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    あおき

    ⚠飯トラ無法地帯⚠

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    あおき

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    未飯トラ。頂いたお題「元々の距離が近すぎて未トラに手が出せない未飯さん」で書きました。

    縮めたくても縮まらない.



    西の都までは、あと少し。しかし雲一つない快晴だというのに、そこを飛ぶ悟飯はどこか浮かない顔をしていた。世界は平和になって、ほら、都の方にもまた新しい建物がいくつも増えた。それは勿論喜ばしいことなのだが、かと言って何も問題がないということでもなく――…。

    などと悟飯がああだこうだと考えている内に、目的地が見えてきた。この街に暮らす人間で、知らない人はいない場所だ。最近塗り直された『CAPSULE CORPORATION』の文字めがけて、悟飯は高度を下げ始める。だが、その唇から無意識に溜息が零れたことには、すれ違った鳥しか気づかなかった。



    *



    「悟飯さん、わざわざすみません」

    玄関のブザーを鳴らすと、すぐに扉は開かれた。近づいてくる悟飯の気を察知して、待っていてくれたのだろう。出迎えてくれたのは、今や立派な青年に成長した弟子だった。昔と比べると、だいぶ視線も近くなったが、きれいな薄紫色の髪の合間から見せてくれる、まっすぐな笑顔は変わらなかった。荷物で手が塞がっていなければ、つい昔のようにその頭を撫でていたかもしれない。

    「いや、俺も興味があったしね。……あ、これ、うちで作ったやつだけど」
    「うわあ、またこんなに野菜ありがとうございます。パオズ山のは全然美味しさが違うから、母さんも喜びますよ」

    自分たちで食べる用に始めた畑だったが、その出来は中々よかった。このまま農家としてやっていくのも良いかもしれない。悟飯はそう思うのだが、意外にもチチは「そんなすぐ決めなくてもいいべ」と言ってくれ、未だに悟飯は無職のままだった。だが悟飯の頭を悩ませている問題は、そんなことではない。

    「悟飯さん?」
    「あぁ、いや……そう言えばブルマさんは?」
    「母さんなら、えっと…今日は北の都…いや南の都だったかな」
    「相変わらず忙しそうだね」

    カプセルコーポレーションの社長であるブルマは、文字通り世界中を飛び回っていた。そのサポートをしているトランクスだって相当多忙なはずなのだが、そんな疲れを見せないのがすごいところだ。

    「そんな訳で俺が案内しますね。どうぞ、こちらです」

    食材をキッチンへ運ぶと、トランクスは悟飯を地下の研究所へと案内した。かつてはそこの主であったタイムマシンは役目を終え、その姿を消している。代わりにうず高く積まれていたのは――…。

    「うわあ……これは想像以上だな」
    「ええ。先日見慣れないカプセルケースが出て来て、その中のカプセルにこの本が入っていたんです」

    悟飯は手近な山の一番上にあった一冊を手に伸ばしてみた。難解なタイトルで、物理学の本らしいということしかわからない。だがその下にあった本の表紙には、首を傾げてしまった。

    「あれ?……こっちは民族学?」
    「そうなんです。物理や工学関係だけじゃなくて、生物学や医学、歴史、それに小説まで様々なジャンルの本があるみたいで」
    「それはすごい……まるで小さな図書館だ」

    人造人間たちに長く苦しめられてきたこの世界では、本はとても貴重なものになっていた。これからまた新しいものは出版されるだろうが、一度灰になってしまったものは二度と戻ってこない。だから悟飯には、これはただの紙束ではなく宝の山に思えた。

    「でも、どうしてこんなに色々な本が?」
    「母さんが言うには、おじいさんの蔵書じゃないかって」
    「ブリーフ博士の?」
    「おじいさんは、専門外の本でも興味のあるものはよく読んでいたそうです。それがカプセルに詰まっていたってことは、もしかしたらおじいさんには……将来本が貴重なものになるということがわかっていたのかもしれないですね」

    今は空の上にいる天才が何を思ってこれを残したのか。それは誰にもわからない。だがいつか――出来れば、まだずっと先のことであってほしいけれど、あの世で再会する時が来たら、悟飯はお礼を言いたいと思った。この世界で、こんな素晴らしいタイムカプセルが見つかるなんて思いもしなかった。

    「今回見つかった本はこれで全部?」
    「あー……ええと……」

    悟飯の問いかけに、何故かトランクスは気まずそうに視線を逸らした。人の目を見て話すトランクスにしては珍しい反応で、悟飯は目を瞬いてしまう。

    「トランクス?」
    「……い、いかがわしい本も少しあったんですけど、それは母さんが処分してました」
    「ああ……」

    そう言えばそういう一面もあった人だったと、悟飯は懐かしさとともに苦笑してしまう。トランクスは咳ばらいをすると、本の説明を始めてくれたが、わずかにその頬は赤くなっていて、悟飯はまた笑ってしまいそうになった。

    「あの悟飯さん……聞いてますか?」
    「え?聞いてるよ。そっちに生物学関係のをまとめといてくれたんだろ?ぜひ見させてもらうよ」

    と言ってもこの量だ。今日一日で確認するのは難しいだろう。だが手にした一冊目からして、悟飯は早速そのタイトルに心惹かれてしまう。本をゆっくり読めるなんて、一体いつぶりだろうか。

    「ゆっくり見て行ってください」
    「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。――…あ、」

    積み方が不安定になっていたのか、トランクスの背後に積まれていた本の山がぐらりと揺れた。それを見て悟飯の体は反射的に動いていた。もしも頭で少しでも考えていたら、本の山がいくら崩れたって、トランクスは何ともないことぐらいすぐにわかっただろうに。それでも、体は動いてしまう。

    「せっかく分けてくれたのに、ぐちゃぐちゃになっちゃったな」

    派手な音を立てて崩れた本の山を見て、悟飯はそう漏らしたが、元々ジャンル問わず、一冊一冊内容は確かめるつもりだったので、別にそれは苦では無かった。それよりも咄嗟に腕の中に抱き寄せたせいで、空色の瞳が随分と目の前にあることに気が付いた。

    (きれいだな……)

    トランクスが生まれてから何度この感想を抱いただろう。今更と言えば今更な感想なのだが、いつ見てもそう感じるのだから仕方がない。鼻先が触れ合うこの距離は、縮めようと思えばこのままゼロに出来てしまう気がする。だが、そうするには――…。

    「悟飯さん?」

    トランクスが目を瞬くと、髪と同じ淡い色の睫毛が上下する。その様子もよく見えるような近さだ。悟飯とトランクスは幼なじみで、武術の師弟でもある。元々の距離が殆どあって無いようなものなのだ。その証拠に、この状態に悟飯も、そしてきっと腕の中のトランクスだって、気まずさを全く感じていない。そんな距離をさらに縮めるには、一体どうしたらいいのか。悟飯にはわからなかった。

    これがこの平和を取り戻した世界での、孫悟飯の平和すぎる悩みだった。




    *



    ――…という話を、数年後に悟飯の口から聞いたトランクスは、あの日と同じように目を瞬いた。

    「そ、そうだったんですか?……全然気付きませんでした」
    「だろうね」

    苦笑しながら悟飯が本棚から抜き取ったのは、あの日、トランクスに見せてもらった本だった。内容を暗記するほど読み込まれた本は、あちこちに開き癖が付いている。この本だけでなく、トランクスの祖父が残してくれた本は、悟飯に知らないことを学ぶ喜びを思い出させてくれた。

    だが本からは残念ながら学べないこともある。元弟子との距離の詰め方を、悟飯自身が模索していくしかなかった。けれど、結局必要なものは勇気、それだけだったと気付くまでに、随分と時間がかかってしまった。しかしそれだって無駄な時間だったとは思わない。

    「俺、あの時……てっきり、キスされるのかと思ったんですよ」
    「え?」
    「だけど悟飯さん、何もしないから……『あ、この人、こういうことには興味ないんだな』って思って、それならそれでいいやって」
    「それはこっちの台詞だよ。君が俺のこと、そんな対象に全然見てないとばかり思ってたから……」
    「……」
    「……」

    前言撤回。もしかしたら、自分たちは少しばかり遠回りをしてしまっていたのかもしれない。あの時、あと少し、あと数センチ距離を縮めていたら、もっと早く、お互いの気持ちに気付けていたかもしれない。でもたとえ無駄な時間だったとしても、二人で過ごした時間には変わりはない。そう思えば、やはりそれが意味のないものだったとは悟飯には思えなかった。その証拠に、ほとんど同時に二人は噴き出してしまった。真剣に頭を悩ませていた過去の自分たちには申し訳ないが、今こうして二人で笑っていることが何より嬉しい。

    「トランクス」
    「はい?」
    「キスしていい?」

    もうそんなことを聞くような距離でも無かった。摺り寄せた鼻先がぶつかって、あとはもう殆どない距離を縮めてしまうだけだ。

    「ダメです」
    「え、」

    予想外の答えに、悟飯は目を見開いた。だがその黒い瞳には、もういっぱいにトランクスの姿が映っている。

    「――…今日は俺からします」

    元から近すぎる距離は、ひとりでは縮まらなくて、二人で同じだけ歩みよればゼロにできる。今日もそれを悟飯は、温もりとともに知る。



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