」
    「あ、でもその前にこれ部屋に置いてきていいか?」
    「……ああ、厨房な」
    「わかった!」
     軽やかな気持ちのままくるりとジャミルに背を向けて扉を開け、速足で自室に向かう。
    「(ジャミルから誘ってくれた!)」
     小難しい書類と向き合っていた疲れも、昼のやりとりで心に少しばかり陰を落としていた雲も、ぱっと吹き飛ぶようだった。
     跳ねるように自室に入り、しっかりと鞄にファイルごと書類を突っ込む。書き終わったら、何よりも先に、鞄に書類を入れること。そうしたら忘れることもないだろう。リドルにもらったアドバイス通りにことを終え、すぐに厨房に行きたいのをぐっと抑えて明日の時間割を確認する。明日の授業の半分は、ジャミルと一緒の選択授業をとっている。あんなことを言われた次の日に忘れ物なんかして、教科書をみせてくれ、とジャミルに頼むことになるのは嫌だった。課題もないはず、と確認を終えてから、やっと踵を返してさっき閉じた扉を開ける。部屋から飛び出たところで、疑問が頭に過る。
    「(なんで誘ってくれたんだろ)」
     ジャミルが自分で買った茶葉だと言っていた。それに、カリムの分はついでだとも言っていた。
    「(ま、いっか!)」
     ジャミルから誘ってくれたのだから、嫌々って訳でもないだろう。一人でもよかったはずなのに、二人で飲もうと言ってくれたことが、カリムはとても嬉しかった。厨房に続く最後の角を曲がるとカリムの予想に反して、肉とスパイスのにおいが鼻をついた。
    「ジャミルー?」
     厨房に足を踏み入れると、ジャミルはこちらに背を向けて調理台で作業をしているようだった。ひょい、と後ろから覗き込むと、ジャミルは焼けた肉が詰まったタッパーに蓋をするところだった。
    「美味そうなにおいがする」
    「食うなよ。次に弁当のおかずをつまみ食いしたら一週間カレーしか作らないからな」
    「それは嫌だ! 食べないって、約束する!」
    「まったく、あれは本当に迷惑だった」
    「う~……悪かったって」
     ジャミルはふん、と鼻を鳴らしてタッパーを冷蔵庫にしまった。ジャミルが立っていたのとは別の調理台の上に、青色の液体が入ったガラスポットが置かれているのが目に入る。と、鐘の音を模したアラーム音が鳴り響き、ジャミルが即座にポケットに手を入れて音を止める。
    「バタフライピーだ、久しぶりに飲むな」
    「いつもハーブやらスパイスやらを仕入れている店がリニューアルするらしくて、安く売り出されていたんだ。それなりに質もいい」
     コップ、と言われるままにポットの横に出されていた二つのガラスのコップを手に取る。それぞれのコップに刺さっていたティースプーンが、カラン、と涼やかな音を立てる。ポットとレモン果汁のボトルを持ったジャミルに続き、寮備え付けの食堂に移動する。人気のない食堂はすでに暗くなっていて、一番隅っこのランプだけに明かりを入れると、橙色の光がぼんやりとよく磨かれたテーブルを照らし上げた。
    「いいにおい」
     とぷとぷ、透明のコップにバタフライピーティーが注がれる。優しい色の明かりの下で、鮮やかな青いバタフライピーティーが注がれるのを眺めていると、頭の奥がとろけてゆくような、心地よい眠気がカリムを包み込む。レモンは少しだけ。ティースプーンでコップの中身をゆっくりかき混ぜる。バタフライピーティーの中ではレモンの果汁が紫色を呈し、小さな渦を描きながらゆっくりと青になじんでいく。錬金術の授業を思い出しながら、カリムはティースプーンを小皿に置いた。コップに口をつける。甘い砂糖と、レモンの酸味。甘酸っぱい花のような香り。
    「腕輪」
     ジャミルの声に視線を上げる。ジャミルの視線はテーブルの上に置かれたカリムの左手に向けられていた。
    「本気で渡すつもりだったのか」
     すぅ、と眠気が遠ざかる。今は何も嵌められていない左手首に目をやった。
    「…………」
     母からもらった腕輪。カリムが元気でいられるように、どこに行っても無事に帰ってこられるように。母の魔力が込められた黄金のブレスレットはカリムが成長してもなお、小さな頃と同じように手首に嵌めることができる、世界にたった一つの宝物だった。でも、ジャミルがいつも通りに話してくれるのなら、あげたっていいと、あの時は本気で思ったのだ。だけど、ジャミルはカリムが差し出した腕輪に触ろうともせずに、呆れたため息を吐くばかりだった。
    「……まあいい」
     何も答えられないでいると、そう言ってジャミルが身じろぐ気配がした。慌てて顔を上げると、ジャミルのコップにはまだ半分以上中身が残っていた。
    「他の寮の出場選手について何か聞いたか」
     咄嗟に口を開いたが、舌がカラカラに渇いていて、カリムは一度口を閉じて息をした。てっきりジャミルは呆れて、席を立ってしまうのではないかと思ったのだ。
    「ラギーとシルバー、それからジェイドとフロイドも選ばれたって! あとハーツラビュルは――」
     それから各寮の出場選手と、学園対抗競技会の残りの三枠の種目について二人であれこれと予想を立てた。ジャミルは古代呪文語の読解と術式の再構築が面白そうだが、近年種目に選ばれたばかりなので今年はないだろうと言っていた。
     カリムは座学はあまり得意ではないけれど、飛行術や変身術には自信があった。ユニーク魔法の源である水魔法も得意だ。また、実践魔法を応用して複数の楽器を魔法で操ったり、風の通り道を操って音を奏でる魔法士養成学校ならではの音楽の授業では一番上の評価を得ている。過去には楽器禁止の演奏会で音楽の出来栄えを競う種目もあったようだが、少なくともここ十年は選ばれていないようだった。
    「楽しみだなぁ」
    「ああ。どの種目に出るにしろ、スカラビアの寮長としても、アジーム家の次期当主としても、くれぐれも無様な敗北を晒すなよ、きっとまたご当主様方がスクリーンでご覧になるんだろう」
     むぅ、と口を尖らせる。ジャミルは目を細めて嫌味っぽい顔をしていた。
    「見てろよ、絶対にジャミルより活躍してやるからな!」
    「さぁ、どこまでやれるか見ものだな。ま、寮長の情けない姿が全国放映されるのは忍びないからな。副寮長としてサポートしてやるよ」
    「〜〜っ!」
     いちいち意地の悪い言い方をするジャミルにもやもやと不満が募っていく。たとえばアズールのように、たとえばレオナのように、上手な言葉で言い返せたらいいのにとも思うけれど、結局カリムの口から出たのは「情けない姿なんか絶対晒さねぇ!」というなんとも単純な否定の言葉だけだった。
    「さて、そろそろ寝るか。明日、書類を忘れるなよ」
    「もう鞄に入れたから絶対に忘れないぜ!」
    「お前にしては上出来な判断だ」
     ジャミルが二人分のコップを手に取ったので、カリムがポットに手を伸ばそうとすると、ジャミルは「いい」と言ってそれを制した。
    「片付けは俺がやる。お前はもう寝ろ」
     器用にすべての茶器とボトルを手に持って立ち上がったジャミルに続き、カリムも席を立った。
    「そっか。おやすみ、ジャミル」
    「おやすみ、明かり消しといてくれ」
     ジャミルはカリムに背を向けて厨房の方へと消えていった。カリムはジャミルと反対方向、談話室に続く入口まで行って、魔法で明かりを消した。廊下に出ると、左手の談話室にはまだ明かりがついていた。ぼそぼそと誰かが話す声がする。カリムは顔を出そうか少し迷ってから、右に向かって歩き出す。自分を含めた寮生たちの部屋がある西側の棟に向かうため外に出ると、月明かりの下で噴水の水が踊る輪郭が目に映った。
    「…………」
     しゃらしゃら、ちゃぷちゃぷ、水が奏でる音に耳を澄ませる。砂漠の向こうで風が細く、細く唸っている。カリムはゆっくりと息を吐いた。身体中がじんわり痺れるような鈍い疲れがカリムに覆い被さっていた。なんだかとても長い一日だった。
     噴水の縁石に腰掛ける。揺れる水面に人影が映っている。
    『主人として命令もしたくない。でも友人として断られたくもない?』
     そうだな。
    『そんな都合がいい話があるか』
     そうだよな。
    『お前の頼みなら、今まで通り友人のように振る舞おう』
     今まで通り。友人の『ように』。
     今までずっと。十七年間、ずっと。
    「はぁ…………」
     カリムはぼんやりと水面を見下ろしていたが、よし、と辛気臭い影を指で割いて立ち上がった。跳ねた飛沫が冷たくてぶるりと身体を震わせる。
    「落ち込んでる暇なんてないもんな」
     タン、と弾みをつけて歩き出す。ダンスのステップを踏むように、軽く跳ねながら西の棟の入口をくぐる。足音を立てないように、けれども軽やかに滑るように、そうやって自室に駆け込むと、思うままに身体を動かす。
     ターンは好きだ。狙った角度だけぴたりと回り、動かした視線の先で思い描いたままに指が滑る。何度も何度も回っていると、思考を置いて身体が動き出す。カリムの思考はぼんやり部屋に漂ったまま、身体だけが楽し気にくるくると踊っている。
     うずくまっていると、暗い気持ちに負けてしまいそうになる。けれども身体を動かすと、頭の中が透き通って自然と背筋が伸びるのだ。
    「(やなこった、だって。『それは無理だ』って断られたことはあったけど、やだって言われたことはあんまりないかも)」
     命令だなんて言いたくなかった。小さな頃に、カリムがジャミルに、普通の口調で話すようにと言ったらしい。そうだったろうか。物心ついたころからジャミルはずっとカリムの側にいた。カリムに対してあんな風に丁寧な言葉をつかうジャミルなんて、カリムは知らない覚えていない。けれどもジャミルが言うならそうなんだろう。
     やだと、ジャミルは言わなかった。カリムの前では言わなかった。譲られてきた。ずっと、ずっと。
    「(でももう、ジャミルはやだって言ってくれるんだ。そんなジャミルが、従者の仕事でも、副寮長の仕事でもないのに、オレをお茶に誘ってくれた)」
     今までずっと、カリムはダメな主だった。そう、カリムはダメな主だったのだ。はっと目を見開くと視界が止まる。くらくらと頭が揺れていた。とくとくと鼓動を刻む心臓、足の裏に集まる熱。はぁ、はぁ、と乱れた息遣いだけがこの部屋の中で音を発している。
    「(ジャミルと友だちになりたい、なんでも言い合える親友になりたい、諦めたくない)」
     頬が熱い。じわ、と視界が滲んだ。滲んだものを手の甲で拭っても、後から後から溢れてくる。
    「(でもその前にオレは、『いい主』にならなきゃダメなんだ)」
     アジーム家の次期当主として。ジャミルだけじゃない。ほかの使用人たちや、将来カリムの部下となるたくさんの人たちにとっても、カリムはいい主でなければならない。
     ジャミルだけは特別だから、なんて思いながら、カリムはジャミルに頼り過ぎてきた。苦手なこと、難しいことをジャミルに押し付けてきた。ジャミルは友だちだから、なんでもできるすごいヤツだから、そうやってこの先もずっとずっと、カリムを助けてくれると思っていた。ジャミルの気持ちも知らないで。
    「……がんばらなきゃな」
     まずは、寮長の仕事を自分でしっかりこなせるようになろう。 大きく息を吐いてベッドに倒れ込む。目を閉じると、父の後ろ姿を思い出した。
     父と母と夕餉を囲っていると、時おり父の携帯電話が鳴り響くことがあった。小さな頃、カリムはその音が苦手だった。カリムと母に背を向けて部屋を出ていく父の背中が、まるで別人のものみたいに思えてならなかった。けれど、電話を終えて戻ってくると、父はいつもの顔で「スマンスマン!」とにっかり笑って席につく。そうするといつも、カリムは安心して食事に戻ることができたのだ。
    「(とーちゃんみたいに、なれるかな……ううん、ならなきゃいけないんだ)」
     父は家にいないことの方が多かったし、家にいても仕事部屋にいる時間の方が長かった。目が回るような忙しい日々の中で、いくつもの大きな決断を下している。それでも、家族の前では疲れた顔ひとつ見せずにいつも笑顔を見せていて、あるいは優しくも厳しい父親の顔でカリムたちに接してきた。
     たくさんの使用人たち、父の部下たち、アジーム傘下の企業で働く人々。数十人の兄弟たちに、絹の町、そして熱砂の国で暮らす大勢の人たち。父の決断はそんな大勢の人たちの命運を左右しかねないのだ。わかっていた。わかっているつもりだった。父の肩にのしかかるものの途方もなさに、手足の先がふわふわと浮かぶような心地がした。
     目を開けばそこはナイトレイブンカレッジの自室で、見慣れた天井がぼんやりと目に映った。カリムは大きく息を吸って、ゆっくりとそれを吐き出した。
     それからもう一度だけ手の甲で涙を拭って、腫れぼったいまぶたの幕を下ろした。


    【二. 人に頼ったっていいこと】

    「シルバー? おーい、シルバ~」
     すぅ、すぅ、と心地よさそうな寝息が乱れ、ふる、と銀色のまつげが震える。
    「おはよう、シルバー」
    「カリム……? はっ」
     ぱ、と顔を上げたシルバーは慌てた顔できょろきょろとあたりを見回した。
    「俺はまた寝過ごしてしまったのか!?」
    「大丈夫、次の授業まであと十分あるぜ」
     そう言うとシルバーはほっと肩を下げたが、ついでに顔まで俯けてしまった。
    「また眠ってしまった……」
    「そう落ち込むなよ。午前中もちゃんと授業に出てたんだし、ちゃんと午後の授業にも間に合うんだからさ」
    「ああ、カリムが起こしてくれて本当に助かった。気を付けようと思っているのに、昼食を食べてからついうとうとしてしまって……本当に情けない話だ」
    「でも、授業中に寝ちまうことはなくなったんだろ? きっとシルバーの身体は今、居眠りをしない練習をしてるところなんだよ。もしまた寝ちまっても、おんなじ授業の時はオレが起こしてやるからさ」
    「カリム……ありがとう。手間をかけるが、その時はよろしく頼む」
    「おう、どーんと任せとけ!」
     顔を上げて微笑んだシルバーに向かって大きく頷く。ずっと居眠りに悩んでいたシルバーが起きていられるようになったのはめでたいことだが、いまだコントロールしきれない眠気と解決に向けて動いてくれたみんなへの引け目とに苛まれ、自分を責めるような言葉をこぼすのが心配だった。
    「と、そろそろ移動しなければまずいな」
    「そうだな、行こう」
     カリムとシルバーが急ぎ足で教室に駆け込むと、ほとんどの席がすでに埋まっていた。前方に空いていた二つの席にシルバーと並んで腰かける。分厚い教科書を鞄から引っ張り出したところで鐘が鳴り、先生が教室に入ってきた。
     魔法解析学は、どちらかといえば苦手だった。小難しい式と先生の低い声を聞いていると抗い難い眠気に襲われる。もうだめだ、と思った時、きらりと輝くものが視界の端に映って隣に顔を向けると、眼前に飛び込んできた光景にカリムは驚いて目を見開いた。
    「(シ、シルバー……?)」
     シルバーはずいぶんと険しい顔をして魔法石を睨みつけていたかと思えば、ギッと音がしそうな勢いで前を向いて板書を写し始める。腹でも痛いのだろうかと心配が込み上げるも、腹を抑えることもなくじ……と一心に黒板を見詰めるシルバーを見て思い直す。
    「(きっと、睡魔と戦ってるんだな)」
     頑張ってるなあ、シルバー。うんうん、と心の中で頷いてから、はっとしてカリムも前に向き直った。しまった、先生の話を聞いていなかった。遅れた分を取り戻すために急いで板書を写す。シルバーを真似してきりっと唇を引き締めると、心なしか眠気が少し遠ざかる。
    「これは応用だが、風と水魔法の掛け合わせだから基礎がきちんと理解できていればそう難しくはない。同様の問題を試験に出すから、しっかりと復習しておくように――」
     振り返った先生と目が合った。ふんふん、と頷いて黒板とノートに視線を戻す。しかし、いつまで経っても先生が黙ったままであることに違和感を覚えて顔を上げる。先生はシルバーに視線を向けているように思われた。どうしたんだろう、と横を向くと、同じようにシルバーもこちらを見た。二人で首輪傾げて前を見ると、先生はごほん、と咳払いをして講義を再開した。先生でも授業中にぼーっとしちまうことはあるよな、と親近感を覚えながら、カリムは耳を傾けた。
     午後一番の授業をなんとか乗り越え、次の魔法動物学の教科書を取り出す。ペラ、と紙のめくれる音に横を見ると、先週配られたプリント資料が目に飛び込んだ。
    「あ、ああぁーっ!」
    「どうした、カリム」
    「プリント持ってくるの忘れちまった、たぶん机の上に置きっぱなしだ……!」
     ばっと鞄を開いて中身を確認してみたが、目当てのものはありそうにない。この一週間、一度も忘れ物をせずに終えられそうだと思ったのに。
    「どうしよう、オレ、ちょっと寮まで行って取ってくるよ」
    「待て、今から行ったら授業に遅れてしまう。提出の必要があるものでもないし、俺のを一緒に見るといい」
    「でも……ううーん……」
     大急ぎで行って、絨毯に乗って帰ってこれば、ギリギリ間に合うかもしれない。けれど、また絨毯に乗って校舎まで移動したことがバレたら、ジャミルはカンカンに怒るだろう。カリムはがっくりと肩を落として、「頼む、シルバー」と手を合わせた。
    「ごめんなぁ……」
    「構わない。珍しいな、カリムが忘れ物一つでそんなに落ち込むなんて」
    「うーん、今までプリントや課題はジャミルが注意してくれたり、朝に確認してくれたりしてたんだけど……」
     俺はいちいち友人の持ち物をチェックしたりしないからな。そうカリムに釘を刺したジャミルはまた意地の悪い笑みを浮かべて、「まあ、教室まで取りに来るなら教科書くらいは貸してやる。いったい何回泣き付かれることになるやら」と言い放った。馬鹿にしたような物言いにカリムは悔しくなって、「泣き付いたりしない! 自分でやる! あと、今まで任せっぱなしでごめん!」と言い返した。
     そんなやりとりがあったことを話して聞かせると、シルバーは真剣な面持ちで頷いた。
    「そうか、とてもいい心掛けだ。親父殿もよく、何事も自分でやってみることが大事だと言っていた。カリムとジャミルには二人なりの事情があるのだとは思うが、ジャミルはカリムの世話を焼き過ぎていたように思う」
    「そうなんだよなぁ、なんでもかんでも、オレが頼り過ぎちまってたんだ」
    「それは……」
     シルバーが何か言いかけたところで鐘が鳴り、先生が教室に入ってくる。
    「また後で話そう」
     シルバーはそう言って、カリムの方にプリントを寄せて置いてくれた。
     その後は睡魔に襲われることもなく、いつも通りに魔法動物学の授業が終わる。最後の防衛魔法の授業のために運動場に向かって歩いていると、「テメェっ! 何しやがる!」と穏やかならぬ叫び声が廊下に響き渡る。カリムとシルバーは顔を合わせると、言い争う声の元へと向かって駆けだした。中庭に面した廊下にずらりと並んだ生徒たちが壁を作っている。カリムが「わりぃ、通してくれ!」と声を張り上げながら人だかりの合間を縫って最前列にたどり着くと、オクタヴィネルの腕章をつけた生徒が獣人族のサバナクロー寮生の胸倉を掴んでいるのが見えた。しかし、二人の様子が妙だ。胸倉を掴まれているはずのサバナクロー寮生はにやにやと嫌な笑みを浮かべており、対するオクタヴィネル寮生は真っ青な顔をしている。否、本当に顔の色が青みがかっていく。息を呑んだ生徒たちの眼前で、オクタヴィネル寮生の姿が変わっていく。
    「てめェ……っ!」
     どさ、と大きな音を立てて地面に倒れ伏したオクタヴィネル寮生の顔を見て、カリムはたまらず飛び出した。苦し気に胸を抑える生徒の前に膝をつき、肩を掴んで目を合わせる。
    「おい! 大丈夫か!?」
    「なんだテメェ、しゃしゃってんじゃねェぞ!」
     脅しつけるような声に、カリムはばっと振り向いて両手を広げたが、すかさずシルバーが間に入り、サバナクロー寮生が突き出した拳を内側から弾くようにして止めてくれた。
    「カリム、こちらは気にしないで大丈夫だ」
    「っ!? なめんじゃねぇ!!」
    「頼んだ、シルバー!」
     倒れた生徒に向き直ると、カリムは迷わずマジカルペンを抜いた。
    「熱砂の憩い、終わらぬ宴。歌え、踊れ! 枯れない恵みオアシス・メイカー!」
     ドバッ。中空に表れた大量の水がカリムたちの上に降り注ぐ。カリムがぐっとペンを握り締め、大きなシャボン玉を思い浮かべた。薄い水の膜で空気を閉じ込めて浮かぶシャボン玉。それとは逆に、空気の膜で水を閉じ込めるのだ。空中に浮かび上がる大きな水球を思い描きながらペンを構えて魔力を込める。
     息ができないのは苦しいよな。わかるよ。カリムも一度、海に落とされて溺れかけたことがある。ごぽ、と人魚の姿に転じた生徒の口から泡が吹き出したかと思えば、苦痛に歪んでいた表情が和らいだように見えた。ほっと息をつく間もなく、ゆらりと揺れた水球に慌てて意識を集中させる。
    「できた! けど、う、動かせねぇ……」
     人、否、人魚一人を丸ごと包みながらたくさんの水が落ちてしまわないように浮かせるのが精いっぱいで、思うように動かせない。それどころか、まるで本物のシャボン玉のように思わぬところへと飛んで行ってしまいそうだ。繊細なコントロールが必要な魔法は特に、離れた場所から維持することが難しい。少しでも離れてしまえばきっと水球は弾け飛び、中にいる生徒は再び地面に投げ出されるだろう。
    「誰か、先生を……」
    「これはいったい何の騒ぎだい!?」
     ぱっと割れた人並みの間から頼れる友人の姿が現れ、カリムは大きな声でその名を呼んだ。
    「リドル! それにジェイドも!」
    「カリム? その水はいったい……人魚!?」
    「おやおや、どうやらうちの生徒がご迷惑をおかけしてしまったようですね」
    「頼む、コイツと水を動かすのを手伝ってくれ!」
    「状況がよくわからないのだけれど……シルバーが抑えているのはサバナクローの生徒かい? まったく、どうしてこの学園はこうも血の気の多い生徒が多いのだろうね。って、カリム、何をしているんだい!」
    「コイツが人魚に戻っちまって……息が苦しそうだったから水を出したんだけど……上手く動かせなくて、ふわふわ飛んでっちまいそうなんだ……!」
    「ふふ、屋根まで飛んで、こわれて消えた、なんて歌がありましたね」
    「ふざけてないで、キミはシルバーと一緒にそのサバナクロー寮生を捕まえておいで。きっちり事情を問いただす必要がありそうだ。カリム、そのまま浮かせておくんだよ、ボクがコントロールする。いくよ」
     リドルがマジカルペンを振りかざすと、ふわふわと揺れていた水球が安定する。カリムはほっと息を吐いた。
    「助かったぜ、リドル」
    「この水はキミのユニーク魔法だね。どうりでこの辺りだけ、大雨が降った後のようにびしょ濡れな訳だ。さて、いつまでもこのまま浮かせておく訳にもいかないし、どうしようか……」
    「それなら我がオクタヴィネル寮に行きましょう。あそこなら大きな水槽がありますから。……おや、あそこにいるのはラギーさんじゃありませんか」
    「本当だ、おーい! ラギー!」
    「うげっ、見つかった……」
    「ラギー! キミの寮の生徒が問題を起こしたんだ、寮長たるレオナ先輩の片腕として、そこの生徒にちゃんと責任を取らせることだね」
     リドルがてきぱきと指示を出すのを聞いているうちに、騒ぎを聞きつけたらしい先生たちがやってきた。人魚の生徒はひとまずジェイドの付き添いの下に水槽へ、サバナクロー寮生はラギーの立会いの下に事情徴収、場に居合せたカリム、シルバー、リドルもそれぞれ状況の説明を求められ、ことが落ち着くころにはすべての授業が終わり、校舎はがらんと静まっていた。カリムはシルバー、リドルと共に「ご苦労だったな」と声をかけられ、先生たちが去った後の教室でぐっと伸びをした。
    「はぁ~~……なんかすっげぇ疲れたな」
    「大丈夫か、カリム。大がかりな魔法を使っていただろう」
    「へーきへーき! 水だけはいくらでも出せるからな」
    「それにしても驚いたよ。キミはあまり魔法のコントロールが得意じゃないと思っていたのだけれど……形状が不安定な液体をまとめたまま、しかも重たい物と一緒に浮かせるのはかなり繊細なコントロールが必要だ。すごいじゃないか」
    「あっはっは、リドルにそう言ってもらえると嬉しいな! だけどリドルが助けてくれなきゃ危なかったぜ、ありがとな!」
    「同じ寮長として当然のことをしたまでだよ。あの生徒たちが問題を起こしたおかげで授業をひとつ逃す羽目にはなったけれどね」
     ぐったりと椅子に腰かけたカリムの視線の先で、リドルはしゃんと背筋を伸ばして座っている。同じ二年生なのに、リドルは本当に立派に寮長を務めあげている。
    「やっぱりリドルはすごいよ。魔法だけじゃなくて、みんなに指示を出したり、説明したり、いろいろさ……オレ一人じゃどうしようもなかったよ。シルバーも、サバナクローの寮生を止めてくれてありがとう!」
     カリムが笑ってそう言うと、二人はなんとも言えない表情で顔を見合わせた。
    「ん? どうかしたか?」
    「いや、うーん……どうにも確証が持てなかったのだけれど」
    「俺も気のせいかとも思ったんだが……なんだかいつもより、カリムの元気がないように見える」
    「え? そんなことないぞ」
     熱もないし、腹が痛いでもないし、落ち込んでいるような気分でもないし。
    「ひょっとして、またジャミルと何かあったんじゃないのかい? 学園対抗競技会の書類の時も、いつもと違ってジャミルには頼らないと頑なだっただろう」
    「あれは喧嘩じゃなくて……オレ、ジャミルに叱られちまってさぁ。どうせジャミルがやってくれるからって、学園長の話をテキトーに聞いてたんだろーって。ジャミルが嫌がってるのも知らないで、いつも頼りっぱなしでさ。結局あん時もリドルに教えてもらったし、このままじゃダメだって反省したんだ」
     まさか二人がそんな風に心配してくれてたなんて。温かい気持ちと冷たい気持ちがまぜこぜになって、息を吸うのが少し苦しい。二人の優しさが嬉しいけれど、人の上に立つ者として、気持ちの揺らぎを簡単に悟らせてはいけない。父のように、人の前ではいつも朗らかに。
    「そうだ、後で言おうと思ってたんだが……。確かにカリムはジャミルに必要以上に頼っていたかもしれないが、それはカリムだけの問題じゃない。俺の目には、ジャミルの方だって必要以上に手を出し過ぎていたように思う」
    「同感だね。話を適当に聞き流していた、という点については早急に改善するべきだし、十分に反省すべき点ではあるけれど、ジャミルのキミに対する態度にだっていかがなものかと思うところはあったよ」
    「でもそれはジャミルが……」
     ――オレの、従者だった、からで。学友の前でそれを口に出すのは、なんとなく嫌だった。
    「ううん、やっぱりオレが悪かったんだ」
     いい主にならないと。きっと、主であるカリムが線引きをしないといけなかった。実家に家庭教師を招いていた頃だって、ジャミルに宿題を手伝ってもらうことはあっても、他の使用人にそれを頼むことはしなかった。あの頃だって本当は、ジャミルは嫌だと言いたかったのかもしれない。
    「カリム、俺は一年生のセベクと幼馴染なんだ。努力家で芯が強く、決して悪いやつではないのだが、人に対して少々――否、かなり失礼な態度をとることがままあってな。あの態度は改めるべきだと常日頃から思っていて、俺も注意をしてきたつもりなんだが、俺やリリア先輩がなんだかんだ甘やかすからいけないのだと、ハーツラビュルの一年生に苦言を呈されてしまった。俺は心のどこかで『セべクはそういうやつなのだから、仕方がない』と思ってしまっていて、あいつの態度を改めさせることより、周囲との衝突を和らげようと口を出してしまっている節があるのかもしれないと反省したんだ」
    「人は周囲の人間や育った環境にどうしたって影響される。だからと言って自分で負うべき責任を他人になすりつけるのは論外だけれど、そう思い詰めるものじゃないよ」
    「思い詰める……? オレ、そんな風にみえるかぁ?」
     ただただ、頑張ろうと思ってるだけなんだけどな。昔から嫌なことがあっても忘れるのは得意だし……でも、これからは嫌でもなんでも、難しいことには自分で向き合わなきゃいけないから……。ええと、シルバーはセベクを甘やかしてたかもって反省してて、リドルはたぶん、今のカリムがあるのは周りの人間の影響もあるって話をしていて……頭がこんがらがってくる。
    「オレはいっつも、ジャミルにも、他のみんなにも助けてもらってばっかだったからなぁ……」
     二人がカリムだけが悪かった訳じゃないと励ましてくれているのはなんとなくわかった。そうなのかもしれない。けど、でも。
    「ああ、そうか」
     ありがとうとも、そうじゃないのだとも、どちらも言えずに唸っているカリムを、シルバーがまっすぐな視線で射抜く。
    「カリム、お前は今、反省を踏まえて変わるために練習をしている最中なんだ。その中でつまずいてしまうことがあったら、俺にも手伝わせてほしい。お前が俺に言ってくれたように。さっきだってお前は迷わず飛び出して、あの人魚の生徒を助けてやっていただろう。そんなカリムだからこそ、困っている時は頼ってほしいと俺は思う」
     頼ってほしい。その言葉がカリムの胸を突いた。
    「なるほど……なんだか今のキミを見ているともどかしい気持ちになっていたのだけれど、シルバーの言葉を聞いて腑に落ちたよ。カリム、ボクはね、キミのどんな時でも人に手を差し伸べることを躊躇わないところや、逆に自分の未熟な部分を認めて差し出された手を素直にとれるところを尊敬しているんだ」
    「えっ、リドルがオレを!?」
     思いもしなかった言葉に、カリムは大きく目を見開く。
    「何もかも自分でできることだけがいいことだとは限らない。もしもボクがキミみたいに、少しでも周りの人間の意見に耳を傾け、それを尊重することができていたなら、寮生たちがあそこまで不満を募らせることも、オーバーブロットすることもなかっただろう」
    「確かにリドルは俺たち二年生の中でも群を抜いてしっかりしている、立派な寮長だ。だけど俺はカリムだって、立派に寮長を務めていると思う」
    「ああ、ボクもそう思う。スカラビア寮生がキミのことを悪く言っているのを聞いたことがない。それどころかキミは特に寮生から好かれているし、ジャミルとはまた違う場面で頼られることも多いだろう」
    「シルバー、リドル……」
     二人の言葉がじんわりと心に沁みていく。リドルがそんな風に思ってくれてたなんて、知らなかった。リドルも、そしてアズールも、カリムよりずっと優秀で、助けてもらうことばかりで、いつか寮長として肩を並べられるように追いつきたいと、そう思っていた。
    「俺たちはまだ学生なんだ。七百年の時を生きた親父殿さえ、間違えることもある。焦りすぎず、カリムらしいまま、カリムがそうありたいと思えるように成長していったらいい」
     シルバーはそう言うと、口元を綻ばせて柔らかに微笑んだ。その言葉は、人のことを決して否定せず、いつものイタズラっぽい表情を潜めて大人びた表情で笑うリリアを思い起こさせた。
     カリムらしいまま。そうありたいと思えるように。ぱっと目の前が開けたような、清々しい気持ちが身体の底から湧き上がる。
    「うん、うん……! 二人の言う通り、変な風に考え過ぎてたのかも。おんなじ寮長でも、リドル、レオナ、アズール、ヴィルにイデア、それからマレウス。みんなすげーヤツだけど、全っ然似てねーもんな」
    「ふふ、そうだね。オーバーブロットという大失態を晒してから、ボクはずいぶん変わったと自分で思う。あの悪夢から醒めた時でさえ、トレイやケイト、それに……後輩からもちょっとね、いろいろと言われてしまったよ。それでもボクはやはり、厳しいルールを守り、やるべきことに全力で取り組んできたからこそ今のボクがあるのだと思うし、それを恥じるつもりはないよ。それがきっとボクの強みであり、ボクらしさだと思うからね」
    「ああ。俺は今のカリムも好きだ。これからもどうか学友として助け合いながら、共に学ばせてほしい」
    「もちろんだ、二人ともありがとう」
     カリムが満面の笑みを浮かべてそう言った直後、教室の扉が大きな音を立てて開かれた。
    「ラッコちゃんいたぁ!」
    「げっ、フロイド」
    「おー、オレになんか用か?」
     フロイドはニコニコと機嫌よさげに大股で教室を横切ると、机に両手をついて椅子に腰かけたカリムの顔を覗き込んだ。
    「ジェイドから聞いたよ。ラッコちゃん、空にでっけー海浮かべたんだって? オレにもやってよ」
    「こらこらフロイド。まずはうちの寮生がご迷惑をかけたお詫びをしなければなりません」
    「え~? ラッコちゃん、そんなん気にしないでしょ」
    「あっはっは。いいぜ、って言ってやりたいとこなんだけど、さっきはたまたま上手くいっただけなんだ。リドルが手伝ってくれなかったらどっかに飛んでっちまうかもしれなかったし」
    「何それ、おもしれ~! じゃあ金魚ちゃんも一緒に来てよ、校舎の一番上まで飛ばして」
    「どうしてボクが君に付き合わなければいけないんだい。それに、ボクはそろそろ寮に帰って夕食前にルール違反をしている寮生がいないかチェックしなければならないからね。カリムも今日は疲れてるんだ、連れ回すのはおよし」
    「いーじゃんケチくせー」
    「うわ、リーチ兄弟もいる」
    「ラギー、寮に戻ったんじゃなかったのか」
    「荷物置きっぱなしだったんで取りに来たんスよ。まったく、今日は巻き込まれて散々だったっス」
     ジェイドにフロイド、ラギーも加わり、教室はにわかに騒がしくなる。なんだか楽しい気分になって、寮に戻るのが惜しくなってきた。例えばシルバーやジェイドに手伝ってもらえば、フロイドの望む通りまた水球を作れるかもしれない。夏至の近づくこの頃、外はまだ明るいままだし、練習がてら引き受けてもいいかも。わくわくとした気分で口を開こうとすると、再び扉が開く音が大きく教室に響き渡った。
    「カリム!」
     大きな声でカリムの名を呼ぶ声に、ぱっと身体を扉の方に向ける。強張っていたジャミルの顔から力が抜ける様を目に映しながら、気付けばカリムは立ち上がってジャミルの方に駆けて寄っていた。
    「ジャミル、どうしたんだ? そんなに慌てて」
    「どうしたもこうしたも……どうして電話に出ないんだ。メッセージにも反応しないし。アズールからお前がトラブルに巻き込まれたようだと聞いて、こっちは探し回ったんだ」
    「電話? ……あ、わりぃ! マナーモードになってて気付かなかった」
    「まったく、怪我なんかしていないだろうな」
     ひたと合っていた視線が逸れて、ジャミルの目線がカリムの身体のあちこちに走る。きゅ、と心臓が縮こまってはどくりと膨らみ、そわそわと落ち着かない気持ちで手のひらを握った。
    「怪我はないぜ! そんな大げさなことじゃないんだ」
    「……そのようだな。とにかく、次からはちゃんと電話に出てくれ。探し回るのも骨が折れる」
    「おや、これは皆さんお揃いで……カリムさん、今日はうちの寮生がご迷惑を掛けてしまったようで、申し訳ありませんでした。お詫びにとっておきのコースをご用意するので、ぜひモストロラウンジにいらしてください。もちろん、副寮長であるジャミルさんもご一緒に、ね」
    「いいっていいって、気にすんなよ。アズールにはいつも世話になってるし、こういう時はお互い様だろ」
    「そういう訳で、残念だがとっておきのコースとやらは遠慮する。それで、こんな大人数で集まってで何をしていたんだ」
    「さっきまでリドルとシルバーと一緒に先生と話をしてたんだ。そしたらフロイドたちが来て……そうそう! オレ、でっけー水の球を浮かせられたんだぜ! 今度ジャミルにも見せてやるな」
    「はぁ、よくわからないが用が済んだなら寮に戻るぞ。今夜は学園対抗競技会のための訓練メニューを考える約束だろう。たたき台はできてるんだろうな」
    「あっ! そうだ、すっかり忘れてた。へへ、ちゃーんと考えたぜ! ……でも何個か迷ってるとこがあってさぁ。一緒に考えてくれよ」
     本当は、今日帰ったらもう少し一人で考えてみるつもりだった。けれどきっと、二人で一緒に考えながら作った方がいいものができる気がした。
     嫌だと言われたらどうしよう。握った指をそっとすり合わせて返事を待っていると、ジャミルはふ、と小さく息を吐いた。
    「わかった」
     あっさりとそう言って頷いたジャミルに拍子抜けして、カリムはぽかんと口を開いた。
    「いいのか?」
    「何をそんなに驚いてるんだ。いいも何も、そのための約束だろ」
     そっか、いいのか。一緒にするのはいいんだな。ついつい頬が緩んでしまう。
    「ほら、さっさと荷物を持ってこい」
    「おう!」
     ふい、と顔を逸らして出口へ向かって歩き出してしまったジャミルに、カリムは慌てて鞄を掴んだ。
    「えー、海浮かべる約束は?」
    「わりぃ、また今度な。そうだ、うちの寮のオアシスの上でやるのはどうだ? あそこならどれだけ水を出したってへっちゃらだし、きっと砂漠の上で泳ぐのは面白いと思うぜ!」
    「おいカリム、何の話だ?」
    「ウミヘビくんはかんけーねーし。じゃあラッコちゃん、約束だかんね」
    「おう! みんなも一緒に遊ぼうな!」
     じゃあまた明日。カリムはぶんぶんと手を振って、ジャミルと一緒にみんなに背を向けて歩き出した。
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