最後の希望.
「……怖くないのか?」
少年はきょとんとした顔でこちらを見ていた。こんなに大きかっただろうか、と思わずにいられない目は、きれいな、本当にきれいな空色だ。そんなきれいな目に黒い影が映ってしまっているのが、申し訳なくなる。
「怖い……って、悟飯さんが?」
「……」
無言で頷けば、少年は首を傾げた。さらりと流れた薄紫色の髪は柔らかそうで、手を握りしめていなければ、つい引き寄せられていたかもしれない。
「どうしてボクが悟飯さんのことを怖がるの? ……あ、道着が黒いから? 確かにちょっとびっくりしたけど、それも似合ってるしすごくカッコいいよ思うよ!」
「そうじゃなくて……この『気』がわかるだろう?」
呑気な少年に焦れて顔の前に手をかざした。その手は赤黒いオーラに覆われている。力を手に入れた代償は、この体に染みついて消えることはないだろう。本当なら、こんな酷い姿をこの子には、この子だけには見せたくなかった。だからきっとこれは罰なんだろう。この世界に迷い込んでしまったのは。この子に出会ってしまったのは。
「確かにボクの知ってる悟飯さんとは、少し気は違うけど……悟飯さんは悟飯さんだよ。だから怖くなんかない」
その言葉で気付く。怖がっていたのはオレの方だ。どうして忘れていたんだろう。どうして忘れてしまったんだろう。この子はこんなに強い。この頃からもう、オレなんかより、ずっと強かったんだ。それが握られた手から伝わってくる。まだ小さな手なのに、ぎゅっと込められた力は強くて、振りほどけそうにない。
「トランクス……」
呼ぶつもりのなかった名前が、口から零れていた。さらにそれだけでなく、別のものが零れそうになる。でもその時、遠くからよく知っている誰かさんの気がこちらに近付いてくるのを感じた。とんでもないスピードで飛ばしているようだが、遅いぞ。もしオレが誘拐魔だったらどうするつもりだったんだ。
「あ、悟飯さんもこっちに来るね」
「あぁ……そうみたいだな」
さて、飛んでくる誰かさんに何と自己紹介したものか。そもそも自己紹介するような暇を与えてもらえるだろうか。あいつがキレた時の手の付けられなさは、誰よりも知っている。でも、それぐらいの危機感を持ってもらわないと困る。孫悟飯、お前が最後の希望だ。この手を絶対に守ってくれ。絶対に守り通してくれ。お前なら、きっとそれが出来る。
それを約束してくれたら、この子を連れて行くのは諦めるから。
最後まで、希望を諦めないでくれ。