夢を見られる日まで.
「多分、これで大丈夫だよ」
カップを口に運びかけた悟飯は、掛けられた声に目を瞬いた。まだコーヒーはカップに半分ほど残っていて、少し温くはなっているが冷え切ってはいなかった。
「え、もう……?」
「試してみるね」
手にしていた工具を作業台に置くと、トランクスはラジオの電源を入れた。するとニュースを読み上げるアナウンサーの声が聴こえてきた。先日人造人間に襲われた街の被害状況を伝える声は、まるで天気予報のように淡々としていた。だがもはや誰もそれを不謹慎だとは感じることはない。これが、この世界の異常な日常だった。
「ありがとう、トランクス。手際が良くてびっくりしたよ」
「大した故障じゃなかったから」
そう謙遜しつつ、トランクスは照れ臭そうに目を細めた。戦いではまだまだ足手まといだが、自分の得意分野で悟飯の役に立てたのだ。嬉しくないはずがない。
「でも……これ、随分古そうなラジオだね」
「ああ、家を出る時に持ってきたやつなんだ。結構前から調子悪かったのを、だましだまし使ってたんだよ」
気を持たない人造人間の動向を知るのに、ラジオは重要な情報源だ。ほとんど身一つで家を飛び出した悟飯にとっても、ラジオは数少ない持ち物だった。
「もしまた壊れちゃったら、ボクが直すから。すぐに言ってね」
「そいつは頼もしいな。トランクスの将来の夢は、やっぱりエンジニア?」
「うーん……機械いじりは好きだけど……」
考え込んだトランクスが首を傾げると、薄紫色の髪がさらりと流れた。父親譲りの戦いのセンスと、母親譲りの頭脳を持つ子どもの未来には無限の可能性がある。いや――それはこの子どもに限らず、すべての子どもに言える話だ。だがそれを自由に思い描くことが出来るほど、この世界は子どもたちに優しくなかった。
「そう言えばお母さんに聞いたんだけど、悟飯さんは学者さんになりたかったんでしょ?」
「え……」
「やっぱり生き物の学者さん? 悟飯さん、生き物好きだもんね」
「あぁ、うん……」
「じゃあ、ボクは……悟飯さんの研究に役立つような機械をいっぱい作りたいな。……うん、決めた。ボクの夢はそれにする!」
オレのことはいいから、もっと自分のやりたいことを見つけなさい。――なんて大人ぶったことを言うには、口元が緩んでしまった。この子の思い描く未来には自分もいる。それが、何より幸せに思えた。
「トランクス、――…」
しかし悟飯が口にしようとしたものは、ラジオの緊急ニュースによって一瞬にして吹き飛ばされた。どんな悪夢も可愛く思えるほどの現実が、今この瞬間も世界に広がり続けている。唯一の拳を握りしめ、悟飯は弾かれるように立ち上がった。
幸せな夢は、まだ見られそうにない。