ラインハルト・ハイドリヒは思わず眉間を揉んだ。
なんだ、今のは。
軽く頭をふれば、短く整えたばかりの髪の毛先がうなじをかすめた。
とはいえ、目を閉じ続けていたところで話は進まない。
まぶたを持ち上げたラインハルトは、影のような男とふたたび目があった。
沈黙。
影のような男は、ラインハルトを見た後、おのれの手を見下ろして、もう一度ラインハルトを見た。
その手には紙に巻かれて纏められた金色の髪が握られている。
さきほどラインハルトから切り離されたばかりの髪だ。自室でみずから髪を短くしたばかりだった。
「……なにをしている」
問われて、影のような男はもう一度握りしめた髪束を見下ろして、ラインハルトを見た。そして、そっと髪束を包んだ紙を懐にしまった。
「無言でしまうな」
「いえ、その、もったいないなと」
にこりと口元に笑みを浮かべて堂々と影のような男は言う。
なにを言っているんだ、これは。ラインハルトは胡乱なものを見る目を影のような男に向けた。
「御身の髪ともなれば、魔術的な触媒としても相当に上質な……」
「ああ、いい。そういうのは卿の戯言に興味があるものに語ってやれ。渡せ、私が捨てる」
右手を軽く振って、影のような男の話をさえぎって、懐のものを渡せと手を差し出す。
「えっ」
「えっ、ではない」
そんな信じられない……という表情をされても、ラインハルトにどうしろというのか。
「どうしても……?」
「どうしてもだ」
目に見えて影のような男がしょぼくれつつ、のろのろと髪束を包んだ紙を取り出した。
そっとラインハルトのてのひらに乗せるが、影のような男は手を離さない。
渡す気があるのか、この男。
「手を放せ」
「……」
「手を放せ、カール・クラフト」
なぜ自分の髪を引っ張りあわなくてはいけないんだ。渋い顔をしつつ、ラインハルトは無理矢理髪束を奪い取った。
そのままぽいと無造作にゴミ箱に放り込まれた髪束を、影のような男はああっと名残惜し気に視線で追う。
じいとゴミ箱を見つめたままの男に、ラインハルトはもしかしたら私は散髪も落ち着いて出来ないのかとなんとも言いがたい表情を浮かべた。