ゲン誕生日SS「おい、メンタリスト。誕生日に何が欲しいか言いやがれ。」
ゲンがラボに顔を出すと、千空は作業をする手を止めず問いかけてきた。
「相変わらずド直球だね千空ちゃん…。」
「だらだら考えるよりかは直接聞いて、物を用意する方に注力するのが合理的だろうが。」
恋人の千空はいつだって冷静で合理的だ。回りくどいことを嫌がっており、すぐに真意をつこうとするが、まさかこうも直接とは。
「出た出た合理的ね〜」
「で、何が欲しいんだ?」
「うーん……特にないかな〜?あ!でもせっかくだから俺の誕生日には千空ちゃんの手作りのもので!」
そう言うと、千空は少し考えた後にいいぜと言ってくれた。
「もっと具体的なもんはねぇのかよ。」
「ないね。手作りってだけかな。」
「なんだそのアバウトな要求は。それじゃ聞いた意味がねぇだろうが。」
千空は少し不機嫌そうに顔を顰めた。
端麗な顔であることから全く怖くないと思いながらゲンはニコニコして言った。
「だって本当に思いつかないんだから。千空ちゃんから貰えるならなんだって嬉しいのよ。」
「そういうもんか。」
「うん、そういうもの♪」
ゲンの言葉を聞くと、千空は再び作業に戻った。ゲンはそんな千空を見て微笑みながらラボから出て行った。
それから数日経ってゲンの誕生日を迎えた。
「ゲン誕生日おめでとうなんだよ〜!」
村で良くしてくれていた少女のスイカから花冠を受け取る。
「ありがとうね。スイカちゃん〜」
「えへへ、誕生日をお祝いできて嬉しいんだよ!今日はゲンにいっぱいお祝いをするんだよ!」
あとみんなでご馳走を用意したんだよとはしゃいでいるスイカを微笑ましい目でゲンを見つめる。
「そういえばスイカちゃん。千空ちゃんのこと見てない?」
「ん?千空?」
「そうそう、今日いろんな人に祝ってもらったのにさ、千空ちゃんにまだ会ってないんだよね〜。」
「千空は朝早くから出かけてたんだよ。もうすぐ帰ってくると思うんだけど……」
すると遠くの方からコハクの声が聞こえてきた。どうやら帰ってきたようだ。
「ただいま帰ったぞ!皆元気にしてたか!?」
「おかえりコハクちゃん〜千空も一緒なんだよ?」
「そうだぞ。千空はバテてラボで伸びてるがな。」
コハクがそう言うとニヤニヤしながらゲンを見つめた。
「ほほう、これは今日の主役じゃないか。千空からプレゼントがさぞ楽しみだな?」
「あはは、そりゃ楽しみだよ〜。なんだってあの千空ちゃんなんだから。」
「ふっ、まぁ私からは後で渡しておくからな。今年は盛大に祝ってやろうじゃないか。」
コハクはゲンに近づき、彼の頭を撫でるとそのまま去っていった。
しばらくすると千空がやってきた。
「千空ちゃん〜おっつ〜もう休憩大丈夫なの?」
「あぁ…そんなに遠くには行ってねぇよ。それよりこれだ。」
千空はまだ少し疲れてる様に見えるが、本人は気にしていない様子だ。腰から下げていたポーチから瓶を取り出してゲンに手渡しした。
「ありがとう!これがプレゼント?何が入ってんの?」
「中身は……飲むまでのお楽しみだ。」
「そうなんだ〜開けちゃだめなの?」
「ダメだな。それが俺からのプレゼントだからな。」
「そっか〜じゃあ仕方がないね〜。ありがたく頂戴します♪」
「あー少し待て、今じゃなくて、後にしろ。」
「後?」
千空は目を逸らして少しそっぽ向いた。
何か企んでるようだが、メンタリストとしてここは見逃すことにした。
「オッケ〜じゃあ飲んでいい時に千空ちゃんから教えてよ」
瓶を少し揺らすと透明なガラスの中に少し気泡が湧き上がった。炭酸飲料なのだろうか。
「じゃあ、俺は行くからな。」
「え?どこに?」
「……ちょっと野暮用があるだけだ。」
「あっ、そうなんだ。わかったよ。じゃあまた後でね〜」
千空は手を振りまたラボへ向かった。
日が斜めに差しており、夕暮れの空模様が一面に広がっていた。春の温かな風が頬を撫でる。
「おい、もう飲んでいいぞ。」
「千空ちゃん!」
振り向くと千空が後ろに立っていた。
「もう飲めるの!?」
「あーその前に一つ聞きたいことがある。」
「なになに〜?なんでも答えちゃうよ〜♪」
「ゲンの誕生日のことだ。」
「うんうん。」
「……誕生日ってのはクソ本に書かれていた日付だ。日付に間違いがないんだな?」
「そうそう。エイプリルフール生まれ。よくできてるでしょ?」
「それをお前が言うか。」
千空は隣で腰を落とす。風に靡いた前髪が鬱陶しいのか、手で掬い耳にかける。
そんな様子に見惚れそうになるが、一日も待たされたプレゼント、もとい手元の飲み物のことがさすがに気になる。
ゲンは再び千空へ飲んでいいかと問いかける。
「あぁ、悪かったな。飲んでいいぞ。」
ゲンはGOサインが出るとすぐさまにガラス瓶の蓋を開けた。ぽっと軽快な栓抜きの音と共に目の前に信じられない光景が広がった。
透明だった液体の色が目まぐるしく変化した。赤、紫、水色そして最後は紺色へと変わった。
色の変化は終わったものの、色素はまだ瓶の中で渦巻いており、まるで宇宙のようだった。
「ククッどうだ?唆るだろう?」
「ご、ゴイスー…科学でこんなことまでできるの?」
「それを持って夕陽を見てみろ。」
ゲンは夕陽に向かって瓶を高く掲げた。夕暮れの日差しが瓶を通して目に映る。オーロラにも似た光束が顔を照らす。
「どうだ、この景色が見れただけでも最高だろ?」
「すごい!ジーマーでゴイスーだよ!!綺麗!!」
ゲンは歓喜し、千空に飛びついた。
「おい、やめろ。飲み物がこぼれるだろうが。」
千空は少し身を起こすが、口ほど嫌がってはいなかった。
めんごめんごと軽く謝ったのちにゲンは瓶に口を付けた。色の変化に注意を取られたが、いつも千空が作ってくれるコーラの匂いが鼻をくすぐる。
炭酸が喉を刺激し、シュワシュワとした爽快感が駆け巡っていく。
「ぷっはー!うまいね〜♪」
「……どうだ?」
「美味しかったよ!」
「それは良かった。」
千空は目を細めて微笑む。そんな彼を見てゲンは堪らず言い得ない気持ちで胸いっぱいとなった。
少し体を前に傾け、唇を重ねる。
千空はやや驚いて目を見開くが、大人しくされるがままでいた。唇を離すと千空は目を逸らして言った。
「……まだ飲むか?」
「んーもう大丈夫かな〜♪」
ゲンは瓶を地面に置き、再び千空を抱き寄せる。今度はしっかりと抱きしめると千空の肩に顎を乗せた。
「ジーマーで嬉しい。千空ちゃんから貰えるものならなんだって嬉しかったけど、マジックを魅せられるとはね。」
「マジックじゃねぇよ。科学だ。」
「うんうん、そうだね。科学。でも千空ちゃんの科学はね、俺にとってマジックなんだよ。希望と夢を与えてくれる。」
「大袈裟な奴だな。」
「大袈裟じゃないよ。俺が千空ちゃんの復活日を見た時、どれほど喜んだのか。」
「…………」
ゲンは千空の耳を撫で、かかっていた前髪を下ろす。
「ねぇ、千空ちゃん。キスしてもいい?」
「さっき何も聞かずにキスしたくせに。」
「あれはノーカンでしょ〜?今からするのはちゃんと聞いてからのキスだからね。」
「あーはいはい。そうかよ。」
千空はゲンに顔を近づけ目を見つめる。二人の距離はゼロとなり、再び唇を重ねた。
「…誕生日おめでとう。」
「また来年も楽しみにしてるね♪」
「調子のいいやつだな。」
二人は夕陽を浴びながら、しばらく寄り添っていた。
春風が優しく二人の間を吹き抜けていった。