そうは問屋が卸さない 選択の必要すらなく、消えていくそれを飲み込んだ。喉を通り、胎に辿り着いたものはしばらく空いていた穴を埋め安心感が胸を支配する。
そして、そのまま気を失った。幾ら体力お化けと言われようがキツかったらしい。
再び目を覚まして、いの一番に胎に納めた宿儺に声をかけるが消耗しすぎて喋れないのか、宿儺の意思を無視してしまったのがいけなかったのか……多分両方だとわかっていたので一方的に押し付けることにした。やり直してもいいと思ってくれるまで、呪いだと意地を張らなくてもいいんだと。
毎日、毎日何もない日でも些細なことでも話した。
「どうせ。起きちまったらくだらないとか価値なんてないとかいうんだろうけど、その考えが変わってくれることを期待して俺、一生懸命生きるよ」
広い広い世界を見せてやる!
世間は呪いなんて知らないとばかりに、世界は続いていって人間の営みも続いていく。
咲き誇る桜の木を病室のベットから眺めて死期を悟りながら、本当に最後だと宿儺に話しかけた。
「宿儺、どうだった?」
なーんてどうせ、返答はなさそうだ。結局、目が覚めているのか今だに眠ったままなのか分からずに今日まで来てしまったんだからもういいとも思う。来世、があるならそこに期待とかしてみよう。
段々と心地いい微睡に落ちていく中。待ち望んでいた声が聞こえた
「……勝利も生も譲ってやったというのに相変わらずお前は変わらんかったな」
「宿、儺?」
「鬱陶しいほど眩しく輝き、堕ちることなく善行を行い続け俺を拾い上げ続けた。大馬鹿者め」
「そっか。俺……へへっよかった」
何かを宿儺に残せたなら、もう心残りなんてなかった。落ちる瞼に身を任せて俺は死んだ。身体から抜けた魂が天へと引っ張られているような感じがする。
はっと意識が明瞭になる。どこかの空港のゲートラウンジの一角に座っていた。外は真っ暗で何も見えないが、空港にありがちな椅子の並びやゲート番号を書いている案内板でわかった。
「起きたか」
目を白黒させる俺に隣から声がかかる。死ぬ直前に聞いた声。顔を向けると、四つ目、四つ腕の生前時代?の宿儺がさも当たり前かのように座っていた。
「俺、死んだんよな?」
「当たり前のこと聞くな。それより重要なのは行き先だ。北か南か」
「お、おぅ?北か南な」
確か新しい自分になりたいなら北で、昔の自分に戻りたいなら南だったけか。
「っし!北へ行く!!宿儺もついてくるつもりなんよな?」
「やり直しの機会を与えたのは小僧だ。そして、俺はそれに応えた。ならばついていかずしてどうする」
「いや、それは」
生きてる時であって今じゃないけど、今更訂正しても仕方がない。
椅子から立ち上がり北へ向かうゲートへ宿儺を連れて歩いた。
一歩また一歩と踏みしめるたびに暗闇の外から物凄い声が聞こえたり、ドンバンと窓を叩く音がした。
「これ、北に行けんのかな」
「さぁな。俺もお前も相当恨まれておるからな」
つまりは、地獄から俺たちを呼んでると——俺一人なら行ってもよかったけど、やり直しをする宿儺を見守りたい。もしまた間違えそうになっても引戻したい。だから、地獄へは行けない。
歩く速度を上げて北行きのゲートに到着して、そのまま飛行機へ乗り込んだ。乗り込むのを感知したのか飛行機は、機内アナウンスが流れながら離陸を始めるべく動き始めた。
外を覗くと滑走路はうじゃうじゃと黒い人影がいて飛行機を止めようと群がっていたが飛行機は止まる事はなく無事に離陸した。
高く高く飛び立った飛行機は、闇を抜けて光る空の上へ出た。さてとテーブルに置かれた紙を見る。2人乗っているのに紙は一枚。
「さっさと書け」
「宿儺の希望とかないん?」
「小僧と離れないのなら他はない」
「そっか…んじゃあ、来世は双子な!あれ?そういやお前元は双子だったんだっけ??あー兄弟にしとく?」
ちなみに俺が兄ちゃんになるからな!お前が先に生まれると何するか分かったもんじゃねーしと希望を書き込んでいく。あれこれと書き終わると隣に居たはずの宿儺は居なかった。
「宿儺!?」
「お客様。危ないですのでお座りください」
「え、あの、俺の隣に大男がいましたよね?」
「いらっしゃいましたが、そのお連れ様がどうかされましたか?」
「どうされたかって、アイツは俺とやり直すためにこの飛行機にっ」
「誠に残念ながらあなた様方が北へ行くには、南にて過去を清算する必要がございます」
ニコリと笑っているキャビンクルーさんの顔を最後に空から真っ逆さまだった。並行でなく垂直に飛ぶ飛行機からの落下先は、きっと南だ。