23:59.
現在時刻、23時50分。それを腕時計で確認したトランクスは溜息を吐いた。CCの社長室で絶賛残業中だからではない。もう今日やるべき仕事は全て片付けてある。――いや、まだひとつだけ大きな仕事が残っていた。それに取りかかる前に、トランクスは似合わない眼鏡を外した。
「……」
通信端末を取り出したトランクスは、そこに短いメッセージを打ち込んだ。だが送信ボタンを押そうとすると、その指は止まってしまう。結局トランクスは、そのメッセージを消してしまった。さっきから同じことを何度繰り返しているだろう。そんな自分に、トランクスはまた溜息を零した。
(昔なら、何も考えずに伝えられたのに……)
子どもの頃は思いっきり抱きついて、無邪気にその耳元で伝えることが出来た。だがいつからか、余計なことをあれこれ考えてしまうようになった。お互いとうに成人した幼馴染同士で、相手は十歳近くも年上で、絵にかいたような幸せな家庭もあって――今日だって、きっと家族から沢山のお祝いを受け取っただろう。
(じゃあ、別にオレが言わなくたって……)
そんなことをうだうだ考えている間も、時は着実に流れていく。今日という時間は、もう残りわずかだ。トランクスは端末を再び上着に仕舞いかけたが、迷って、悩んで、そして、やっぱり。
『悟飯さん、誕生日おめでとうございます』
そんなメッセージを送信した。たったそれだけのことだ。それをこんなに悩む自分が馬鹿みたいに思えた。いや、実際馬鹿なのだろう。馬鹿だから、きっと来年もこうして迷う。でも、きっと伝えずにはいられない。
さて、無駄な残業をこれ以上していないで、そろそろ帰るか。トランクスは腰を上げた。だがその瞬間、端末が振動した。こんな時間に何だろうと画面を見て、トランクスは胸が震えた。画面に映し出されたのは、トランクスが送ったよりもさらに短い、わずか5文字だった。
『ありがとう』
時刻は23時59分になろうとしていた。こんな時間にすぐさま返事が来たということは、向こうも仕事中だったのかもしれない。しかし若社長業に四苦八苦する自分とは違って、彼の場合は子どもの頃からの夢であった仕事を心から楽しんでいる。
(そういうところも……)
今日はもうすぐ終わろうとしている。トランクスはその残り時間を、返って来たメッセージを眺めて過ごした。ただひとりを想いながら。