ポケットの中から.
わんわん泣く子どもに悟飯は手を焼いていた。悟飯がカプセルコーポレーションを訪れた時には、もうトランクスはこの状態だった。ブルマにも何故泣いているのかわからないと言う。
「さっきまで『もうすぐ、ごはんさんがくる!』ってご機嫌だったのよ」
理由はわからないが泣き続けるトランクスを放っておけないと、悟飯はその体を抱き上げた。ぐじゃぐじゃな子どもの顔を悟飯は拭こうとしたが、またすぐに大きな瞳から涙が溢れてくる。
(怪我は……してなさそうだけど)
体は少し熱いが、これはずっと泣いているからだろう。こんな風に盛大にぐずるのは、聞き分けのいいトランクスにしては珍しいことだ。まずは落ち着かせようと、悟飯はその背をゆっくりと撫でてやる。すると嗚咽の合間に、子どもの口から言葉が聞こえるようになった。
「ひ、っく……ごめんなさ……ひっ…く…」
「うん?」
「く、っき……ひっ…わ、われちゃ……ぅ、っく……」
「クッキー?」
悟飯が聞き返すと、トランクスはズボンのポケットから何かを取り出した。クッキーのイラストが描かれた小袋だった。このサイズからすると中身は一枚だけのはずだが、トランクスの手の中で袋はガサガサと細かい音を立てた。
「そっか……お菓子が割れちゃって悲しかったんだね」
クッキー一枚で大げさな、なんて叱ることは出来ない。この世界では、子どもたちがお菓子を手にするのは簡単なことではなくなってしまった。きっとトランクスにとっては、宝物のようなものだったのだろう。
「ごはんさ……に、あげたかった、のに……」
「え、ボクに?」
「ごめんなさっ…ひっ、うう……」
また空色の瞳から涙が溢れそうになって悟飯は焦った。せっかく泣き止みそうだったのに、このままではまたぶり返してしまう。
「ト、トランクスくん! 魔法のクッキーって知ってる?」
「まほ…の…くっき?」
「うん、このクッキーは魔法のクッキーだったんだよ。開けてごらん」
悟飯に促され、トランクスはおそるおそるクッキーの袋を破いた。すると袋の中で、クッキーはやはり粉々になってしまっていた。
「ほら、ひとつだったクッキーがいっぱいになったでしょ? これなら二人で食べられるよ」
「いっぱい……?」
「そうそう。あー、お腹空いちゃったな。トランクスくん、おひとつくださいな」
そう言うと、悟飯は大きく口を開けてみせた。トランクスはそんな悟飯と袋の中を見比べると、クッキーの欠片をひとつ摘まみ上げた。
「おひとつ、どうぞ」
「ん……んん! おいしい! さすがは魔法のクッキーだね。トランクスくんも食べてみなよ」
今度は自分の口にクッキーの欠片を運んだトランクスは、口に広がる甘さに顔を綻ばせた。その頬に残る涙の跡を悟飯はそっと指先で拭った。もう大丈夫だろう。そう思っていると、笑顔を取り戻した子どもはまた新たな欠片を悟飯に差し出した。
「はい、ごはんさん」
「ボクはもういいから、後はトランクスくんが食べなよ」
「えー……」
悲し気に寄せられる薄紫色の眉に、悟飯は観念したように口を再び開いた。そんなやり取りを見守っていたブルマは、小さく笑いながら腰を上げた。魔法のクッキーに合う飲み物が何かあったかしら、と。