薄幕 考えごと、しているのかな。
ソファに腰掛けた僕は、隣に座るKKを眺めてそう思った。
咥え煙草で資料を睨みつけているKKは、時々苛ついた様子で頭を掻いては紫煙を吐き出している。ローテーブルの上の灰皿には、吸い殻で小さな山が出来ていた。捨てに行かなきゃなと思いつつも、僕はKKから目を離したくなくてそのままになっている。
いつの間にか、室内は煙草の煙が充満していた。換気をした方が良いのは明白だけれど、窓を開けるのは寒い。近所の桜が蕾を開き始めるほどに昨日までは暖かかったのに、今日は寒かった。花冷えというやつだろう。だから僕は窓を開けるのを躊躇っていた。
空気清浄機なんて立派なものは、この部屋にはない。閉め切った部屋の中で行き場を無くした紫煙がKKの周りを漂い、彼の姿を隠そうとする。疎らな濃さのベールは、蛍光灯の光をあちらこちらに屈折させて、その向こうにいるKKの姿を幻想的に見せている。
ああ、綺麗だな。
思わず呟きそうになった言葉を飲み込んだ。そんなことを口にしたら、KKに揶揄われるか馬鹿にされるかのどっちかだ。
でも、本当に綺麗だ。
この部屋の照明が蛍光灯ではなく、間接照明だったら、もっと神秘的に見えただろうか。蠱惑的にさえ、僕には思えたかもしれない。
そんなことを考えていたら、薄幕の向こうのKKが手を動かした。咥えていた煙草を二本の指で器用に挟むと、灰皿に手を伸ばして灰を落とした。その仕草の全てを見逃したくなくて、僕はじっとKKを見つめた。
「そんなに見られたら穴があいちまうよ」
視線に気づいたKKが揶揄うように言う。煙草を咥えなおすと、一吸いしてからゆっくりと紫煙を吐き出した。僕とKKを隔てる幕が濃くなる。
「見惚れてたんだ」
「何言ってんだよ」
僕の言葉に呆れたように笑うと、その視線は手にした資料に戻ってしまう。
構って欲しいわけじゃない。そんな我儘じゃないから。
気にかけて欲しいわけじゃない。そんな子供じゃないから。
自分に言い聞かせるみたいにそう思った。でも、やっぱり……見ているだけじゃ物足りない。
元から子供だと思われているんだ。なら、子供らしくやりたい事をやってしまえばいい。こんなときだけ自分は子供だと肯定するなんて、なんて狡いクソガキなんだろう。自分のことなのに他人事のように、そう思った。
KKが咥える煙草から煙がのぼる。
僕は手を伸ばした。紫煙の薄幕を突き破ってKKの頬に触れる。伝わる体温が心地良い。KKの視線がこちらに向く。鬱陶しそうに眉間に皺を寄せているけれど、振り払うようなことはしない。僕はそれを合意だと、都合よく解釈した。
頬を擦るように手を動かすと、口元の煙草が僅かに揺れた。立ち上る煙の隙間から覗くKKの瞳。目が離せない。
もっと触れたいな。
相変わらず燻っている煙草を奪い取った。「あっ」と開いた唇に口付ける。
彼の肺に残っていたらしい煙草の煙が、僕の口内に流れ込んだ。副流煙って、普通に吸うより害があるんだっけ。でも、KKの体内から出たものなら、僕にとっては体に良いかも。なんて、頭の悪いことを考えながらKKの舌を吸った。舌が痺れるような感覚は、キスをしているからなのか、煙草のニコチンのせいなのかよくわからなかった。
チリチリと燃え進む煙草はゆっくりと煙をたちのぼらせている。薄幕を纏うKKが大人しいのは、僕が火のついた煙草を持っているからだろうか。危ないから当然だろう。
ゆっくりと唇を離すと、小馬鹿にするようKKが目を細めた。
「急に盛るなよ、ガキンチョ」
「KKが煙草ばかり吸ってるからだよ」
僕は手にしたままだった煙草を灰皿に押しつけた。すっかり短くなったそれは、僕の指先にひりつく火傷をのこした。
(終)