「ハイドリヒ」
かろやかに、楽しげに話しかけてくる影に、すこしばかりの呆れを込めて少年は微笑んだ。
私の名前はそれではないと何度か訂正したが、この影ときたら聞き入れる素振りすらない。
生まれてこの方、この影以外にハイドリヒと呼ばれたことはないし、そう名乗ったこともない。影の他愛ない世間話に出てくる人物、出来事のなにもかもに覚えもない。
けれども、影に相対していると感じる言葉にし難い親近感は友情めいていて、楽しそうに女神がどうのと語る影を見ていると、はしゃぐこどもに対するような微笑ましさすら沸いてくる。
だから、良いのだろう、この男がそう呼ぶのなら。私はラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒなのだろう。