言霊「好きだよ、KK」
あ、言っちゃった。
お酒のせいだ。きっとそうだ。
不意に出てしまった言葉に、自分に向かってそう言い訳をした。
僕とKKの間にあるテーブルの上にはビールの空き缶とワインの空き瓶が転がっている。盛り上がってしまって飲みすぎたのは間違いない。その結果が先程の失言だ。
とはいえ、KKもだいぶ酔っている。顔は赤く染まり、暑いと言って上着を脱いで半裸の状態だ。彼の自宅だから良いものの、外では絶対して欲しくない。恥ずかしいからとかではなく、その綺麗な身体を簡単に人目に晒して欲しくないと言うのが僕の意見だ。
これだけ酔っているのだから、僕の声はちゃんと聞こえていないかも知れない。正直、そうであって欲しい。欲しいが、明らかにKKの目線が逸れたのでその可能性は低い。とはいえ、言葉に対する返事が返ってくるわけでもない。
僕は努めて何事もなかったように新しい缶に手を伸ばし、中身を煽った。
そんな僕の失言——とあえて言おう。伝えるつもりはなかったんだから。それから1週間ほど経った。けど、KKとの関係は相変わらずで、KKもあの時の話はしない。聞かなかったことにするつもりなのだろう。
そして相変わらず僕はKKの仕事——祓い屋のようなものだ——を手伝い、仕事終わりに彼の自宅に寄って一緒に食事をしたりする。今日もそのコースで、彼の自宅に来ていた。
9月とはいえ昼間閉め切っていた室内の空気は生暖かく重い。冷房のスイッチを入れたがすぐに涼しくなるわけもなく、KKは暑い暑いと服の裾をバタバタとさせている。引っ張られた服の裾から、程よく筋肉のついた腹筋がちらちら見える。
まったく、目に毒なんだよな。
じろじろと見るのは良くないが、ついそちらに目がいってしまう。どうすればやめてもらえるか、考えて言葉を発した。
「それ、やめなよ。みっともない」
子供に言い聞かせるみたいに言えば、不服そうな視線が返ってくる。
「なんだよ。家なんだからいいだろ。外ではやらねーよ」
もし外でやったなら、全力で止めようと心に誓う。
汗をかいているためか、白いシャツにうっすら浮き出る腰のラインは、成人男性にしては細くて抱き寄せやすそうだな、と考えてしまう。
変な話だが、こうも無防備だとこちらを全く意識してくれていないのかと思うと、それはそれで寂しく思えてしまう。あの失言……ではあるが、少しはこちらを意識してくれてもいいんじゃないかと変な欲が湧いてくる。
「はー、しかし暑いな」
言って、KKは飲み物でも取りに行くのかキッチンへと向かう。僕はその後ろに静かに近づき、彼の無警戒な後ろ姿に足払いをかけた。戦闘時のKK相手なら無理だろうが、完全に油断している今は別だ。綺麗に決まった足払いでKKはバランスを崩した。そこに駄目押しとばかりに体重をかける。後ろに倒れるKKの背に腕を伸ばす。少しでも衝撃を和らげるように。
ドタっとそこそこの音を立ててKKが倒れた。支えたから頭は打ってはいないだろう。
僕はKKに覆いかぶさり、床に手をついた。
こういう体勢を何て言うんだっけ。床ドン? とか言うんだっけ。
一瞬の出来事に目を白黒させていたKKがハッとしたようにこちらを睨みつける。
「何すんだよ! 危ないじゃねーか!」
「怪我しないように支えてあげたよ?」
「それは助かった……って、いや、そもそも足払いするなよ!」
一瞬感謝の言葉を口にしそうになるが、また抗議の声をあげる。
押し倒されたとは思ってないんだろうな。
「KKって危機感とかないの?」
僕の下で、彼が怪訝そうに眉を寄せる。
「危機感って……どういうことだよ」
「ちょうど1週間前。今日みたいにここで飲んだ日」
あの日のことを僕は思い浮かべた。
「聞こえてたよね? 僕がKKのこと、どう思ってるか」
「それは……」
KKが言葉を濁す。自分の置かれた状況を理解したみたいで罰が悪そうに視線をそらした。
まだ、聞こえなかったふりをするのか。
僕の中の欲が頭をもたげる。ちゃんと僕を見てよ。
「好きだよ、KK」
静かに告げ、僕はその視線を追ってKKに顔を近づけて彼の瞳を覗き込む。鼻と鼻が触れ合いそうになる距離。揺れるKKの瞳の中に自分の姿を見た。
このまま無理やり……なんて気が起きない、といえば嘘になる。でもそんなことして嫌われたくもない。幸か不幸か、僕の気持ちを知られて、それで避けられるということはないようだが、あまりに今までと変わらなすぎるとそれはそれで辛い。それに、こちらの胸の内だけ知られているのもフェアじゃない。だから、改めてちゃんと言おう。
もう、知らないふりでは終わらせない。
「大好きだよ。僕が言ってる好きの意味、ちゃんとわかってる?」
「……」
KKは口を開いたが、なんと返すべきか逡巡しているようで言葉は出てこない。
やっぱり拒否はしないんだね。
曖昧に今までの関係を続けるのが彼の答えなのかもしれない。でも、それは僕の望むところじゃない。言うつもりはなかった。でも言ってしまったからにはちゃんと、考えて欲しい。
「本当に? 本当にわかってるの、KK。僕がいう好きってKKとキスや、その先もしたいって、愛してるってことだよ?」
KKの瞳が大きく揺れた。動揺してるんだな、と思う。
僕はKKの唇に自分の唇を重ねようとさらに顔を近づけ——
「なんてね」
言ってニコッと笑った。KKはさっきとは違う意味で驚いたようで、え? ってちょっと間抜けな顔をしている。
「少しは真面目に僕のこと考える気になった?」
KKから身をひいて立ち上がる。
「KKは僕のこと子供だって思ってるんでしょ。でも、僕もその気になれば今みたいに無理やりに……とかできるんだよ。絶対やらないけどね。でも、少しは危機感っていか、そういうのもってよ。嫌ならちゃんと拒否して。でないと、変に期待しちゃうからさ」
KKはやっぱりまだ答えは見つかっていないみたいで、すごく困った顔してる。
なんでそんなに困るんだろ。彼の性格ならはっきり言いそうなものなのに。本当、なんで拒まないんだろ。そんな顔、させたいわけじゃないのに……。
「ごめん。もう帰るよ」
逃げるように僕はKKの家を後にした。