五七♀︎「大変です!七海がまたご都合呪霊のせいで女の子になっちゃいました!」
バーンと扉が大きな音を立てて灰原が飛び込んできた。同時に叫んだ内容に五条と夏油は目を丸くする。
「おいおいおい~!何面白いことになってんだよ。七海どんな女に……? 普通の七海じゃん」
注目の集まる中、家入に付き添われ部屋に入ってきたどんよりとした空気を纏う七海。五条の言う通り普段通りの七海である。女体化と聞いて連想するような身長が小さくなり、髪が伸びて胸元に大きく膨らみをもつ、と言う様子は特に見られず、元々男にしては線が細かったせいか外見上いつもと違いがわからない。七海は五条の言葉にもそっぽを向いたままだ。
「ん~? 呪いはたしかにかかってるっぽいけど、ほんとに女になってんの?」
「悟が言う通り特に見た目に違いは見受けられないけど……。硝子、診察はしたのか?」
サングラスをズラして見つめた五条は自分の視覚と六眼のもたらす情報の齟齬に首を捻る。夏油も訝しげな視線を送るがその先は家入だ。
「した。ちゃんと女の子になってるよ。胸は確認した。下は流石に七海の自己申告だけどね」
「胸ぇ? どこにあるんだよ。ないじゃねーか」
ジロジロと七海の全身、特に胸元に目を向けながら五条が立ち上がる。近づいてくる五条にピクリと肩を震わす七海。灰原の後ろへと隠れようとするが五条の腕に捕まった。そして遠慮なく伸びてきた手が胸をわしづかむ。
「っ!」
「あ、一応ある、か? んー? でもこれ、Aもギリじゃね?」
「ご、五条さん!? あの! 七海の身体、今は女の子ですから!」
五条の手が控えめな膨らみを遠慮なく揉みしだく。固まる七海の代わりに顔を赤くした灰原が慌てて止めに入った。しかし首を捻りながらAかAAかと真剣に悩む五条の手は止まらない。その様子に家入が呆れながら手を叩き落とした。
「五条、セクハラで訴えられるぞ」
「中身は男だろ」
「同性でもセクハラは成り立つ。悟も胸を揉まれて良い気はしないだろう?」
「可愛い子にならやぶさかでは無い」
「そう言う話じゃない」
苦言にも全く悪びれない様子の五条に灰原、家入、夏油の三人は揃ってため息をついた。当の七海は未だ言葉を発せず、下を向いたままだ。
「第一、俺巨乳派だから。こんなまな板揉んだとこで興奮しねぇしただの確認だっての。セクハラ云々言うならせめてDは用意して欲しいね」
「お前今世の女性の大半を敵に回したぞ」
「クズだクズだと思っていたけれどここまでとは……」
「傑には言われたかないんだけど」
そんな先輩たちをよそに灰原は動かない七海に心配そうに声をかける。
「七海、大丈夫? どっか痛い?」
フルフルと横に首を振る七海。その顔をのぞきこんだ灰原は固まった。頬を赤く染め、だけであれば可愛いものだが眉間はいつになく深いしわを刻み、額には青筋が浮かんでいる。ギリっと噛み締め、拳も握られワナワナと震えている。うーん、これは怒ってるなぁ。灰原がたしなめるように五条の名を呼ぶが、七海の様子に気づくことのない五条は止まるこはとなくそのまま続ける。
「ほっときゃそのうち戻るし気にすることでもないだろ。七海も一時的に出来たぺちゃぱい触られたからってどうって事ないよなぁ?」
「ひあっ!?」
「「「「……」」」」
五条がもう一度胸に触れた時、かん高い悲鳴が上がる。触れたタイミングが悪かった。七海が怒りを沈めようとちょうど息を吐いた時だったため声が飛び出してしまったのだ。慌てて口を押えるがもう遅い。妙な空気に沈黙が落ちるが、それも数秒だけ。
「ぶっはっはっは! なに、声だけは一丁前に女になってんじゃん! 違和感やべー」
五条の笑い声が響く。
「それでずっと喋らなかったのか」
「だから女になってるって言ったろ? 制服で分かりにくいけど喉仏も目立たなくなってるよ」
家入が解説をするが五条は聞いておらず変わらず笑い続けている。
「えっと、七海、気にしちゃダメだよ?」
止まらない笑い声に灰原が恐る恐る声をかけた瞬間。
ビタッ。
腰の入ったパンチが五条の顔面目掛けて飛ぶが目前でとまる。
「クソッ」
ギッと五条を睨みつけいつもより高い声音で吐き捨てて七海は踵を返して部屋を出ていった。バシンと壊れそうな勢いで扉が締められる。
「あーあ、本気で怒らせた。あ、灰原。行かなくていいよ」
「え? でも……」
心配そうに七海を追いかけようとした灰原を家入が止める。
「そうだね。追いかけないといけないのは悟だ」
「……あれくらいでキレると思わねぇだろ」
「なかなかのクソ野郎っぷりだったけど?」
「セクハラのお詫びに1発くらい殴られてやればよかったのに」
「いやいや、見てたか? あのパンチ。女だろうが普通に受けたら鼻折れてたかもよ?」
「ちょっとくらい痛い目見た方がいいんじゃないか」
「同感」
軽蔑の視線を向ける同期にグッと言葉に詰まる五条。
「五条さん、七海をおねがいします!」
困ったように眉を下げる灰原に言われてしまえばもう断れない。五条はため息をついた。
「わかったわかった! 謝ってくりゃいいんだろ!?」
もうからかうなよ、ちゃんと謝るんだぞと忠告を背に五条も七海の後を追って部屋を出ていった。
※※※
コンコン。
「七海、開けてくんねぇ?」
七海の自室をノックするが反応はない。しかし室内に気配はあるので五条はそのまま言葉をかける。
「あー、俺が悪かった! 反省してるからとりあえず出てこいよ」
五条は口をへの字にして扉を睨むようにして待つ。夏油達がいれば謝る態度ではないと突っ込まれるところだろう。それでもキレて立ち去るでもなく、そのまま数分。中で動く気配がして扉がゆっくりと開かれた。
「……もう、いいです」
出てきた七海から発せられた声はやはり高く、五条は拭えない違和感に後ろ頭をかいた。
「女になってようが俺の知ってる七海は男だし、そんなに嫌がるとは思ってなかったんだよ」
「……私は男のままでも嫌ですよ」
「だから悪かったって。声も別に変って訳じゃなくて、聞きなれねぇから違和感があったからでさ。ごめん。お詫びに俺のおっぱい揉むか?」
しおらしく謝ってきたと思えばふざけた様子で自身の胸筋を強調させる五条を見て、呆れたようにだがふっと七海が笑う。五条はその様子にほっと息をついた。
「いりませんよ。それに、可愛い女の子がいいんでしょう」
「可愛い子としか言ってねぇよ。俺にとっちゃお前も可愛い後輩だし、なんなら今は可愛い女の子なわけだし? 触らせてやっても良いよ」
五条の言葉に七海は目を丸くする。後輩を可愛いがるという意味だとしても五条の口から可愛いと言う言葉が出てくるとは思っていなかった。赤くなっただろう顔を隠すように七海は顔を背けた。
「……。だからいりませんって。それに本当にもういいですから」
「ならいいけど。部屋、入っていい?」
「ダメと言ったって入ってくるでしょう、貴方」
七海は五条を迎え入れるように身を引いた。
「良くわかってんじゃん」
五条は七海の方を抱いて部屋の中へと足を進める。抱いた肩が何時もより細かったことにドキリとしていた事を七海は知らない。