来年も… 冬の冷え切った凛とした空気。吐く息は白く夜の闇に浮かぶ。
「くそっ、さみぃな」
暁人の隣でKKが両手を擦り合わせている。手袋をしていても、指先が冷えてしまう。
「あったかい格好しなって言っただろ」
「してるよ。着込んでも寒いもんは寒い」
口元が隠れるくらいに厳重に撒かれたマフラーの下から憮然と答えたKKの鼻は赤みを帯びていた
「お前は寒くないのかよ」
「寒いよ。寒いけど、KKほどじゃないかな」
厚手のダウンを着たKKとは違い、暁人はチェスターコートにマフラーをゆったりと巻いている。真冬にバイクを走らせる暁人にとって、バイクに乗っている時の斬りつけるような冷たい風に比べれば、人が密集している今はそこまで辛い寒さではないのだろう。
「お子様体温め」
「代謝がいいんだよ。KKと違ってね」
「どういう意味だよ」
「さぁ?」
薄く笑って前方に視線を向ければ長蛇の列。初詣のために並ぶ人々の行列だ。KKと暁人はその列の構成員になっていた。
一定の間隔で鳴り響く除夜の鐘と人々のざわめきをBGMに、他愛のない会話で時間をつぶす。
「もうすぐ年が明けるね」
腕時計で時間を確認した暁人が言う。
「あっという間の一年だったな……」
特に、夏以降は。そう付け足された言葉に、KKは同意する。
「俺もだよ。お前に出会ってから、あっという間の数ヶ月だったよ」
歳を取るごとに、時間の経過が早く感じるのはよくある話だが、今年はいつも以上に早く感じた。それは誰かと過ごす時間が増えたからなのだろうとKKは思う。誰かと過ごす楽しい時間は、一瞬で過ぎてしまうのだと、改めて思い知らされた。そんな時間がずっと続けばいいのにと思う反面、そんなことはあり得ないと嘲笑する自分がいる。
永遠はありえない。
KKの思考を止めるように暁人が言う。
「ねぇ、KK。来年も再来年も、その先も……ずっと一緒にいてよ」
ああ、暁人も同じことを思っていたのかと安堵する。けれど、KKは呆れたように片眉を上げた。
「ずっとって……まるでプロポーズだな」
揶揄うように薄く笑う。
「死が二人を分つまで、ってか?」
「違うよ。死でも僕達を分つことなんてできやしない。だって——」
凛とした声が冷えた空気を震わす。
「僕達は死んだから出逢ったんだ」
暁人のあたたかい手がKKの頬に触れる。
「だから、ずっと一緒にいられる。そうだろ、KK?」
「……重過ぎんだよ、お前は」
ふいと視線を逸らすと、暁人の手を押し退ける。
「俺は、ずっととか永遠なんて無責任な言葉は嫌いだ。だから」
すっと人差し指を立て、逸らしていた視線を暁人に戻した。
「一年だ。とりあえず一年は一緒にいてやるよ」
「たった一年なの?」
「最後まで聞けよ。一年たったらまたここに来ようぜ。そしたら同じ約束をしてやっても良い」
また一年、一緒にいると。
「その方が無責任じゃなくていいだろ」
曖昧な永遠より、着実な一年を。
どんなに甘言を重ねても、永遠などというものはないのだと思う、KKの精一杯の譲渡。
「来年も、一緒に初詣来てくれるの?」
「ああ。仕事さえなければな」
「もう! そこは絶対って言ってよ」
「バーカ。仕事かもしれないのはお前もだろ。お暁人くんも、来年の今頃は立派な社会人だろ」
それでも側にいることを望んでしまう。
一年。いつか必ずその約束は更新されなくなるだろう現実からは、そっと目を背けた。
「暁人」
お前に出会えて良かった。そう言いたいが、KKは言葉を飲み込むとかわりに言った。
「来年もよろしくな」
「うん。よろしくね、KK」
寒空に響く除夜の鐘が、新しい年がすぐそこ迫っていることを告げていた。
(終)